拠点探索と無法鬼ごっこ
拠点に帰って来ました。ウィンドウの方位磁石便利だわあ。マップはないけど。
ジークリンデさんは拠点にしてる街の襲撃イベント発生したとかで慌てて帰っていきました。
そして満を持してのコンテナオープン……なんもない。知ってた。まあ、テントよりは安心感あるからよし。木枠に板が嵌められてるだけの、採光兼換気用の窓があるのを確認して外に出る。
明るいうちにこの辺の探索しようかなってね。もしリスポーンしてもすぐそこに戻るだけだし、レベルもまだ上がってないし。
ログインしたのが昼前でいろいろあったから昼ご飯食べ損ねてるけど、空腹デバフにはまだなってないから大丈夫。空腹デバフは魔気の最大値が減るらしい。妖精の強みである魔気の多さが減少するのは致命的である。
『魔気』はMPのことで、HPは『生気』って言います。魔気が0になると行動不能、生気が0になると死に戻る。普通にHP、MPで良くない?謎のこだわり。ちなみに『魔力』は魔法攻撃の威力のことだ。
【隠密】で自分の気配を薄めて罠があるほうは警戒をしつつ、ぐるっと回って手当たり次第に【鑑定】する。とくにモンスターに襲われることもなく採取したものがこちら。
◎妖光影葉
光る葉は恐怖を、影の葉は安らぎを与える。
◎ヒエビエプルル
硬い殻の中の実は熱ければ熱いほど冷たくなる。
◎きらきら星の疑問
星はひらめき、その疑問は石となって落ちた。
◎廻り貝
世界をめぐった貝は誕生の地で眠ることを選んだ。
◎廻り貝
落とし物。持ち主:カイ
◎花猫
猫の形に似た花。満開になるとときどき鳴く。
妖光影葉はぼんやり青白く光る葉と真っ黒な葉が入り混じる低木。光る葉と黒い葉を同時に触ればプラマイゼロじゃない?と思ったので同時に触りながら枝を折って採取した。なんともなかった。
落とし物は小さい子のものだろう。次会ったときにあの子に返すために別のボックスに入れた。そんなカイ坊やが教えてくれた迷路根なんだけど。
◎迷路根
迷路の終点にはいいものが落ちているかもしれない。
迷路の終点、どこ?
もう暗くなりそうなので今日は諦めるけど、気になる……。何が落ちてるんだろう。
後ろ髪を引かれつつコンテナに戻って初心者キットでもらったランプと携帯食セットを取り出して――袋デカいな?
アッ、パンがデカい!水筒はちゃんと小さいのに!?
私の半分ぐらいの大きさのパンが2つ……あとは……いや干し肉とリンゴもデッカ!これ妖精サイズのナイフで切れる!?しかも、干し肉8枚にリンゴ2個と結構な大盤振る舞い。
この体だと1日どころか7日は持ちそう。インベントリに入れてしまえば腐らせることもないからいいけど。そもそもこのゲームに、腐るって概念あるのか知らんけど。
パンと干し肉は思ったより柔らかかったので手で千切って食べ、ぐぬぐぬしながらリンゴをナイフでくり抜いた。食事で一苦労。でも、普通に生活しててあそこまで大きな食材扱うことないから、おかしくなってちょっと笑っちゃった。
お腹もくちくなったので、ランプを持って再び外に出て、転移キューブから目覚めの間に転移。わ~、ライティングが綺麗で雰囲気がいい。十分明るいのでランプを仕舞って目的地に向かった。
向かっているのは修練場。まだ寝るには早いのでちょっと魔法の訓練をしようと思う。修練場は確か、地図では街とは反対側の道を行くと――グラウンドと右手側に武骨な建物がある広い空間に辿り着いた。うん、木製の看板に『修練場』って書いてあるので間違いない。
グラウンドのほうは広くいろんなプレイヤーと戦える。ただし区切りはないので、周りの戦闘に巻き込まれる。言い換えれば乱戦の訓練には持ってこいの場所だ。右の屋内修練場は、個別フィールドになるので、集中して訓練ができる。さらにお金を払えば教官NPCとも対面訓練できる。ソロプレイヤーや、戦闘技能を隠したい人向けだ。
このゲームでは基本PvPもPKもできないけど、修練場でのみ『訓練』と称してプレイヤー同士で戦える。経験値は上がらないけど、スキルレベルは上がるし、戦闘系スキルを覚えることもできる。ただ、ステータスが変動しないので、単純に戦闘の動作を覚えるための場所という意味合いが強い。ステータス変動ありで訓練したい人向けには演習場という場所があるらしい。
早速グラウンドで何人かがバチバチやりあっていた。中でも目立っているのがバンカラスタイルに錫杖を持った人と、スリムな黒装束にマスクを着けた暗殺者集団。
錫杖を持った人が身軽な動きで黒装束に攻撃を仕掛けては何かを投げられたり、投げられたものを錫杖で振り払ったりしてる。あ、錫杖の人が着地したところを罠か何かで足止めされた。すかさず黒装束の1人が肉薄するけど――錫杖の人にぽーいっと投げられている!細いのに力強い!
