12
「……なんだ?」
気になった俺は緊張しながら声のする方に向かった。
少し歩くと開けた場所が見え、俺は木の陰から様子を覗った。
すると向こうの林から誰かが出てくる。
それは若い女の子だった。
明るい髪をなびかせて走る彼女の額からは汗が流れ、悲壮な表情で息を荒くしている。
そしてその子の頭には獣の耳が生えていた。あの形はねこだ。
「獣人か……。なんでこんなところにいるんだ……?」
この森には何度も来てるけど獣人なんて見たことがない。
獣人はもっと人から離れた場所に住んでいる。
見付かったら奴隷として捕まえられるから人間の街には近づかないはずだ。
彼女は周囲を見渡していた。その表情は焦っている。
理由はすぐに分かった。
彼女が出てきた林の中から三つの陰が現れる。
それは三匹の魔犬だった。
「あれに追われてたのか……」
魔犬は赤い目を光らせた真っ黒の犬だ。一匹一匹は犬とそれほど大差ないけど、群れで行動する上に知能が高いから厄介なモンスターだった。
魔犬はあっと言う間に彼女を囲んだ。
彼女の周囲をぐるぐると回りながら攻撃する機会を覗っている。
「うう…………来ないでください……」
彼女の言葉なんて魔犬が聞くわけがない。
一匹が彼女を襲った。
『ガルルゥ!』
危ない!
そう叫びそうになったが、次の瞬間意外な展開が待っていた。
「はぁっ!」
彼女は魔犬の腹を蹴り飛ばした。
「……え?」
蹴られた魔犬は着地すると『グウゥ……』と唸りながら警戒している。
「あの子、強いな……」
なら大丈夫かと思った矢先だった。
彼女が痛そうに肩を押さえた。
「くう……」
よく見ると押さえた辺りから血が滲んでいる。どうやら怪我をしているみたいだ。
「マジかよ……」
あんな状態で三体の魔犬を相手にするなんて無理だ。
どうする? 助けを呼びに行くか?
いや、今からじゃ間に合わない。この時間、冒険者達はもっと深いエリアにいるはずだし、周りにいるなら既に向かっているはずだ。
助けが来ないってことは他の冒険者はいないということ。
今あの子を助けられるのは俺だけか……。
でも俺に誰かを助けられる力なんてないし……。
くそ……。こんな時に戦えるスキルだったら……。
なんで倉庫なんだよ……。
俺が悔しがっている間も魔犬達は少しずつ彼女に近寄っていく。
一斉に飛びかかられたらいくらあの子でも対処は不可能だ。
多分食べられてしまうだろう。
でも俺にはどうすることもできない。
大体相手は獣人だ。
冒険者が来ても助けてくれることはないだろう。
この世界の人間はみんな口を揃えてこう言う。
あれは人じゃない。人に似たモンスターだ。
モンスターを助けるなんて馬鹿馬鹿しい。
俺は安全で平和に生きたいんだ。
魔犬に食われて死ぬなんてまっぴらだった。
逃げよう。彼女が襲われている間なら俺は安全に逃げられる。
森の入り口に向かって踵を返し、少し歩くと俺は罪悪感から振り向いた。
その時に彼女の瞳が見えた。
絶望し、諦めているあの瞳に俺は見覚えがあった。
それは奴隷として売られたあの子の目、そのものだった。
助けられなかったあの瞳だった。
「…………くそっ!」
次の瞬間、俺は彼女に向かって走っていた。
自分でもなんでこんなことをしてるか分からない。
それでも体が勝手に動いた。
俺は近くにあった石ころを拾い、魔犬に投げた。
石ころは魔犬の一匹に命中し、他の二匹は一斉にこちらを向いた。
俺は冷や汗をかきながら叫んだ。
「おらッ! 犬ころッ! 俺が相手だコノヤローッ!」
もう一度石ころを投げると今度は避けられた。
そして魔犬の群れは俺を敵として認識したらしく、一斉にこちらへ走り出した。
「うおっ! マジで来たっ!」
俺は振り返って走ると彼女に叫んだ。
「今のうちに逃げろっ!」
彼女がどんな顔をしていたのかは分からない。
そんなことを確認する余裕もなく、俺はとにかく走った。