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ゴブリンソルジャーが立ち上がるとリズが構えた。
拳法みたいな感じだけどちょっと違う。もっと自由な感じだ。
獣人は身体能力が高いから、それをフルに使えるだけでも驚異的だった。
人の形をした野生の獣が四肢を使って戦ってるみたいな。そんな印象を持つ。
でも相手はゴブリンソルジャー。
普通のゴブリンより強いし、体も大きい。しかも囮を使う辺り知能も高そうだ。おまけにどこから盗んできたか知らないけど剣も持っている。
正直俺は戦いたくない。当たり前だ。ナイフを持ったヤンキーでも怖いのに、それより遙かにヤバイ剣を持ったゴブリンと戦うなんて普通の神経じゃ絶対無理だ。
だけどリズは恐れずにゴブリンソルジャーへと間合いを詰めている。
それなのに俺が怖いから逃げますじゃいくらなんでも情けなさすぎた。
隙を見つけろ。
そしてあいつをアイテム化する。
俺は自分の右手を見つめ、ゴクリとつばを飲んだ。
もしミスったら腕を切り落とされるかもしれない。こっちの世界でもそんな重傷を負ったら回復は困難だ。
実際腕のない冒険者を何人か見たことがあった。
恐ろしい。でも、やるしかない。
ゴブリンソルジャーはリズに蹴飛ばされて怒り心頭らしく、体勢を整えると斬りかかってきた。
『ゴギャァッ!』
素早い攻撃。俺なら当たってるようなそれもリズは軽々と躱した。
そして再び蹴りを放つ。
「はあっ!」
『ギャッ!』
ゴブリンも剣でリズの蹴りを受け止め、そのまま流れるように互いの攻防が交差する。
すごい。全然ついていける気がしない。
なんかあれだな。年末にやってる格闘大会のリングに放り込まれた気分だ。
テレビで見てたら見えるパンチも近くだとまるで追い切れない。
なんて考えてる場合じゃない。
隙だ。奴の隙を探さないと。
最悪死角から飛びつけば触るくらいならできるかもしれない。
失敗すれば腕がなくなるかもしれないけど……。
ありがたいことにリズに集中しているせいかゴブリンソルジャーは一度もこちらを見ない。
でも意識してないわけじゃないのは感じる。
一応警戒はされてるみたいだ。あっちからすればなんでいるのに戦わないのか分からないんだろうな。不気味に感じてるのかもしれない。
でもこっちに来ないなら好都合だ。少しずつだけど攻撃のパターンも分かってきた。
それはリズも同じみたいだ。さっきから回避に余裕があった。隙を見て蹴りも入れてる。
だけどゴブリンソルジャーも攻撃を喰らっても簡単にはぐらつかない。最初みたいな不意打ちでもしない限り、決定打は与えられなさそうだ。
それはリズも分かっているみたいだった。
「手強いですね……」
リズは俺をチラリと見た。そしてまたゴブリンに向き直す。
加勢してほしいのかな? でもあとちょっと待ってほしい。
俺はゴブリンの攻撃を観察し続ける。
縦、横、斜め右から振り下ろし、ガード、バックステップ……。
……あれだ!
ガートの後、あいつは必ず距離を取るためにバックステップする。そこを狙えれば。
ってことはリズと俺で挟むような配置になれば、自ずとこちらに跳んでくる。しかも背中からだ。
よし。
俺はゴブリンに気づかれないようちょっとずつ動いた。
なんとかして背後を取ろうとするけど、素早く動く二人に中々ついていけない。
それでも辛抱強くやっていると良い感じの場所を取れた。
あとはリズが攻撃してくれれば。
「リズ!」
俺は蹴りのそぶりを見せた。
足は全然上がってないけどリズは分かってくれたららしく、こくんと頷く。そしてゴブリンソルジャーの剣をかいぐぐると蹴りを放った。
「はぁっ!」
『ギャッ!』
ゴブリンは剣でガード。そしてバックステップでリズから離れる。
俺はそこを狙ってゴブリンへ突進した。
い、いけっ!
自分ではすんなり足が出たつもりだった。でも僅かな恐怖がそれを鈍らせた。
あったはずの隙はあっと言う間になくなり、ゴブリンが俺に気づいた。
「やばっ!」
ゴブリンは振り返ると俺に向かって剣を振り下ろした。
『ゴギャアッ!』
やばい。死ぬ。
なにか。なにかないのか。
「くそっ! なんとかなれっ!」
俺は目を瞑って咄嗟に右手を突き出した。
するとガキンッ! と金属音が鳴り響く。
なんだと思って目を開けると、目の前ではさっき市場で買った鍋がゴブリンの剣を受け止めている。
「……なんとか……なってる」
いきなり固い物を剣で叩いたのでゴブリンははじかれて体勢を崩していた。
と同時に背後からリズが飛び掛かる。
「はぁっ!」
鋭い跳び蹴りがゴブリンの後頭部を撃ち抜いた。
『ガッ……』
改心の一撃でゴブリンがふらついた。
「今です!」
リズの叫びで俺はハッとした。
「う、うわああああぁぁぁっ!」
俺は無我夢中で右手を突き出し、ふらつくゴブリンに突っ込んだ。
右手がゴブリンに触れる直前、スキル発動。
ゴブリンソルジャーは俺の右手に吸い込まれていった。
「はあ……。はあ……。はあ……。はあ……」
や、やった……。
安堵すると急に疲労感が襲ってきた。大して動いてもいないのに肩で息をしている。
自分の右手を見ると震えていた。
全然格好良くはできなかったけど、今はそんなことどうでもよかった。
震える俺を見てリズは心配そうに駆けつけた。
「だ、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「……い、一応……ないと思う……」
自分の体をチェックしていた俺は足下で転がっていた鍋を見て、ホッとした。
「…………鍋……買っといてよかった……」




