不明な土地
管狐龍の親子はジークリンデさんたちとは離れすぎないぐらいのスピードで飛んでいく。途中で傘が木の葉に引っかかって落ちしまったけど、雨はほとんど止んでいたので全身濡れたりせずに済んだ。
山道を外れて道なき道を進むと、やがて人よりも大きな岩がゴロゴロと転がるところに出た。管狐龍たちは中でも一番大きく、ぶつかり合うように鎮座する二つの岩の隙間に入っていく。ドア1枚程度の広さがあるにも関わらず、余程注意深く見ないとそこに隙間があるなんてわからない。岩の根元に生えた植物と岩肌を這う植物がその空間を巧妙に隠していた。
隙間をくぐって数秒。人間の足であれば10歩もない。開けた視界にはまず、岩の後ろからも見えていた背の高い木が数本。その先には、薄っすらと表面に鱗模様がある竹が一面に広がっていた。
◎昇龍竹 ※竜巣
天を衝く龍は恵みの雨をもたらす。
水を浄化する性質を持つ。
※ドラゴンの気を浴びているため、一部のモンスターは近づかない。
昇龍竹。これの水筒とかあったら、浄化効果も合わさってよさそう。「一部のモンスター」がどのくらいのレベルを指すのかはわからないけど、竜巣の効果は私みたいな戦闘が得意じゃない種族や職業の人にはありがたいな。
「ククク!」
子管狐龍が嬉しそうに竹にちょっかいをかけると、別の小さい管狐龍が出てくる。お友だちかな。一方私を解放した親管狐龍は竹を吟味するようにウロウロしている。親子はどうやら生息場所に案内してくれたようだ。
ここまで来たら花瓶はもういいだろう。肩に掛けたままだった花瓶をインベントリに収納する。顔を上げると、私たちを追って来た2人がちょうど岩の間から出てきた。
「……こんなところにも竹林が……」
「これは、案内されないとわからないな~」
広いワールドみたいだし、羽毛の獣人が上空から俯瞰できたとしても山の一つ一つを細かく探索なんてしないだろうなあ。ダンジョンとか開拓地とかあるならそっちに注目しちゃうだろうし。まして最初の街から近いから、余計見逃すかも。
「……秘匿スポットではないですね。不明な土地としか出ません」
「土地鑑持ちでしたか!僕の【鑑定】はモンスターの生態とか体調とかに偏ってるので、鉤爪山としかでないですね」
土地鑑って土地の鑑定ってこと?土地にも鑑定ができるんだ!地面をじっと見つめて私も【鑑定】してみたけど、小動物ハーレムの人と同じ、鉤爪山としか出なかった。確かに山頂のほうが鉤爪みたいな形をしている。
【鑑定】は職業に合わせて内容が変わる。商人であれば素材や制作物の相場や品質がわかり、料理人であれば食材が新鮮かどうかの他に、どのくらい甘いか渋いかなんてこともわかるのだそうだ。
それとは別に、職業に関係なくとも特定のものを【鑑定】し続けるとその方向にも特化していく。ジークリンデさんはあちこちに出向くと言っていたのでいろんな土地を【鑑定】してきたのかもしれない。
「……地理にも該当なしと出るので、浮上後にできた新しい場所かもしれません」
「地理?」
小動物ハーレムの人が首を傾げる。私も知らない単語に首を傾げてしまう。そんな教科みたいな名前のスキルがあるんですか?
