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妖精の暮らし2

「んぅ……」


目を覚ましたケイトの視界に飛び込んできたのは、覆い茂った木々と、その隙間から落ちてくる木漏れ日だった。


「あれ、此処は……っ!?」


視界に入ってきた光景が見覚えのある天井ではないことに、勢いよく上半身を起こす。耳に届く、木の葉がすれあう音や小鳥のさえずり。此処が妖精の国だということを思い出し、その場に倒れこんだ。

洗いたてのシーツと干し草の匂いがする。昨夜、妖精たちがケイトのために急いでベッドを用意してくれたのだ。


「そうだ。わたし、妖精の国に来たんだった……」


陽は昇っていて、普段ならとっくに起きている時間だった。

今頃家族は心配しているだろうかと考えて、頭を振る。たとえそうだとしても、人間の国に帰る手がかりは何一つない。ケイトは起き上がり、近くを散策することにした。

木々が生い茂り鬱蒼としているが、木の葉の隙間から光が柔らかく差し込み、森の中は明るかった。足元には生い茂る草木や苔むした岩、倒れた老木。そのひとつひとつが、森が積み重ねてきた年月を物語っている。


やがて、湧き水を見つけて立ち止まる。こんこんと湧き出す水に手を入れると、ひんやりとしていて気持ちがいい。

ケイトは手のひらで水をすくい、顔を洗った。冷たさに目が覚めるようだった。


「みんな、忙しそうだったなぁ……。なにをしてるんだろう」


そう呟いたとき、ふと先ほど見かけた妖精たちの姿が脳裏によみがえる。

青い羽の妖精は小瓶を抱えて花から蜜を集め、緑の羽の妖精は苔むした岩の上に座り、小さな木の実を丁寧に磨いていた。

どの妖精も皆んな忙しそうにしていて、声を掛けるのも躊躇(ちゅうちょ)してしまった。


『仕事よ!皆んな暇じゃないんだから』


ケイトの独り言に答えたのは、昨日も会った赤毛の妖精だ。

透明の羽をはためかせ、ふわり軽やかにケイトの目の前に現れた。


「仕事?どんな仕事をしてるの」


『花を咲かせたり、動物のお世話してるんだよ〜』


今度は木の枝に乗った栗毛の妖精が答える。


『自然と妖精は親密な関係にあって、森の中の調和を保つことはとても重要なの。だから、わたしたちにはそれぞれ仕事があるのよ』


赤毛の妖精は仕事に誇りを持っているのか、胸を張って話した。


『そうだ、自己紹介がまだだったわね。アタシの名前はロゼッタ。花の妖精なの!』


ロゼッタは真っ赤な髪に、薔薇の花びらで出来たドレスを身に纏っていた。彼女は朝咲きの薔薇から生まれたという。

植物の世話をするのがロゼッタの仕事だった。彼女が植物たちに春の訪れを知らせると、たちまち蕾を開花させることができる。今朝もお寝坊さんの蕾を起こしてきたところだった。


