13
「やばい! やばいっ! やばいッ!」
背後には三体の魔犬がガウガウ言いながら近づいてきている。
大型犬三匹に追いかけられるのでも怖いのに相手は魔犬だ。
鋭い牙は人間の肉ぐらい簡単に引きちぎる。
つまり捕まったら最後、俺はおいしく召し上がられるってわけだ。
そんなか弱い俺を助けてくれる仲間はいない。
こういう時、追放されなければと悔やんでしまう。
もっと役に立っとけば仲間が助けてくれたかもしれない。
だけど俺はせっかくの異世界なのにひとりぼっちで犬に追われている。
しかもその犬はただの犬じゃない。
読んで字の如く、奴らは魔法を使う。
『ガウッ!』
魔犬の一匹が口を開けると魔力の球を作り出し、俺に向かって飛ばした。
「うおっ!」
俺はなんとかそれを避けるけど、そのせいで魔犬達は更に距離を詰めてくる。
これ以上寄られるとまずい。
一度でも捕まったら俺にはどうすることもできなくなる。
「くそっ! これでも喰らえっ!」
俺はスキルを発動させた。
今頼れるのはこのハズレスキル『倉庫』だけだ。
収納していたリンゴロの実を取り出し、魔犬に投げつけた。
魔犬は『ガウッ!』とそれを鼻ではじいた。
「……ですよね」
あんなの投げたって大した妨害にならない。
むしろ投げている間に近寄られるだけだ。
それでも俺にはこれしかなかった。
「くそっ! 商売あがったりだっ!」
俺は回収したリンゴロの実をばらまいた。
突如として現れた大量の実に魔犬の一匹は避けられず、悲鳴をあげて飲み込まれていく。
『キャウンッ』
だが足止めできたのはその一匹だけだった。
別の一匹はリンゴロの実を飛び越えて、俺に襲いかかる。
『ガウウッ!』
「お前にはこれだっ!」
俺はリンゴロの実を採る時に使ったはしごを取り出した。
魔犬ははしごにぶつかった。そのまま近くにあった木にはしごが引っかかり、ちょうど盾みたいに俺を守ってくれた。
『ギャッ!』
魔犬は痛そうな声をあげながら、体がはしごに絡まっていた。
「見たか! ハズレスキルを舐めるなよっ!」
と言いつつも俺は走った。
俺にできるのは攪乱くらいで決定打はない。
今のうちに逃げないと。
これだけ離れればあの子も逃げ延びただろうし。
もう充分やったはずだ。というかこれ以上は無理! 限界!
「今のうちに――」
『ガウッ!』
逃げようとした俺の横っ腹になにかがぶつかった。
それは残った一匹が放った魔法の球だった。
「がふっ!」
俺の体は吹き飛ばされ、地面にぶつかった。
「やば……。逃げないと……」
だけど痛みで体が動かない。
動かないと駄目なのに立ち上がるので精一杯だった。
これがダメージ。
みんなこんな痛みを耐えながら戦ってたのか……。
情けないことに今まで経験がないから対処に仕方が分からない……。
「く……くそ……」
なんとか立ち上がった時には足止めした魔犬にも追いつかれ、俺は囲まれていた。
最悪だ。一体だけでも勝てないのにそれが三体も……。
「…………終わった」
諦めると益々力が抜けた。
どうにかしたくても俺にはその術がない。
くそ……。攻撃系のスキルがあったら……。
ああ……。俺の人生こんなことばっかりだ……。
他の人間が普通に持ってるものを持てた試しがない。
社会の底辺。平均以下の落ちこぼれ。誰からも必要とされない能なしだ。
まあ、いいか。
底辺の俺にしてはがんばった。
最後に女の子を守れたんだ。
上出来だ。
どうせあの時倉庫で死んでたんだ。
短い間とは言え、第二の人生はそれなりに楽しかった。
魔犬達はじわじわと距離を詰め、そして三匹で飛びかかる体勢を整えた。
既に核を決めた俺はぼうっとしながら空を見上げた。
するとなにかが浮かんでいる。
……なんだ? なんか見覚えがあるな……。
よく見るとそれはステータスに似ていた。
だけど違うものだ。
ステータスは色々な欄に数値が書いてある。
頭上にあるのはただの短いメッセージだった。
簡単だから俺でも読める。
それはこう書かれていた。
『レベルアップ! スキルレベルが2に上がった!』
レベルアップ?
どういう意味だ? 2になるとなんだっていうんだ?
意味が分からない俺の体が光に包まれる。
それは初めてスキルを手に入れた時に見たものと同じ光だった。
よく分からないけど力が湧いてくる。
なんだ? なにが変わったんだ?
ステータスを開けば分かるだろうけど、そんな時間はなかった。
魔犬達が鋭い牙を光らせ、一斉に俺を目掛けて飛びかかる。
絶体絶命のピンチに俺が頼れるのはあのハズレスキルしかなかった。
「ああもう! どうにかなれえぇっ!」
目の前に接近した魔犬達に向かい、俺は右手を伸ばした。
スキル発動。
『倉庫』レベル2。
「……………………へ?」
なにかが起こった。
だけどそのなにかは分からなかった。
分かっているのは、さっきまで俺を喰おうとしていた魔犬達は消えてしまったということだ。
目の前から。忽然と。
俺は自分の右手を見つめた。
スキルを発動した時、手の前に小さな扉が現れ、開いた気がした。
それに触れると魔犬達がいなくなったような……。
「…………よく分からないけど、助かったのか……?」
周りを見渡しても魔犬はいない。
唯一遠くに見えるのは先ほど助けた少女がこちらに駆け寄ってくる姿だった。