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デルトラの悩み事

「鮒、きんかん、椎茸、うどんか愚鈍な小新発地~」


今日もお昼の放送がある。いつもの発声練習を終わらせて、つらつらと締めの文章を読み上げていく。


「よーっす、お疲れー」

「—————薬師如来も照覧あれど、ホホ敬って、外郎はいらっしゃりませぬか!」


読み上げている途中でガチャリと扉が開く。入ってきたのはいつも通り真城先生。

最終盤で途切れさせるのも嫌だったので、ぺこりとお辞儀をして最後まで読み切った。


外郎売ういろううりか、久々に聞いたな」

「先生知ってるんですか?」


俺が今読み上げていた外郎売は発声の練習で使われる文章だ。

正直練習とは思えないくらい長いし早口言葉もあるしで、体力を使う。


「私はこれでも高校時代演劇部だったからな。役者だったし外郎売は何度となくやった」

「へえ、演劇部ですか」


てっきりこういうのとは無関係な人だと思っていたから、意外な共通点にびっくりした。

先生はどこか昔を懐かしむような表情をする。


「当時は同じ役者の彼と付き合ってたんだよ。丁度公演もカップル役をやることが多かったし」

「いいですね、演劇部の青春っぽい」

「だけど、高校最後の公演の直前で大道具の後輩と浮気してたのが発覚して別れたんだよな」

「……」


さらっとヘビーな話をぶち込まれてコメントに困る。

先生は左手をまっすぐ天井に掲げ、ぼんやりと見詰める。


「あいつら、今度結婚するんだってさ……」


グーパーする左手は、痕一つないキレイな手だった。


「じゃ、じゃあ外郎売も終わりましたし!そろそろ放送の準備始めますね!うわー、今週は特にお便り多いですね~」

「なあ、どっちが私に結婚式の招待状送ろうって言ったと思う?」

「……」


どっちを答えても不正解な気がしたので、俺は無言を貫いた。答えは沈黙なのだ。




「さて始まりました!6/27日お昼の放送です!


いやー、もう早いもので6月ももう終わりそうですね~。なんかいつの間にか梅雨明けしたみたいですね!……いや、まあラジオなんでハイテンションで言ってますけど、梅雨入りとか梅雨明けってあんまりピンと来ないですよね~。


こう、ニュースで梅雨明けしましたとか言われても、え?昨日も晴れだったくね?みたいな?そういうしっくりこない感じがありますよね~


って感じで、はい、オープニングトークをこんなもやもやしたテーマで入るなって怒られそうですけど、今日も明仁高校お昼のラジオ始めていきます~」


「6月、もやもや……ジューンブライド?なんだ?私への当てつけか?」


最早世界が敵に見えつつある先生は放置して、俺は放送を続けることにした。


「今週も皆さんからのホットなお便りたくさん頂いてますからね~どんどん読んでいきたいと思ってます!まずはふつおたのコーナーから!」


俺はごそりと机に置かれたふつおたを手に取る。

恋愛相談の影響なのか、このラジオの人気が出てくるとともに、届くふつおたの量も明らかに増えてきている。

恋愛相談に乗っ取られつつあるこのラジオだったが、着実に放送全体の人気が出てきているという手ごたえを感じる。


そう、俺は手ごたえを感じているのだが……



「それではお便りの方読んでいきたいと思います。ラジオネーム『デルトラの森』さんから!


影山さんこんにちは、いつも楽しくラジオ聞かせてもらってます。

最近恋愛相談企画を通じてこのラジオが流行ってきているのを私も肌で感じます。


ですが、少し不安に思う事もあります。人気が出れば出るほど影山さんの負担が大きくなってしまうのではないかという事です。


これは少人数でやっているラジオだと聞いていますから、人気の大きさがそのまま影山さんの負担に直結すると知っています。どうか無理だけはせずに頑張ってください……とのことですが」


読み上げても尚ひっかかるようなメール。

俺がこのメールを最初に読み上げようと決めたのは、何も心配されたかったからではない。



「えーと、デルトラの森さん、俺の身を案じるメールありがとうございます……いやまあ、確かに一応このラジオ、メールの管理とか基本的に俺一人でやってるのでまあ大変ちゃ大変なんですけど……じゃなくって!」


念のためもう一度差出し人の名前を確認する……

やっぱりデルトラの森だ。


「え、どうしたんですかデルトラの森!なんか見ない間に随分と牙が抜かれてないです?どうした、精神修行でもしてきたんですか?いつもの『デルトラ節』は滝つぼに捨ててきたんですか!?



……いやまあ、冗談は置いておいて。俺の事を心配してくれるのはありがたいんですけど、俺としては全然問題ないっすよ。寧ろデルトラ節の無いことがが心配な位で……。」


デルトラの森がこんなしおらしいお便りを送ってくるのは、恋愛相談の初回くらいだろうか。

あれは多分エンタメとしてのトーンだったんだろうけど、今回はガチだ。



「だから正直俺としてはデルトラ節全開でお願いしたいくらいですね。寧ろじゃなきゃ困る!いやぁ、デルトラの森は黎明期からこのラジオを支えてくれてる一人ですからね。びっくりしましたよ今、急に右腕食われたかと思いましたもん!」



突然こんなお便りを送ってくるだなんて、何か心境の変化でもあったのだろうか。

例えば……誰かにデルトラ節を否定された、とか?


……流石に無いか。



「という訳で、俺は全然余裕なので、デルトラの森さんも思いっきりぶつかってきていいですよーというお話でした……」


普段のリスナーが元気がないと俺もテンション上がらない。

楽しみにしてるぞ!デルトラの森!


その後もふつおたをもう2通読んだ。

普段読まないリスナーのお便りという事もあって、随分真面目なふつおたコーナーになってしまった。


さて、ここからが本題だ。ふつおたの倍はあるお便りの束をごそっと手に取る。


「では次のコーナー行きたいと思います!皆様お待ちかね、恋愛相談のコーナーです!」


どんどんぱふぱふというSEを入れる。


「はい、最早説明は不要ですね。このコーナーも回数を重ねてきて、なんとお便りを下さるのが早二回目の人も出てきました~。皆青春してるんですね~!


このお便りの束が青春の重さかと思うと、モテない俺は心が折れそうになりますがなんとか頑張っていきたいと思います~」



一番上に置かれたお便りを一枚持ち上げる。《《彼女》》がこのコーナーに送ってくれるのは、早2回目だった。



「それではお便り一つ目、ラジオネーム抹茶パウダーさんからです!」


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