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対峙

 静かなジャズが流れる店内。

 いつもは人の多い人気店であるカフェ・ビアンカだが、客は私しかいなかった。

 自分の幸運に感謝しつつブレンドコーヒーを一口すする。

 コーヒーの豊潤な味わいが口いっぱいに広がる。香り高く酸味と苦みのバランスがちょうどいい。確かに彼がおススメするだけはある。


「ふう……」


 ゆっくりと息を吐きつつカップを置く。

 続いてセットのガトーショコラを一口頂く。フォークを刺そうとすると思いのほか抵抗があった。いかにケーキが濃厚か食べる前から分かって嬉しくなる。

 ハードルは大分上がっているが、果たして……


「おお……」


 想像以上だ。ケーキを食べた瞬間、芳醇なチョコレート味が口いっぱいに広がる。コーヒーと合わせることを考えているのだろうか、ガトーショコラはかなり甘めだった。


 しかし、飲み込んでみると一切くどさは無く、チョコレート特有のあの喉に残る感じは一切なかった。


 チーズケーキとかなり悩んだが、私の目に狂いはなかった。

 自分の慧眼に思わず笑みがこぼれる……


「ちょっと」


 しかし、そんな私が至福のカフェタイムを乱すものが現れた。

 ビアンカの制服を着た少女は、椅子にゆったりと座ったまま声を掛けてきた。


「何かしら?」

「私、先輩の食レポ聞かせるためにここに座らされたんですか?」

「そう急かさないで。折角美味しいケーキを食べてるんだから」


 もう一口コーヒーを啜る。ああ、心地よい苦みが五臓六腑に染みわたる……。


「ちょっと、ドラマの真似事やってないで何で私をここに呼びつけたのか教えてくださいよ。私仕事中なんですけど」


 目のまえにいる少女は、ぱっちりとした目をすーっと細めて睨んでくる。

 およそ客にする対応とは思えない。


「いいじゃない、他にお客さんもいないし、店長さんにも許可を取ったでしょ?」


 知り合いが来てるからちょっと話したいと言ったら、店長さんは快く受け入れてくれた。

 影山君も怪訝そうな顔をしながらも、それならばとバックヤードへ下がっていった。


「そうですけど、この時間お給料出ないかもしれないのに……」


 相変わらず不満そうな彼女。ショートボブの髪先をくるくるといじっている。

 でも、不機嫌の理由は給料だけじゃないだろう。


 まあ私もコーヒーとケーキの味は十分に楽しんだ。ことりとフォークを皿に置く音が合図となる。


「じゃあ、本題に入ろうかしら」

「っ!」


 瞬間、何かを感じ取ったのか彼女はビクッと背筋を伸ばした。


「まずは自己紹介が遅れたわね、私は北原柚葉よ」

「……木南真希乃、です」


 下から睨むような上目遣いで、彼女————木南さんは挨拶してきた。

 私への不信感がにじみ出ているが、それでも愛嬌たっぷりな顔だ。


「木南さんは、友達が多そうね」

「何ですか、突然」


 あれま、褒めて距離感を縮めようと思ったのに、より一層警戒されてしまった。


「いや、すごく愛嬌があるし、このお店での働きっぷりもそつがないし、さぞ友達も多いんだろうなーって」

「まあ、少なくはないですけど、そりゃ、どうも……」


 あくまで警戒した様子ではあるが、彼女は素直に感謝を伝えてきた。


「それに比べて私は友達が少なくってね、見ての通り仏頂面だからお昼も基本一人なのよ」

「いや、別にそんなこと……。先輩美人ですし……」


 木南さんは気まずそうに訂正してくる。

 申し訳なさそうに目をそらすところに性格の良さがにじみ出ている。


「いいのよ、気を遣わなくて。実際私はお昼も一人だし」

「お昼……」

「木南さんはあの時間は友達とおしゃべりしてるのかしら」

「ま、まあ、そうですね……」

「私はしゃべる相手もいないから、ラジオとか聞いちゃうのよね」

「へー、ラジオですか」


 ちらりと彼女の様子をうかがうが、特に動揺している様子はない。

 これは私の予想が間違っているか、或いは……

 まあ、考えても仕方がない。もう少しカマを掛けて見よう。


「そう言えばあのラジオって、影山君がやってるみたいね」

「ああ、そういやそうですね、バックヤードでもいっつもラジオ聞いてますし。あのラジオジャンキーには困ったもんです」


 警戒した調子の彼女が初めてつらつらと喋った。

 困ったと本人は言っているが、その口調にはどことなく余裕が感じられた。


「バイト先の先輩がやってるのに聞いたりしないの?」

