常連
――ワールドアナウンス:ミッション『リューグは浮上せり』をクリアしました。
――『無辺境』が開放されました。
――フィールドに『無辺境の門』が出現しました。
はっっっや。
響き渡る男性声のアナウンスに思わず立ち止まると、周りのプレイヤーも口々に「速い」と言っているのが耳に入る。私が今いるのは救護院。救護院は寮があるのもあって所属するプレイヤーが多いので、ざわつきも大きい。
「2日で終わったやん」
「まあね、新要素あるかもって張り切ってたしね?」
「俺なんもしてね~。固有種リストに季節のもんとかあったから、もっと掛かると思ってたわ」
「あー、なんか商人が貴重な固有種だって保管してたのがあったんだって」
そう、2日、だ。私たちが無辺境に入ってからリアル時間でまだ2日しか経ってない。人が多いとこんなに早く達成するんだ……。
「温川とかジンペイとか、珍しくアロアロにいたもんなあ」
「誰だよ、温川とジンペイ」
「採取人のトッププレイヤー」
採取人にもトップとかあるんだ。レアアイテムの採取率の多さとかで決まるんだろうか。こういうのって戦闘系が目立つイメージだったからなんか意外だ。そういえば【採取】スキルってエネミーを倒したときのドロップアイテムにも影響あるから、普通に戦闘勢かもしれないけど。
【採取】は【解体】とか【収穫】【採掘】のようなアイテム取得に関するスキルをいくつかと、採取をし続けることで生えるスキルらしい。種族特典で最初から【採取】を持ってる羽の妖精はその辺お得だけど、紙装甲の非力だからレアアイテムがあるような危険地域に出向いて採取するには、相当な戦闘スキルが必要、と考えるとどんな種族だろうが職業だろうがトップを走るってすごいことだ。
ざわつきが収まらない中を掻いくぐり、カウンターを目指す。人は多いがカウンターは空いていた。ラッキー。
昨日は帰宅が遅くなって、ヒエビエプルルの採取を軽くと部屋に飾ってある鈴音蘭をちりちり鳴らしただけでログアウトした。ちょっと揺らして鳴らすのが楽しくて……。
今日は昨日の反動か定時で帰れたので、救護院に竹とその他諸々を納めに来のだ。昇龍竹の水を浄化するって効果はポーションにいいんじゃないかと思ってさ。
「こんにちは~。また納入に来てくれたんですか?……は~い、じゃあこちらのボックスにアイテムの移動をお願いしますね」
受付にいたのは、前回の大量納入のときもいた、関西弁なまりの猫獣人のお姉さんだ。頭が完全に猫のタイプ。カウンターの端に置かれたボックスに触れ、自動で開いたインベントリから素材を移していく。このボックス、大きいものも量が多いものも、邪魔にならずに渡せて便利なのだ。
◎昇龍竹 ※竜巣
天を衝く龍は恵みの雨をもたらす。
水を浄化する性質を持つ。
※ドラゴンの気を浴びているため、一部のモンスターは近づかない。
◎昇龍竹のたけのこ ※竜巣
食用には向いていない。
水を浄化する性質を持つ。
※ドラゴンの気を浴びているため、一部のモンスターは近づかない。竜巣の効果は徐々に薄れる。
◎パープルフィッシュ ※竜巣
地を這う魚は、あなたの息を助けるだろう。
生気回復ポーションの原料となる。
※ドラゴンの気を浴びているため、一部のモンスターは近づかない。竜巣の効果は徐々に薄れる。
◎とどめ石 ※竜巣
根よ葉よ、それ以上先に行ってはいけないよ。
植物を囲むように設置すると繁殖を抑えることができる。
※ドラゴンの気を浴びているため、一部のモンスターは近づかない。竜巣の効果は徐々に薄れる。
昇龍竹とたけのこは管狐龍からもらったやつで、パープルフィッシュは魚みたいな形の花が咲く草だ。結構どこにでも生えている。とどめ石は、丸っこい石の左右に丸っこい手が生えていて、短い腕を目一杯広げたような形をしていて、ちょっとかわいい。竹を植えるなら必要だろうなと思って採った。
パープルフィッシュ以外の素材がポーションの原料じゃないことに、お姉さんが一瞬「お?」という顔をする。そして少しして「お……!」となった。端末に表示された【鑑定】の結果を読んだのだと思う。毛が逆立ち、瞳孔がまん丸に開かれて目一杯に驚いている。すごーい、こんな細かい動作もできるんだ!