「こんばんは~新人妖精さん。訓練に来たの?」
思わず拍手したら、バンカラスタイルの糸目の狐の獣人に話しかけられてしまった。そうだった。訓練に来たんだった。
「それなら一緒に訓練しない?」
いやいや、レベルが違いすぎるし、邪魔になりますって。
「最近新しく魔法を作ったんだけどさあ、まだ精度が低くて素早いモンスターだと逃げられるんだよね。妖精って俊敏高いじゃん?俺は魔法の訓練になる、君は【浮遊】と【隠密】の訓練になる。あとたぶん、【回避】スキルも生える。つまりwin‐winだよ~お得だよ~。どう?」
それって私がひたすら魔法で追い回されるってことですよね?
「糸夜、ウチもそれ参加していい?逃げながら罠張る練習したい」
「それならそこの妖精は【環境魔法】で小雨にしろ。【環境魔法】のレベルも上がる」
「ええ~~雨だと威力半減するじゃん」
「半減するだけだろ?そんで俺たち全員逃げる側な」
参加表明する暗殺者集団に被せるように錫杖の人が言う。それを見ていた弓を持ったお爺ちゃんとジャンヌダルクみたいなお嬢様が声を上げた。ちょ、ちょっと待って……。
「儂らも混ぜてくれんかの」
「わたくしたちも訓練させてくださいませ」
「え、俺1人でこの人数相手にすんの?」
「おう、頑張れ糸夜」
に、逃げられねえ……。
結局その場にいた全員が参加することになりました。
◆
「妖精!雨の範囲が狭まってるぞ!」
「先ほどより長く降らせておりますわ!いい調子でしてよ!」
「くらえ!ぬめり弾!」
「狐火が来るぞ!打ち返せ!」
「さ~せないよ~!」
「ぎぇー!増えた!逃げろ逃げろ」
なし崩しに始まったスパルタ訓練だけど、おかげでスキルの精度が上がっているのを身に染みて感じている。今【隠密】で隠れているけど全く気づかれてないぜ。
しかし1対13でやりあってる狐獣人強すぎるな。絶対有名人だよ。こんな人に訓練してもらって恨まれないよね?なんか見学してる人いるけど。
「よーし、そこの未成年共!暇ならお前らも入れ!」
「はあああ!?九千坊てめえ~~!」
「【回避】と【隠密】なら未成年でも取れますわ!【結界】のレベル上げにもちょうどいいでしょう!」
なるほどあそこの集団は未成年か。確かに手の甲にマークがある。
このゲーム、対象年齢が12歳だけど、18歳以下は戦闘ができなかったはず。フルダイブ型のゲームはその辺厳しいんだよね。あとはクランに所属できないとかいろいろ禁止されてるけど、その代わりに未成年だけに与えられる【結界】スキルがある。【結界】は18歳を超えても消えない。そして大人は課金しないと取得できないスキルだ。
錫杖の人たちに誘われた未成年ズは、嬉しそうに駆けてきた。ついでに来たばっかりの人も何人かグラウンドに入ってきた。
「私たちも参加してもいいですかー!?」
「いいぞ~!」
「ちょおお、さすがに多い多い!」
文句を言いながらもお嬢様の攻撃を避けて、ポイポイ赤と黒の狐火を投げる狐獣人。避ける訓練なので脱落とかはないけど、当たった何人かは悔しそうにしてる。
「んじゃ、妖精とインビジブル・ミストは糸夜の味方をしろ!」
「了解」
「【隠密】取得できたからこっそり罠仕掛けられるようになった」
「ボム投げていい?」
「ダメ」
インビジブル・ミストって暗殺者集団のことか。インビジブル・ミストはささっと罠の位置を変えて狐獣人を狙う人たちの足止めをしている。あの人たち意外と暗器は使わないんだよな。
私は何しよう。小雨を止めて、乾燥と足場崩し兼ねて砂漠にするか。
「あ!?いないと思ったら、そこにいたの!?」
そう。私、リンジン。結構前から狐獣人の後ろにいたの。
おお、べちゃべちゃのグラウンドが乾いて砂になっていく。上位魔法なだけあるな~。上位魔法は魔気を食うけど、修練場ではステータスが変動しないからいくらでも使えちゃう。
「ナ~イス砂漠!おら九千坊!乾いて足引っ張るなよ!」
「ハッ!いい訓練になるなァ!!」
狐火が炸裂するけど【結界】で阻まれてる。錫杖の人は水魔法と併用しながら狐獣人に攻撃し始めた。
居場所がバレてしまったので狐獣人から離れて別の場所に隠れる。これだけ人目があったらあんまり意味なさそう。とか思ってたら、弓のお爺ちゃんに狙撃されたーーー!
