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花畑と模様替え

 平日とはいえリアルだと夜の9時ぐらいだからか、目覚めの間に転移すると人が結構いた。転移キューブから離れた場所に出てきてしまったけど、この距離からでも操作できるかな~?うん、大丈夫そう。ウインドウの転移タブが反応している。花農家さんから貰った『拠点招待コード・フラワリングオアシス』の文字をタップして転移キューブに向かってドラッグアンドドロップ。


 ――拠点招待コードを認証しました。

 ――転移地点『フラワリングオアシス』へ移動します。


 花農家さんが拠点招待コードを送ってくれたときに軽く仕様を説明してくれたけど、本当に問答無用で転移するんだな。拠点招待コードの文字が点滅して少し薄くなった。往路分を使いましたよという意味だろうか。


 紺青と白の神殿が、次の瞬間にはカラフルな花畑と丸っこい一軒家が建つのどかな風景に変わった。ふわりと香る花の甘い匂いと土の匂い。

 のどかではあるが、花は種別、色別に分けて等間隔に並んでいて、作業しやすいように花の列の間は離れていて土がむき出しなので、メルヘンチックな雰囲気に機能美が合わさった風景だ。一角にはたくさんの鉢植えと、芽がぴょこっと顔を出しているポットが敷き詰められた浅い木箱。その前に麦わら帽子を被った女性が立っている。


 玄関チャイムの代わりだろう、コーンとウインドチャイムのような低めの金属音が響く。人の拠点に入るとこんな音がするのか。すると花畑の中からにゅっと、卵型のシルエットの……、なにこれ?顔を書いた卵に短い手足が6本生えた、謎のぬいぐるみみたいなのが出てきた。

 私と変わらないぐらいの大きさの、頭に花冠を乗っけた謎ぬいは、プカプカやってきて私の前でくるりと回転する。

 え、挨拶?挨拶されているのかな?私も回転すると、何故か向こうも回転する。一緒になってくるくる、くるくる。これいつ終わる?先に止めたほうが負け?


「んふ……ごめんなさい、いいものを見せてもらったわ。お出迎えありがとう、ノーム」


 女性がすぐそこで口元に手を当てて肩を震わせていた。謎ぬいが挨拶バトルを離脱して女性の腕の中に納まる。


「いらっしゃいませ。もしかしてオーナーに花猫を頼まれた人かしら?」

 

 麦わら帽子で隠れていた女性の笹の葉型の耳が揺れる。こんにちは~。花猫を持ってきました。


「こんなに早く持って来てくれたのね。オーナーはいないけど、話は聞いているわ。こっちよ」


 謎ぬいを抱いて軽やかに畑の奥に生えた家のほうに歩いていく女性に付いていく。ふわりと、いたずらに吹く風に持って行かれないように麦わら帽子を押さえる女性の手首には、花モチーフのブレスレット。小さな鈴蘭の形をした鈴が動きに合わせてちりんと鳴る。エプロンの刺繍やピアスも植物を模っていてかわいい。森の霊人が植物モチーフのファッションをしているとドライアドに見えてくるな。


 丸いガーデニングテーブルと椅子が3脚置かれた玄関ポーチに案内されて、花猫とハジラウムスメを出せば、思いの外喜ばれた。


「こんなにたくさん!こっちは知らない花だわ!」


 ハジラウムスメは白、淡いオレンジ色、淡い紫と色違いがあったので、数株ずつ採って来た。なので花猫のポットよりハジラウムスメのポットのほうが数が多い。もうこの花はあるよって言われたら中身をインベントリに入れ直してポットだけ返すつもりだったけど、その必要もないみたいでよかった。


 借りたポットを全て使って採取したので、こうやって並べると幅を取る。女性は楽しそうにポットを持ち上げては、四方八方から眺めて自分の周りに置いていく。あの……足場がなくなっていってますけど……謎ぬいもポットに囲まれて身動きできなくなってますけど……。

 後ろでオロオロ飛んでたら、満足した女性が器用にポットを避けて包囲網から出てきた。足取りがしっかりしてらっしゃる。やっぱり農家だと足腰強くなるのかな。採取人ですら筋力が2増えたから農家はもっと高そう。謎ぬいはちゃんと自力で飛んで脱出していました。


