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18/30

勝者

 北原がうちの店に来た翌日の朝。

 大してやることも無かったので、俺は少し遅めの時間に教室に到着した。


 クラスにはそこそこ人が集まっているが、俺の隣の席には誰もいない。

 北原がこの時間にいないとは珍しいな……。


 何となく不安になりつつイヤホンでラジオを聞いていると、隣の椅子がガラガラと引かれた。


「……おはよう、影山君」

「はよーっす、北原……って、大丈夫か?」


 珍しく遅く登校した北原は朝イチだと言うのにぐったりとしていて、眼にも生気が感じられない。

 思わず声をかけると、北原は力なくにへらっと笑った。


「ええ、ちょっと寝不足なだけだから心配いらないわ」

「珍しいな、北原が寝不足だなんて」


 基本的に俺の中の北原は完璧美人、一分の隙すら見せない凛としたイメージだ。

 授業中に寝てるなんて見たことないし、常に体のコンディションはばっちりにしていると思っていたが……


 北原は席に座ると、ふうと軽く息を吐いた。


「ちょっと昨日は興奮しちゃってね、夜になっても目が冴えて寝れなかったのよ」

「興奮?」

「ええ、譲れない戦いをしてきたの。ここ数年で一番白熱したと言っても過言じゃないわ」

「それ……まさか木南とじゃないだろうな」


あの二人が連れ立って出ていくのを確認して以降、漠然と不安ではあった。

仲がいいのか悪いのかよく分からない二人だしな……


「さあ、どうでしょうね」

「不安にさせる返事だな……」


目をつむって小さく首を振る北原。力ない首の振りだったが、有無を言わせぬ凄みを感じた。


「大丈夫、別に木南さんと険悪になったという訳では無いから、安心していいわよ」


北原がそう言うなら、まあ信じるしかないか……。 


「よく分からんが大変だったみたいだな、お疲れ北原」

「ああ、安心して影山君。勝負には勝ったから」

「お、おお、そうか……」


 北原はこちらにサムズアップしてきた。

 何が安心かは一切分からんが、まあ勝ったなら良かった……のか?


