ボワボワボアLv42
石造りの道に若干乗り出す形で倒れている男性をどうするか悩んでいたら、アロアロの方向から4人組の男女グループが寄って来た。全員背中から棒が二本はみ出ている。ナニコレ、全員槍2本パーティ?いや、罠ばっかり使うパーティもいるんだからおかしくはないか。
「あ、こないだの妖精さんだ~。こんばんは~」
無法鬼ごっこのときの未成年じゃないか。こんばんは~。そうか日曜の午前中だもんね。ゲームだとまだ夜明け前だけど普通にいるか。
「本当だ。こんばんはー」
「……ばんは」
「あの時は勉強になったっス!あざっした!」
いえいえ、どうもどうも。
未成年ズの腕には揃いの腕章。赤地に白で紋章が書かれていて――、よく見たら『救』って書いてあるな?紋章っぽさを出しつつ勇ましい字で『救』を丸で囲ってる。救助隊か何か?
元気男子が背中に背負っていた棒状の何かを降ろした。2本の棒には布が渡されている。それ槍じゃなくて、担架だったんだ。これで男性を運ぶんだね。
元気男子とゆるゆる口調女子が慣れた様子で担架を広げる。男性の体格はそうでもないのに、担架が小さい。これで運べるんだろうか?2人は男性に近づき過ぎないように動きながら、何故か男性の上に担架を被せた。
すると担架がぐいんぐいんと伸び縮みして程よい大きさになり、シュンと瞬間移動した男性が担架に乗っていた。
へえ!こんなアイテムあるんだねえ!男性が片手に持っていた武器は背中にくっついていて、体はちゃんと仰向けになっている。寝にくそう~と思ったけど、私も寝るときに羽の存在気にしたことなかったわ。
「わは~ハチドリみたい」
持ち上がった担架の周りを飛び回って見てたら、ゆるゆる口調女子に微笑ましそうに笑われちゃった。レベル上がったときにステータスも上がったからね。この間よりちょっとだけ早く飛べるぜ!
「担架みたの初めてっスか?」
「救護院ではこうやって、変なところでログアウトした人を救護院まで運ぶ仕事があるんですよ」
「あんま遠いとこだと行けないけどね~」
「結構いい金になるっス」
ほうほう。救護院ってそんな仕事もあるんだ。
救護院に入職すると、支援系のスキルが生えやすくなって、寮に入れて、その上でお金も貰えるんだっけ。この言い方だとクエストで貰える金額は変わるんだろう。未成年は攻撃系スキルが覚えられないから、討伐クエストの多い探索者になっても受けられる依頼に限りがある。生産やりたい子以外は、そりゃあ救護院に入るよね。
わざわざ入職しなくてもお手伝いって形でクエストを受けられるから、回復スキルを貰いに救護院のクエストを受ける人も多いらしい。そして訓練場みたいにお金を払って、救護院の職員に指導して貰うことも可能。攻撃系を覚えたかったら訓練場、支援系を覚えたかったら救護院って感じだね。
「妖精さん、アロアロ行くの?一緒行く~?」
なんとなく並んで飛んでただけだけど、一緒に行っちゃおうかな~。もしモンスターに襲わても、攻撃は任せて!あんまり攻撃得意じゃないけど。
「そういやこんなところで何してたんスか?採取?」
違うよ~レベル上げしてたんだよ。首を振ってマッチョポーズを決める。ふん!ふん!これで伝わるかな?
「筋トレっスか?」
「ああ!レベル上げですか?まだポンチョ着てますもんね。模様も入ってないし」
敬語女子、正解!早くポンチョ脱ぎたいです。ポンチョ自体は結構気に入ってるけど、レベル8になるまで取れないし、防具でもなんでもないし、装備枠は取るし、問答無用でこれ着せてきた管理システムは厳しいよ。
「ウチらはさ~、クエストクリアすりゃレベル上がるけど、大人はマジで上がんないっぽいよね~。長いこと無地ポンチョの人ちょいちょい見かける」
そう、大人はモンスターを討伐しないとレベル上がらないんだよ~。でもどっちにしろ自分から動き回らないとレベル上がんない仕様ではあるよね。
と、未成年ズと和気あいあいとしているときだった。後ろにいた無口男子から焦った声があがる。
「――やばい、猪いる!気づかれた!」
な、なんだってーーーー!?