妖精もそんなのないかな?驚くと目玉が飛び出す……のは、いくらそれなりにデフォルメの効いたデザインでもフルダイブで見たらさすがに怖そうだから、羽が体から離れるとか、いいと思う。
「の、納入するアイテムに間違いはありませんか?では、査定にかけますね」
お姉さんは動揺が多分に含まれた声で端末を操作する。もしかしたら救護院に無辺境の素材を納入したのが私しかいないのかもしれない。
昇龍竹ととどめ石はいらないと言われる可能性も考えていたけど、何も言われないので私の予測は間違ってなかったらしい。
「ほわ……ポイント多……あ、2回ガチャ回せますけどどうします?」
ものの数秒で査定が終わり、ポイントが一気に振り込まれる。救護院に貢献するとお金ではなく、ポイントがもらえるのだ。
そしてこのポイントはポーションと交換できたり、100ポイントを1CPに交換できたり、300ポイントごとにアイテムガチャが回せたりできる。ガチャで貰えるアイテムは『援添』という、数字が書かれた四角形のピースだ。番号ごとに効果が違って、戦闘においての補助アイテムとして使える。ということが、カウンターのパーテーションに貼られたポスターに書いてあった。
うーん、せっかくだからガチャに挑戦しちゃおう!
お姉さんがカウンターの下からガラポンを取り出した。急にアナログになる感じ、嫌いじゃない。ボタンを押すだけよりはくるくる回すほうが楽しいし。ガラポンは非力な妖精でも回せるぐらい軽かった。
ころん、と出てきたのは数字の書かれた玉。2回とも『伍』だった。
「伍が2つですね。少々お待ちくださ~い」
お姉さんが後ろの棚から漢数字の大字が書かれた木製のピースを持ってくる。私の頭ぐらいの大きさのピースは、持ち上げると軽かった。クッキー1枚分の重さだ。
◎援添・伍の片
前方に2秒間、最大1000ダメージを無視する5m×5mの防御壁を張る。強化度で維持時間や、防 御壁が無視することができる最大ダメージ量が増える。
CT:― 耐久値:0/50 強化度:0/10
▼『援添』使用方法
片を割ると発動する(パッシブの場合は条件を満たすと自動で割れる)。1回割るごとに耐久値が1減少。割った片は耐久値がある限り復活する。耐久値が0になると、片は消滅する。
「ダブったものは強化と耐久値の最大値増加に使えます。いらない場合はその場で救護院に返却すれば150ポイントが還元されます。耐久値の減り具合で還元ポイントが減るので、いらないと思ったらなるべく早く返却したほうがお得です~」
ほうほう。5m×5mの結界ってこんなに大きくなくていい気もするけど、貧弱な妖精としてはありがたいし、返却する気はないかなあ。
「またプレイヤー間の譲渡、売買はできませんが、NPCに渡すことはできます。NPCに渡すと、ステータスと好感度が上がるので推しNPCに貢ぐのもアリです」
「詳しくはこちら」とお姉さんがパーテーションに貼られたポスターの一部を指差す。
そこには、「援添をNPCに渡すと一部のステータスが上がります。 壱~参→生気+20 肆~陸→耐久+20 漆~玖→耐性+20」と書かれていた。見事に防御力を高めるラインナップだ。このポスター、プレイヤーが作ったのかな。
NPCにもステータスってあるんだな~。そういえば、屋内修練場にいる教官NPCはステータスが高いって掲示板でチラ見した気もする。しかし、プラス20って結構大きい。伍の片を5回渡せば、元の数値と合わせて、耐久が100以上になるわけだ。
……うん、ちょうど2つあるし、これ、アルンカイ兄弟にあげよう!ゲーム内時間はまだ12時。かくし森をウロウロしていれば会えるはず!たぶん!
