生徒会
無事お昼の放送も終えて、翌日の昼休み。普段は来週のテーマにあくせくしている俺だが、今日はゆったりとした休憩時間を楽しんでいた……。
「ジーッ」
その時、普段鳴らないはずの教室のスピーカーが揺れた。
「連絡いたします、影山君、影山翔吾君。至急生徒会室へとお越しください」
瞬間、放送を聞いていたいくつかの目がこちらに向く。何故お前が?と言わんばかりの表情だ。
普段俺は目立つようなタイプじゃないし、しかも呼び出しはあの生徒会室と来た。
……行きたくねぇなぁ
慣れない視線を避けつつ、はぁとため息をつく。
「今度はなにやらかしたの?」
「俺が普段からやらかしてるみたいな言い方はよしてくれ」
「あら?違ったかしら?」
「あいにく大外れだ」
北原はいつも通り楽しそうに俺をからかってくる。
「でも生徒会だなんてどうしたの?影山君が呼ばれるってことは、放送部でなにかあったんじゃないの?」
「あー、まあ、それで半分正解だと思う……」
「どういう意味よ?ちゃんと心当たりあるの?」
「いや、心当たりはないんだけど、何で呼ばれたかは理解してると言うか……」
「今日の影山君はいつにも増してよく分からないわね」
目を細めて首をかしげる北原。
正直わざわざ説明するような話でもなく、一応呼ばれてる身ではあるので話を早々に切り上げて教室を出た。
教室の廊下を突っ切り別校舎へと入る。目的は一階最奥の部屋。
概観は他の教室と同じだが、ドアの上部には木でできたプレートに達筆な文字で『生徒会室』と書かれている。
一時期よく来た部屋だが、相変わらずこの威圧感には慣れない。
「久々に来たな……」
ふうと息を軽く吐く。
あれ、俺寝ぐせついてないかな……。あ、制服の襟直さないと。
瞬間、触っていないはずの扉がひとりでに開いた。
「おい、ドアの前で何してる」
恐る恐る顔を上げると、そこには黒髪ポニーテールの女性がいた。
「部屋の前で何してるんだ」
「しょ……庄内先輩……」
170cmある俺が見上げるほどの長身に剣道で鍛え上げたしなやかな体。それらを黒髪ポニーテールでまとめ上げて、こちらをキッと見つめてくる女性……
……我らが生徒会副会長。庄内小春先輩が、俺の目の前に立っていた。
2か月振りとはいえ、相変わらずの威圧感……
俺がびくびくしていると、庄内先輩はくいっと顎を動かす。
「千早が中で待ってる。早く入れ」
「うぃ、うぃっす……」
背筋をまっすぐ伸ばして生徒会室へと入っていく庄内先輩。
だが、この空気に負けるわけには行かない。精一杯背筋を伸ばして生徒会室に入る。
瞬間、圧倒的なオーラを感じた。
「よく来たわね。影山君」
中央に座る先輩から、鈴の様が聞こえてくる。
ふわりとウェーブがかった髪に、誰もが二度見するような圧倒的なスタイルと美貌。にこやかな笑顔の奥には誰でも従いたくなるようなカリスマ性。
庄内先輩が剛だとしたら、この人は柔で学園を制しているお方……。
「西園寺先輩……どもっす」
我らが明仁高校生徒会長、西園寺千早先輩がそこに座っていた。
にこやかな笑顔を浮かべているが、横に座った瞬間にオーラみたいなものを感じて委縮する。
「そんなに緊張しなくていいのよ?」
「いえ……」
俺と庄内先輩が席に着いたのを確認して先輩はウェーブがかった髪をふわりとかき上げた。
「で、改めて来てくれてありがとう。影山君」
「いえ……とんでもないです」
「ふふ、あなたがここに来るのはいつぶりかしらね?」
「大体3か月ぶりとかっすかね……」
最後に会ったのは確か去年の年度末。大体3か月くらい経ったイメージだ。
先輩は俺達をぐるりと見まわした。
「ふふ、こうして3人そろうとなんだかあの頃を思い出すわね?」
「そ、そうっすかね……」
正直余り楽しかった思い出はないが、先輩は心底嬉しそうに笑う。
「ねぇ、小春もそう思うでしょ?」
「ああ、そうだな」
とても同意しているとは思えない低いトーンで庄内先輩は返事をした。
そしてそのまま俺に鋭い視線を向ける……、この人も別の意味で怖い。
ああ、さっさと要件を聞いて帰ってしまいたい……。
「それで、今日はどうしてここに……?」
「いえ、あなたが所属している部活についてちょっと聞きたい事があってね?」
「まあ、ですよね……」
正直呼び出される理由なんてそれしか思いつかない。
「最近放送部が存続の危機だと聞いたのだけど、本当?」
「ああ、まあ……」
この人には隠す必要はないだろうと思い、正直に答える。
「部員一人の部活に部費を書けるのはいかがなものかって職員会議で問題に上がったらしいです」
「不届きなことを言う輩もいた者ね。去年のあなたたちの功績は相当だったでしょうに……」
「まあ、あれは先輩たちが偉大過ぎただけですよ。俺一人じゃ実際何もできませんし」
先輩は驚きと疑いの混じった眼でこちらを見つめてくる。
「……それは本気で言ってるのかしら?」
「ええ、心からの本心ですよ?」
俺が小さく頷くと、先輩ははぁとため息をついた。
「ノブレスオブリージュ、高貴なるものはそれ自体に責任が伴う。自分の能力を自覚していないのは無責任な事なのよ?」
「だから買いかぶり過ぎですよ」
一緒に仕事をしてからだが、この人は妙に俺の事を高く評価し過ぎな傾向がある。
他でもない生徒会長にこんな事言われて、正直気が重いったらありゃしない。
「2年生になったら自覚も芽生えるかと思ったけど……まあ良いわ。今日はその話をしに来たんじゃないの」
「手短にお願いしますよ……」
「おい影山、先輩だぞ」
立ち上がりグイっと前に乗り出してくる庄内先輩を手で制する西園寺先輩。
「いいのよ小春、実際呼んだのは私たちだし」
「千早……」
苦々しく西園寺先輩を見つつ、庄内先輩はのそりと座った。
全員が自分の方を見たのを確認して西園寺先輩はこほんと咳をする。
何てことない咳払いだが、瞬間空気が張り詰めるのを感じる。
改めてこちらをじっと見る西園寺先輩は相変わらずの穏やかな笑顔だったが、その目の奥にはぎらりとした光が見えた。
「単刀直入に言います。影山君、生徒会と手を組む気はない?」