「丁寧に採取してくださったのね、ありがとう!」


 ドライアドみたいな人から花が咲くような笑みを頂きました。へへ、どういたしまして。


 お茶を御馳走になりながら、金銭のやり取り。結局「言い値」どころかそれ以上の金額を貰って、また何か面白い植物を見つけたら連絡して欲しいとフレンド登録をした。迷路根とか妖精の宿とか興味あるかな?両方とも大きい木だから花農家には無用の長物かもしれない。一応気が向いたときにスクショでも送ってみよう。


「オーナーはリアルの友人でね、このゲームをやるって言ったら一緒に遊ばないかって誘われたんだけど、そのときにはもうこの畑が出来上がっていたの。でもね、あの人、砂の妖人なのよ……植物との相性が悪いはずなの……いえ、知っていたのだけどね、そういう遊び方をする人だって。知っていても、さすがに引いたわ……」


 紅茶を飲む目の前の女性、『ユーコミス』さんが遠い目をする。


 砂の妖人は全種族の中で唯一『運』の初期値が高く、そのステータスが上がりやすい種族だ。『運』とは作成物や必中などの成功率が上がるとか、レアモンスターやレアアイテムに当たりやすいとか、稀に致命傷を受けても生気(HP)が1残るとか、そういった幸運に恵まれやすくなるステータスのこと。

 ただし砂の妖人は水魔法が取得できず、加えてその運の高さを以てしても植物育成の成功率が非常に低いというデバフがあった、はずなんだけど……。水はなんとかなるとしても、ここまでの花畑をよく作ったよね……。


「それはもう、いろいろとやれることをやったらしいわ。道具を使ったり、護符でステータスを上げたりひたすら【農業】のスキル上げをしたり……このノームも、オーナーがこの畑を作るサポートとして作ったマリオネットなの」


 マリオネットが何かわからないけど、従魔の一種なんだろう。『ノーム』と呼ばれた謎ぬいはいっちょ前に椅子を一脚占領して、ユーコミスさんからお菓子をもらっている。君、ご飯食べるのか。

 私はテーブルに敷かれたハンカチの上で食べてる。妖精用のテーブルセットはあるけど、お菓子が大きいからこうしたほうが食べやすいだろうってユーコミスさんが気を使ってくれたのだ。なので私の前には大きいお皿に大きいお菓子、妖精用のカップが並んでいる。


 そろそろ自分用の食器買わないとなあ。雑貨屋さんで買った皿はあるけど、カップやカトラリーはまだ持っていない。なんだかんだナイフと水筒で事足りていたから……。いくら妖精とはいえちょっとワイルドに寄り過ぎてる気もする。もうちょっと物を増やそう。

 別にゲームだから生活周りを放置していたわけではなく、早く転移キューブを手に入れたくて節約してただけだ。


 己の顔より大きいラングドシャを齧る。『アオガタ』とか『オガタ』とか呼ばれているこのゲーム、空腹で魔気の最大値が減るというデバフはあるけど、空腹ゲージが満タンになった状態で食べ続けても特に何もない。つまり、好きなだけ食べられるということ!

 ラングドシャのサクサク食感とバターの香りを楽しんで紅茶を飲む。


「ちなみにこの子、一応うさぎらしいわ」


 吹いた。体が丸いのはまだしも、耳が離れすぎている。手が4本あるのかと思ってた。う、うーん、よく見れば一応ギリギリ耳の位置かも……?うさぎにしては耳がすごく短いけど……。私の反応を見たユーコミスさんは「そうよね」って顔で頷いた。


「ビワとかオリーブがモチーフって言われたほうが納得できるわよね。なんにしてもすごくかわいいけど。見て、この何を考えているのかわからない顔」


 かわいい……かわいいかな……?私には謎生物感が強くてその域に達せてないです。

 ノームはふわふわ笑っているユーコミスさんをじっと見つめているものの、表情は変わらない。ずっと真顔でもしゃもしゃマドレーヌを食べている。


「そうだわ、フレンドになった記念でうちの花、どれか一つ持って行ってくださいな」


 一息ついたところで、ユーコミスさんに花畑を案内されることになった。


「おすすめは今が盛りの『グラスチューリップ』ね。窓辺に飾ると光が反射してとっても綺麗よ。枯れる前に花の部分を取り外すとペン入れや小物入れとして利用できるの。錬金術の材料にもなるから錬金術師に売ると喜ばれるわ。でも割れると面倒だし、妖精の家に飾るには大きいかしら……」


