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共同戦線

 ズズッ


 平日夕方のファミリーレストラン。埋まっている席の半数近くを高校生に埋め尽くされた店内で、私————木南真希乃はジュースを飲んでいた。


 不満を表したくてワザと音を立てるけど、目の前に座る先輩はなんてことない表情でカップを手に取った。


「ふう……」

「優雅にコーヒー飲んでないで、何とか言ったらどうです」

「そんな不機嫌な顔しないで。周りの楽しそうなお客さんに迷惑よ?」

「私、今日友達とのカラオケの予定潰してきたんですけど」

「あら、それは申し訳ない事をしたわね」


 口ではこうは言いつつまったく謝ってなさそうなトーンの彼女は、北原柚葉先輩。私をここに呼び出した張本人だ。

 先輩はコーヒーカップをことりとソーサーに置き、ふうと一息ついた。


「少し、あなたに相談したい事があってね」

「相談、ねぇ……」


 北原先輩は伏し目がちにしていた視線をゆっくりと上げた。


「ええ、ぜひともあなたに相談しようと思って……『昆布わかめ』について」

「……」


 黙りこくったままの私に対して、先輩は意外そうな表情をした。


「あら、驚かないのね」

「……まあ、何となく予想はしてましたから」


『昆布わかめ』……予感はしていたが、その名前が北原先輩から出てくると、《《やっぱりか》》という気持ちになった。

 彼女の事がなかったら、私もカラオケの予定を潰してここに来たりはしなかった。


 一方北原先輩も目線をそらして物憂げにため息をついた。


「やっぱりこういう予感って言うのは当たるものね」

「でも、万が一私達が違う事考えてるかもしれませんし、一応確認してみます?」

「そうね……まだ杞憂の可能性もあるものね」


無駄なあがきかもしれないが、どうせなら最後まであがきたかった。どうやらその気持ちは先輩も同じらしい。


「じゃあ、せーので行きますよ」

「ええ、せーのね」


 先輩が頷いたのを確認して、私は小さく息を吸った。


「せーの」


「「昆布わかめ、絶対私達と同種ですよね(よね)……」」


 お互いに発した言葉は、語尾以外ほとんど同じだった。

 そっかぁ、やっぱりそうだよね……


「はぁ……私の思い過ごしかと思ったけど、どうも違うみたいね」

「一言一句そっくりそのままお返しします~」


 嫌味っぽいトーンで返事をするも、心は晴れない。

 二人で顔を見合わせて、同時にため息をつく。


「お待たせしました!山盛りポテト、オリンポス盛りでーす!」


 机にぐったりとしなだれかかる私たちの真ん中に、どさりと皿いっぱいに盛られたポテトが置かれる。


「……」


 何も言わずとも北原先輩がドン引きしているのが分かる。

 しかし、火星の火山の名を関したそいつを前に、気持ちとは裏腹に私のお腹は元気にグーと鳴るのであった。



 ♢


 この量の芋を私一人で食べきるのは流石に体裁が悪い気がしたので、彼女にも少し食べてもらうことにした。あくまで分けるつもりだったんですよ風なテンションで。


 北原先輩は一本ポテトをつまむ。真っすぐなポテトが山から引き抜かれた。

 それで、と彼女は切り出した。


「やっぱりあなたも怪しいと思ってたのね。昆布わかめの事」

「ほりゃほう……そりゃそうですよ!なんですかアレ、欲望丸出しじゃないですか!」

「こら、公衆の面前でそんなこと言うんじゃないの」


 思わず声が大きくなる私を、先輩は静かに窘めた。周りの視線が少しこちらに向いた気がして、私は肩をすくめた。


 事は今日のお昼の放送にさかのぼる。


 普段は1リスナーとして放送を楽しんでいる私たちであるが、今日の昆布わかめのお便りに私は非常に嫌な予感がしたのだ。


 丁寧な文章で誤魔化してるつもりかもしれないが、あれはどう見ても先輩を狙ったお便りだった。


「でも、北原先輩もヤバいって思ったから私に連絡したわけですよね?」

「そうね、あんなメス丸出しの文聞かされて落ち着いていられる私じゃないわ」

「メス丸出しって……」


 キレイな声でかなり結構強烈なこと言う先輩。

 わざわざ私も訂正するつもりはないけど、凄い事言うな……。


「はぁ、臨場感たっぷりなんて枕詞わざわざつけちゃって、見せつけたいのかって話ですよ」


私が告げると、北原先輩もきれいな眉を少しひそめて頷いた。


「ええ、まあでも、あんなお便りにもわざわざちゃんと対応してしまうあたり、影山君にも問題はあるわね」

