素材を売りに行く
疲れた~。散り散りになっていく人に便乗して修練場から出る。早速未成年ズが集まって反省会のようなことをしている。一旦休憩~ってならないとこに若さを感じるわ。
「やっぱ環境魔法いいな~。課金しちゃおうかな~」
「いいんじゃね?MP間に合いそうなら」
「結局そこなんだよ……あ、妖精さん、もう帰るの?ちょっと待って、これあげる……いやごめん手ちっちゃいんだった。これで取れる?」
狐獣人の手のひらに乗せられたのは黒っぽいトゲトゲした巻貝、廻り貝だ。んー、この距離だと接触判定になりそう。試しに手を伸ばしたけどぽいんと弾かれた。
「ですよね~。え~っと待ってね……」
「これに置け」
「サンキュ」
錫杖の人がこれ、といったのはさっき水浴びしてるときに外していた、綺麗に畳んだマント。すでにしっかり乾いている。服とか髪とか濡れる仕様ではあるけど、1分ぐらいで乾くみたい。
その両端を持ってたわんだところに、廻り貝が置かれた。今度は弾かれることなく取ることができた。廻り貝は私の頭ぐらいはあるので両腕で抱え込むように持つ。
「それ転移キューブの材料だから。開拓課で買い取りしてるからそこ持ってけばお金になるよ。開拓課は統制局の2階ね。今日は付き合ってくれてありがとね~」
へえ!これ転移キューブの材料だったのか。ジークリンデさんといい、既プレイヤー勢は割と気軽にアイテムくれるなあ。ありがたくいただいて、目覚めの間から拠点に転移した。毛布に包まって寝る態勢でログアウト。リアル休憩入りまーす。
◆
昼にログインしてゲーム内で8時間ぐらい過ごしたから、ちょうどおやつの時間ぐらい。
弟の生存確認連絡に返信したり、夕飯をレンチンで食べられる状態にしておいて再ログイン。
5つ下の弟は、定期連絡の概念が薄い我が家で、唯一マメに連絡をくれるいい子ですよ。別に家族仲が悪いとかではない。「健康に、犯罪に手を染めることなく生きてりゃOK!」っていう両親の元、のびのび育った長男と長女と、そんな連中を反面教師に真面目に育った末っ子ってだけで……。
「ピコン」というログイン完了の音と共に目を開ける。暗い。木枠に嵌っている窓代わりの板を取り外すと、まだ外は暗かった。活動を始めるには早いな。もう一度毛布に包まって、ゲーム内ソーシャルメディアで「秘匿スポット」を検索……ふむ、固定の話題でみんなでワイワイする掲示板タイプと、個人で好きに投稿するSNSタイプがあるんだな。
ざっと見た感じ、「秘匿スポット」はNPCに案内されないと辿り着けない場所だって。秘匿スポットだけじゃなくて特定の条件が揃わないと見つからないエリアがいくつかあるっぽい。
登録されている転移地点をもう一度確認。やっぱりどう見ても『かくし森・秘匿スポット(アルンとカイの秘密の場所)』って書いてある。すごい場所を拠点にしてしまったなあ。
明るくなってきたので畳んだ毛布を隅に置いて、昨日採取したものがどうなってるか確認。さすがに一晩では復活しないみたい。ヒエビエプルルの実が地面に落ちていたので拾って、見えにくいところになっていたものも採取。念のために半分残しておいた。復活しなかったら植えてみよう。
ついでに葉っぱを2、3枚摘んで地面に敷いてヒエビエプルルの実を置く。鑑定さんの「硬い殻の中の実は熱ければ熱いほど冷たくなる」っていう文言が気になるのでちょっと実験しようと思います。
「(サモン:フィールド、セット:猛暑、発動せよ)」
ヒエビエプルルの周りだけに強い光が差して暑くなった。昨日の訓練で【環境魔法】にも慣れたものだ。【環境魔法】はレベルが上がると指定できる範囲が広がり、さらにグリッドのマス目の間隔が狭まっていくように細かくなっていく。どんなフィールドにするかに制限は無さそうだけど、複雑なものだと魔気の消費も多くなりそうなので、その辺に気を付けなければ。
熱くなるのを待つ間に、朝ご飯がてら常温のヒエビエプルルの実を食べることにする。殻をナイフで割って……割っ……かったいわ!岩に実を置いて、ラッコよろしく石を振り降ろしてなんとか割れた。朝から重労働。
開けた殻の中にはぷにっとした実が数粒詰まっていた。触ってみても特に冷たさは感じない。小さいあんパンぐらいの1粒を掴んで口に入れてみる。あ、これ柔らかいグミだ!ライムみたいな味でおいしい!
