テコ入れ回(2)
しばし、本当の沈黙が放送室を流れた。黙ったままの俺に、先生はふっとシニカルに笑った。
「やれやれ、余りの衝撃に声も出せないみたいだな」
「いえ、余りの浅い提案に声も出せないだけです」
「何でよ!」
白い目を向ける俺に、先生はがたっと椅子から立ち上がる。
「何を言い出すかと思えば……結局恋愛ですか……」
「いいじゃん恋愛!高校生なんて寝ても覚めても恋愛の事ばっかりだろ?」
「いや、それは人によると思いますけど……」
さっきまでの余裕は頼もしさはどこへやら。
呆れる俺に不満げな視線を送り、先生はこほんと咳ばらいをして再び椅子に座った。
「あのな、お前のラジオの弱点、それは安定感だ」
「はあ、安定感……」
「そう、お前は良くも悪くも真面目過ぎる。作業用BGMみたいに流し聞きするには丁度いいが、ちゃんと聞くには内容が刺激に欠ける」
「それは……」
非常に図星だった。
去年までは先輩たちが良くも悪くもめちゃくちゃな人だったから、俺が必死に軌道修正を図って、それが結果としてウケていた。
「コンテンツにあふれた高校生は刺激の少ないラジオには最早興味を示してはくれない、それがこの結果を招いていると私は思うよ」
「だから恋愛要素を足すってことですか……」
「名案だろ?」
「まあ……」
突発的な考えの割には、思いのほかよく考えられたアイデアだった。
校内ラジオで恋愛がテーマになったら、身近さとラジオの匿名性が重なってワクワクする気がしないでもない。
だが……
「恋愛をネタにする、ですか……」
「なんだ?失敗するのが怖いのか?」
「いや、まあ、それも無いではないですけど……」
あくまで楽観的な先生。だが、俺は彼女ほど当たって砕けろの精神ではいられなかった。
「正直変に恋愛系のコーナーなんて作ったら、この人たちが離れないかが心配で……」
俺の心に引っかかっているのは、手元にある3枚のお便り。俺が一人でラジオをすることになってからも、彼らはほとんど毎回のようにお便りをくれた。
恋愛コーナーなんてやったら、『安易な方向に走った』と思われないだろうか……
思い悩む俺に、先生はふんと息を吐いた。
「あのなぁ、お前はそういう所が真面目過ぎるんだよ」
「え?」
「影山。今の放送部には変化が必要なんだ。こいつらが大事なのは分かるが、そのせいで校内ラジオが終わったら本末転倒だぞ?」
「……」
先生は椅子から立ち上がり、グッと俺の据わるテーブルに身を乗り出してくる。
「今一番考えるべきなのは視聴者の事じゃない。お前がラジオを続けることだ」
「そう、ですか……」
俺の頭には走馬灯のように今までの放送部で過ごした日々が蘇る。
しばらく沈黙した後、俺はゆっくりと口を開いた。
「……分かりました、やれることは全部やります」
俺の答えを聞いて、先生はにこりと笑った。
「よく言った」
先生はトントンと俺の肩を叩き、大きく伸びをしながら回転椅子へと戻っていく。
「でも、恋愛要素を足すって言っても、何をするんですか?ミニドラマとかですか?」
「演劇部に協力でも仰げればいいんだが、協力してくれるかも分からん。とりあえず恋愛相談のコーナーとかにしたらどうだ?」
「なるほど、恋愛相談……」
それ単品のコーナーはあまり聞いたことは無いが、ラジオで恋愛相談をするというのは結構ない話ではない。
「そうと決まれば早速募集しないとな!聞いた奴全員が『ひょっとして私の事?』なんて勘違いするような甘い奴を集めるぞ!」
「でも俺、人に話せるような恋愛経験なんてないですよ?彼女なんていたこと無いですし」
彼女いない歴=年齢の俺が人のコイバナを聞いたところで、まともに相談ができるとは思えない。
しかし、先生は上機嫌に椅子に座ったままくるくると回っている。
「大丈夫大丈夫、その辺はなんとなくそれっぽい事言っとけばいいんだよ!どうせラジオに投稿する奴なんて相談したいんじゃなくて、背中を押してほしいだけなんだから」
「さらっと凄い事言いますね先生……」
この企画の立案者とは思えないくらいには楽観的な思考だった。
「だからお前も気負わずに今までと同じようにラジオすればいいよ、刺激は向こうから寄ってくるだろうから」
「だといいんですけど……」
「ほらほら、善は急げだ。昼休みが終わる前に放送掛けて、早ければ来週から恋愛相談コーナーやるぞ!」
先生の勢いに押されて、俺は再び放送ブースへと座る。一人で操作しやすいように近くに置いたプレーヤーのスイッチを入れて、いつものジングルを流す。
不安がぬぐえず先生の方を見ると、勝利を確信した顔で焼きそばパンを食べていた。……お気楽だな。
しかし先生へのいら立ちが、不思議と緊張をほぐしてくれた。
「皆さんこんにちは、明仁高校放送部がお送りする『あけらじ!』MCの影山です。放送はさっき終了したんですが、今回は皆さんに連絡があります、なんと、我らがあけらじ、新コーナーで恋愛相談所を開くこととなりました!」
なるべく多くの人に伝われと言う気持ちで、ギアを上げて喋っていく。
「最近隣の席の子が可愛く見える……とか、彼が部活を頑張ってる姿がカッコいい!とか、話題は何でもオッケーです。誰にもぶっちゃけられない恋の秘密、匿名でラジオで伝えてみませんか?もしかしたら、気になるあの子に想いが通じるかも……!詳細は掲示板に載せておくので、投稿お待ちしております~」
そのままマイクを切って、ジングルを流して放送は終了した。何かどっと疲れたな……
「お疲れ、いい喋りっぷりだったぞ」
「ありがとうございます……」
どこかで買って来たらしいお茶を先生から受け取る。ふたを開けるときのぱきっと言う音が、妙に心地よかった。
「お便り、来てくれますかね……」
「大丈夫大丈夫、この企画は何となく成功する気がする」
「気がする、って……」
先生はバシバシと俺の背中を叩いてくる。あまりの勢いに、飲んだお茶を吹き出しそうだった。
「安心しろ、私の勘はよく当たるからな」
「はぁ、信じてますからね」
――正直、この時の俺はこのコーナーがハネるとはあまり思っていなかった。そもそも放送をまともに聞いている人がある程度いてくれたらいいな、なんて考えていた。
しかし、この放送がすべての始まりだった。
「ふーん……」
同時刻、違う教室で、不敵に笑う美少女たちがいた。
《《ずっとラジオを聞いていた彼女達》》にとってそれは、またとないチャンスだった。
「やべっ、もう昼休み終わるじゃん!」
そんなことが起きているとは露知らず、俺は放送室で一人弁当の残りを急いでかき込むのであった……。