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下見

「やってきました!エミフラス……!」


 最寄り駅から30分ほどの電車を降りた目の前にそびえ立つショッピングモールを見て俺は声を荒げる。


 県下随一くらいに大きなショッピングモール。周りに何も無いところにドドンとそびえ立っている。


 どでかい駐車場を持ち、週末の娯楽に飢えた県人を吸い込んで離さないそいつ……別名エミプラスは、外からでも分かるくらいに人でごった返していた。


 はやる気持ちを落ち着けるために、大きく深呼吸をする。


「再開発の匂いだー!」


 やっぱり叫んでしまった。いや無理でしょ!こんなの落ち着けるわけないだろ!


 スポーツショップに行きたい親父に引きずられて来たときとは気持ちがまるで違う、だって今日は「アレ」があるんだからな……!


「お、お待たせ……」


 駅の前で深呼吸をしていると、後ろからおずおずとした声がかかる。


「よう!きたは、ら……」


 振り返って勢いよく挨拶しようとしたが、結局尻すぼみになる。北原の姿を見て、俺は一瞬言葉に詰まってしまったのだ。


 北原は白いワンピースを基調として、茶色の薄手のカーディガンを羽織っている。おまけに白いベレー帽。


 彼女が持つ大人っぽい雰囲気とスタイルを抜群に活かしつつ、年相応にまとめ上げられている。


 はっきり言おう、めっちゃ可愛かった。


「お、おお……」


 いつも見ているはずなのに、何だか知らない美少女と待ち合わせしていたような気分になって、ついキョドってしまう。


 しかし俺の反応を勘違いしたのか、北原は腕を組んでそっぽを向いてしまった。


「何、どうせこういうカワイイ感じは似合わないっていうんでしょ?そんな事言われなくても分かってるわよ」

「あ、いや!そうじゃなくて!めっちゃ可愛かったから、反射的に声が出なかっただけ……」


 ヤバイ、俺が変なリアクションしたせいで気分悪くさせちまった……

 慌ててフォローを入れたら、北原は腕を組んだまま、目線だけこちらにちらりと移す。


「……ホントに?」

「あ、ああ、めっちゃ似合ってるよ」

「ふふっ」


 今度は素直に褒めれた。

 すると北原は軽く鼻を鳴らして腕を解いた。


「ありがとう、言葉通りに受け取っておくわ」

「おう、そうしてくれ」


 普段はツンとしている北原は、今回は素直に受け止めてくれたのか、柔らかく微笑んだ。


「じゃあ、行きましょうか影山君」


 北原は手を後ろに組んですたすたと歩いて行く。

 その背中に、「北風の令嬢」と呼ばれた警戒心は見て取れない。


「俺今、北原と出かけてるのか……」


 自分で誘ったのに、改めて事実確認をするとその場に立ち尽くしてしまう。

 学年が変わった頃、北原の隣の席になったばかりの自分に言っても信じてくれないだろう。


「ちょっと影山君、早く行くわよ?」

「あ、悪い!今行く!」


 くるりとこちらを振り返った彼女の元に、俺は小走りで走っていく。

 直ぐに追いついて、二人並んで歩いていく。


「北原は、最初に見に行きたい所とかどっかあるか?」

「そうね、折角だから色々見て回りたいところだけど……」


 北原は前傾姿勢になってこちらの顔を窺って来る。


「どうせ影山君の事だし、《《下見》》したいんじゃないの?」

「……バレた?」

「影山君が何考えてるかなんてお見通しよ」

「悪いな、付き合わせちゃって」


ペコリと頭を下げると、北原はふふんと鼻を鳴らした


「しょうがないわね、こうなった以上とことん付き合ってあげるわよ」


 言葉の割には楽しそうな北原の横顔を眺めながら、俺達は目的地へと突入するのであった。



 ♢


「おお、おお……!」


 俺達がやってきたのはエミフラスの中央部。

 ドーナツ状に店が並ぶ店内で、ぽっかりと空いた中央部をぶち抜いて作られた、木漏れ日の名が冠されたホール。


 普段ヒーローショーや地元のアイドルのライブが行われているそのステージには、今日はマイクと机が2台だけ置かれている。


 だが、それが今日俺を何よりも昂らせる。

 俺が静かに情熱を燃やす中、北原はぽつりとつぶやいた。


「ここで公開収録をするのね……」

「そう……そうなんだよ!」


 北原がほうっと声を出す。それを聞いて、俺の熱をせき止めていたダムが決壊した。


「実は今回ハトレディ始まってから10周年らしいんだけど、まさかサプライズで公開収録やってくれるとは思わなかったよな!しかもショッピングモールで入場料無料!こんなチャンスまたとないよ!こういう場所のイベントって結構ヒーローショーとかに枠取られがちなんだけど、その中にハトレディが肩を並べられるようになったって言うのが何よりも嬉しくて。しかも生の塔山ちゃんが見れるチャンスなんてマジで滅多にないし!……いやぁ、このイベントで視聴者増えちゃったらどうしようかなって今からでも興奮が収まらないよな!」


 そこまで言ってから、隣で北原が無言なことに気づく。


「あ、ごめん!俺一人で勝手に盛り上がっちゃって……」

「気にしないで」


 北原は柔らかくにこりと笑った。


「好きなものについて話してる男の子って素敵よ?」

「お、おお、サンキュー……」


 素直に褒められるとは思ってみなかったので照れてしまう。

 頭の後ろをポリポリと掻く。


「ただ」


 しかし、直後に北原はぐいっと顔を近づけてきた。

 髪が揺れて、花のようないい匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。


「折角私とデートしてるって言うのに、他の女の名前を出すのは余り感心しないわよ?」

「でっ、デート……」

「あら、違った?」


 いや、北原を誘って二人で出かけている訳なんだけど!

 北原的にはこれがデートでいいのか?俺とだぞ?

 どう返事をすればいいのか分からず、色んな返事がグルグルと脳内をめぐる。


「じゃ、じゃあ、デート、です……」


 北原がどう思っているかは分からないが、取り敢えず素直に認めることにした。

 すると、北原はぱあっと花が咲いたように笑っ。。ほれぼれするほどかわいい笑顔だった。


「ふふ、そう来なくっちゃ!」

「じゃ、じゃあそろそろ行こうぜ!もう下見終わったし、俺もう腹減っちゃったよ!」


 足早にステージから遠ざかる俺に、北原は軽いステップで付いてくるのだった。


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