◎ボワボワボア Lv42
強力な突進であらゆるものを破壊する。堅くて多い毛量は衝撃を逸らす。
「レベルたっか!結界で耐えられるか!?」
「バフありでギリッギリいけるかどうかだと思う~!」
「出たよ、根性の城!!」
「そこの木使えねえ!?」
「もう来てる~!?」
「まだ!ずっとこっち見てる」
「とりあえず木まで走ろう!!」
私の拠点がある森と、アロアロの間にはポツポツと木が生えた箇所がある。未成年ズは少しでも勢いを殺すために木の後ろに回り込み、結界を張って迎え撃つことにしたらしい。
【鑑定】は働いてくれたけど、私には暗くてボワボワボアがよく見えない。この子たちは【感知】とか視力強化のようなスキルを持っているのかもしれない。
担架を降ろして、しゃがんだ体勢で構える3人に無口男子がバフを撒いた。私も範囲に入っていたようで、魔力と耐久が4分の1ほど上がる。ここまで木のこと以外で話し合ってる様子無し。訓練場でもそうだったけど、統率の取れた動きは救護院で教えられたんだろうか。
「「「衝撃吸収、多重結界!」」」
3人が同時に詠唱すると、目の前に6枚重なった板状の結界が現れる。シャボン玉のような色合いのそれは、厚みがあってどことなくゴムっぽい。
無口男子はボワボワボアのいるであろう方向から目を離さずに様子を伺っている。
「蹴ってる蹴ってるエンジンかけてる……!」
「俺、バインド掛けてみる」
「お願い!」
「頼んだ~!」
未成年ズは私に構ってる暇はない。俊敏と【隠密】を駆使すれば私一人で逃げることもできる。でも逃げない。私は私でやれることをやる。運よく魔気が1だけ減っている。インベントリから『魔気回復ポーション・黒』を取り出して飲み干す。魔気が全回復して最大値が9増えた。元気男子が叫ぶ。
「来たぞォ……!」
「サモン:チェーン」
「(サモン:フィールド)」
思ったよりボワボワボアの足音が響く。わかりやすくて助かる。近づく、近づく、見えた、もうすぐ範囲に入る……ここ!!
「ターゲット:ボワボワボア」
「(セット:渓谷)」
これだけのレベル差があって、いかにも生命力が高そうなモンスターなんてただの落とし穴じゃきっと倒せない。針や毒ありの落とし穴も考えたけど、確実性はない。だから、想像したのは底が見えない渓谷。子どもの頃やったゲームに出てきた、トラウマの一つ。突然のアスレチック要素に対応できずに何度も落ちて、兄貴に馬鹿にされながらクリアしてもらったあの渓谷。
「拘束し……っ、振り払われた!」
「全員衝撃に備えろ!!」
――あの時の恨みをお前も味わうがいい!
「(発動せよ!)」
魔気が一気に減る。ドコドコと土煙を立てて猛進していた巨大な塊は、深い深い口を開けた地面へと静かに飲み込まれた。
「ピギイイイィイィィ……」
ボワボワボアの怒りの鳴き声が遠ざかっていく。誰も喋らない中、風が一吹き、頭上の梢を揺らした。
十分に待ってから魔法を解除する。地面には、ポツンと転がっている牙と肉。よ、よかった~うまくいった……あ、もう無理……。
「な、何がどうなった~?」
「地面に渓谷が……よ、妖精が倒れてる!」
「うわー!?MP切れか!?」
「ど、どうしよう、わたしたちまだMP回復持ってないよ!?」
魔気切れで行動不能になった。意識はあるけど体が動かない。視界もぐにゃぐにゃしている。芸が細かいね……。
「ポーションを飲ませ……られない~!接触判定くらう~」
「じゃあ担架に乗せて……担架デカ!!これ以上小さくはならねーんだ」
「あんまり小さいと接触しちゃうもんね……」
「素材取って来た」
「よーし、運ぶぞー!」
空が白んでいくなか、未成年ズにえっほえっほと救護院まで運ばれました。
◆
「はい、もう起き上がって大丈夫ですよ」
魔気が1に戻るまで待ってポーションを飲めばいいかなと思っていたら、巫女さんの千早に似た羽織を着た救護院の職員さんがサクッと魔気を回復してくれた。背中には赤い菱形の中に白く描かれた力強い丸『救』。これ救護院のマークだったんだね。
職員さんに革袋に入ったお金(概念)と、未成年ズが枕元に置いていってくれたボワボワボアの肉と角を差し出す。こちらお礼の品でございます。
「おや、くださるのですか?そうですね、今回はお肉だけいただきましょう」
職員さんは肉を受け取ると、胸に手を当ててニッコリと微笑んだ。
「ただ……もし次に救護院の者に助けられたときは、是非、救護院に寄付をお願いします。もしくは、ポーションの原料の納入でも構いません」
はい!ぜひやらせてください!
