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シーン4:ギルド

 なんのツテもないまま冒険者ギルドにつき扉を開く。そこではカウンターにいる受付嬢と交渉をする女性。周囲の目を引く彼女は、背中まで届く銀白色のストレートヘアが風に流れるように揺れ、深い瑠璃色の瞳が印象的だった。すらりとした細身の体に適度な筋肉がつき、シンプルな黒の装束に小さな銀のピアスが光っている。

 

「だから、一人でも黒狼の亜種なんてどうにかできるわ」

「認められません。パーティを組んでからでないと…」

「そう。仕方ない。わかったわ。また今度にする」

 

 そう言って出入り口に向かおうとする彼女と目が合った。深い瑠璃色の瞳が私を貫くようだった。彼女はゆっくりと口角を上げた。

 

「あなた、とても素敵な目をしているわね。気に入ったわ」

 

 オッドアイである自分の目をそんな風に言われたのは初めてだった。その衝撃を受け止め切る前に肩を抱かれて外に連れだされてしまった。

 

「ねぇ。私はイリス。あなた、名前は?」

「エレナだけど…」

「エレナ。あなたの瞳、やっぱり素敵だわ」

「私は、そんな好きじゃない」

「そう。思うところがあるのね。さぁ、こっちへ」

 

 有無を言わさず手を引いていくイリスに私は、よくわからない感情を抱いていた。でも、嫌な感じはしない。

 

 連れてこられたのは黒猫の爪という酒場だった。イリスは顔馴染みなのか店員と陽気に話して席につく。私も座りながらメニューを見てから財布を気にするとイリスが止めた。

 

「ここは私の奢りよ。アドレア、いつものを2つお願いね」

 

 そう言って、アドレアと呼ばれた給仕に注文を済ませてしまった。私は、イリスの強引さに戸惑いながらも、なぜか心が少し軽くなっていた。

 

 料理が運ばれてくると、イリスはワインを軽く口に含んでから、ぽつりと口を開いた。

 

「エレナ。食べながらでいいわ。聞いてくれる?」

 

 私は一瞬驚いたが、無言で頷いた。

 

「私はね……一人だったの。特異な力を持っていたからじゃない。ただ、誰にも頼らずに生きるって、そう決めてたの。子どもの頃からずっと」

 

 イリスの声は淡々としていた。でも、その奥に、深く沈んだ静かな痛みがあった。

 

「何かを求めれば、失うのが怖くなるでしょ? だから、最初から何も持たないでいようって。……そうすれば、壊れることもないから」

 

 彼女は視線を落とし、フォークの先でパンをつついた。

 

「でも、そんな私でも、時々ふと“誰かにいてほしい”って思う瞬間があった。……そういう自分が嫌で仕方なかったのよ」

 

 私は、胸がきゅっと締めつけられるのを感じた。

 イリスは私とは違う――強く、誇り高い。でも、どこかで同じ寂しさを抱えてきた人なんだと思った。

 

「あなたは、私とは違って誰かに優しさを与えられる子。まだ、自分を閉ざしきっていない。……だから」

 

 イリスは顔を上げ、まっすぐに私を見つめた。

 

「どう? あなた、私と一緒に“冒険者”をやってみない?」

 

 そのまなざしには、押しつけでも同情でもない、ただ私という存在をそのまま見てくれる静かな光があった。

 イリスには、私の中にある“何か”――この力の、本質のようなものが見えているのかもしれない。

 そう思った瞬間、心の中で何かが静かに解けていくのを感じた。

 

 だから私は、少しだけ、自分のことを話してみようと思った。

 

「……私、家を出てきたの。感情が揺れると……力が暴れて、壊してしまうの。大切な場所を、自分の手で」

 

 言葉にした途端、胸の奥がじんわりと痛んだ。

 でも、イリスは黙って聞いてくれていた。遮らず、責めず、ただ、そっと受け止めてくれるように。

 

 しばらくして、彼女はふっと小さく笑った。

 

「ふうん。じゃあ、なおさらだわ」

 

「え……?」

 

「少なくとも私なら、その力を止められる。……正確には、制御する手助けができるってことだけどね」

 

 その口調はあくまで軽やかで、でもどこか頼もしさがあった。

 

「まずは装備を整えましょう。あなたの力に見合う素材がいる。武器も護符も、それから――そうね、コートも替えた方がいい。防御力が心許ないわ」

 

 彼女はすでに立ち上がり、さっきまでとはまるで別人のように、冒険者としての顔を見せていた。

 

「宿は? あなた、まさか野宿してるんじゃないでしょうね?」

 

「え、あ、うん……その、今日はどうしようかと……」

 

「じゃあ決まりね。うちに泊まりなさい」

 

「えっ?」

 

「いきなり知らない人の部屋に泊まるのは不安かもしれないけど……心配しないで。変なことはしないわ」

 

 冗談めかして笑うイリスに、私は思わずくすっと小さく笑ってしまった。

 

 こうして、ひとまず――今日のところは、イリスの家に泊まることになった。

 

 イリスの部屋は、意外にも質素で整っていた。冒険者としての生活感が滲み出ていて、無駄のない中にも、どこか落ち着ける空気があった。

 

「好きにしていいわよ。こっちが私の寝床で、あなたはこっち。シーツは替えてあるから」

 そう言って指差されたベッドに座ると、やわらかな沈み具合が、思っていた以上に心地よかった。久しぶりに感じる安全な空間だった。

 

 私はそっと荷物を床に下ろし、銀の髪飾りに触れる。乱れた髪をまとめ直していると、イリスがぽつりとつぶやいた。

 

「……寝る前に、ひとつだけ聞いてもいい?」

「うん」

「怖くなかった? ……私みたいな人についてきて」

 私は少し考えてから、首を横に振った。

「怖いより……不思議だった。どうして、こんな私に手を差し伸べてくれるんだろうって」

 

 イリスは小さく笑った。けれどその笑みの中に、どこか昔を思い出すような静けさがあった。

 

「そういう目、してたからよ。捨てられそうで、でもまだ希望を捨てきれてない……そんな目」

 

 しばらく沈黙が流れた。窓の外では、風が木の枝を揺らす音だけが響いていた。

 

「……ねえイリス」

「なに?」

「わたし……ちゃんと冒険者になれるかな」

「なれるかどうかじゃないわ。私にはそれができて、あなたには素質がある。それだけよ」

 

 その言葉に、不思議と胸の奥が熱くなった。その夜、私は久しぶりに深く眠った。闇に引き込まれることもなく、ただ、静かな夜の中で。

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