「小さい花なら、『鈴音蘭』なんてどう?揺れるとちりんちりんとかわいらしい音がするの。本物の鈴蘭と違って毒もないし、花がコロッと落ちたら加工して鈴として使えるわ。ほら、このブレスレットの鈴が鈴音蘭の花よ。売るなら、アクセサリーや護符みたいな小物を作る職人がいいわね」


「『フォーリングコンフェッティ』も背が低くていいんじゃないかしら。カラフルな小花が纏まって咲く花で、ビビット、パステル、ディープで分かれてるから部屋の雰囲気に合わせて選べるの」


 全部気になって目移りしちゃうな~!

 グラスチューリップは透き通ったガラスのような花弁が綺麗だったけど、部屋が花と花瓶で埋まりそうだったので除外。

 小花の花束みたいなフォーリングコンフェッティは、まだどういう部屋にするかも考えてないので今回は見送り。

 ということで、見た目は鈴蘭をそのまま小さくしただけの鈴音蘭を持って帰ることにした。


「花瓶はお気に入りのものを使ってね。そのほうがストレス値が下がりにくくなるのよ」


 ちりんちりん。鈴の音にユーコミスさんがパチンとはさみで相槌を打つ。プランターから切り取られた鈴音蘭はノームが頭に置いた籠に回収されていく。


 ストレス値……?そんな項目あったっけ?首をかしげる私にユーコミスさんが説明してくれた。


 曰く、拠点が殺風景なままだと空腹ゲージの減りが少し早くなったり、あらゆるものの成功率が少し下がったり……みたいな地味~なデバフがかかって地味~に不便になるらしい。マスクデータだから、とりあえずプレイヤーの間では『ストレス値』と呼んでいる模様。

 拠点を設置しないと発生しないデバフなので、遊牧民のようなテント暮らしや宿暮らしをしているプレイヤーには関係ないけど、拠点を居心地のいい空間にすると起床時やログイン時にステータスが少し上がる利点がある。


「オーナーも家を放置して【農業】のスキル上げに専念していたせいで、いつのまにか植物が育たなくなってしまったのですって。スキルは成功しないと獲得もレベルアップもできないし、成功率が少し下がるだけといっても馬鹿にしないほうがいいわ」


 ――毛布が一枚置いてあるだけのコンテナハウス(我が家)が脳裏によぎる。可及的速やかに買い物をせねばならぬ。有益な情報ありがとうございます。

 お礼にきらきら星の疑問をあげたら、びっくりアドバイスをもらったようで、驚いたユーコミスさんの手から落ちたきらきら星の疑問の欠片を、ノームが頭の籠で華麗にキャッチ。拍手をしたら、腕を上げ下げしながらV字に飛んで喜びの舞いを披露してくれた。確かにちょっとかわいいかもしれない。




 というわけで露店地区に買い物にやって来ました。夕方に差し掛かる時間だが、それなりに人は多い。

 露店地区はみんな思い思いに店を開いていて、適当に見てたらなんでもかんでも欲しくなってしまうこと間違いなしので、今日は花瓶と食器類だけにしぼって探す。雑貨屋さんの籠の花瓶は鈴音蘭を飾るには大きいのだ。いいものがないか【視覚強化】を使いつつ人の頭より高く飛んで、ざっと見回った。

 うむ、あのガラスの工芸品を売っているお店が気になるな。


「いらっしゃーい」


 涼やかな器に、湾曲したスタンドにぶら下がるガラスのインテリア。上部に小さな穴の空いた丸い入れ物は花瓶じゃなかろうか。四角い小物入れも並んでいる。形はシンプルだけど色違いや模様で、一つ一つ違う個性がある。


