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プロファイリング

 共同戦線が完成して、先輩はほっと安堵の息を吐いて、テーブルの脇からメニュー表を取り出した。


 「じゃあ、あなたが協力してくれるのも決まったことだし、何か甘いものでも頼みましょうか」

「お気遣いなく」


 私は先輩に協力するわけじゃなくて、あくまで自分の意志で決断したのだ。先輩の施しを受けるつもりはない。

 きっぱりとした態度で、彼女の提案を断わる。


「それに、まだポテトも残ってますし」


 しかし、さらなるポテトを掴もうとした私の手は空を切った。

 おかしいと思って皿を見ると、うずたかく積まれていたはずのポテトは影も形もなくなっていた。


「……やっぱり甘いもの頼まない?」

「……(コクリ)」


 私は声を出さずに小さく頷いた。いつになく先輩が気まずそうだったのが余計に恥ずかしかった。


 ♢


「どう、美味しい?」

「……はい、おいひいです」


 先輩に奢ってもらったチョコレートサンデーを一口食べると、口の中にふわっとチョコレートの風味が広がった。


「ありがとうございます、奢ってもらって」

「気にしないで、こんなの先輩として当然だから」


 相変わらずぶっきらぼうで、私と目を合わせようとはしない北原先輩。だが、そこまで冷たい印象は受けない。

 もしかしてこの人……実はいい人なんじゃない?


 この店に来てから先輩の表情はほとんど変わっていないが、私の中で先輩の評価は徐々に変わり始めていた。


 ……いや、餌付けされたとかいう訳じゃないからね!?これは断じて違うから!

 あの人は私が抹茶パウダーであることを特定してきた先輩!それを忘れちゃいけない!


「大丈夫?」


 突如頭を振り出した私にやや引きつつ、先輩はこちらを心配そうにのぞき込む。

 その表情には演技は一切ない……と思う。


「……大丈夫です、それより本題に入りましょう」

「ええ、じゃあ昆布わかめの探し方についてね」


 先輩はすっと目を細めた。


「実を言うと、完全にノープランっていう訳じゃないの。彼女についてはある程度分かってることがある」

「え、そうなんですか?」


 てっきりノープランだと思っていた。


「ええ、彼女の人物像についてはある程度絞り込めてるわ。所謂プロファイリングね」

「はぁ、プロファイリング……」


 刑事ドラマとかで聞いたことある。確かそれまでの行動から犯人像を予測する……みたいな奴だったと思う。

 行った犯罪の傾向から自分の行動を誇示したいタイプだとか、現場に戻ってくるタイプだと判断するとか……そんな感じ。


 昆布わかめは別に犯罪も起こしてないだろうけど……何からプロファイリングしたんだろ?


「ちなみに先輩的には、昆布わかめはどんな人なんですか?」

「ええ、聞きたい?」


 自信満々な北原先輩に私は頷いた。

 先輩も軽く息を吸って、大きくためを作る。


「私の見立てでは、昆布わかめは……」


 ご、ゴクリ……


「巨乳で運動神経抜群の女ね!」

「……え?」


 うん?何か思ってたプロファイリングと違うぞ。

 こういうのって普通、性格とか行動原理とかそう言うのを考察するんじゃなかったっけ?


