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不遇の子

水桶(みずおけ)(ふた)を開くと、空っぽだった。


「あっ、どうしよう……。料理をしようにも掃除しようにも水がないと……」


ケイトは家族の誰よりも早く起きる。起きて直ぐに朝食を作ろうとして、貯水がない事に気がついた。家事をするのに水は必要不可欠だ。(ふた)を持ったままキッチンで立ち尽くした。


「あははっ!魔法が使えない能なしは大変ね」


「エ、エミリー……」


背後から声がしてケイトは振り返る。そこには困っている姉をせせら笑うエミリーがいた。


能なし。役立たず。

ケイトは家族にそう呼ばれていた。


この世界の人々は魔法を使って生活している。魔法で種火を灯したり、畑や農園に水を撒いたりして、生活の一部として便利に使っている。

ケイトは魔法を使えない。体の中にある魔力を理解し利用するのは誰でも出来る(はず)なのだが、ケイトには体の中に魔力を感じられなかったのだ。

魔法を使えないケイトが、水を利用するには川からわざわざ汲んで、行ったり来たりしなければならない。水一杯飲むにも一苦労だ。

ケイトはおすおずとエミリーに頭を下げる。


「エミリー……。手間を掛けて申し訳ないけど、水を出してもらえる?」


「いいわよ。あんたと違って水を出すのも火を起こすのもラクショーだもの」


勝ち誇った顔をしたエミリーの手のひらの上に、拳大ほどの水の塊が浮かび上がり、――バシャッ。 ケイトは嘲笑(ちょうしょう)とともに大量の水を頭上から浴びせられた。見つめていた床にも水溜まりが出来る。


「あっはっは、感謝しなさいよ。ついでに洗顔もしてあげたんだから」


ケイトは張り付いた前髪を払いのけながら、黙って頷いた。(おけ)にも水を貯めてくれたことをそっと横目で確認して、内心安堵する。


「さっさと家事を全部終わらせて、薬草を探してきて。あんたの辛気臭い顔なんて見たくないのよ。それに、狩猟も農作業の手伝いも出来ないあんたには、草を拾ってくる事しか出来ないんだから」


そう言うエミリーは、花嫁修行があるからとなんの仕事の手伝いもしていない。花嫁修行である筈の家事もケイトに押し付けて、エミリーは日中ずっと遊んで過ごしていた。

そんな自分勝手な振る舞いをするエミリーを、両親はとがめたりせず、好きにさせた。


エミリーは多少我儘であっても、妖精がいるなどと変な事は言い出さず、両親が望んだごく普通の子供だったからだ。

魔法も人並み以上に使えるし、器量も良い。

エミリーは貴族のようなブロンドの髪と青い瞳をしていて、いつでも自信に満ち溢れ、社交的ではつらつとした少女だった。


それに比べてケイトは茶色の髪に緑色の目と平凡な容姿で、いつも着古した地味な服を着ていた。そのうえ、控えめで内気な性格だった。

もっとも、ケイトが地味なのは、流行の服を好きに買ってもらえるエミリーと違い、ケイトは古着しか与えられなかったせいだ。また、周りに虐げられてせいで、人の目をうかがうようになってしまった。


それでも、両親はケイトを陰気だと嫌って、美しいエミリーばかり可愛がった。そして甘やかされたエミリーの我儘な性格は増長していった。


「うん、分かった。早く家事を終わらせるね」


エミリーの理不尽な命令にも、ケイトは嫌な顔をせず、了承した。彼女が浮かべた笑みは寂しげだった。


「ちゃんと床も綺麗にしておいてよね〜」


わざとらしい欠伸を噛み殺しながら、エミリーは部屋を後にした。

残されたケイトは、ただ黙々と掃除に取りかかる。髪からぽたぽた垂れる雫が床に染みを作っても、ひたすら拭き続ける。


すると、ふわりと風が吹いたかと思えば――

どこからともなく、光の粒を纏った存在が集まってくる。小さな羽音とともに、妖精たちが彼女の周囲に姿を現した。


妖精たちは人間があまり好きではないようで、ケイトがひとりの時にしか現れなかった。特にエミリーや両親のことは嫌っているようだった。

肩に乗ったひとりの妖精が、頬を膨らませて言う。


肩に乗った小さな妖精が、ふくれっ面で叫ぶ。


『ケイトをいじめるなんて、ひどい!』


妖精たちはぷんぷんと怒って、()わる()わる文句を言う。


『エミリー、いじわる!ぼく、やっ』

『キレイなドレスきててもナカミはまっくろ!』


もうひとりは温かな風を起こして髪を乾かした。

妖精たちは心配そうに、ケイトの耳もとで代わる代わる囁やく。


『ケイト、かわいそう』

『ケイト、だいじょうぶ?』


優しい囁きが鼓膜に響く。

まるで羽毛のような声に包まれて、ケイトの瞳に光がにじむ。


「……慰めてくれてるの?」


自分が役立たずだというのは、痛いほど分かっていた。だからこそ、エミリーの言葉には何ひとつ言い返せなかった。


ケイトは俯きながら、こみ上げる涙を手の甲でそっと拭う。

それでも、泣き顔は見せたくなかったから――

ケイトは少し無理をして、小さな友人たちに、精一杯の笑顔を向けた。


「私は大丈夫だから。こんな私でも出来ることで役に立てば、いつかきっと家族として認めてもらえる筈だから……」


だから、うじうじしてなんかいられない。もっと頑張らないと。

ケイトは気を取り直して、掃除を再開させる。そんな彼女の背中を心配そうに見つめる妖精たち。ケイトには聞こえないぐらいの小さな声で、妖精たちは囁き合う。ケイトには聞こえないほどの、羽音のように小さな囁きが交わされる。


『……あんな家族なら、』

『こっちから、……ちゃえばいいのにね』


その声は風に溶け、部屋の隅へと消えていった。

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