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17/30

負けられない戦い

 私はそのまま会計に移動した。

 別に木南さんのバイトが終わるまで待つつもりだったのだが、彼女が店長に頼んでくれたらしく、早抜けさせてもらう形になった。


 会計は影山君が対応してくれた。


「なあ、北原」

「なに、影山君?」

「いや、お前ら二人って結構仲いいんだな……」

「意外かしら?」

「意外って言うか……。二人、初対面だよな?」


 彼の質問に私は少し沈黙した。


「うーん、初対面だけど、別に初めましてじゃないわよ」

「……おん?」


 明らかに混乱している影山君、全く何も間違った説明はしていないが……。彼もまさか自分を介してつながっているとは思うまい。


「ま、まあいいや。お前らが仲良しなんだったらそれに越したことは無いし……俺の考えすぎだったわ」

「ふふ、影山君は心配性ね」

「お疲れ様でーす」


 丁度そんな折、着替えを終わらせた木南さんが更衣室から出てきた。

 去年まで中学生だった彼女は、学校の制服よりビアンカの制服の方がしっくりくるように見えた。


「おう、お疲れ、木南」

「すみません先輩、ホール仕事やらせちゃって……」

「いいよいいよ、大した手間じゃないし気にすんな」

「そうですか?いや、北原先輩がどーっしてもって言うもんですから……」


 木南さんは心底申し訳なさそうな顔をしながら、ちらりとこちらを見やった。

 影山君ははははと軽く笑った。


「今日も木南頑張ってたし、ちょっと早めに帰るくらいどうってこと無いよ」

「ホントですか!私頑張ってましたか!?」


 瞬間、木南さんはぴょこぴょことすばしっこい動きで影山君の元へと近づいていく。影山君も思わず後ずさる。


「お、おう……ちゃんと頑張ってたと思うぞ……?」

「えー、なら、私なにか頑張ったご褒美が欲しいです!」


 甘えた声を出す木南さんは、一瞬ちらりとこちらを振り返った。

 その顔には、どうだと言わんばかりの笑みが浮かんでいた。


 しかし、影山君の反応は予想外だった。


「お前ご褒美とか欲しかったの?」

「え」

「いやだって、さっきバックヤードで欲しいものは自分でって……」

「わーわーわーわー!」


 さっきまでの余裕はどこへやら、木南さんは急に慌てて手を振り、影山君の話を遮った。


「それはそれ!これはこれです!」

「そ、そうなのか……」

「です!先輩は全然女心が分かってないんですから……」


 不満そうな木南さんに、困惑気味の影山君。

 ……お互いそうあるのが当たり前な雰囲気で、少しこめかみ辺りが疼いた。


「お話は終わったかしら?」

「ああ、すまん北原。待たせてるんだったよな」

「構わないわ、だけど……」


 不満そうに影山君を軽く睨みつける木南さんに目を向ける。


「あんまり《《冗談言って影山君を困らせる》》のは感心しないわよ?」

「別に冗談じゃ……」


 悔しそうに歯噛みする木南さん、一瞬反論しそうだったが、影山君の方を見て、諦めたような表情を浮かべた。

 今度は私が木南さんににこりと笑いかける。


「じゃあ、行きましょうか?」

「はぁい!」


 わざとらしい位に元気な返事。をしながら、木南さんはゆっくりとした足取りでこちらに移動してきた。


「お前ら、ホントに仲いいんだよな……?」


 怪訝そうな影山君に見送られながら、私たちはビアンカを後にした。




 ♢


 紆余曲折あったが、結局私たちはビアンカからほど近いファミレスに行くことになった。

 案内されたのは4人掛けのテーブル。席に座るや否や木南さんが口を開いた。


「で?場所変えて何話そうって言うんですか」

「そんなに焦らないで。まずは何か頼みましょう?奢るわよ」

「遠慮しときます。バイトしてちゃんと稼いでるので」


 施しは受けないと言わんばかりのきっぱりとした口調だった。

 随分と警戒されちゃってるみたいね……


「奢る対価なんて求めたりしないわよ?」

「大丈夫です、自分の好きなように注文したいので」


 グランドメニューをから視線を動かさずに木南さんは言った。

 彼女の気持ちは少しわかる。案外気を遣うタイプなのかもしれない。


 木南さんがしばらく悩むのを見つめた後、店員さんを呼んで注文をした。


「ご注文お決まりでしょうか?」

「すみません、ドリンクバーと、あとプリンを一つ」

「あ、ドリンクバーもう一つ、それとこのジャンボパフェください!」


 なるほど、それなら確かに遠慮もするか、っていうか遠慮してくれないと困る。


 ♢


「それ……ホントに食べきれるの?」



 メニューのデザートのページを大胆に1/3も使って宣伝されていたジャンボパフェは、名前負けしていない大きさをしていた。

 横も縦もデカいそいつは私の正面の視界の大部分を占領しており、多分小柄な木南さんから私は見えていない。地方のファミレスが提供していいサイズじゃなかった。


 しかし、木南さんはきょとんとした表情だ。


「別に余裕ですけど?」


 そう言ってパフェの上方から長いスプーンがぐさりと差し込まれて、ガラス容器越しにキレイな層構造がぐにゃりと歪む。

 大きすぎてしばらくクリームの味しか分からなさそうね、あれ……。


「うーん、クリーム甘いしスポンジふわふわでおいしい~!」


 しかし、私の懸念は的外れだったようで、どうやら彼女は一発でスポンジまで掘り当てたらしい。


「これも才能ね……」

「?」


