一方、その頃
一方、その頃。ケイトの実家ではーー
「ケイトは朝食を作らずに何してるの?」
朝起きて居間に行くも、朝食が用意されておらず、エミリーは眉を吊り上げた。
「昨夜は帰って来なかったみたいよ。一晩帰って来ないのは初めてね……」
先に居間にいた母親がぽつりと呟く。その声には、娘を案ずる響きは一切なかった。
むしろ、その姿はどこか安堵を滲ませていた。
母親は……ケイトを忌々しく思っていた。
ただ世間の目を気にして、仕方なく必要最低限の面倒を見ていただけだ。
あの子がいなくなれば、村人に陰口を叩かれることも減るだろう。
どうせケイトには貰い手も見つからないし、このままではエミリーの縁談にすら影を落としかねない。
そう考えると、帰って来ない方が都合がいい。
そして、それ以上に――
彼女はケイトを恐れていた。
ケイトが話す得体の知れない存在を証明するように、ケイトの周りでは不思議な出来事が何度も起きた。
まだ赤子だったケイトを揺り籠に寝かせていた時のこと。
母親が家事をする為に目を離した隙に、家の戸口から森の動物たちがび込み、、揺籠を囲むように集まってきた事があった。襲うわけでもなく、ただ神妙に見守るように。
慌てて駆け寄った母親の気配に、彼らは一斉に散り去っていったが、あの光景は未だに忘れられない。
また別の日には、ケイトの周囲を飛び交う不思議な光を見たこともある。
目を凝らすと消えてしまったが、ほんの刹那、光の中にきらめく羽根を確かに見た。
だが、母親は妖精の存在を頑なに信じなかった。
もし妖精の存在を信じれば、今度は彼女が変人扱いされて、村人たちから白い目で見られるだろう。子供を庇わず、保身に逃げた。それは父親も同じだった。ケイトを不気味な子供だと疎んだ。
窓越しに森の方角を一瞥し、母親は胸中のざわめきを押し殺す。
「あれは夢か幻だった」と自分へ言い聞かせ、椅子から立ち上がった。
「ケイトが帰って来ないなら……。エミリー、今日は街には遊びに行かずに家事をしなさい」
「ええっ!」
「もともとは花嫁修行で家事手伝いをする話しだったでしょう。良い機会よ。そのうち、貴方は嫁ぐのだから」
そう言い残し、母親は朝食もとらずに仕事へ出かけていった。父親はすでに家を出ている。
仕方なくエミリーは、ぶつぶつ文句を言いながら自分で朝食を用意する。
「まったくケイトは何処をほっつき歩いてるんだか!本当に役立たずなんだから。あっ、ぐちゃぐちゃになっちゃったじゃない!」
卵をうまく割れず、目玉焼きの黄身は無惨に潰れてしまった。
料理が不出来なのも、焦げ臭い匂いが漂うのも、すべてはケイトのせいだ、とエミリーは心の中で責任を押し付ける。
「だいたい、家事なんてワタシのする仕事じゃないわ!……私は綺麗だからいつか貴族に見染められるのよ。貴族になれば家事なんてする必要ないのに」
そう息巻きながらも、皿に乗ったのは黄身の潰れた目玉焼きではなく、ぐちゃぐちゃのスクランブルエッグだった。
フォークで突くだけで口に運ぼうともしない。
夢ばかり見て現実から目を逸らすエミリーには、迫り来る崩壊の足音がまだ聞こえていなかった。