「確かに、ビアンカでもいっつもそんな感じですよ。キッチンなのにいっつもホールの私の事ばっかり気にしてて、ほんっと、困った人ですよ」


 腕組みをしてうんうんと頷く私。先輩はこちらをちらりと見たかと思うと、一口カフェオレを口に含んだ。


「そうね、彼、私がどれだけ雑な対応しても、絶対に私にちゃんと挨拶してくれるし、そういうマメなところが今回みたいな件につながるのでしょうね」

「へえ、毎日……」


 私はポテトを、北原先輩はカップを掴んだまま固まっている。お互いを見つめたまま、達人の居合いみたな緊張感が走る。


「やめましょう、今は昆布わかめの話。ここで争っても仕方ないわ」

「……そうですね」


 北原先輩の一言をきっかけに、私たちは互いに刀を鞘に収めた。そうだ、今問題なのは昆布わかめだ。ここで争ってもしょうがない。


「でも、これ以上何か出来ることあります?いくらここで情報共有したところで、どうしようもなくないですか?」


 そう。ここで話したところで、何が変わるという訳では無い。私たちが注意したところで、昆布わかめを止める方法などないのだから。


 だが、先輩はそんな私を見ながら、ふっと笑った。


「木南さん、私が情報共有のためだけにあなたを呼んだと思ってるの?」

「……違うんですか?」

「ええ、今日あなたを呼んだ理由、その一つは……」


 先輩はゆっくりと顔を上げて、その漆黒の瞳でじっと見つめてくる。

 口元には、妖艶な笑みが浮かんでいた。


「昆布わかめの正体を、探るためよ」


 北原先輩の言葉に、私の脳は一瞬フリーズする。


 昆布わかめの正体を、探る……?


「いやいやいやいや!流石にそれは不味いですって!」


 だが、直ぐに脳が回転し始めて、この人が何をしようとしているか理解した。

 しかし、北原先輩はきょとんとした表情だ。


「どうして?」

「どうして、って……流石に正体を割りに行くのはライン超えてるって言うか、人としてヤバいって言うか……」


 しどろもどろになりながら訂正しつつ、私はある事実を思い出した。


(ああ、そういやこの人ビアンカに突っ込んできて私の正体バラシたんだっけ……)


 プライバシーの概念とか希薄なのかもしれない、確かに友達少なそうだし……。


「あなた今何か失礼なこと考えてない?」


 でも私は品行方正で友達も多い。いくら昆布わかめが相手とはいえ、そんなヤバいことに手は貸せない。ここでちゃんと止めないと。


「正体を暴くなんてラジオリスナーとしての領分を超えてます。やるなら一人でやってください」

「あら、そう……」


 私がきっぱりと断ると、先輩は案外素直に引いてくれた。

 よかった、これで一安心……


「でも、ちょっと想像してみてちょうだい」

「はい?」


 目を軽く伏せて、先輩はぽつぽつと語り始めた。


「例えば、このまま私たちが昆布わかめを放っておいたとするでしょ?そうしたら彼女はこの調子でお便りを送り続けるわ。回を重ねるごとに、そのお便りの内容もヒートアップしていく」

「……」


 北原先輩のゆったりとした喋りに引き込まれそうになるが、必死にとどまる。


「ラジオに情熱をかけてる影山君は次第に彼女のお便りに興味を持つ。このお便りを送ってくれるのはどんな人なんだろう、彼女に想われる男はさぞ幸せだろうって……」

「ん、んっ!」


 咳払いをしても、彼女は止まらない。


「そしてついに昆布わかめがその正体を明らかにする。驚きをあらわにする影山君、自分の目の前に立っている彼女に恐る恐る尋ねる。『もしかして……君が昆布わかめさん?』彼女は小さく頷き、そして、彼に勢いよく抱きついた……!」


 そう、そして先輩に抱きついた昆布わかめは、顔は見せずににやりと笑う。まるで計画通りだと言わんばかりに……!


「そんなのダメー!」


 私の悲鳴が店内に響く。周りの人がぎょっとしてこちらを見るが、そんなの気にしてられない。

 荒くなった呼吸を少し落ち着けて、優雅にコーヒーを飲む先輩を見つめる。


「……分かりました。私も協力します」

「あら、それは心強いわ」

「一応言っときますけど!」


 得意げに笑う北原先輩をびしっと手で制する。


「私が協力するのは、先輩に悪い虫がつかないように追い払う必要があると思ったからなので!そこ勘違いしないでくださいね!」

「はいはい、好きにしなさい」


 ひらひらと手を振る先輩を軽くにらみながら、私はポテトをごそっと掴んだ。


 こうして、私たちは昆布わかめを探すという形で、一時的に共同戦線を張ることとなったのだった。


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