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情報量の多い無辺境

 竹林の境目を探すだけで、道は見つかった。ここに来たときは山を登ってきたのに、竹林の向こうはずっと平坦で、ここが地続きではないのだと認識する。


「……ウェジーさん、あの、さっきからハムスターがカバンに木の実を押し込んでるんですけど……」

「あ、いつものことなんで気にしないでください」

「チ!」

「……管狐龍も石を押し込んでますけど……」

「まあ、いいでしょう!石で重くなったカバンも、管狐龍たちのいたずらだと思えば愛しくなるものです」

「クク!」

「……なるほど」


 メンバーは私、ジークリンデさん、小動物ハーレムの人こと、ウェジーさんと従魔たち、と何故かついてきた数匹の管狐龍たちという、大きい人は2人だけなのにやたらと大人数で移動している。カッパを脱いで身軽になったはずのウェジーさんは、はち切れそうな腰のカバンで足取りがなんとなく重く見える。

 実はジークリンデさんが肩にかけているたけのこ入りのカバンにも、管狐龍が石(素材ではないただの石)を詰めてるけど黙っておいた。


 賑やかに道なりに進めば、段々と景色が変わっていく。空も木々も土も水彩画を思わせる色合いになっていて、全体的に瑞々しい雰囲気だ。

 ちなみに道中で素材っぽいものを【鑑定】してみたけど、竜巣素材は竹林の周りだけだった。


 10分ほど進んだところで土の道が砂利の道になり、桃色の岩がそこかしこにそびえ立つ場所に辿り着く。桃岩って、桃の形の岩じゃなくて桃色で岩だったんだね。【鑑定】さん曰く錬金術に使う素材みたい。


 そのまま更に進むと、それっぽいものが視界に入る。

 薄っすらと立ち込める霧の中、ピラミッドの真ん中から下のほうを残して切り取ったような土台のうえに、ドンと柱だけの建築物が建っている。柱の上はアーチで繋がっていて壁はなく、屋根の代わりにどこに根があるのかわからないつる植物がアーチの間を埋めていた。


「……あれが祭壇ですか」

「うわ~幻想的ですね~」


 土台の下に広がる石畳を越え、4方向に伸びる階段を上ると頭上から垂れた白い藤のような花に出迎えられる。花に戯れる管狐龍たちが絵になるなあ。

 足を踏み入れると、柱にくっついている燭台の蝋燭が、月光のような白い火を灯す。

 柱に囲まれた中央の部屋には円形の泉があり、透き通った水が蝋燭の光を反射していた。泉の頭上には屋根がなく、夜を迎えようとする薄紫の空を映す。


「お供え物でも置いてみますか?僕は金か竹ぐらいしかないんですけど」

「……私も似たようなものしかないですね。とりあえずお金でも入れてみます」


 泉の中央には、いかにも「ここにお供え物を捧げてください」と言った感じの、プリンアラモードの器みたいな形の台。野花と果物がちょこんと置かれてる台の中に、ジークリンデさんがお金を入れた。革袋がぽとん、と落ちたが何も起こらない。

 竹を入れるには切らないといけないし、たけのこはそのまま入れるにはちょっと忍びないと話してる2人の隣で、花でも入れてみようかな、なんて考えていると、ハスキーな男の声がかかった。


「こらー祭壇にいたずらするものは誰だ……ぬ?お主ら、ニンゲンか?う~~~~ん?ニンゲンとは違うか?久々でわからぬ。一体どこから来たのだ?」


 階段を駆け上って来たのは赤毛の大きな狐。ポニーぐらいはありそうだ。よく見ると尻尾が七本ある。


「こ、こんにち、いやこんばんは?僕たちはリューグから来ました。あなたが無辺境のぬ……」

「何ィ!?リューグだとォ!?沈んだんじゃなかったのか!?」

「……いえ、沈みはしましたが、少なくとも100年前には浮上しています」

「100年前!?」


 ウェジーさんとジークリンデさんの言ったことに、毛を逆立てて驚く狐。


「何故誰も気づかない……いや、いやいやいや!オレは騙されんぞニンゲン共!嘘をついて我ら幻獣をこの大陸から連れ出そうとしているのであろう!?コレ、管狐(くだぎつね)ども、疾くそやつらから離れよ!!」

「コァーンコココァー」

「何、真であると?そこの小さいのが雷獣のいびきに驚いて門の向こうに逃げた……?」

「キャーウ……」


 ついてきた管狐龍で一番大きい子が代表して事情を説明した。ぐりんと首を回した赤い狐に射抜かれた迷子の子が私の後ろに隠れる。母管狐龍は付いてきていない。無辺境の中では放任であるらしい。


「お、お主ッ、仮にもドラゴンの因子をもらい受けたものが、いびきごときに恐れるでないわッ!やはり管狐はオレたち妖狐に守られていればよかったんだ!それを外に行きたいからなどと宣って、ドラゴンの仲間入りをしておきながら、いつまでも愛らしいままでおってッ、なにゆえ、なにゆえオレを頼ってくれんのだ!!外になどいつでも連れて行ってやるというのに!!」


