テコ入れ回(1)
カクヨムにのみ投稿していたのですが、こちらでも投稿始めました!12時更新です!
誰もいない放送室、最近はやりのJ-POPが流れる部屋の中で、俺は一つ大きく伸びをする。
「後は明日の連絡して、学年全体の連絡やってからジングル流して終わりかな……」
誰に聞かせるわけでもない独り言の流れの確認ももはや癖になってしまっている。時計を確認しながら、フェーダーのつまみに指を引っ掛ける。
心の中で3カウントをしつつ、ゆっくりと指を下げると、音量が小さくなると同時に心が放送モードに切り替わっていくのを感じる。
「さぁ、こちらは昆布わかめさんからのリクエストナンバー、『ホワイトエイジ』でした。今後もリクエストの方お待ちしております!それでは最後に来週のテーマです、来週は、『テストにまつわる僕・私の失敗談!』です。小テストの話でも、中学の頃の話でも大丈夫です。皆様のお便り、どしどしお待ちしています!」
一呼吸
「では、5月20日お昼の放送を終わります。次回の放送をお楽しみに~」
全て言い切ってからマイクのスイッチを切り、フェーダーを上げていく。しばらく経ってからジングルを止めると、放送室は静寂に包まれる。
「今日も一日頑張りました、っと……」
自分への激励が空しく響く。弁当を開き、放送前に食べきれなかった残りをいただく。
明仁高校唯一の放送部である、影山翔吾は誰もいない放送室で静かに弁当を食べ進めていた。放送前より少し固まっている白飯を掻っ込みながら、机の上に置かれた紙に手を伸ばす。
「今日のお便り、もっと盛り上げられた気がするよな……」
そして、お便りを見ながらひとり反省会を始める。お行儀のいい行為ではないが、それを咎める人は誰もいない。防音室なのをいいことに一人しゃべり続ける。
そんな時、防音室のドアが開かれた。ギイギイと言う音と共に、長身の女教師がぬっと現れる。
「おっす、影山、お疲れー」
「真城先生、お疲れ様です」
焼きそばパン片手に入ってきたこの人は先生、俺の所属する放送部の顧問、真城泉先生だ。
「椅子借りるぞ」
「ああ、どうぞ」
俺の返事を聞くまでもなく回転いすにドカッと座り焼きそばパンを食べ始め、そのまま回転いすで回り始めた。
「食べながら回ったら酔いますよ、先生」
「大丈夫、私三半規管強いから」
俺の忠告も聞かず、先生は以前グルグルと回り続ける。
……また職員室で何かあったな、この人。
まだ赴任して間もない先生は色々と困りごとがが多いらしく、人の少ないこの放送室は彼女の避難所と化している。
「なんかトラブルですか?先生」
「あ?いやーまあ、色々とな」
義務感で一応尋ねるが、先生は曖昧にぼかす。ひどい時はそのまま愚痴につながるが、この調子ならそこまでヤバい事を言われたわけじゃなさそうだ。ほっと安堵の溜息をつく。
すると、ぴたりといすの回転は止まった。
「なあ影山、放送楽しいか?」
突然の質問に、俺もお便りを確認する手を止めて先生を見上げる。真城先生は複雑そうな顔をしていた。
「何ですか突然、楽しいですよ?ちょっと大変なところはありますけど、やりがいもありますし」
それに、と俺は手元に置かれた3通のお便りに目を向ける。いつもと変わらない、最早おなじみのメンバーだ。
「少ないですけど、俺の放送を楽しみにしてくれている人たちもいるので」
俺がそう答えると、先生は俯きがちに目を伏せた。
「そうか、そうだよな……」
「はい、この人たちが聞いてくれる限りは、俺も頑張れます」
自信満々に答えるが、先生は浮かない顔をしている。
「うーむ……」
そして、先生は再び椅子に座ったままグルグルと回り出す。次に止まった時、先生は俺に背中を向ける格好だった。
「実は今日、職員会議があってな……。放送部の必要性について議題に上がったんだ」
「……マジですか」
冗談であってくれと思う俺の感情とは裏腹に、先生は真剣な表情で続ける。
「いや、影山が頑張ってるのは私もよく知ってる。機材全部動かして、企画もトークテーマも一人で考えて、先輩たちの残した放送部を守ろうとしてくれてるのは十分知ってる。だけど、部員が一人しかいない放送部に予算を当てるのはいかがなものか、と……」
先生はなるべく優しく言ってくれているが、何が言いたいかは嫌でも伝わってきた。
「やっぱり、俺の実力不足ですね……」
去年までは3年生の先輩たちを主導として、放送部は少人数ながらも頑張っていたし、実際昼の放送は結構な人気コンテンツだった。
しかし、先輩たちが卒業して部員は俺一人になってからは人気は急落。聞いてくれる生徒の数もぐっと減ってしまった。
実力不足を痛感しながら必死に頑張ってきたが、結局こうなるか……
「いや、影山はよくやってるよ。だが部活勧誘も終わって一人って言うのがどうしてもキツくて……。私もかばったんだけど、あの教頭強情でな……」
「すみません、損な役回りをしてもらって……」
悔しさをあらわにする先生。
先代が新任の先生を無理やり部活の顧問に祭り上げたという話はよく知っている。
顧問は大変だったろうに、こうして上に反対してでも放送部を残そうとしてくれる先生の気持ちは非常にありがたかった。
「でも、やっぱり悔しいですね。こうして今もラジオを聞いてくれてる人がいるって言うのに、裏切るみたいで……」
「そうだよな……」
顔も名前も知らないが、週2回の校内ラジオに毎週お便りをくれる3人。このラジオが終わると知ったら、彼や彼女らはどう思うんだろうか、悲しんでくれるんだろうか。
「はぁ……」
そんなつもりはなかったのに、思わずため息が漏れる。
なんだか湿っぽい雰囲気になっていると、突然パンと言う音がした。見ると、先生が膝を叩いて勢いよく立ちあがる音だった。
「影山!」
「はっ、はいっ……!」
「お前……ひょっとして放送部諦めるつもりか?」
その剣幕に、思わず背筋が伸びる。
「いや、そりゃ諦めたくは無いですけど、中止になるなら仕方ないんじゃ……?」
「それはあのヅラがそう言っているだけだ、正式に決まったわけじゃない」
発言と心の声が入れ替わっている気がするが、この際気にしない。
「じゃあ、ラジオの人気が出たら放送部が存続できる可能性もあるってことですか……?」
「ああ、私はそう思ってる」
「おお……!」
真っ暗闇の中に一筋の光明が差した気分だった。だが、その光はまだまだ細く感じられる。
「でも、人気を出すってどうすればいいんですか?今は週1でやってますけど、もっと放送の機会を増やすとか?」
「いや、それは無理だろ。週1ですらカツカツなのに、これ以上影山の負担が増えたら体を壊しかねん」
「でも!」
「高校生の本分は勉強だ。これ以上は私が許さん」
「そうですか……」
先生にぴしゃりと止められて、返答に窮してしまう。
「影山、お前のトーク力はどんどん上がってきている。正直高校生とは思えない実力はあると思ってる」
「は、はぁ……」
「だが、このラジオには足りないものがある。何か分かるか?」
「それが分かってたら、今こんなに苦労してません……」
ため息をつく俺に、先生はにやりと笑いかけた。
「知りたいか?」
「……はい、知りたいです」
背筋を伸ばして答える。彼女は深く息を吸って、その答えを口にした。
「それはズバリ、恋愛だ!」