「あの……」

「なに?私のプロファイリングに感動しちゃった?」

「いえ……プロファイリングって、こんなビジュアル特化なんでしたっけ?」


 私がツッコむと、北原先輩はぎくりと固まった。

 彼女はうつむいて、小さくつぶやいた。


「……いいじゃない、一回くらい言ってみたかったのよ」


 恥ずかしそうに頬を赤らめる北原先輩。


「……可愛いかよ」

「え?」

「あーいや、なんでも!」


 一瞬撫でたい衝動に駆られたが、直ぐにはっと正気に戻った。

 恐るべき……美人のギャップ。


「って言うか、どうしてそうなったんですか?胸が大きいとか、運動神経抜群とか」

「あ、ああそうね!」


 先輩はこくりと頷いて、コーヒーではなく傍に置いてあった水を飲んだ。


「簡単な話よ。木南さん、あなた体育祭直前のラジオは覚えている?」

「体育祭……ああ、ありましたね。私もお便り送った記憶あります」

「ええ、間違って体育祭当日にバイトを入れちゃったから、体育祭の手を抜いていいか、みたいなお便りよね」

「え、覚えてるんですか?」


 2か月前のお便りなのに、内容はほとんど間違っていなかった。というか先輩に言われて私も内容を思い出した。

 しかし、先輩はこくりと首をかしげる。


「ええ、この位普通でしょ?」

「いやぁ、どうですかね……?」


 私は決して成績がいい方ではないが、この記憶力が普通じゃないのは分かる。

 先輩はなにがおかしいのか分からないといいたげな顔で話を続けた。


「で、その時のラジオで彼女言ってたのよ。基本的に運動神経はいい方だけど、障害物競走は苦手だって」


 成程、それで運動神経はいい、か……。

 やや強引な気もしないではないが、納得いく。


「でも昆布わかめ、障害物競走は苦手なんですね。私、アレが一番得意ですよ」


 平行棒とかが苦手なんだろうか。走るの早いけどバランス感覚はないとか?

 色んな可能性を考えるが、イマイチ理由がピンとこない。



「……まあ、そうでしょうね」

「何ですかその反応」


 私の体をちらりと見て、納得したように頷く先輩。そんなにバランス感覚良さげに見えるんだろうか。

 先輩は目を伏せてコーヒーを啜った。


「ちなみに昆布わかめは、ネット潜りが苦手だそうよ」

「へえ、ネット潜りですか……」


 それならむしろ得意種目だ。私は背が小さいからそういうのを抜けるのは得意だ、抵抗もないし……。


 ん?ネット潜り?


 そこまで考えて、ふと顔を下に向けてみる。

 小学校の頃からほとんど変わらないなだらかな体、あるべきはずの膨らみは一切ない。


「……」


 無言で顔を上げると、北原先輩はキレイな黒い目をゆっくりと細めた。

 そして、まるで慰めるように言った。


「まあ、そういう需要もあるみたいだし、安心しなさい」

「~~~~~~っ!!」


 体の底から熱いものがせりあがってきた。


 ♢


「ほら、早く体を起こしなさい」

「まだ無理です、ダメージ回復してないので……」

「些細なことじゃない、気にするだけしょうがないわよ」

「乙女にとっては大事なんです!」


 机に突っ伏したままの私を見て、先輩ははぁとため息をついた。




「今はあなたの胸が小さい話はどうでもいいから、早く昆布わかめの話に移りましょう」

「何ではっきり言うんですか!」


 ばっと手をついて体を起こす。

 やっぱ前言撤回!この人優しくない!!


「勝手に落ち込んでるだけじゃない、それにあなたが回復してくれないと話が進まないもの」

「むー……」


 睨みつけても一切気にしていない風の先輩。

 私も諦めて話を戻す。


「まあ、北原先輩の探し方は大体わかりました。ラジオの情報から本人を特定するって作戦ですね」

「ええ、話が早くて助かるわ」

「まあ、昆布わかめが正直に話してるって条件付きですけど……」

「それについては信用するほかないわね、他に探す当てはないわけだし」

「まあ、そうですね……」


 実際その方法で私は身バレしたわけだし、案外馬鹿にならない方法だと思う。


「それで、昆布わかめについて、何か情報は無いんですか?胸が大きくて運動神経がいい人なんてごまんといますよ」

「まあ、そうよね……」


 先輩は口に手を当ててうーんと考える。


「後は、去年からお便り送ってたから、1年生じゃない事とか、後は……ああ、影山君が生徒会関係者っぽいって言ってたわね」

「生徒会関係者ぁ?」


 急に胡散臭い言葉が出てきて顔をしかめる。


「いえ、これは気にしないで。影山君が一回かもって言ってただけだから」

「ですよね~」


 先輩も流石にこれはあり得ないと思ったらしく、いなすように手を振った。


 確かに西園寺会長は文武両道だし、副会長の庄内先輩も剣道有段者だと聞く。二人とも胸は大きかったと思うが、あの二人と昆布わかめは一切結びつかない。


「まあ、後は多分声フェチな位ね、多分だけど」

「声フェチ……確かにあんなお便り送ってくるくらいですもんね」


 二人で笑いながら、私たちは姿の分からない昆布わかめについてあれやこれや憶測を立て続けるのだった。

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