新緑の頃
森を覆う木々は青々とした葉を茂らせ、日に日に夏の匂いが濃くなっていた。
樹木は太陽を求めて大きく葉っぱを広げているが、夏でも木蔭はひんやりとして気持ちが良い。
今日も木の陰で、ケイトと妖精たちは他愛無いお喋りを楽しんでいた。
「夏至祭?」
首をかしげたケイトに、ローザが口角を上げる。
『一年で最も昼が長い日を祝う祭りよ!妖精の国では、この日を盛大に祝うの』
ローザの言葉には期待と喜びが込められていた。
『皆んなで歌って踊るの。楽しいお祭りよ!ケイトも参加しましょう』
「え、私も参加していいの……?」
ケイトは視線を落とした。
彼女の身に着けているのは、人間の国から迷い込んだときのままの服。色あせた布地には小さなほつれや染みがあり、妖精たちの鮮やかな衣装と並ぶとみすぼらしく感じてしまう。
妖精の国に人間のものが流れてくることがあり、そこから洋服を拝借することもあったが、それも似たようなものだ。
「私なんかが混じったら、場違いじゃないかな……。みんなみたいに綺麗じゃないし」
自信なさげにつぶやくケイト。
『そんな事ないよ。ケイトは綺麗だよ』とリューシーに慰められてもためらってしまう。
『そうよ。もっと自信を持ちなさい!』
ロゼッタが叱咤するも、ケイトは小さく「うん……」と答えるだけだった。
ふとロゼッタは良いアイデアを思いついたのか、ぱっと表情を明るくした。
『そうだ!だったらアタシたちが、ケイトのためにドレスを用意してあげる!』
その一声に、なにか面白いことを始めたと妖精たちが集まってくる。
『わたしはケイトの為に銀蜘蛛の糸を使ってシルクを織ってあげる!』
『それじゃあ、ボクはそのシルクを虹の川で染めてあげる』
『私は朝露を集めてパールを拵えるわ』
『そうと決まれば早速ドレスを作ろうよ!』
妖精たちは戸惑うケイトを取り囲んで、てきぱきと採寸し始めた。
ケイトにはどんなデザインが似合うかしら?「ああでもない」「こうでもない」と言い合い、ドレスを着る本人を置いてけぼりにして盛り上がっている。
目を白黒させるケイトを見て、リューシーは苦笑した。
『あいつらはまた好き勝手してるね。ケイト、無理に付き合わなくてもいいんだよ』
「ううん、むしろ……嬉しいかも。ドレスなんて一度も着たことないから」
『そう?きっと君の気にいるドレスを仕上げてくれるよ』
「うん!」
ケイトの頬に、自然と笑みが浮かんだ。
妖精たちが作ってくれるドレス――その出来上がりを想像するだけで胸が高鳴る。妖精たちが作ってくれるドレスなのだから、きっと素晴らしいものに違いない。
ケイトはすっかり夏至祭の参加に乗り気になっていた。
『それにしても気が利かなくて、すまない。普段着も用意してあげるべきだった』
申し訳なさそうにするリューシーに、ケイトは首を振った。
「ううん、大丈夫!今でも充分に親切にして貰ってるし、それに……」
ケイトは言い淀み、ぎゅっと服の裾を掴む。
ケイトが妖精の国に来て、もう三ヶ月経つ。
妖精の国は心地よくて、ついつい長居してしまった。ここは素晴らしい場所で、妖精たちは皆んな優しくて美しい。妖精のことを知るたびにどんどん惹かれていく。
……同時に自分が人間であることも忘れていくようだった。自分が何者なのかわからなくなってしまいそうで、漠然とした不安が胸の底に忍び込んでくる。
「ずっと妖精の国には居るわけにもいかないし、そろそろ帰らないと……。夏至祭には偉い妖精も来るって聞いた。帰り方を教えて貰えるかな?」
返事がない。
いつもならすぐに笑顔で返してくれるはずのリューシーが沈黙している。
ケイトは不思議に思って彼の方へと振り返った。
『……まだ、そんな事を言っているの?』
声色こそ何時もと変わらず表情もにこやかだが、その目は笑っていなかった。
いつになく不穏な雰囲気纏っていて、ケイトは息を飲んだ。
「リューシー?」
『君は妖精の国を気に入ってるんだろう。ずっと此処に居ればじゃないか』
確かに妖精の国は好きだった。
けれど理由は説明できなくても、ここに永遠に留まることは考えられなかった。
リューシーの言葉に頷けずにいると、彼はすっと目を細める。
『君は……、周りの人間に虐げられていたんだろう。わざわざそんな場所へ戻る必要はあるのかい?』
「……っ! どうして、そのことを……」
ケイトが問いただそうとしたその時、背後からロゼッタの声が飛んできた。
『ケイトーー!ちょっと来て!あなたの意見を聞きたいの』
「あっ、うん。今行くね」
ケイトは逃げるようにロゼッタのもとへ向かう。自然と駆け足になった。
――どうしてリューシーは、話してもいない自分の過去を知っているのだろう。
……痛いほど鼓動が速くなるのを感じた。
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