 床に突っ伏しておいおい泣く狐。どうやら管狐龍に並々ならぬ想いを抱いてるらしい。


「めちゃくちゃ拗ねてる……」

「ククク~」


 管狐龍たちが纏わりついて慰めるがあまり効果はないようだ。泣かないで~、これでも食べて元気出して~。野いちごを5個ほど転がす。すかさず管狐龍が群がろうとするのを阻止。君たちのものじゃないぞ~。

 さりげなくハムスターも寄って来たけど、あっという間にウェジーさんに捕まってた。さすがテイム主。扱いに慣れている。


「ぬ?こ、これは……!?タ、ターロ!ターロ!今すぐ祭壇に来い!ああ、まさかそんな、これがここにあるなど!」

「な、何かまずかったんですかね?」

「……の、野いちごを置いただけですよ?」


 鼻先にぶつかった野いちごに反応して顔を上げた赤い狐が、突然祭壇の外のほうに向かって大きな声を出した。え、何事?オロオロする赤い狐と一緒にみんなでオロオロすること数秒。


「どうしたんだセッコ様ー!」


 パカラッパカラッと軽快な足音が聞こえて、現れたのは――


「ケ、ケケケンタウロスだー!?」

「おわ、なんだなんだ人間?迷子か?」


 鍛えられた上半身を革鎧で包んだ、下半身が馬の青年だった。ウェジーさんの驚きようからすると、ケンタウロスはリューグにはいないのだろうか。ジークリンデさんもどことなくソワソワしている。


「おー、なんか人間も久しぶりに見た気がするな。(ぬし)様が寝て以来じゃないか?」

「そんなことよりもターロ!この木の実はお主らが、引っ越してきたときに持ってきたものではないか!?」

「え、木の実?」


 赤い狐はリューグ固有種の野いちごが気になるらしい。ケンタウロスの体は大きく、祭壇には入って来れないようなので、インベントリから出した野いちごを目の前に差し出した。目を大きく開いた青年の手に、赤とオレンジの派手な木の実を乗せる。


「……これ食べてみてもいいか?」


 どうぞどうぞ。青年の手に3個足して、欲しがった管狐龍たちにも1個ずつあげた。赤い狐も食べることにしたようで、狐たちのちゃくちゃくという咀嚼音が響く。青年はゆっくりと野いちごを口に運んだ。ジークリンデさんとウェジーさんは無言で見守っている。


「ああ……野いちごだ……リューグの、リューグにしかない」

「やはり!やはり!あの時食べたのはもっと萎んで硬かったが、同じものだろう!?これはもう食べられないのだと、お主が言っておったのを覚えておる!」

「そうだな、セッコ様たちにあげたのは乾燥させたやつだったから……なんだ?まだ野いちごくれるのか?」


 何も残ってない手のひらを見つめる青年に、私はそっと近づいた。青年の手を指差し、武骨な手のひらに直接スキットルと広げたメモを出す。メモの主が彼じゃないとしても、何か知っているんじゃないかと思って。ジークリンデさんもウェジーさんもインベントリの空きがあまりないと言うので、私が預かっていたのだ。


「……うそだろ」


 くすんだ銀色をじっくりと確認した彼は、スキットルを左手に握りしめたまま、祭壇から漏れる明かりを頼りにしわくちゃの小さな紙を読む。


「……このスキットルは親父からもらったんだ。俺が無辺境の門を探しに行くって言ったら、餞別だっつってくれてよ……中には高い酒が入ってたんだぜ。最後の、もう誰も作ってない酒が。旅の途中、辛くなったら少しずつ飲んで、中身が無くなる頃にやっと門を見つけて。なのに無辺境を探索してる間に入って来た門は水没してて、それで出られる門を探してるうちにこいつもなくしちまって……」


 俯いてる彼の表情はよく見えない。


「……私たちは大岩の隙間を潜ってここに来ました。このスキットルは大岩の向こうにあった竹林で見つけたんです」


 ジークリンデさんの一言で彼は理解したらしい。俯いていた顔が持ち上がった。期待の滲む眼差しにウェジーさんが応える。



「リューグは、人が街をつくるぐらいには復活していますよ」



「――セッコ様!セッコ様!」

「うむ」

「リューグ復活したって!!人はいなくなっちまったけど、リューグの固有種はまだ残ってるんだ……!他に何があったっけなあ!青コーヒー豆にカドリー系に……、管狐龍はココクワなんか好きそうだ!」

