第2の妹
突如来訪した木南はとんでもないことをいい出した。
「い、妹?」
「はいっ、先輩の後輩にしてバイト先の同僚であり妹みたいな木南真希乃です!」
相変わらずいい返事だった、
……じゃなくて!
「ど、どうした木南、変なものでも食べたか?」
「やだなぁ先輩、疲れがたまって寝ぼけてるんですか?この後バイトなんですからしっかりしてくださいよ〜」
「いや、そうじゃなくって……」
始終意味の分からない事を言い続ける木南を諫めようとするも、全然話を聞いてくれない。
「その子、確か影山君のバイト先の後輩の子よね?妹って?」
「いや、俺も何がなんだか……」
怪訝な顔をする北原。
訳が分からず辺りを見回していると、クラス中の視線がこちらに集まっていた。
「おい、あの子確か一年の……」
「ああ、『南風の天使』じゃん!本物マジでかわいいな……」
「でもなんでうちのクラスに?って言うか横で話してるの誰だ?」
「アレ影山じゃん!何であんなラジオタと……?」
「そういや最近アイツ北原さんとも仲良さそうだよな……」
「まさかアイツ北原さんに飽き足らず、三方美女全員ゲットするつもりか……?」
「今あの子妹とか言ってたよな、一体どんなことさせるつもりだ……?」
ヤバイ、俺の評判が地に落ちていく音が聞こえる、あとラジオタってなんだ、いい感じに略すなよ。
しかし、この状態の木南に何を言っても無駄な気がする。仕方ない、強行突破するか……。
「よーし木南、今日は迎えに来てくれてありがとう、じゃあさっさと行こうか!」
「ああ、二人一緒での共同作業にですね!」
「バイトね!?」
お前さっきちゃんと言えてただろ!なんで急に言い方変えるんだよ!
「おい、今共同作業って」
「やっぱりアイツ手を出して……」
「もう俺達には西園寺会長しかいないのかよー!」
しかし、俺の訂正空しくクラスのざわめきはより大きくなる。
「あーもう、ほら、いいからさっさと行くぞ!」
「うぇっ!?」
木南の手を取り、さっさと教室から出ていく。
「や、やっぱり先輩はこういうのが好きなんだ……」
ぼそぼそと呟く木南の表情は心なしか赤いような気がした。
♢♢
俺達はそのままビアンカへと向かった。
クラスであんな事を言っていた割には、店に着くまでの木南は非常におとなしかった。
「いらっしゃいませ~何名様ですか?2名様!こちらのテーブル席にどうぞ~」
「はい、どうかされましたか?あ、スプーンの交換ですね!少々お待ちください~」
店についてからの木南は元気そのもので、いつも以上に溌剌と働いていた。
「木南さん、そろそろ休憩入っても大丈夫よ?」
「いえ、まだお客さんいますし全然いけます!」
今日も相変わらず混んでいる店内。
木南も休憩もせずに働いているせいで、今日のアレは何だったのか問いただす隙は無い……。
「いやぁ、今日も木南君は元気だね~」
「店長」
気づいたら店長が俺の後ろに立っていた。相変わらずガタイと気配が釣り合ってない人だ。
「普段からニコニコしてるけど今日は特に楽しそうだね。学校でいいことでもあったのかな?」
「ど、どうでしょう……?」
「君たち同じ学校だよね。学校で話したりはしないの?」
「いやぁ、木南と俺は学年も違いますし、そういうのは……」
突然うちのクラスに乗り込んできて妹を名乗り出したとは言えなかった。
「あ、木南君こっち見た」
自分の名前が呼ばれたからか、オーダーを取っていた木南はにっこにこでこちらを振り返る。
しっしと手を振ると、木南はぷくーと頬を膨らませて仕事に戻った。
「まあ、元気なのはいいけどちょっと頑張りすぎかもね。お客さん一通り接客終わったら休憩入ってもらおうか」
「ですね……」
「もう注文ないし、影山君も休憩入っていいよ」
「うっす、じゃあお先でーっす」
「お疲れ~」
元気そうに挨拶をする店長。
やたらハイテンションな木南を横目で見ながら、俺はバックヤードへと戻っていった。
「お疲れ様でーっす」
休憩室に入り、程なくして木南が入ってきた。
声はいつもよりワンオクターブ高い。
「じゃあ、隣の席失礼しまーっす」
そしてそのまま俺の横にピタッとくっついてくる。
ズレようにもテーブルの端に座ったせいで身動きが取れない。
「なあ、狭くないか?」
「私は広いですけど?」