「……『古地図』という、リューグが沈む前の地図が書かれたアイテムがあって、これを手に入れてメモリーに地図ごと保存すると、地図を失う代わりに【地形理解】というスキルが生えます。周囲の環境でどんな場所か予測できるようになるので、遺跡発掘のヒントになったり、前のリューグの地図と現在の土地を照らし合わせたりできて便利ですよ」
メモリーってスクショとか本日のダイジェスト映像とかが保存されてるあれ?スクショを撮って保存じゃなくてアイテム自体を保存できるの?よくそんなの気づいたな。
「へ~……諸々初耳なんですけど、拡散する気とかまーったくないんですけど、僕が知っても大丈夫なやつですか?忘れたほうがいいですか?」
「……知ってる人は知ってるので大丈夫ですよ。そんなに警戒しなくても」
固い表情をする小動物ハーレムの人に、ジークリンデさんが苦笑した。MMO今回が初めてだからよくは知らないけど、PKありのゲームだと独占情報を知ちゃったプレイヤーがいたら、拡散される前に脅しのキル、拡散されたら報復にキルなんてこともあるのか。
「いや~すみません、PoZOやってたときの癖がなかなか抜けなくて……」
「……ぽぞってあの有名な」
「僕はまあまあ善良な一般プレイヤーでしたよ!」
「……まあまあなんですね」
PoZOね。フルダイブ型ゲーム黎明期に出たVRMMOである。兄貴がやってたな。3年ぐらい前にサ終したんだっけ。PoZOで真っ白な善良プレイヤーがいたら逆にヤバいみたいなことを兄貴が言ってたな……なんてことを思い出していたらガサガサと葉が盛大に擦れる音がした。見れば、根本がすっぱり切れた竹が周りの竹の葉に引っかかるように倒れている。
「コァーン」
再びガサガサという音。犯人はどうやら親管狐龍のようだ。親管狐龍が竹の根本を尻尾で叩くと、一瞬遅れて竹が倒れていった。
ワ、ワァ、なんて切れ味のいい尻尾……。え?実はこのふわふわかわいい尻尾が実は日本刀ばりに鋭利だったりする?
◎管狐龍
主に狭い隙間に潜み、ひそかに生活をしている。
種族:ドラゴン
性別:メス
性格:勇敢
備考:【スキル無効化】【ドラゴンブレス(小)】【ブレードテール】
この【ブレードテール】ってスキルで切ったのかな。他の子も【鑑定】してみると結構個体差がある。性格によってステータスがある程度予想できるっぽい。テイムするときはこの性格と備考欄のスキルを参考に好きな子を選ぶのかも。
「コァー、コァーアーン」
親管狐龍が何かを訴えてきた。感化されたように小動物ハーレムの人のお団子からリスが出てくると、彼の長い耳朶の下を潜り抜けて、内緒話をするように耳打ちし始めた。
「この竹あげる、だそうです。たぶんクエストの報酬だと思います」
「コァーン、コン!」
「あっちの子はタケノコあげるって言ってますね。ありがとうホッペ」
リスを一撫でした小動物ハーレムの人が、少し離れたところで穴を掘る子管狐龍たちを指す。ちび管狐龍、いつの間にか5匹ぐらいになっていた。ついでに大きいのも中くらいのも出てきている。モフモフがあちこちふわふわ飛んでいて、モフモフ好きな父が見たら喜びそうな景色だ。
親管狐龍がスパスパ切っていく竹を小動物ハーレムの人と従魔たちが拾い集め、私とジークリンデさんでちび管狐龍たちのタケノコ狩りを手伝う。泥がつくかと思ったけど、ゲームなので土はすでに乾いている。ちょうどいい位置まで掘って引っ張るとポコンとタケノコが採れた。やっぱり採取楽しいー!タケノコを狩りつつ、ついでに気になったものを採取してしまった。もちろん、ちゃんと管狐龍に確認は取りましたとも。