 きょとんとした顔の木南さん。私も注文したプリンを一口食べる。

 カラメル部分を少し取り過ぎたのか、固めのプリンはかなりほろ苦かった。


「それで、こんな所まで呼んで一体何話そうって言うんです?」


 ジャンボパフェを一匙掬いながら木南さんは尋ねてきた。


「いえ、折角だから世間話でもしようかと思ってね」

「世間話ぃ?」


 眉を顰めつつ、木南さんは注文したパフェを一匙掬った。


「ええ、お互いの素性も知れて、積もる話もあるでしょ?」

「私は北原先輩と話す事なんてないですけど」

「そう?私は抹茶パウダーさんに聞いてみたい事、色々あるけど」


 私がその名前で呼ぶと、彼女はパフェから顔をずらし、じとーっとした目でこちらを見る。


「その人を小ばかにしたような感じ、いかにも『デルトラ節』って感じですね」

「お褒めにあずかり光栄ね」

「嫌味です!」


 むすっとした表情でパクリとパフェをほおばる木南さん。

 瞬間、ぱっと顔が明るくなる。顔色がころころ変わって面白い。


 ちなみにデルトラ節とは私のお便りでの内容を指す。普通にお便りを書いているつもりだが、何時からかそんな風に呼ばれるようになった。

 

「それで、木南さんはあのラジオのどんな所が好きなの?」

「随分いきなり聞いてきますね……色々ありますけど、やっぱり先輩のリアクションですかね」


 戸惑い少し考えつつも、木南さんは素直に答えてくれた。


「リアクション……」

「はい、なんて言うか先輩って、芝居がかった感じのないリアルな反応をするじゃないですか。それが私たちの傍に寄り添ってくれてる感じがして、そこが良いですね」

「なるほど、流石の着眼点ね」

「ちゃんと反応されると恥ずかしいんですけど……」


彼女は私から目をそらしつつ、ぱくりともう一口パフェを食べた。


「なるほどね……ちなみにあれ、アドリブで喋ってるんですって」

「え!?マジですか!?」


 よほど驚いたのか、木南さんはがたりと椅子から立ちあがった。

 近くの人達が何事かと視線がこちらに向き、我に返ったように彼女は縮こまりつつ座った。


「前、彼の台本見せてもらったから。それは確かよ」

「はえ~……あれアドリブなんですね……」


 スプーンを持ったまま、彼女は呆けている。

 分かるわ、私も初めてそれを知った時はそんな反応をしたし。


「リスナーを大事にしてるからこそ、自分の生のリアクションを届けたいんですって」

「なんか、先輩らしいですね……」

「ええ、彼らしいわね……」


 二人でドリンクバーでもって来た紅茶とオレンジジュースを一口飲み、ほうっと一息つく。


「私達、大事にされてるんですね……」

「普段のお便りの読み方からして、そうだろうとは思ってたけどね。昔送ったお便りの内容とかちゃんと覚えてくれてるし」

「あー、それ分かります!私も一回しか言ったことないバイトの話覚えてくれてましたもん!」

「ええ、私も身バレ気を付けろってちゃんと注意してくれたし。ちゃんとエンタメより私たちを優先してくれてる感じがして好印象よね」


 自分の言った言葉を噛みしめるように反芻して、二人してうんうんと頷く。


「さすが先輩ですね、こんなの誰でもファンになっちゃいますもん」

「ええ、顔の見えない相手にここまでするなんて、普通じゃないわ」

「でもやっぱり先輩が一番大切にしてるのって……」

「ええ、一番目を掛けてるのは……」


 この後のセリフは、二人同時だった。


「私よねー」

「私ですよねー」


 瞬間、あんなに和やかだった私たちのテーブルから音が消えた。

 時間が止まったかと思うような沈黙だった。


「いやいやいやいや、なーに言ってるんですか北原先輩!先輩が一番目を掛けてるのは私、抹茶パウダーに決まってるじゃないですか!」

「はっ、木南さんこそ冗談きついわね。私が何年彼のファンやってると思ってるの?あなたの様なぽっと出が敵う訳無いじゃない」

「あらまぁ、言うに事欠いて古参ヅラですか!それって時間以外自分に勝ち目ないって白状してるようなもんじゃないですかぁ?」


 挑発的なトーンで見上げてくる木南さん。私も紅茶を一口飲んで応戦する。


「ほう、一年が言ってくれるじゃない、あなた私が去年どれだけ彼にお便り読んでもらったか知ってて言ってるの?去年を知らないくせに自分が一番だなんて随分大きく出たわねぇ?」

「じゃあ逆に聞きますけど、私がお便り投稿し始めてから何週で彼に認知してもらえたか知らないわけないですよね?」

「彼は一度でもお便りを送られたら認知するわよ?自分だけが特別だと思わない事ね。あなたなんて他のリスナーと大差ないわ」

「ぐぬぬ……」


 この一撃は中々効いたらしい。歯を食いしばりながらも彼女は食い下がってくる。


「ま、まあそういうのはバラエティに富んだお便りで一気に先輩の心をわしづかみにした抹茶パウダー以上に面白いお便り書いてから行って欲しいですね~」

「あなたのお便りが面白く聞こえるのは彼のおかげなのに、勘違いしちゃってるみたいね?」

「あれ?何とか節とか言うひねくれ音頭しか取り柄のない人がなんか言ってるな~」

「よし分かった小娘そこに直りなさい。今まで私が投稿したお便りと彼のリアクション懇切丁寧に教えてあげるから、耳の穴かっぽじってよく聞きなさい!」

「いいですよ!その先輩面、ボコボコにしてあげます!」



 私達は外が暗くなることにも気づかないまま、一歩も引けない戦いを繰り広げるのだった……。

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