32
しばらくして娼館から出るとリズが不安げに駆け寄ってきた。
「どうでしたか?」
「うん。気持ちよかったよ」
「え?」
リズがキョトンとするので俺は慌てて誤解を解こうとした。
「あ、いや! 違う! マッサージ! マッサージの話ね! そういうことはしてないから!」
「そうですか……」
リズはなにか言いたげにジトリとした目を俺に向けた。
完全に誤解されてる……。話を逸らさないと。
「そ、そうだ! アメリアを見つけたよ!」
するとリズの顔がぱあっと明るくなる。
「本当ですか!?」
「うん。ただちょっと厄介なことになって……」
「厄介なこと?」
不思議がるリズに俺は事情を説明した。
アメリアを買うには三千万ゴールドが必要だと知ると、リズの顔が暗くなった。
「人間のお金に関してあまりよくは知りませんが、それってすごい大金ですよね……。しかもたったの三ヶ月でなんて……」
獸人であるリズが聞いても無茶な要求だと分かるらしい。
我ながら酷い条件を呑んだもんだ。
「まあね。でもなんとかしてみせるさ。なんとなくだけどやれる気はするんだ」
「本当ですか?」
リズは顔をあげた。
「正直自信はないけど、やれるだけやってみるよ。もし無理だったらまた別の方法を二人で考えよう」
俺が笑いかけるとリズも柔和に微笑んだ。
「はい」
かわいいな。この笑顔のためならなんだってできそうだ。
すると話を聞いていたララーナが煙草を吹かしながら苦笑した。
「三千万って……。どう考えても無理な気がするけど? それともあんた、そんなにカネ持ってるの?」
「いや、ない。正直すっからかんだ」
「それでよくそんな条件呑んだね」
「そうするしかなかったからな」
「へえ」
ララーナはなにか言いたそうにリズを見つめた。
「多分無理だと思うけど、良い主人に買われたね。この街じゃこんなの滅多にいないよ」
「そうなんですか?」
「ああ。あたしの主人なんてろくでなしでさ。体売って稼いでこいって言うんだ。そのくせ自分はなにもせずに売り上げだけ持っていく。あたしに残るのは子供の小遣い程度だよ。でも断ることもできない。それが奴隷だからね」
ララーナは夜空を見上げて煙草を吹いた。視線の先には月が淡く光っている。
「まあ、それでも獣人の中ではマシな方だけどね。ある程度の自由はあるからさ。もっときつくて酷いことをやらされてる子はたくさんいる」
その光景を俺は何度も見てきた。酷いけどここではそれが普通だった。
俺は疑問を口にした。
「逃げたりとかは考えないのか?」
ララーナはフッと笑った。
「もちろん考えるよ。でも捕まったら殺されるし、もしこの街から逃げられてもハンターが追ってくる。あたし達に安全な場所なんてないんだ。死ぬまで働かされて、捨てられるだけだよ」
分かってはいるけど残酷な仕打ちだ。
だけどここじゃそれが普通だった。
モンスターに対して人は甘くない。
狩り、奪い、屈服させる。
それが冒険者という存在だった。
「……そんなことしてたらいつか罰が当たる」
ララーナは呆れて笑った。
「あんたがそれをしてくれるわけ?」
それはそんなことにはならない。そう諦めた笑いだった。
俺が世界を変えてやる。
もうちょっと若ければそんな風なことも言えたんだろう。
だけど今の俺は現実を知ってる。
いくら異世界に来たからって根本的に俺は倉庫作業員のままだ。
倉庫作業員が世界を変えると息巻いていたら周りはどう思う?
そんなの考えるまでもない。
お前が変えるべきはまず自分だって言われるだけだ。
それを言われたくないから俺はなにもしてこなかった。
俺の限界は俺が知ってる。
だから今回も「俺じゃ無理だよ。他の人がやってくれるのを待つしかない」って言うはずだった。
でもダメだと思っていた俺は今生きている。
魔犬に襲われて死ぬと思っていたのにだ。
レベルが上がった。
なにもしてこなかったからこそ、なにかしたら俺は強くなれるんだと分かった。
だから俺は思いきって言ってみた。
「まあ、やってみるよ」
するとララーナは驚き、そして苦笑した。
「あ、そう。なら首を長くして待ってるから精々がんばってね」
期待されてないのが分かった。
でもそれでいい。
それくらいが俺にはちょうどいいんだ。
リズは俺に笑いかけた。
「わたし、アメリアを取り戻すためならなんでもします。どうか力を貸してください」
この子はどこまでもまっすぐだ。
「もちろん。二人でどうにかしよう」
「はい!」




