表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/30

木南の本気

「ごちそうさまでーす」

「はーい!またのお越しをお待ちしてます」


 木南は入口際までお客さんを案内して、ぺこりとお辞儀をした。

 時刻はもう夕方。学校からバイトの連続で肩に露骨に疲労がたまっている。

 軽く腕を回して体を伸ばす。


「あー、疲れたー」


 ストレッチをしていたら、ホールスタッフの美晴さんが頸に手を当ててパキパキと鳴らしながら近づいてきた。


「何かすごいクマですね、大丈夫ですか?」

「いやぁ、今日ちょっと寝不足でさぁ」

「レポートが忙しいとかですか?それともバンド?」


 大学生の美晴さんはバンド活動とビアンカのバイトの二足のわらじを履いている。

 しかし俺が心配すると、先輩はひらひらと手を振った。


「違う違う、昨日徹夜で麻雀してたのよ。それで寝不足なだけ」

「うわぁ……」


 話に聞くダメな大学生の典型例だった。


「いやいや、大学生なんてこんなもんだから。影山君今高2だっけ?」

「そうですね」

「じゃあ後2,3年もしたら私の言ってることが分かるようになるよ。口を開けばポン、チー、メンタンピン!」

「あんま喫茶店でそんな言葉連呼しないでください……」


 リズムよく麻雀用語を高らかに言いあげる美晴さんを小声で窘める。

 一応女子高生が麻雀する漫画を昔読んだことが高じて最低限ルールは知っている。やったことは無いが。


「何の話してるんですか?」


 はぁとため息をついていると、バッシングを終えた木南がこちらに近づいてきた。

 大きな目をきょろきょろとさせている。


「いや、少年に大学生の手ほどきをしてただけだよ」

「メンタンピンとか言ってた人がカッコつけないでください」


 ツッコミを入れつつ木南の方を見ると、案の定きょとんとした表情の木南。


「麺単品……ラーメンの替え玉とかの話です?」


 きょとんと小首をかしげる木南、発音すら間違っているたどたどしい言い方に、俺は美晴さんと数秒顔を合わせる。


「よしよし、真希ちゃんは可愛いなぁ」

「ちょ、ちょっと美晴さん、撫でないでくださいよ!」

「お前は一生そのままでいてくれ……」

「何ですか二人してー!」


 木南が嫌がれば嫌がる程、美晴さんの撫では止まらない。俺もそんな木南を微笑ましく見つめる。


「みんなー、夏のケーキの新作考えたんだけど、試食しない?……って、何やってるの?」


 ケーキを持った店長が様子を見に来るまで、木南を愛でる会は続くのであった。




 ♢


 そして、客入りも少なくなったので、いったん店を閉じて新作ケーキの試食会をすることとなった。


「むう……」


 木南はブスッとした表情でぐさりと皿にフォークを突き立てた。

 一切こちらに口をきいてくれる様子はない。


「だから悪かったって木南、ちょっと遊び過ぎたよ」

「いやです」


 声を掛けても取り付く島もない。うーむ、これは完全に怒らせたか……

 ちなみに美晴さんは俺にサムズアップをして、いつの間にかどこかに消えてしまっていた。実行犯のくせに。


 俺一人じゃどうしようもなく、木南は不満そうな顔で和栗モンブランをパクついている。

 俺も自分の食べているフルーツタルトをぼんやりと眺める。


「じゃ、じゃあ……俺のフルーツタルト、食べるか?」


 俺がすすすと皿を差し出すと、木南はジト目で皿と俺の顔を交互に見比べる。


「はぁ……食べ物で釣る気ですか」

「わ、悪い」


 やっぱり安易に食べ物に手を出すのはよろしくなかったか……

 差し出した皿をこちらに引き戻す。


 その時、俺の手首はガシっと掴まれる。


「別に、食べないとは言ってないんですけど」

「え?」

「別に、食べないとは一言も言ってないんですけど」


 二回言った、どうやら大事な事らしい。


「……俺のフルーツタルト食うか?」


 尋ねると、木南はこくりと頷いた。


「でも、普通の食べ方じゃ嫌です」

「なんだよ、普通じゃ無い食べ方って」

「……先輩があーんしてください」

「はぁ!?」


 思わず大きな声が出る、しかし木南は俺の腕を離してはくれない。


「いやお前、いくら何でもあーんは……」

「やってくれなきゃ機嫌直しません」

「マジかよ……」


 流石に俺も恥ずかしいんだが……、何かバカップルみたいだし。

 助けを求めて周囲を見渡すと、キッチンからこちらを覗き込む美晴さんがいた。

 頼む美晴さん、ぶっちゃけあなた同罪ですからね……?


(……グッ)


 良い笑顔で親指を立てて、彼女は颯爽と去っていった。

 おい、どうにかしろよこの状況


「食べさせてくれないんですか」


 腕をつかんだまま木南はジト目でこちらを見つめてくる。段々俺の腕をつかむ力が強くなっている。


「分かった……食べさせてやるから、手離してくれ」

「ホントですか!?」

 途端に嬉しそうな表情を浮かべ、ぱっと俺の手を離す木南。


「じゃあ私、マスカットの所が食べたいです」

「マスカットか……」


 元気に場所の指定までしてきやがった。タルトに丸々一個乗ったマスカットは、俺が最後に食べようと取っておいたものだ。


 余りものには服があるとか言うが、どうやら嘘らしい。

 諦めて大きめにマスカット部分をフォークで削る。


 フォークを持って前を見ると、木南はこちらに身を乗り出していた。

 何故か目を伏せて、口は開かれている……。


「ん……っ」


 前傾姿勢がしんどいのか、木南から息が漏れる。

 ……何か、あーんするだけなのにイケないことしてる気分になるな。

 いや、後輩にあーんするのもよく分かんないんだけど!


「ちょっと、早くシてくださいよ」


 上目遣いに言って来る木南。

 普通に言ってるんだろうけど、何か邪な意味に聞こえくる……!

 ジト目で木南に睨まれて、このままフォークを差し出していいのかためらいが生じてくる。

 くそ、俺は一体どうすれば……!


「あむ」


 その一瞬の隙だった。


 木南がさらに前のめりになり、フォークに少し抵抗がかかる。

 その次の瞬間、俺のフォークからタルトは消え去っていた。


 ゆっくりと顔を上げると、上手そうに何かを咀嚼する木南。

 当然、彼女の手元にあるモンブランはちっとも減っていない。


「うーん、タルトおいひー」


 唖然とする俺を置いて、上手そうにタルトをほおばる食べる木南。


「真希ちゃん、恐ろしい子……」


 いつの間にか戻ってきた美晴さんがぽつりとつぶやいたが、それにツッコむだけの余力は俺には残されていなかった。

10/11時点、連載中の現代恋愛部門で日間1位、週間3位をいただきました!

今後も頑張っていくのでよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