『ぼくの名前は、フィー。風の妖精なんだぁ』


フィーはのんびりとした口調で話す。栗色の髪の毛は寝癖のようにぴょんぴょんと跳ねている。

フィーは風の魔法が得意で、種子を遠くに飛ばしたり、ひな鳥が飛ぶのを手伝ったりしていた。


遊ぶのが大好きに見える彼らも、どうやら妖精なりの営みや役目を持っているらしい。

感心したように頷いて、ふと沸いた疑問を口にした。


『リューシーはどんな仕事をしてるの?』


ケイトがこの国で最初に出会った、親切な妖精の姿を思い浮かべながら尋ねる。


『リューシーはアタシ達の仕事を指揮してるのよ』


ロゼッタが自慢げに答えて、

『リューシーはここらへんの妖精のなかじゃ一番の年長なんだよぉ』とフィーが付け足す。


言われてみれば、外見に大きな差があるようには見えなかったが、リューシーは他の妖精に比べて大人びていた。

知的な光をたたえていた切長の青い瞳を思い浮かべる。


「へぇ、何歳ぐらいなんだろ。私と同じくらいかな……?」


『確か100年以上は生きてると聞いたわよ』


「ひゃ、100年!?そんなに!?リューシ―は、お爺ちゃんだったの……!?」


思わず声が裏返り、ケイトは目をまん丸にした。

リューシーは人間で言えば十代の美少年のような姿をしている。それだけに、あまりの年齢差に呆然としてしまったのだ。

その反応に、辺りの妖精たちが「あははは」と笑い声を弾ませる。


『酷いな、年寄り扱いはやめてくれよ。妖精は歳は取らない。長く生きているって事だよ』


その声がした方向に、ケイトは振り返った。

『リューシー!』と妖精たちが一斉に声を上げる。


『おはよう、皆んな。……おはよう、ケイト』


振り返った先にはリューシーがいた。目と目が合うと、リューシーは薄日が差すように微笑を()らす。

その微笑みは何故だかケイトを落ち着かない気持ちにさせた。他の妖精の笑顔とは、なぜか違って見えた。


「お、おはよう、リューシー」


『昨夜は良く眠れた?』


「うん、お陰様で」


『それなら良かった。今日は森のなかを案内しようか』


差し出された言葉に、ケイトは静かに頷いた。


木漏れ日が溢れる森林を、ケイトたちはゆっくりと歩きだす。

梢を渡る鳥のさえずり、小動物の軽やかな足音、そして木陰で笑い転げる妖精たちの声。森は生き生きとした響きで満ち、そのひとつひとつがケイトの心を撫でるようだった。


散策の途中、ロゼッタがふわりと舞い降り、ラッパの形をした小さな花を摘み取ってケイトに差し出した。

まるで内緒話を持ちかけるように、彼女はケイトの耳元へ唇を近づける。


『この花、吸うと甘いのよ』


その囁きに促されるまま、ケイトは花を唇にあて、そっと吸い込んだ。


「ほんとだ、甘いね!」


『でしょ、でしょ!』


顔を突き合わせて、くすくすと笑い合う。

花の蜜の味以上に、そのひとときが甘美に感じられた。小さな秘密を共有した気分になった。


フィーは鳥の巣の在り方をケイトに教えてくれた。彼は得意げに大樹の枝を指さす。


『この巣はひな鳥が生まれたばかりなんだよぉ。ほら、見て〜」


小さな口をめいっぱい開いて餌を待つひな鳥たちを、ケイトは微笑ましく見つめた。


「ふふ。皆んな、可愛いね。あれは……親鳥がひな達に餌を与えてるの?」


『うん!ああやって親鳥は餌を運んでるんだよ』


「そっか、あのひな鳥たちはいっぱいの愛情を受けて育つんだね……」


ケイトの声には、ほんのわずかな羨望が滲んでいた。胸の奥で疼く寂しさが、柔らかな笑みの影に隠れてしまう。


他にも色んな場所を案内してもらう。様々な動物たちが集まる湖の(ほと)り、色とりどりの花が咲く野原。

道中、いろんな妖精たちとすれ違ったが、どの妖精もケイトを拒絶したりせず、おはようと笑顔で挨拶を返してくれた。


『おはよう、ケイト!』


「……うん! おはよう!」


ケイトは胸を弾ませながら笑顔で応える。


『いい天気だね、ケイト』


『妖精の国へようこそ!いっぱい楽しんでね』


故郷の村では、誰かに声をかければ冷たい視線や嘲りが返ってくるのが常だった。笑顔で返されることなど、ほとんどなかったのだ。

ここには、彼女を拒む視線も、陰口を囁く声も、石を投げる子供たちもいない。


ただ、柔らかな光と、優しい声と、あたたかな眼差しがあるだけ。


ケイトは美しく優しい妖精の国に惹かれていく気持ちを止められなかった。


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