「小さい花瓶を探してるのかい?口が小さいのは一輪挿しに使うか、茎の細いのを挿すと映えるぞ。こっちの口が大きいのは大きい花か、多肉植物とかの寄せ植え向けだが、小物入れとしても使える。この辺に置いてあるのは砂の根を使ったガラスでな。植物との相性はばっちりだ。生けたもんが長持ちする」


 店主のセールストークに乗せられながら悩みに悩んで、砂の根ガラスの小さいまん丸の花瓶を買った。小物入れにできるという一言には心が動かされたけど、拠点の周りには多種多様な植物が生えているので花瓶として使うことが多いと踏んで口が小さいのを選んだ。


 そしてさっきから目が吸い寄せられて仕方がないスタンドのインテリア。蜘蛛の糸を這う滴のように、細いワイヤーをガラスが彩り、夕日を屈折させて敷物をランダムに照らしている。

 これ欲しい。



◎陽砂ガラスのサンキャッチャー 作:真サラダ

 太陽光をたっぷり吸いこんだ陽砂ガラスのサンキャッチャー。昼はキラキラと、夜は仄かに光って周囲を明るくする。



「そいつも買うのかい?陽砂ガラスは製法が面倒臭いんでちと高いぞ?」


 確かに他の商品よりお高めだ。お金が足りないときは商品を持っていけなくなり盗まれることはないので、店主は純粋に初心者装備丸出しの私の格好を見て心配しているのだろう。

 問題なく購入すれば、店主は「おお……」と小さく感心していた。


 去り際に「先に装備整えたほうがよくねぇか?」という独り言が聞こえた気がしたが、気にせずに食器類を探す。使いやすそうな食器を探すつもりだったけどやめた。せっかくの非現実(ゲーム)なのだ。「おしゃれだけど、そこに飾りがあったら掴みづらいだろ」「かわいいけど、どうやって洗えばいいんだよ」ってツッコミたくなるものでもいいと思ったら買うぞ!


「らっしゃい……」

「……」

「まいど……」


 木を彫っていた寡黙な店主と寡黙にやり取りをして、北欧風の模様が彫られたスープボウルとカップ、柄の先端がフルーツ柄に透かし彫りがされたスプーンとフォークを購入した。少し大きめとはいえ、普通のヒトの店主が、これを妖精サイズで作っているのだからすごい。


 あとは寝具と収納棚を家具屋で買って帰宅。もうだいぶ暗いのでランプを付けて、毛布1枚のドシンプルな部屋を模様替えよ!


「~~♪~♪」


 音声をオンにして鼻歌を歌いながら家具を配置していく。実をいうと声はもう良くなっている。なっていたのだけど、無言RPが殊の外しっくりきてしまって音声オフのままにしてたんだよね。

 せっかくキャラクリのときに取った【歌唱】スキルが持ち腐れてしまうところだったけど、ピクシーダストシュガーのレシピの「歌い踊る」という一文を読んで、歌うときだけ音声をオンにすればいいということにしたのだ。今は気分がよかったので【歌唱】のスキル上げがてら歌っているわけだ。


「ラ~~~ラララ~~~~♪」


 こだわり抜いた理想の声が響き渡る。その嬉しさでノリにノってしまい、鼻歌どころではなくなっているけど、拠点は開拓地と違ってよっぽどのことがない限りモンスターに襲われることはないので安心だ。例外は拠点の住民の数が多い場合、あとはどこかの襲撃イベントに巻き込まれるかだ。

 ライトブラウンの寝具を設置し、ライトブラウンの収納棚に食器を置いて、サンキャッチャーの位置を調整。そして最後の仕上げ。


「サモン:ウォーター、セット:蛇口」


 まん丸な花瓶に水が入っていく。新情報!実は【水魔法】も持ってました。【水魔法】は水筒に飲み水入れたりするときに使ってたのでスキルレベルもそれなりに上がっている。花瓶に鈴音蘭を生けて、模様替え完了~!収納棚がスカスカで、机も椅子もなくて物足りない感は否めないけど、なかなかいい部屋になったんじゃないかな!


 転移キューブは遠のいたけど、買い物が楽しかったのでヨシ!

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