物語の裏側
リューシ―視点から。
湖畔に漂う月明かりが、妖精たちの舞台を照らし出していた。風ひとつない静寂のなか、波一つない湖面は、磨かれた鏡のようだった。
その鏡には、人間たちの営みやささやかな喜び、そして時折の哀しみさえも映し出される。
その畔に、一人の妖精が佇んでいた。
軽やかで、絹糸のように繊細なその羽は、静かに折りたたまれている。
彼の名はリューシー。
夜になると決まってこの場所を訪れ、月の光を浴びながら、人間の国を映す湖をじっと見つめていた。
彼がいつも目を留めるのは、一人の少女の姿。
妖精の愛し子、ただ一人。
妖精が見える目を持つ、特別な少女。彼女が姿を見せると、森は潤い、草木はより鮮やかに生き生きと育ち始める。
彼女のそばに自然と妖精が集まるのは、その魂が放つ魔力の波長が、妖精たちにとってあまりに心地よいからだった。
柔らかく、温かく、まるで森そのものが息づくような魔力を持つ彼女。
けれど、その特別さゆえに、少女は孤独だった。
周囲から恐れられ、遠ざけられ、理解されることなく、冷たい視線にさらされていた。
彼女の言葉は「嘘」や「夢想」として一蹴され、時には嘲笑の的となった。
日々、少女の心には静かな痛みが積もっていった。
家族の中でも、友人の中でも、彼女は居場所を持てず、いつもただひとり。
その寂しさと傷ついた心を、リューシーは何もできずに見守るしかなかった。
彼のいる世界からでは、少女に声をかけることも、触れることも叶わない。
どれほど手を伸ばしても、届かない距離。
それでも彼は、夜ごと湖に訪れる。己の無力さを恨みながらも、少女の姿を水面に探し続けていた。
「どうして、こんなにも純粋な光が、こんなに苦しまなければならないのか……」
傷ついてもなお、優しさを失わない少女。
他人を憎まず、自分を犠牲にしてさえ誰かを助けようとする。
人間とは本来、自分勝手な生き物――それがどれほど難しいことか、リューシーはよく知っていた。
彼は夜空を仰ぎ、月へ問いかける。
けれど返ってくるのは、変わらぬ静寂ばかりだった。
それでも彼の心は少女から離れない。
一度でいい、あの子の笑顔を見たい。
その手に温もりを届けたい。
もしもひとつだけ願いが叶うのなら――その涙を止めてやりたい。
決意はやがて行動へと変わった。
彼は遠い人間の国に住む仲間の妖精たちへ助けを求めたのだ。
それは女王との約束を破る、危うい賭けだった。
「村で孤独を強いられている少女を救い出し、妖精の国へ導いてほしい」
その願いは風に乗り、妖精たちの間を駆け巡った。
家族や村人の仕打ちに怒りを抱いていた妖精たちは、迷わず応じる。
「妖精の国に行けば、ケイトはきっと幸せになれる!」
「そうだよ。あんな家族、もう捨てちゃえばいいんだ」
そして、ついにその日が訪れた。
薬草を探して森に入ったケイトは、妖精たちに導かれ、知らぬ間に妖精の国へと通じる小径に迷い込む。
そこで彼女を待っていたのは――リューシーだった。
初めは戸惑っていたケイトも、次第に妖精の国の暮らしに馴染んでいった。
妖精たちも驚きつつも、すぐに彼女を受け入れ、絆を結んでいく。
ケイトの痛々しかった笑顔は少しずつ自然なものへと変わり、魔法を使えたときには、誰よりも晴れやかな笑顔を見せた。
ケイトは、妖精の国に心を惹かれていた。
色鮮やかな花々は季節を問わず咲き誇り、妖精たちは彼女を笑顔で迎えてくれる。
人間の世界では決して得られなかった温もりと安らぎが、ここにはあった。
それなのに――彼女はまだ家族の、故郷の村に帰る方法を探していた。
リューシーは表向きこそその探求を手伝う素振りを見せながら、内心では決して帰すつもりなどなかった。
「ケイト、君が帰る必要はない。……君の居場所はここにあるのだから」
人間の世界へ戻すなど、ありえない。あの場所は彼女を拒み、傷つけ、孤独に追いやっただけだ。
ならば、二度とあんなところへは返さない。彼女が望もうとも、決して。
「大丈夫。君の物語は――『幸せに暮らしましたとさ』で、最後は締めくくられる」
もう二度と涙は流させない。必ず幸せにする。
たとえその幸せが、彼女自身の望むものとは違っていても、この美しい妖精の国で――。
めでたし、めでたし――?
読んでくださり、ありがとうございました!別名義で連載していた作品でしたが、ようやく完結出来て嬉しいです。
自由を愛し美しい存在でありながら、利己的で排他的な一面を持つ、そんな妖精像を描けていたら嬉しいです。
もし少しでも面白いと感じていただけましたら、ぜひ☆評価やお気に入り登録をしていただけると励みになります!
また、同時連載中の
『追放聖女の異世界ライフ!~精霊たちと冒険を満喫してるので、追放した国には帰りません!~』
もよろしくお願いいたします。こちらでも小さな精霊たちが元気に活躍しています!
余談ですが、この作品を「異世界恋愛」に投稿するか悩んだこともありました。ただ、恋愛とは違うな……と思い、今回はやめました。ケイトとリューシ―の行く末については考えていて、ちゃんとハッピーエンドを迎えます。
ちなみに妖精の大きさ=魔力の大きさという設定なので、リューシ―は人間サイズにもなれます。