「別に、何か流れてるなーくらいのもんですね。まあ、聞いてくれって先輩も言って来るので、しゃーなしっていうか?」


 木南さんはどこからか持ってきた水を一口含んだ。

 なるほど、彼女はそういうスタンスか。ならば少し攻め方を変えよう。


「じゃあ、最近彼が恋愛相談の企画をやってるのは知ってる?」

「ええ、先輩がそういやそんなこと言ってましたね」


 ……さっきからやたらと「先輩」というワードが繰り返し出すわね、この子……。


 でも調子よくしゃべってるけど、あくまでボロが出ないように考えながら喋っているような感じがする、多分雰囲気よりずっと賢い子だ。


「あの企画、中々面白いのよ?恋愛って人それぞれなんだなって分かって」

「北原先輩もそう言うの好きなんですね。恋愛なんて小ばかにしてるタイプだと思ってました」

「私を何だと思ってるのよ」


 まあ、一概に否定はしないけど。


「それで、この間の恋愛相談で、すごく面白い相談があったのよ」

「面白い……?」


 調子よくしゃべっていた彼女のトーンが、一段階下がった。


「ええ、あなたも絶対興味を持つと思うんだけど、聞いてくれる?」

「じゃあ、まあ……」


 ここで流れを切るのも不自然だと考えたのか、彼女は小さく頷いた。


 よし、かかった。


「その子はバイト先の先輩が好きみたいなんだけど、妹みたいにしか思ってもらえないんだって。それを何とかしたいって相談だったのよ。それに対する影山君の返事は、妹扱いって言うのは信頼の証だから、めげずにギャップで攻めればいい、ですって」

「……」


 木南さんはあくまで黙りこくっている。


「バイト先で妹分、どこかで聞いたような話ね」

「……そんなの、よくある話じゃないですか?私に限った話じゃないですよ」

「あら、誰もあなたがそうだとは言ってないけれど」

「……っ!」


 初めて彼女の顔に、動揺が見られた。明らかにしくじったと言わんばかりの顔。

 しかし、直ぐに平然とした顔に戻った。


「その聞き方はズルいです。誰だってあんな風に言われたら自分の事言われてると思いますよ」

「確かにあなたの言うとおりね……」

「そ、そうですよ……!」


 そう告げて私はコーヒーに口をつける。少し冷めてきたコーヒーは、苦みこそ増したが飲みやすくなっていた。


「はぁ……」


 しばらくそのまま待っていると、ついに木南さんが根負けした。


「そうですよ、先輩の言う通りです」

「言う通り、とは?」

「分かってるくせに……」


 不満そうに口を尖らせて睨んでくる木南さん。

 私は黙ってコーヒーをもう一口すする。


「だから、私が『抹茶パウダー』です!」


 木南さんは諦めたようなトーンだった。

 彼女を安心させるために、私はにこりと笑いかける。


「やっと話してくれたわね」

「どこから気づいてたんですか……」

「まあ、色々と?」


 最初に感づいたのは、影山君のバイト帰りに一緒に帰っていた時の話だったけど……、それを言ったら彼が恨まれそうだし、言わないでおいてあげよう。


「それで、何が望みなんですか?」

「望み?」

「この事知ってどうするつもりなんですか。バラされたくなかったらラジオから手を引けとか、バイトのシフトずらせとか、そういう事ですか?」


 なんだか投げやりな木南さん。覚悟を決めたみたいに手元にあるグラスの水をグビっと飲み干す。


「そんなことしないわよ。私の事なんだと思ってるの」

「じゃあなんでこんなことしたんですか。脅しじゃないって証明してください」

「証明ね……」

「そうです、証拠を見せてください証拠を」


 テンションがややおかしくなっている木南さん。

 まあ構わない。もとより今日はそのつもりで来たのだから。


「証拠なら、この私自身よ」

「はぁ?どういう意味です……?」


 怪訝な顔をする木南さん。軽く席を立って、誰も私たちの話を聞いていないことを確認する。

 コーヒーを一口飲み、居住まいを正す。


「初めまして、抹茶パウダーさん。私の名前は北原柚葉、ラジオネーム『デルトラの森』よ」

「んなっ……!」


 彼女の目が驚きに見開かれる。言葉も出ないようで口をパクパクさせている。

 そんな彼女に、私は先輩らしく優しく微笑んだ。


「もうすぐバイトは終わる?少し場所を変えて話したいんだけど」


 彼女は驚いた表情のまま、声は出さずにコクコクと頷いた。


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