むき出しの実も何粒か温めてるとこに置いて朝ご飯の続き。さすがにヒエビエプルルだけじゃ飽きそうだったのでパンと干し肉を食べて、ごちそうさまでした。リンゴは、ハイ、また今度で……。
さて、温めたヒエビエプルルはどうなってるかな……わー、下に置いてた葉っぱがもうカラカラになってる。ゲームの植物って生長早いしそんなもんか。【環境魔法】、天日干しによさそう。
殻の見た目は変わらず、持ち上げるとほんのり温かかい。
そして肝心の中身なんだけど……筋力1の私の力では割れませんでした。さっきよりずっと硬かった。むき出しのほうは冷えてはなかったけど、あれだけ暑いところに放置していたのに温まってもいなかった。熱に対しての反骨精神が強いな。
もしかしたら熱耐性とかついてるかも……と思ってステータスを確認したけど、特になし。状態の欄にも「良好」としか書かれていなかった。ただのライム味のグミ。おいしいからよし!
リアルで夕飯を食べてから、やってきました統制局開拓課。職員が多いからか下の受付より賑やか。買い取りのカウンターとかもなかったので適当なところに並んでいたら、隣のカウンターで嬉しそうに転移キューブを買ってる人がいた。いいな~私も頑張ろう。
「お次の方、どうぞ」
廻り貝を2つカウンターの上に置く。自分で拾ったやつと狐獣人からもらったやつだ。
「はい、廻り貝2つを買い取りでよろしいですか?4000ニーゼになります」
高!2つで1000ニーゼいかない予想だったので得した気分。あの狐獣人、結構いいものくれたんだな。ありがとう狐獣人。
よし、では素材を換金に行こう。雑貨屋さんはいるかな?
雑貨屋さんの店は、簡易コンテナをもう少し家っぽくして壁1面取っ払ったみたいな屋台みたいな形だ。店の前にごちゃっと商品が置かれているから開いてるっぽい。中を覗き込むと、私を見つけたらしい雑貨屋さんがにこっと笑った。おはようございま~す。
「おはよ~。早速来てくれたの?」
はい。買い取りお願いします。手招きされて中に入る。あ、あの壁に立てかけてあるのは、フェアリーキャッチャーではないですか。昨日と微妙にデザインが変わってる。
奥にあった、工具や作りかけの作品が置かれたテーブルに出すように言われたので、まずは憤怒の羽を出す。まとめて出したら飛んでいきそうだからね。
「憤怒の羽か。いいねいいね。これはね~武器に追尾機能とか回帰機能をつけられんだよ」
ほ~、執念深さが羽に宿ってるってそういうことなんですね。雑貨屋さんが羽が飛んでいかないようにその辺にあった角材で押さえるのを見計らって、拠点で手に入れたものを並べた。
「すごいいろいろ手に入れてるじゃん……待って、妖光影葉めっちゃある。君、『因習村』まで行ったの?」
なんだって?
「あそこ結構遠いのに……あ、違うの?この木『因習村』周辺にしかないって聞いたけど、別の群生地があったんか…………いやいやいや!?どうやって採取したの、これ根っこと繋がってる限り、恐怖で混乱状態になるか眠っちゃうかの厄介な木だよ!?耐性がある程度ないと採取するの難しいんだよ!?少なくともポンチョ取れてない妖精じゃ無理!」
そ、そんなめんどくさい植物だったの、妖光影葉。えーっとこうやって、光ってる葉と黒い葉を両方持って枝をぽきっとしました。
「なるほど、同時に触れば大丈夫……?いや~羽の妖精の採取ボーナスもありそうよな~……ねえ、この採取方法他に流してもいい?」
採取ボーナスってそういうところにも響くんだ。採取方法を独り占めしたいとかいう気はないので頷いた。根っこがないと効果ないなら、根っこごと採取しないと意味がないのかとソワソワしたけど、何も言われないのでこれで問題なかったっぽい。
雑貨屋さんは困惑を残しながらも礼を言って花猫を手に取る。「検証勢に餌になってもらおう」とか聞こえたけど聞こえなかったことにする。
「こっちは……あ、猫ちゃん!動物模倣シリーズ!」
雑貨屋さん曰く、動物を象っている系の植物は象った対象の動物やモンスターと仲良くなる効果があるらしい。そして、大抵の動物模倣植物は特定の時期じゃないと模倣しないうえに、鳴き声を発するのもその時期のみで見つけるのが難しい、そこそこレアなアイテムなんだって。
