抹茶パウダー
「ふう……」
軽い発声を終わらせて放送室で軽く伸びをする。午前の授業の疲れか方がパキパキとなって気持ちがいい。
「おう、やってる?」
「ここラーメン屋じゃないですよ」
小さく手を上げながら放送室に入ってきたのは真城先生。
手にはいつも通りの総菜パン。
「そんなんじゃ栄養偏りますよ」
「大丈夫大丈夫、今日はほら、ハムレタスだから」
「野菜入ってりゃいいってもんじゃないと思いますけど……」
先生はレタスがふんだんに入ったサンドイッチを見せつけてくる。
「にしてもサンドイッチってなんでこんなに高いんだろうな。この世の総菜パンの中で一番原価率低いんじゃないのか?」
「買っといて文句言わないでくださいよ。気持ちは分かりますけど」
「しかも最近、中のレタス絶対ちっちゃくなってるよな」
ブツブツ文句を言いつつ先生はサンドイッチをもぐもぐ食べている。
「ほら、もう放送始まるんですから静かにしててください。今日結構スケジュール詰め詰めなんで」
「おー、これ今週のお便りか?」
「ですね」
「結構集まってるな」
「まあ大体は恋愛相談ですけど、曲のリクエストも増えてきてるんですよ」
「おお、順調そうだな~」
サンドイッチを手に持ったまま、先生は片手でペラペラと紙をめくっていく。
「じゃあ始めますんで、先生は椅子に戻ってください」
「うーい」
お互いに定位置に着いたことを確認して、一つ深呼吸をする。
「よし……」
軽く頬を叩いて一つ気合を入れる。
「行きます、5,4……」
指だけでカウントをしてから音楽プレーヤーの再生ボタンを押した。
「皆さんこんにちは!6月10日お昼の放送です!
さて、今週もお昼の放送やっていくわけですが、皆さん、今日は何の日かご存じですか?今日は『時の記念日』です!日本最古の時間に関する記録がなされたのが今日らしいです、最近雨も多くてテンション下がること多いですけど、時の記念日って言われると何かファンタジックで素敵な気持ちになりますよね~」
先生もサンドイッチを食べながらスマホで何か調べている。あれ多分調べてるな……。
「時の記念日という事で今日は時間を守り、規則正しい生活をしようという訳ですね……新作のゲームとか出て皆さん寝不足かもしれませんけど、今日はちゃんと寝ましょうね~……まあ、僕は今日好きな深夜ラジオがあるので夜更かししますけど―――あーいや、なんでもないです真城先生!明日は先生の小テストあるんで、ちゃんと勉強して早めに寝ます……」
サンドイッチを咥えたままの先生にぎろりと睨まれ慌ててフォローに入る。
飯食ってるから聞こえてないかと思ったんだけどな……
「とまあそんな感じで今日のラジオやっていきたいと思っています……今日は皆さんからお便りたくさんいただいているのでね、先にそちらの方読もうと思います……」
軽く時計を見るが、今のところ時間はぴったりだった。
高校デビューで野球部と一緒に坊主を辞めたら、梅雨時に天パが判明した友達の話は今度にしよう。
「さて、という訳で皆さんお待ちかねの大人気企画を始めていきたいと思います!」
俺個人としては今まで積み上げてきたいろんな企画を蹴散らして恋愛相談がのし上がってきているのは複雑な気持ちではあるのだが……
「じゃあ、早速お便りの方読ませていただきたいと思います!一つ目の便り、ラジオネーム令和狸合戦さんから~
影山さん、私は最近彼氏と喧嘩してしまいました。どちらが悪いとか言う話ではなかったのですが、逆にそのせいでお互いに謝ることが出来ず、冷戦状態が続いてしまっています。何かいいアドバイスはありませんか?とのことですが……」
うらやましいほどリア充な相談だった。
正直彼女が出来たことのない俺にそんなの相談するなよと言いたいところだが、折角お便りをくれたんだ。真剣に答えなくちゃいけない。
「そうですね、喧嘩した彼氏との仲直りの仕方……という事ですが、確かに自分にそこまで非が無かったらちょっと謝りづらかったりすることありますよね。
そこで、共通の友人に相談してみるっていうのはどうでしょうか?
人を仲介することでその人からアドバイスを受けたって体にもしやすいですし、友達から彼氏さんの方に相談を伝達してもらえるかもしれないですからね。
自分たちだけじゃ解決しなそうなら誰かに相談する!これが一番いいと思います」
相談される身からしたら堪ったもんじゃないかもしれないが、この辺が無難な回答だろうな。
「という訳で令和狸合戦さん、いかがでしたでしょうか……良ければ参考にしてください」
顔はマイクに向けたまま手を伸ばして次のお便りをぺらりと一枚とる。
「では次のお便り行きたいと思います!ラジオネーム、抹茶パウダーさんから」
抹茶パウダー……今年に入ってからお便りをくれているリスナーの一人だ。
お便りの投稿時期的に1年生ぽいが、その内容は1年とは思えないくらい肝が据わっていて、非常に面白い。
「影山さんこんにちは、いつも楽しくラジオ聞かせてもらってます。恋愛相談企画には、初めて投稿させていただきます。
相談に乗ってほしいのは、気になる人との関係性についてです。
私はバイト先の先輩がひそかに気になっています。アプローチもしているのですが中々気づいてもらえず、向こうは私の事を妹くらいにしか思ってくれていません。
正直不満なのですが、妹みたいに思ってくれてるからこそ今仲良くしてくれているような気がして、今の関係に甘んじて中々次のステップに進めません。
この関係性を維持すべきか、それとも異性として意識してもらうべきなのか。何かアドバイスがあれば教えてほしいです、とのことですが……」
このラジオも数回実施してきてかなり相談されるパターンは増えてきたが、このパターンは初めてだった。
抹茶パウダーは今年に入ってからよくお便りをくれていたが、まさか女の子だったとは思わなかった。
妹みたいに見られる、か……。
女の子が必死に思いを伝えようとしているのにそんな風にしか見ないとは、全くけしからん男もいたもんだ。こちらは一切モテなくて困っているというのに。
よし、ここは一言びしっと言ってやろう。軽く息を吸って、思いの丈をぶつける。
「いやー、アプローチしても妹としか見てくれないなんてひどい話ですね。
正直こんなことを言うのは申し訳ないですが、現在抹茶パウダーさんが意中の彼に異性として意識されてはないと思います……ですが!」
ぐいっとマイクに近づく。抹茶パウダーよ、諦めるにはまだ早い!
「妹みたいに思われるっていうのは、そこまでデメリットではないんじゃないでしょうか?
それはあなたを信頼している証拠かもしれません!抹茶パウダーさんからしたら不満かもしれませんが、意中の人はあなたに完全に心を開いて無警戒なんです。だからそこがチャンスなんです!
妹としか思っていない相手のふとした仕草にドキッとさせられる。これは気を抜いている相手にとっては非常に強烈なカウンターとなると思います。
あれ?なんで俺コイツにドキドキさせられてるだろ……みたいな感情!初めから意識していなかった相手の方が、いざ意識した瞬間の効果は大きいものです。
だからまずは意識させるところから!振り向いてもらえるよう、めげずに頑張ってください!
……という感じで、抹茶パウダーさん、如何でしたでしょうか?」
抹茶パウダー、お前はなんて健気な奴なんだ……
バイト先の先輩に気づいてもらえるといいね!
「さて、それでは次のお便りです!」