「ふふ、あの子ったら、私のふつおた100本ノックにあそこまで食いついてくるとはね……」


 小さくぼそぼそと呟く北原。確かに疲れているんだろうが、そんな彼女はどこか楽しそうに見えた。


 ◇


 俺は学食へと向かっていた。 

 今日は母親が忙しく弁当を作れないと言われたので、財布を握りしめてここに来た。


 ここには久々に来たが、相も変割らず相当混んでいた。ウチは食堂にパンコーナーが併設されているが、そのどちらも人で埋まっている。

 食道で座れないのは嫌だったので、俺もパンコーナーへと進んだ。


 大して広くないスペースなので、人数以上に混雑を感じるが、そんな中で少し空間ができていた。


 空間の中央には、一人のスーツ姿の女性がいた。


「こっちの焼きそばパンは麵多め、ただしこっちはその分キャベツが多い……。うーむ、どちらにしたもんか……」

「うわぁ……」


 焼きそばパンを両手に抱えてうんうん唸っている新卒教師がそこにいた。

 思わず声が漏れて慌てて口をつぐんだが、周りも似たような表情だった。


 しかし、彼女は周りの視線などどこ吹く風、一切気にしていない御様子だ。


「にしてもこの焼きそばパン若干量減ってないか……なんだ物価高か?それとも便乗か?おおん?お前も薄皮なアイツらと同族なのか?お前まで私の生活を苦しめるのか?」


 ついにはパンにメンチを切り始める真城先生。

 知り合いだと思われるのも嫌なので、俺は回れ右して彼女から距離を取ることに決めた。


「よし!こっちに決めた、やっぱ時代は麺だな!」


 俺の歩くペースが一段階あがった。

 それと先生、多分野菜多い方買った方がいいですよ。



 パンコーナーを出て、俺は食堂の方に向かった。

 食券を購入してカウンターできつねうどんを受け取る。

 普通盛を頼んだはずだが、トレーに乗っているどんぶりには優に一玉以上のうどんが入っていた。


 早くこのデカブツをどこかに置きたいと考えつつウロウロする。


「お、あそこ空いてる」


 運のいいことにちょうど端の席が一つ空いていた。

 周りこんで座ろうと思ったら、前の席には見慣れたボブカットが座っていた。


「よう木南、前いいか?」

「ほ、へんぱい……」


 反射的に声を出してから、彼女はよく咀嚼した後にごくりと飲み込んだ。


「先輩じゃないですか、どぞどぞ」


 木南に示されるがままに俺は席に座った。


「食堂に来るなんて珍しいですね」

「今日は弁当じゃなくってな。パン買おうかと思ったんだけど、焼きそばパンにキレてる人がいてな」

「焼きそばパンにキレる……?なんですかそれ」


 正直俺が聞きたい。

 怪訝な顔の木南に、気にするなと手を振った。


「木南はよく来るのか?食堂」

「まあ、週1,2回は来ますね。ここ量も多くて安いんで」


 まるで運動部みたいなことを言う彼女の皿には、確かに言葉通りどどんと巨大なオムライスが鎮座していた。

 形状から察するに1/3ほどが食べられたのであろうオムライスは、それでも俺の両拳を覆えるくらいの大きさだった。


「デカいな……」


 オムライスを見ながらぽそりと呟くと、木南は自分のオムライスとうどんを見比べて、はっと何かに気づいたような顔をした。


「ち、違いますからね!私は普段からこんなに食べてるとか、そういう訳じゃないですから!」

「どうしたんだよ急に」

「いえ、だからその、これは……そう!やけ食いです!」


 しどろもどろになりつつも、木南はピンと指を立てた。


「やけ食いって、何か嫌な事でもあったのか?」

「まあ、それなりに……」


 自分で言いつつその時の事を思い出してきたのか、木南の顔が少し曇った。


「実は昨日、絶対に負けたくない勝負があって、それがすごいストレスで今やけ食いしてるんです」

「ってことは、残念ながら勝てなかったのか」

「そんなこと無いです!あれは負けたというか、先輩に勝たせてあげただけなんです!」

「成程、勝たせてあげた、か……」


 中々上手い言い方だ。


「そうです、私の勝ちだって分かり切ってるからこそ、こういう場では華を持たせてあげないと可哀そうかなって思っただけです!」


 そう言って彼女はスプーンに山盛りのオムライスを掬って、一口でほおばった。


「ごほっ」


 そして木南はそのままむせた。胸を叩きながら、あわあわと水を探すが、あいにく彼女のコップはもう空だった。


「そんなに勢いよく食べるからだろ……」

「ふ、ふみまへん」

「ほら、俺の水飲んで一旦落ち着け」

「はひ、あひがとうほざいます……」


 俺の水を3割ほど飲む木南。

 相変わらず息は荒いが、深呼吸を繰り返すと次第に落ち着いたようだった。


 一旦落ち着いたのを確認して、俺もきつねうどんを食べ始める。


「おお、意外とうまい…」


 正直時間も経っているしあまり期待はしていなかったが、麺は少し柔らかくなっているものの、それでもまだコシがあってうまい。

お揚げにかぶりつくが、中からじゅわりと出汁が染み出て口いっぱいに広がる。


「意外としょっぱいな……」


 元々濃い目の味付けがされているのか、口が深刻に水分を求め始めた。

 ええっと、水水……


「ちょっと水貰うぞ」

「あ、え?」


 木南のテーブルに置かれた俺のコップを受け取り、一気にぐびっと飲み干す。

 喉が潤い、体全体が弛緩する。


「ふう……」


 小さくため息をついてから顔を上げると、なぜか木南が顔を赤くして固まっていた。


「どうした木南、オムライスに嫌いなものでも入ってたか?」

「い、いや、全然何でもないです!」


 木南は何かを誤魔化すように、再びオムライスを大きくほおばった。

 あ、お前そんな食い方したらまた……


「ごふっ」

「何やってんだよお前……」

「ふ、ふみまへん……」

「あーもう、俺が水注いでくるから、そこで大人しくしとけ」

「は、はーい……」


 コップを二つ持ち、俺は席を立つ。

 うつむきつつも一瞬見えた木南の顔は、何故か満足げだった。

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