優しそうなお姉様だけど、笑顔と共に放たれた言葉の圧がすごかった。さりげなくポーションの原料が書かれた看板を手で示す徹底ぶり。強かな人ですね……。
職員さん、なんかずっと笑顔でこっち見てるし、救護院を出る前に看板見ておこう……。結構この辺で採取できるのもあるんだね。イラスト付きでしっかり説明されててわかりやすかった。救護院でもポーションが買えると知ったのでついでにポーションの補充をしよう。
販売所はどこかな~……こ、この看板は……!
『要救助者案内』
『因習村 西500m先 岩の霊人1名』
『ルート52Hz 東2km先 被毛の獣人1名』
『クエストを受注する方は横のボタンをタッチ 地図の詳細要確認』
ポーション販売所の近くに、どこそこで人が倒れてるから救助に行ってくださいという文章が並んだ、空港の時刻表の看板みたいなのがあった。は~強制ログアウトした人を救助するクエスト専用のボードがあるんだ……。これ通報はAIがやってるんだろうか。
ポーションを買って外に出るとすっかり明るい。おお、朝日が目に染みる……。
――アロアロのマップが開放されました。
このタイミングでかあ。ウインドウを開くとマップが追加されている。空白が多いのはまだそこに行ってないからだろう。何度か行き来することで道を覚えるってことね。いいじゃん。そういうリアルさ、嫌いじゃない。
そういえばレベル、どうなった?ステータスを確認すれば、名前の隣に燦然と輝く「Lv5」の文字が!
よっしゃあ!一気に3もアップしちゃった!レベルアップ報酬のSP、どれに振り分けよう。こういうのってちまちま全体に振るか、一つに絞って特化させるかいつも悩むんだよな。今回は魔気と耐久でいいか。筋力が未だに1だけど、なんとかなるでしょ。
SPを振り分けてウインドウを消すと、ちょうどよく無口男子が通りがかった。
「あ……復活できたんですね」
やあやあ、さっきは素材拾ってくれてありがとうね~。ボワボワボアの牙いる?
「あ、いや、大丈夫です。それよりも、次……ンンッ、次、救護院の者に助けられたときに寄付をお願いします。ポーションの原料とかでも、嬉しいです」
救護院の職員と同じ、胸に手を当てたポーズで同じこと言う無口男子。
……し、仕込まれている!!!
顔はちょっと強張っていて言い慣れてない感はあれど、思春期真っ盛りであろう少年が言われたことを素直にやってる!しかも周りに救護院の人がいるわけでもない状況でこれを言う!なんて偉いのか。
戦闘中の統率の取れた動きといい、教育の行き届いた組織だ……。
よし、わかったよ、これで応えないのは漢気が廃るってもんだ。ちょっと待ってな。
「ねえええ、ポーションの原料いっぱい入ったってマジー!?」
「マジマジ。なんか羽の妖精が大量納入してくれた。ほれ、持っていきな」
「うひょーーーー!マジでめっちゃある!調薬し放題だーーーー!!!」
「あの子さあ、今朝救助されたばっかりやのに、さっきそれ持って来てくれたらしいで。院長がご機嫌やったわ」
「一日とかからずにこの量採取したってことぉ!?羽の妖精の採取ボーナスってこんな違うんだ……どうして森の霊人には採取ボーナスがないんですか!?」
「森の霊人は調薬ボーナス入るんやし、それで我慢しとき」
「なんかこの、即お礼!量はたくさん!って感じすごい妖精っぽいわ~」
「確かに」
「救護院にも羽の妖精来てくれないかなー!」
「どうやろ。妖精はだいたいティル・ナ・ノーグか、ルート52Hzに行ってまうからな……」