と、かくし森に戻りたいところだけど、まだやることはある。昇龍竹を数本、手持ちに残しているので、雑貨屋さんにお守りを作ってもらおうと思う。お守りをあげるのはもちろん、アルンカイ兄弟とヒデンの事情について教えてくれたおじさんのだ。
目当ての人は、首の後ろで結った三つ編みを揺らして、開店準備をしているところだった。
「お、ヤッホー、妖精さん。今準備するから待っててね」
一段高い床にあまり高くない天井、3面が壁になっている屋台のようなお店は、唯一壁がない場所に布がぶら下がって「閉店しています」の様相をしている。雑貨屋さんがウインドウで操作すると、布がなくなっていつものお店になった。
「奥へどうぞ~」と言いながら中に入っていく雑貨屋さんの後に続いて、作業用兼素材置き場にもなっているテーブルの前まで飛ぶ。そこではた、と気づいた。
「ここに素材を乗せてくださ~……あ、大きいの?この店よりも大きい?」
そう、竹ね、親管狐龍が切ったそのままだから長いんだよ。
目一杯伸縮させた両腕の意味を悟った雑貨屋さんは、ちょっとワクワクした顔で一抱えの箱を取り出した。救護院にあったボックスをもう少し素朴にした感じの箱だ。
「これ、インベントリから直接アイテムを移動できる魔道具」
やっぱり救護院のと同じのだ。早速竹を突っ込んで、事前に用意していたメモを渡す。
「『昇龍竹でお守りを作って欲しいです』……依頼か!へ~~~昇龍竹……初めて見る素材だな~」
雑貨屋さんがボックスからにゅっと竹の一部を出して、細かく観察しだす。このボックス、そんな扱い方もできるんだ。
「……あ、これもしかして管狐龍がくれた素材?無辺境がどうとかの……なるほど、これが噂の竜巣素材か~。確かに魔除けみたいな感じでお守りにも良さそうだね。うん、特に硬すぎるとかも柔らかすぎるとかもないから、問題なく扱えそう。形とか大きさとか希望はある?」
やった。依頼聞いてくれるみたい。キーホルダーぐらいの大きさのを、予備も入れて10個ください!
「5センチぐらいのを10個ね、せっかくだから狐の形にしてみる?これに紐を付ける感じで……」
そう言って雑貨屋さんが、近くにあった紙に狐をかわいくデフォルメしたようなシルエットを描く。かわいい~!これがいい!何度も頷いて紙を囲むようにくるくる飛び回る私に、雑貨屋さんがニッと笑いかけた。
「じゃあこんな感じで作るわ。素材持ち込みだから前料金はなし。余った素材は……売ってくれんの?ありがと~。葉っぱだけでもポーションに使えそうだから助かる」
おお、職人だからか、私より細かい【鑑定】結果が見えてるみたい。
店内には食器やアクセサリーみたいな小物の他に、ちょこっとだけポーションも置いてる。妖光影葉から作れる『恐怖薬』『睡眠薬』『悪夢薬』もあるので【調薬】とか【調合】とかを持っているんだろう。
よく似てるスキルだけど、【調薬】は『ポーション』か『薬』の付くものしか作れなくて、レシピがないと使用不可の薬特化のスキルだ。そして【調合】はレシピがなくても使用可能で、薬だけじゃなくてインクや香水、調味料なんかも作れる。ただし、薬に関しては【調薬】よりも失敗率が高くなるし、質も低くなる、といった違いがあった。
「浄化水は、デバフ解除のポーションに使えんだよね~」
葉っぱが材料になるんじゃなくて、葉っぱで浄化した水が材料になるってことか。雑貨屋さん、素材を何に使うか教えてくれるから知見が広がって楽しい。
それから細かいところを詰めて、やり取りを終える。確認を取りながらウインドウで仕様書みたいなものを打ち込んでいた雑貨屋さんが、フレンドのタブに切り替えてこっちに向けた。
「でさー、せっかくだしフレンド登録しない?」
フレンド登録という言葉に首を傾げて……ハッとした。そうだ、そうだった、雑貨屋さんフレンドじゃない!なんかもうフレンド登録した気でいた!会ってる回数でいえば、雑貨屋さんが一番多いのだ。あわあわしながらフレンドのタブを呼び出している様子を見ていた雑貨屋さんが、訳知り顔で腕を組む。
「ねー、もう常連さんの雰囲気だったからフレンドな気でいたよね……はい、登録完了。改めまして『肉厚パテ』でーす。だいたいパテって呼ばれてまーす」
うわー、お腹が空く名前だ。どことなくハンバーガーのお口になりながら、パテさんとお別れしてご飯を買いに行く。さすがに携帯食セットがもうリンゴしかないんだよね。
ジークリンデさんおすすめの店で、おにぎりと野菜と肉のクレープとお菓子を買う。無辺境の帰り道でジークリンデさんに妖精向けの商品が置いてあるお店を教えてもらったんだ。残念ながらハンバーガーはなかったけど。
妖精向けと銘打ってはいても、妖精からすると全然大盛サイズだ。さすがに妖精サイズまで小さくするのはできないんだって。まあ満腹ゲージ過ぎても食べられるし、残してもインベントリに入れちゃえば腐らないから、世界観重視のための妖精サイズだ。
用事を終えたので拠点に戻ってきた。よーし、アルンカイ兄弟を探しに行くぞー!