「コァーン」
――『迷子の管狐龍の親探し』をクリアしました。
タケノコの場所を教えてくれていた子管狐龍がこれでおしまいという風に鳴くと、クエストクリアのアナウンスが流れた。報酬をもらってからクリアなんだね。竹とタケノコを3人で山分けする。3等分に分けられる数だけくれたのにAIの気遣いを感じる。
「昇龍竹ですか~。かっこいいですね。相変わらず何に使えるのかよくわからない説明ですけど」
「……竹の加工は細工系スキルなので編み籠とかですかね。水鉄砲ならスキルなくてもできそうですけど」
「あー竹の水鉄砲!小学校の授業で作って遊んだな」
……ん?工芸品に使うのもいいだろうけど『竜巣』の効果と『水を浄化する』のほうが重要じゃ……あ!そうか、2人とも採取人じゃないから素材を【鑑定】しても大した情報がないのか!テイマー(仮)と戦闘職(仮)だもんな。
急いでウインドウを開いて目の前に生えている昇龍竹の鑑定結果のスクショを撮ってジークリンデさんに送る。が、インベントリから取り出したカバンにタケノコを詰めているジークリンデさんは通知に気づかない。私みたいに『目立たない通知』設定にしてるのかもしれない。
「……わっ、どうしました?……あ、通知……」
ジークリンデさんの目の前で両手を大きく振ってウインドウを開いたり、閉じたりしていたら気づいてくれた。
「……あの、竜巣って今まで見つかってましたっけ?」
「りゅうす?」
ジークリンデさんが鑑定結果をそのまま読み上げると、小動物ハーレムの人の目がカッと開く。
「そ!そうだったこの子たち龍だったほとんど狐だから忘れてた!!ダンジョンにドラゴンいるし、テイムしてる人もいますけど、ドラゴンの生息場所は見つかってません!竜巣というのも初めて聞きました!うわー大発見ですよこれ……!」
それだけじゃないぞ!地面に転がっている石や草なんかをビシッと指す。
「ん?……あ!この石と草も!?この辺一帯竜巣の効果があるのか!」
どうやらそのようだ。採取した素材には全て竜巣という表記があった。ただ、竹以外は徐々に効果が薄れてしまうらしいけど。そのこともチャットを送っておく。
「……なるほど、モンスター避け効果が永続なのは竹だけなんですね。ううん……、土地を【鑑定】しても竜巣とも、管狐龍の生息地とも出ません。不明な土地のままです」
「ダンジョンのドラゴンがいる場所には竜巣のアイテムはないし、土地鑑持ちテイマーの調べだとどのモンスターも生息地ではなく、付近に出現するモンスターの名前が並んでいるだけらしいです。テイムされたドラゴンは元はフィールドをうろついてた子らしいので、巣は別にありそうな気がします……ねえ、君たち、ここは君たちの巣で合ってる?」
しゃがんで地面に触れるジークリンデさんのすぐそこで、そこに何かあるんですか?と地面の匂いを嗅ぐ人懐っこい管狐龍。リスに翻訳してもらいながら管狐龍に質問してみるも、首を傾げられる小動物ハーレムの人。
前のリューグでは目撃情報が少なかったと聞いたけど、思ったより人懐っこい子が多い。この人懐っこさなら場所や時代によっては人間と係わりがあったんじゃなかろうか。
私はさっきから迷子の子とそのお友だちが、ここ掘れコンコンと誘ってくるので二人から少し離れた地面を掘っている。採取じゃないからちまちまとしか掘れないが、ちび管狐龍たちは気にせずシャカシャカと土を掻きだしていた。あ、お母さんも参加して、あ、他のみなさんも穴掘りがお好きなんですね――あー!お客様!土が私に掛かっております!お客様!
