嵐の夜に
木南にあーんするというちょっとしたイベントが起きた日の夜。
俺がいつも通りラジオを聞いていたら、その事件は起こった。
<それでは続いてCMでーす!>
「はぁ、やっぱり塔山ちゃんはいい声してるな……」
塔山ちゃんとは俺が愛してやまないラジオ番組、「ハトレディナイト!」のMCの女の子。
まだ若いのに抜群のトークスキルを持っており、このラジオに欠かせない存在となっている。
それに声も抜群に良い、透明感のある、良く通る声。実は彼女の声が俺がこのラジオを聴く理由の一つであったりもする。
車屋だったり、他のラジオ番組のCMを聞きながらぼーっと一日を振り返る。
その時だった。
気を抜いていた俺の耳に、突如塔山ちゃんの声が聞こえてきた。
<なんとここで、サプライズなお知らせ!>
ん?こんな時にサプライズ?
首をかしげつつも、耳に神経を集中させる。
すると、塔山ちゃんの鈴のような声が耳に流れてくる。
「ま、マジか……!」
それは、余りに衝撃的な内容だった。
まさか、そんなことがあっていいのか……!?
耳を通過した音声が脳で処理されて、何度も何度も反芻される。
しばらく時間が経ち、俺の脳が処理を完了した。
「いよっしゃああ!!!!!!」
気づけば俺は片手を天に掲げていた。
3畳ほどの小さな部屋に、咆哮が響き渡る。
「お兄うるさい!」
隣の部屋から妹が壁を蹴る音と共に、怒鳴り声が聞こえてくるが最早知ったことでは無い。
俺は一人高笑いを響かせ続けるのであった……。
♢
翌朝、昨日は興奮であまり寝ることが出来ず、かなり早い時間に学校に来てしまった。
誰も来ていない教室の空気は澄んでおり、朝日に照らされた教室は普段よりも輝いて見える。
「ああ、世界は今日も美しい……」
ぽつりとつぶやいた言葉は教室に包まれていく。
「ふふふ~ん」
教卓に座って鼻歌でも歌ってみる、教室には自分しかいなくて、この全てを手に入れたような全能感に包まれる。
そんな時、がらがらと教室の後ろの扉が開く。
「おはよう、影山君」
2番目の来訪者は、いつも通りの凛とした立ち振る舞いで、俺に挨拶してきた。
「おう、おっはよう北原!」
俺も挨拶を返すと、彼女は満足そうに微笑んで席に座った。
朝1だというのに、姿勢に一切のブレは無く、その動きに一切の無駄は無い。
ある意味、朝から元気な奴だ。
何時の北原なら席に座って本を開くところだが、今日は怪訝そうにこちらを見た。
「どうしたの?朝からえらくハイテンションね」
「やっぱり分かるか?」
「ええ」
そこまで言ってから、北原は椅子に座ったまま上半身をグイっと逸らした。
「元気良いわね、何かいい事でもあったのかしら?」
長い黒髪と相まって某アニメを彷彿とさせる姿勢だ。椅子座ってるけど。
「って、そうじゃなくて!」
違う違う、思わず朝から北原のペースに飲まれるところだった。
「実は今日早く来たことには理由があってな」
「何かしら?もしかして私に会いたくて早めに来たとか?」
ふっとからかうように笑う北原、既に視線は本の方を向いている。
「実はそうなんだよ、勘がいいな」
「へ?」
図星だったというのに、当の北原は本を開いたまま固まっている。
だが、このタイミングは非常に都合がいい、教卓から降りて、口を半開きにして固まっている北原の元へずんずんと進んでいく。
「え、あ、ちょっ……」
戸惑う北原、だが最早構っていられない。
ドン、と彼女の机に手をついた。ビクッと体を震わせつつ、頬を赤らめて俺から目をそらす。
「なあ、北原……」
「だ、ダメよ影山君!私達まだ学生だし、それに私そういうのは朝よりは夕方の方が……」
「今度の日曜、空いてる?」
「……へ?」
直後、どさっと本が机に落ちる音、北原は目をぱちくりさせている。
「そ、それは……お出かけのお誘いという事でいいのかしら?」
「ああ、別に予定あったら来なくてもいいんだけど、ちなみに―――」
「行くわ」
俺が最後まで予定を言う前に、北原は食い気味に返事をしてきた。
「ホントに大丈夫か?急な話だし、他に予定あるならそっち優先してもらっていいからな?」
「大丈夫。他にどんな予定があっても行くわ」
北原はこちらをじっと見つめながら、こくこくと頷いた。