私が花猫を見つけたのも猫の鳴き声が聞こえて、すわモンスターかと警戒しながら鑑定したからである。めちゃくちゃ他の草花に紛れてたから、鳴き声がなかったら気づかなかったと思う。
「ヒエビエプルル……くるみじゃないんか。ん?何?あ、こっちのはあったかい。うん、温めてみたけど……割れなかった?確かに他のより殻が硬いな」
そうです!私のジェスチャーを的確に翻訳した雑貨屋さんが、腰に付けた工具差しから金槌を手に取った。腰にカバンとか工具とかいっぱいくっついてるのいいよね。
軽い動作で金槌が振り下ろされると、コンっと硬質な音を立てて殻が割れて、一瞬冷気がふわりと辺りに漂った。あっさり割れたのはスキルか、道具の効果だろうか。
「おおー。ちゃんと冷えてる。え、くれるの?ありがとう……うま!」
私も食べてみる。常温のときと食感は変わらないけど、ひんやりしてて、風味が少し良くなっておいしかった。
そして最後の素材。皿代わりに使ってた大きな葉の上に、ミルク色の小石ををザラザラっと出す。アイテムは一部のもの以外はインベントリに入れたら自動で綺麗になる仕様なので、ちゃんと綺麗な葉です。
私が余裕で片手で握り込めるぐらい小さい星型の石は、きらきら星の疑問っていう変な名前の素材だ。岩の窪みに溜まっていた。
「なにこのかわいい石~、おいしそうな色………………つまり温度じゃなくて、削り方が原因だったってこと?」
ねー、かわいいよねーと頷いていたら、石を1粒掴んだ雑貨屋さんが数秒固まってままブツブツ呟き出した。どうした急に。
「あっごめん。アイテム作りで行き詰ってたことの解決のヒントが立ち上がってきて……って割れとる!」
ヒントが立ち上がる???
役目を終えたという合図なのか、きらきら星の疑問は真っ二つに割れていた。謝る雑貨屋さんに気にしないでと首を振る。
私がこの石を拾った時には特にヒントも出なかったし、割れることもなかったのに。これも採取ボーナスのおかげか。
しばらくうんうん唸っていた雑貨屋さんは憤怒の羽6枚、妖光影葉を出しただけ、ヒエビエプルルを4分の1、きらきら星の疑問を10粒買い取ってくれた。
「あとは妖光影葉の採取方法の情報代とか、割っちゃった石の分とかを含めて、17000ニーゼだね」
この短時間でだいぶ所持金が増えたなあ。
「また来てね~」
雑貨屋さんに見送られて露店通りに向かう。目覚めの間のすぐ近くの露店地区はプレイヤーが自由に店を開いていい場所だ。主に駆け出しの生産職が集まって商いをしている。自由に、と言ってもその場で作業する職人系の人は料理系のプレイヤーと近いところに店を開いてはいけないとか、不文律はあるらしい。
さっと見回って魔道具を売ってるお店の横に滑り込む。お邪魔しま~す。スペースに入ると早速アナウンスが。
――出店しますか?
了承して設営開始。まずは木箱をインベントリから出して、バンダナサイズの布を置く。その上に花猫の入った籠、2枚の深皿にはそれぞれヒエビエプルルときらきら星の疑問を入れる。
雑貨屋さんにせめて花猫は自分で売ったほうがいい、絶対儲かるからと、それはもう真剣に説得された。探索者ギルドとかNPCの店に売るのは、職人としてはオススメしたくないらしい。タイミングが悪いとNPCが買い占めちゃってプレイヤーに出回らなくなるんだって。
露店をやると頷いた雑貨屋さんは、露店のやり方を教えてくれたり、籠とか布とか安くしてくれたり、ウッキウキで準備を手伝ってくれたよ。木箱は、露店通りのごちゃ混ぜの空間で、妖精の店主は埋もれてしまうだろうからって、余ってる奴をタダでくれました。
――商品の値段を設定してください。
雑貨屋さんがつけてくれた値段を元に設定する。これでお客さん側にも値段がわかるようになるし、商品の受け取りをした時点で自動で払落しになる仕様だ。
ついでにPOPを設定しておく。開店中はPOPの文が鑑定の文に追加されるらしい。目覚めの間の地図もこのシステムなんだろうな。
――売買モードを開始します。
お客さん来るかな~。
誤字報告ありがとうございます。