援添の設定を考えたものの本編で使うことなさそうなのでここに置いておきます。
救護院アイテム『援添』ガチャ
◎壱の片 ※パッシブ
拠点以外の場所(ダンジョンを含まない)で、魔気が0になったときや、強制ログアウトをすると上級救護員がすぐさま迎えに来てくれる。
CT:― 耐久値:0/50 強化度:―
◎弐の片
影法師がダメージを肩代わりする。強化度で影法師のHPが増える。
CT:3時間(HPが0になったとき) 耐久値:0/50 強化度:0/10
影法師:プレイヤーが回復することはできない。HPが0になったときのみ、自己回復する。自己回復中は使用不可。
HP:0/持ち主の生気の80%
◎参の片
ヒールマリオネットを召喚できる。強化度でヒールマリオネットの回復量や、顕現時間が増える。
CT:1時間 耐久値:0/50 強化度:0/10
ヒールマリオネット:パーティ内で最も生気が低い者の回復を優先する。顕現中、回復行動に制限はなく無敵。攻撃行動はせず、召喚者の命令を聞かない。
生気回復+10 魔気回復+10 顕現時間10分
◎肆の片 ※パッシブ
拠点以外の場所(ダンジョンを含む)で、魔気が0になったときや、強制ログアウトをすると目覚めの間に転移させる。
CT:― 耐久値:0/50 強化度:―
◎伍の片
前方に2秒間、最大1000ダメージを無視する5m×5mの防御壁を張る。強化度で維持時間や、防御壁が無視することができる最大ダメージ量が増える。
CT:― 耐久値:0/50 強化度:0/10
防御壁:蛍光ブルーの半透明の板のような見た目。一定時間、一定のダメージを無視する。防御壁の内側から攻撃ができない。発動時にだけ魔気を消費する。
結界:シャボン玉のような見た目で形状は様々。押し負けなければダメージは通さないが、衝撃は通す。結界の内側から攻撃ができる。発動中は魔気が減少し続ける。未成年以外は課金しないと覚えることはできない。
◎陸の片
エネミー10体に10秒間の幻惑付与。強化度で付与可能なエネミーの数と効果時間が増える。
CT:20分 耐久値:0/50 強化度:0/10
幻惑:一定時間視界に入らなくなる。相手にかける術であるため、見つかっている状態でも使用可能。
隠密:見つかりにくくなる。自分にかける術であるため、見つかっている状態では使用不可。
◎漆の片
3分間、自身の一番高いステータスを10残して筋力または魔力に変換する(変換される数値にアイテムの増加分は含まれない)。3分以内に、変換した数値の10倍のダメージをエネミーに与えることに成功すると、変換したステータスが元の数値の1.5倍になって戻ってくる。成功時の効果時間:10分
CT:40分 耐久値:0/50 強化度:―
◎捌の片
状態異常を2回無効化。強化度で無効化の最大数が増える。
CT:15分 耐久値:0/50 強化度:0/10
◎玖の片 ※パッシブ
致命傷を受けたとき、生気が1残る(3回)。
CT:24時間 耐久値:0/50 強化度:―
◎拾の額
累計ポイントが特定ラインを超えるともらえる。すべての片を額に嵌めると、片の耐久値が無限になる。
※額だけではNPCにも譲渡不可となるが、すべての片を嵌めた状態でなら渡すことができる。その場合、渡したNPCの生気、耐久、耐性が+40になる。
ツラのいいNPCはそこそこいるが、援添貢がれNO.1は、屋内修練場の教官NPCの渋い剣豪おじさんだったりする。