【回避】!んんん失敗!バランスが崩れて飛行速度が落ちる。システムのおかげで矢が当たることはないけど羽にかすった感覚がした。妖精は紙装甲なので、これがエネミーの攻撃だったら一発アウトだ。
あ、インビジブル・ミストが煙幕投げてくれた。ありがとうございまーす!
ジグザグに逃げ惑って【隠密】からの、結界を張っている未成年ズの後ろにそっと隠れる。
「さすが妖精は速いのう」
「残念だったなじいさん!」
「ほっほ、ほれほれ罠を仕掛けてみい」
「ぎぇーー連射速すぎ!」
さっきからインビジブル・ミストの一人が、お爺ちゃんが引きこもる岩の塔に【壁昇り】で侵入しようとしては撃ち落されててギャグみたいになってる。
他の人は罠や狐火で足止めされてるようだ。けど、魔法使いが水で狐火を消化したり、砂を固めたりしてるから、砂漠はあんまり役に立ってない感じ。フィールド替えたほうがよさそう。
「(サモン:フィールド、セット:寒風、発動せよ!)」
砂漠が消えて、冷たく乾燥した風が吹き荒れる。急なフィールド変化に走り回ってた人たちがつんのめった。
「……寒っ!」
「やべえこの風、乾燥するやつ!」
「ざまあみろ九千坊!」
よかった、日本語でもちゃんと発動した。さっき狐獣人がいきなり技名みたいなの叫んでてびっくりしたんだよね。チュートリアルでは英語で呪文唱えさせられたから、英語じゃないといけないのかと思ってた。呪文は自由が利く。これが知れただけでも修練場来てよかった。
「ハッハア!くらえ!狐火大文字!!」
狐獣人を中心に今までよりずっと大きな赤と黒の火が迸った。あちこちから悲鳴が上がる。ヒエー、怪我はしないとわかっていてもビビるなこれは。乾燥した風が後押ししているのか、さっきまでとは比べ物にならない熱気を感じる。
――20分以上の連続戦闘を確認しました。今すぐ戦闘を止め、休憩をしてください。
「終了ーーッ!水くれ!乾く!」
「おらよ」
そしていいタイミングで入るアナウンス。無法鬼ごっこが始まってから20分も経ってたんだ。寒風が止み、お爺ちゃんの石の塔や魔法使いが壁にしてた土壁があっという間に消えて、元のグラウンドに戻っていく。錫杖の人と何人かが水を浴びて「生き返る~!」と叫んでいた。寒風が意味をなさないぐらいには熱かったもんね。
そして外から見学してた人たちから拍手喝采。なんだい。なんの拍手なんだいこれは。
「いやあ、いい見世物だった!」
「おもしろかった~」
「迫力あったわ」
見世物じゃないです。
誤字報告ありがとうございます。きらきら星の疑問の説明の「星はひらめき~」の「ひらめき」はわざとです。あ!っとひらめいた瞬間に疑問がポロっと落ちたイメージ。なんでそれが「アドバイスしてくれる石」になるかというと、なんと、ほぼノリで書いてるので意味はありません。どうぞみなさんもノリで読んでください。