「クク!」

「セッコ様が気に入ってた波ぶどうのワインもあるかもしれねえ……なあ、みんなで外に行ってみようぜ!」

「ククー!」

「コァーンコァーン!」

「ならぬ!」

「ええーー!なんでだよ!?今行く流れだっただろ!」

「コァーン!」


 赤い狐の力強い否定に、地面を掻くケンタウロスと不満を訴える管狐龍たち。しかし、赤い狐は意に介さずにツンとしている。


「こ奴らが嘘をついてないとも限らん。野いちご1つじゃ証明にはならん」

「いやあ、野いちごはともかく、無辺境の門はたまに他大陸と繋がることはあっても、移動することはないだろ。竹林から来たってことは――」


「なにより、今は主様が寝ておる!!」


「それは、まあ、そうだけど……」


 バーン!と集中線がつきそうなくらいの主張に、青年が勢いをなくしてもにょもにょする。青年に纏わりついていた管狐龍たちも馬の背中でシュンとしている。


「ターロ。お主は単身無辺境に辿り着き、家族を、友を救い、居場所を与えた、主様も認める勇士よ。今はもう半分ヒトの身を外れてはおるが、だからこそオレたちに近づいたお主を手放すことはできぬ」

「セッコ様……」

「いいか、お主らを安易に外に出して大怪我などさせてみよ!オレは泣くぞ!四肢を投げ出し地面を転がり回って泣くぞ!」

「あっ、うん……」


 さっきまで号泣していた狐の説得力が強すぎる。


「というわけだ!ニンゲンたちよ、我らが無辺境の主は300年ほど前からぐっすり眠ってしまっていてな。オレとしては主様不在の状態で、あまり勝手はしたくない。しかしせっかくリューグが浮上したというのに、いつまでも主様の目覚めを待っておれん者もおる。お主たちもここ、無辺境が気になるであろう?」

「……それはもう」

「はい!気になります!」


 メモにあった門も見たいし、道中にあった素材らしきものだって、月明かりに照らされた遠くの山の上の、大きなドラゴンのシルエットがずっとこっちを窺っているのだって気になっている。私たちの姿勢は正しく、気持ちは前のめりな様子に、狐も満足気だ。


「ならば、リューグの浮上が真であると証明してみせよ。この器が満たされるぐらいリューグにしかない特別なものを持って来い。さすればさすがの主様も、何事かと目が覚めるであろう!主様の説得は、ターロと管狐でやるのだぞ!」

「わかった!セッコ様最高だぜー!」

「コココンコァー!!」



 ――ワールドアナウンス:未開放エリアの開放条件が一部達成されました。



 わあびっくりした!突然、エコーのかかった無機質な音声が響き渡って肩が跳ねた。ワールドアナウンスって男性ボイスなんだ。いつものアナウンスは女性ボイスだからもの珍しさに宙を探ってしまった。



 ――特殊エリア『無辺境』が一部開放されました。

 ――ミッション『リューグは浮上せり』が開始されました。



「ミッション!てことはみんなでやっていいってことですね」

「……ミッションでよかったです。さすがにこの大きさの器を満たすのは、私たちだけでは時間が足りません」


 へ~プレイヤー全体でやるようなのは、クエストじゃなくてミッションなのか。ウインドウを確認したら、受諾もしてないのに勝手にクエスト欄に加えられていた。けど、任意参加で期限もないみたいだ。達成度が1%なのは野いちごの分だろう。まだまだ掛かるな。




 それから喜び勇んだ青年が他の住民を連れてきて、みんなで覚えている限りのリューグの固有種をあれこれ教えてくれた。人間っぽい姿の人はほとんどいなかったけど、前のリューグの住人なんだろうなって、あるだけの野いちごを振舞ったら泣いて喜ばれた。たまたま採取してただけなんだけど、なんか、よかった、これ摘んでて。


 そしてようやく祭壇を後にして、管狐龍たちともお別れをして、大岩の隙間から出てきたところだ。


「は~~~……なんか疲れた……」

「……情報が多かったですね……」


 わかる~。ジークリンデさんもちょっとぐったりしている。ウェジーさんの従魔なんてチンチラと毛玉うさぎは途中から寝てたし、リスはハムスターから受け取った木の実をひたすらウェジーさんの髪に押し込んでた。ハリネズミだけがずっと話を聞いてたよ。


「あ~~~その、今回の詳細についてなんですが、お二人が掲示板に書き込んだりするタイプでないなら、僕がやろうかなと思うんですが……あ、いいんですか?一応承認欲求とか満たされると思いますけど……わあ、すごい首振る……」


 掲示板に書き込むってほぼ報告書じゃん。そんなめんどくさいこと、やってくれるというなら喜んで譲るわ。

 といわけで、プレイヤーへの報告はウェジーさんに任せてジークリンデさんと門までの道のりに目印を立ててアロアロまで帰った。

 目印はジークリンデさんが【岩石魔法】で灯籠みたいな岩の柱を置いた。私はランプで周囲を照らして照明係だ。下山中にモンスターに襲われることはなかった。元々この鉤爪山はモンスターがあまりいないらしい。


 モンスターファームに管狐龍の生息場所を報告して、職員NPCとその場に居合わせたプレイヤーが騒いでいるのをよそにジークリンデさんと解散した。濃い一日だった~……。

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