木南は自分の左側の大きく開いたスペースを指さす。
その拍子に彼女の制服の袖がこすれる。
「お前なぁ……」
「それにいつもこんなもんじゃないですか?」
「いや、どう考えても近いだろ……」
「あれ?ひょっとして先輩照れてるんですか?」
何をどう勘違いしたのか木南はにたーっと笑った。
俺は無言で椅子を引いて、そのまま対角線上の別の席に座った。
「よいしょっと」
直後に木南も立ちあがり、俺の俺の横にぴたりと座ってくる。
……マジかコイツ
「お前、今日どうしたんだ?放課後からなんかおかしいぞ」
「そんなこと無いですよ?私達兄妹なんですから、この位近くてもおかしくはないでしょう?」
「いや、俺と木南は別に兄妹でもなんでも……」
訂正しようと思ったら、木南は人差し指を立てて、俺の顔にぐっと近づけてきた。
「そんな他人行儀な言い方じゃなくって、真希乃って呼んでくれてもいいんですよ?」
木南は小さくしなを作って、ふふっと甘えるような表情を浮かべた。
彼女は依然として妹の様な関係を取るように強いて来る。
妹、妙に距離が近い、妙に張り切っているバイト……
「成程、そういう事か……」
その瞬間、俺の中で点と点が線でつながった。
ゆっくりと顔を上げ、木南の方を見る。
「せ、先輩……?」
木南は同じ姿勢をキープしつつも、眼は不安そうに揺れている。
俺も彼女の期待に応えるべく、木南の肩をガシっと掴んだ。
手が触れた瞬間、木南の体が少し揺れた。
「木南……」
「は、はいっ……」
俺をじっと見つめる木南の瞳は期待と迷いで揺れている。
やがて、全て覚悟したようにゆっくりと目をつぶった。
肩に手を置いたまま、俺はゆっくりと息を吐いた。震えはもう収まっていた。
「買って欲しいものがあるなら、ちゃんとそう言えよ?」
「……はい?」
瞬間、木南の目がぱっちりと開かれた。
「木南お前、何か俺に買ってもらいたいものがあったんだろ?だからあんなにバイトも頑張ってたんだな」
「えっ、えっ……?」
何が何だか理解できていない様子の木南、ふふふ、図星で戸惑ってるんだろう……。
「うちの妹も何かおねだりするとき妙に俺に優しくなって甘えた声を出すようになるからな」
「お、おねだり……」
「ああ、それにわざわざ迎えに来てまでバイトの頑張りを見せようと思ったんだろ?」
「なるほど、そう解釈したんですか……」
「で、何が欲しいんだ?お前はバイト頑張ってるし、ある程度の物なら買ってやるよ。化粧品とかポーチとかか?」
女子高生の欲しいものはよく分からないが、多分そんなとこだろう。
俺もそんなに懐に余裕があるわけじゃないが、ここは先輩として一肌脱いでやろう。
「化粧品、ポーチ……?」
てっきり喜びを爆発させるかと思いきや、木南はわなわなと震えだした。
「私こんなに頑張ったのに、それじゃ話が違うじゃないですか……」
「ん?話が違う?」
「ええ、全っ然違いますよ……」
何故だか木南はお怒りのようだ。流石の俺でも何か間違えたことは分かるが、その理由がピンとこない。
「俺が渡せるものなら何でもあげるぞ?それだけじゃ足りないか?」
「そうですか、なんでもですか……」
ポツリと告げ、木南は虚ろな目で俺の体を上から下まで嘗め回すように見つめた。
その品定めするような視線に、言いようのない不安を感じる。
「と、とは言っても高校生が買える範囲内だからな!?」
「はぁ……まあ、何となく分かってましたけど……」
木南は再び俯き、小さく何かつぶやいた。
「こ、木南?」
「大丈夫、心配してくれることは信頼の証、これは心を許してくれてる証拠……」
念仏のように繰り返す木南、大丈夫かコイツ。今日ずっと情緒おかしくないか……?
「よしっ!」
不安になる俺を他所に、木南はばっと立ちあがった。
大きく胸を張る木南に見下ろされる形になり、なんだか圧倒される。
「私が欲しいものは私の力で手に入れますから!先輩は黙ってみててください!」
「お、おう……」
「じゃあ、私バイトしてきます!そろそろお客さん増えそうなんで!」
そう言い残して、木南はずんずんと店へと戻っていった。
騒がしかった休憩室に、10分ぶりの静寂が訪れた。
「俺も戻るか……」
結局木南の意図は分からぬまま、俺も大きく伸びをして、机の上に置いたエプロンに手を伸ばした。