なんて遊んでいたら、一際大きい管狐龍が地面に飛び込むように突っ込んだ。勢いよく散る土からみんなでキャーキャー逃げる。
「……楽しそうですね」
ジークリンデさんにほっこりされてしまった。表情はわからないけど声色がそんな感じだった。真剣に検分していた2人をほったらかしで遊んでしまってさすがに少し恥ずかしかったが、何でもないように服に付いた土を払う。ちょっと大人気ない行動をしてもいいのだ。今の私は妖精なので。
「キュー!」
「ん?どうした、オミミ」
「キュキュッチ!」
小動物ハーレムの人の足元をうろちょろしてた従魔のチンチラが、50センチほどの深さの穴に飛び込んで、身振り手振り主に何かを訴える。掘るのに夢中で気付かなかったけど結構深く掘ったな。
「地面の下に何かある?」
「……掘ってみましょうか」
ジークリンデさんがタケノコ狩りで使っていたスコップで更に深く掘り進めた。さほど時間を置かずにスコップがカツンと何かに当たる。
「……何か当たった……けど小さいですね」
「あ、これ、あれですよね、ウイスキーとか入れるやつ」
土を少し掻いただけで全容を現したのは古びたスキットルだった。ジークリンデさんがスキットルを振るとカラカラと音がする。液体じゃない何かが入っているらしい。蓋を開けて中身を取り出すと、転がり出てきたのはギュッと丸まった紙だった。思わぬ物体が出てきたことに3人で顔を見合わせる。
「……メモ?」
「ぽいですよね~……ホ、ホラーじゃないよね……?」
確かにホラゲに出てくるメモとかにありそう。でもどっちかというとミステリーとかアドベンチャー系の感じじゃないかな~。ホラーだったらもっとボロボロに錆びてるか、近くに骨があると思う。
ガントレットをつけた手で四苦八苦しながら紙を広げようとするジークリンデさんから、紙を貸してもらって広げる係をやる。手帳サイズの紙には少し荒れた字が並んでいた。小動物ハーレムの人が【植物魔法】で作ったテーブルにメモを並べていく。【植物魔法】っていきなり切り株を生やすこともできるんだね。いや【環境魔法】だって自由度高いしそんなもんか。
スキットルに入っていたメモは全部で9枚。手先の器用なチンチラとハムスターが紙を広げるのを手伝ってくれた。
内容は異界を見つけたメモの主の日記と覚え書きのようなものだった。
〔ついに見つけた!幻想郷だ! 祭壇 朝焼け色の泉 白大樹右 突き当り右の藪の間〕
〔門は問題なく出入りできるみたいだ。よかった。このまま幻想郷を探索してみる〕
〔別の門を見つけた。外に出ると遠くに人の姿があった。彼らは白亜の城に黒い何かをくっつけている。なんの作業をしているのだろう。今まで見てきた人のいる場所でも一番平穏そうだったが、近づかないでおく。前に通り過ぎた町の住人のように追いかけ回されては堪らない。 祭壇 桃岩道なり 竹林の奥 大岩の隙間〕
〔またドラゴンを見かけた。幻獣は幻想郷から来ているというのは本当らしい。他にも見知らぬ動植物がたくさんいる。妹がこれを見たら喜ぶだろう。早く迎えに行かねば〕
〔ここの主に出会った。主はここを無辺境と呼んでいた。移住の許可を願えば、あっさりと承諾された。ただずっと無辺境にいると人の範疇を超えるかもしれないとも言われたが。なんだっていい。生き伸びることができるなら。俺たちはリューグと共に沈むつもりはないんだ〕
〔ちくしょう!泉の門が水没してた!みんなを迎えに行けない。他の門探す〕
〔祭壇 果樹園 赤い小さいバナナと黄色い割れたリンゴの境目 水没〕
〔祭壇 山 ドラゴンの鱗が刺された木を辿る 水没〕
〔祭壇 朝焼け色の泉 白大樹を12時として8時の方向 泉の中 水没〕
このメモの主はリューグが沈んでいく時代の人で、身近な人たちを無辺境とやらに連れて行こうとしていたらしい。無事門を見つけて迎えに行けたのかはわからないけど。
メモにある『白亜の城に黒い何かをくっつけている』というのは紺青の城のことな気がする。紺青の城はとある王族が頑強に作り替えたとOPにあったから、リノベーションの最中を目撃したんじゃないかな。黒い何かは壁を補強するもので、乾いて紺青色になったとか、曇っていて黒く見えたとかそんなんだと思う。
「……無辺境、初めて聞きました」
「僕も聞いたことないです。幻想郷は幻獣図鑑に出てましたけど、幻獣が生まれた場所っていう伝説があるだけで祭壇なんて一文字も出てません」
「……祭壇、桃岩道なり、竹林の奥、大岩の隙間……」
「……行きますか?」
テーブルに散らばったメモをまとめていた小動物ハーレムの人が神妙な顔をする。私は力強く頷いた。ジークリンデさんが頷き返して立ち上がった。
「……行きましょう、祭壇に」
あるよねえ!絶対!
ブクマ、評価、いいね、イラストのほうにも反応くださった方、ありがとうございます!