妖精の暮らし
他の妖精たちもケイトに気が付いて、先を争うように押し寄せた。皆んな、好奇心に満ちた様子で目を爛々と輝かせている。
『わあ、人間だ!』
『ねえ、ねえ、なに話してるの?』
『人間、ボクはじめて見た!』
次々とまくし立てられてケイトは慌てた。リューシーがケイトに群がる妖精たちを落ち着かせる。
『彼女はケイト。どうやら間違えて妖精の国に迷い込んだらしい。帰り方が分かるまでこの国に滞在することになったよ』
「みんな、よろしくね」
ケイトが挨拶すると妖精たちが歓声をあげた。
『わあーい!よろしく、ケイト!』
『此処に住むのなら、アタシたちの家に案内してあげる!ついてきて!』
赤髪の活発そうな妖精が我先にと飛び出した。どうやら妖精たちの棲家に案内してくれるらしい。他の妖精に手を引かれて歩き出す。
『ああ、待って。そのままでは風邪を引いてしまうよ』
ケイトを呼び止め、リューシーが人差し指を一振りする。
温かいそよ風がケイトの身体をぐるりと吹き抜けていき、雨で湿っていた服はあっという間に乾いていた。付着していた土埃まで払い除けてくれたようで綺麗になっている。流れるような魔法の所作にケイトは目を見張った。
「あ、ありがとう。魔法が上手なんだね」
『どういたしまして。これぐらいお安い御用さ』
リューシーは事もなげに答えた。
皆んなで花畑を抜けて、森の中に入っていく。背の高い木が生い茂り、木漏れ日が柔らかく木々の影を落としていた。ふと美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。途端に空腹を思い出したように、ケイトのお腹がくぅと鳴った。
「あ……」
『お腹が空いてるようだね』
ケイトのお腹の音は、リューシーの耳にもしっかりと届いたようだ。くすくすと笑われて、ケイトは恥ずかしくなった。
『丁度、皆んなが夕餉の支度をしている時間だろう。ご馳走するよ』
妖精の先導に従い、花畑を抜けて、深い森に入っていく。
生い茂った木々で出来た長いトンネルを通り抜けると、広い場所に抜けた。小さな妖精たちが集まってなにか作業をしているところだった。
ひとりの妖精が魔法を器用に操ってなにやら、森のキノコや果実を細かく刻み込んでいる。また別の妖精が、木の根から青い苔に覆われた古びた小さな鍋を取り出して、その鍋にキノコや果実を詰め込み、ことことと火にかけた。ほかにも、色とりどりの花で華やかな色合いのサラダを作っている妖精もいた。
どの妖精も笑みを浮かべ、歌うように楽しげに手を動かしている。
楽しげなざわめきのなか、体ほどもある大きな果実を抱えた妖精が、ぱっと声をあげた。
『リューシー、みんな、おかえり!そっちの人間は?』
「ええと、私は……」
興味津々に近づいて、もの珍しそうにケイトに触る妖精もいた。つんつんと頬を突いたり、髪の毛を軽く引っ張ったりする。
『へぇ、妖精の国に迷い込んだの』
「うん、そうなの」
『遠くから来たなら疲れてるよね?えーっと、あなたは此処に座って!』
大きな木の根元には、小さなテーブルに小さな椅子が並んでいた。ただ、人間のケイトが座ったらぺしゃんこに潰れてしまいそうで、代わりにケイトは近くの切り株に座らされる。
『お腹空いてるなら遠慮なく食べて!』
「……つやつやしてて美味しそう」
妖精は満面の笑顔を浮かべて、抱えていた果実をケイトに手渡す。
目を引く赤はとても鮮やかで、ねっとりとした甘い香りがして食欲を誘った。ケイトが思わず皮ごと齧り付くと芳醇な汁が溢れて、じゅわ〜っと口の中に甘みが広がる。
「〜〜っ、美味しい!」
感動のあまりにケイトは叫んでいた。長い間森の中を歩いていたからお腹はぺこぺこだった。妖精はにこにこと嬉しそうだ。
『よっぽどお腹が空いてたのね』
『ケイトはお腹空いてるの…?じゃあ、これも食べるー?』
「えっ、なんだろ?ありが……」
栗毛の妖精が自分が食べていたものをケイトに差し出す。
その小さな手にまるまると太った白い幼虫が乗っているのを見て、ケイトは悲鳴をあげた。
「む、虫!?」
『うん、この虫はねー。クリーミーで甘いんだよぉ』
「虫は……ちょっと……」
言い淀むケイトに、妖精はきょとんとした。
『人間は虫、食べないの?美味しいのに勿体ないねぇ』
「ごめんね……」
妖精は気にした様子もなく、自分の口の中に幼虫を放り込み、もぐもぐと口を動かした。その姿をケイトはなんとも言えない表情で見つめる。
『ケイトはグルメなのよ!お魚なら人間も食べるでしょ』
「あっ、うん。魚は好きだよ」
『やっぱりね!口を開けて、食べさせてあげる』
「自分で食べられるから大丈夫……えっ、生?というか、生きて?ひぇっ」
『そうよ、口の中で跳ねてとっても美味しいのよ。新鮮な内に食べて!ほら早く!』
人間の自分にも食べられるものがあるとケイトが安心したのも束の間、ピチピチと跳ねる魚を目の前に突き出されて、しどろもどろになる。
どうやら妖精との生活は一筋縄ではいかないらしい。
魚を生きたまま丸呑みしろと強要されて、早くもめげそうになる。
『あー、皆んな。妖精と人間は文化も暮らしも違うんだからケイトを困らせないでくれ』
彼らなりに精一杯にもてなそうとする妖精に、リューシーが宥めることで、ようやく場は穏やかさを取り戻した。
大勢の妖精に囲まれて食事をする。人間が珍しいのか、妖精はケイトに様々な質問した。
『ねぇ、人間ってなに食べるの?』『ケイトが好きなものってなに?』
『ぼくはお昼寝が好きい。ケイトも好きっ?』
『ねぇ、ねぇ!人間にはツノとキバがあるんでしょ!見せてー見せてー』
小さな妖精が髪の中に潜り込んで角を探そうとしたので、ケイトは「わ、わっ!」と慌てふためく。
「に、人間の食べ物はね……わたしが好きなのは、その……」
リューシーが一歩前に出て、苦笑まじりに声を掛けた。
『皆んなで質問責めにして、ケイトを困らせないでくれよ』
その言葉に妖精たちは「はあい」と元気よく返事した。冗談や笑い声が飛び交い、場の空気はさらに温かなものに変わっていく。
ケイトは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。こんなに賑やかで楽しい食卓は、これまで一度もなかったかもしれない。
目の前の料理はどれも驚くほど新鮮で美味しく、けれど何より――誰かと笑い合いながら食べる食事が、こんなにも心を満たすものだとは思わなかった。
夢のように楽しい夜は、あっという間に更けていった。