ドリームメーカー
アリロスト歴1900年 1月
年が変わって、俺の気分は目出度さ半分、心配が半分。
1階にある暖かい談話室の寝椅子でクロエが毛布を掛けて寝転がっている。
「クロエさー、何サクっと2人目とか妊娠してるんだよ。俺って如何すれば良いんだよ。」
「いやー別に緑藍は何もせずとも良いわよ。だって仕方ないじゃない、気付いたら出来てるんだもん。」
「モンじゃねーよっ。あるだろ?避妊の方法とかさー、ジャックとかスゲー詳しいし。もうクロエは42歳に成るんだろ?万が一が遭ったら如何するんだよ。」
「そうりゃあ、100%安全とかは無いし、何とも言えないけどね。でも私はニックに兄弟が出来るかもって思うと嬉しいのよ。身内が1人も居ない世界に生きるのは寂しいわ。」
「そうかも知れないけどさ、ルスランは何て言っている?」
「そりゃー、喜んでるわよ。だからさ、緑藍は余り私を心配する姿をルスランに見せないで欲しいのよ。ボヤーってしているようで案外、ルスランは繊細なのよ、緑藍、お願い。」
「はあー、クロエの願いなら聞かないとなー。でも無理は絶対にするなよ、人手が必要なら兄に頼むぜ。後は絶対に冬の厨房へは立ち入らない事。ジャックに手紙で注意事項を尋ねて於こう。」
「ふふっ、もうー、緑藍て私の父親みたいだわー。」
「ええーやだよ、42歳の娘なんて。しかもクロエだし。」
「なによー、緑藍は心配してくれていたんじゃ無いの?もうー。」
さっき、俺は1階の談話室へクロエに呼ばれてやってきて、懐妊した事を告げられた。
目出度いよ、そりゃあ、さあ。
でも、俺に取ってはクロエとジャックは、緑藍の俺を知る掛け替えのない奴等で、失いたくない存在なんだ。
ホント、偶にクロエは俺がドキリとする無茶をする。
商会の工房を作るのに安い場所を探して治安が悪い所へも不動産屋とトコトコ平気で行くし、ロンド近郊で土地を貸して呉れそうな人へ突撃するし、案外と無鉄砲だった。
まー兄と組む様に成り、トマスが来てくれてからは、俺も安心出来るように成った。
そう思ってたらコレだよ。
まっ、命を生み出す歓びなんて、俺には一生理解出来ないけど、ニックが生れてからのクロエはマジで幸せそうだしな。
「子供が居ると人生に張りが出来るわよ。緑藍も結婚して父親に成れば分かるわよ。」
つってクロエに言われたけど、俺も子供は居るけど、会って無いから張りと言われてもな―。
とは思う。
其処ら辺は俺と兄は似ているんだと思う。
兄もジャックに言われて2度ほど子供達と茶会をしたけど、「意味が解らん」って俺に愚痴を零した。
まー、ジャックは未だに「レティは」とか「フェリクスは」とか言う程、子煩悩なので、兄と子供に関する熱量が違うのは仕方ない。
ジャックに言われてチェレンジしただけでも兄は偉いと思う。
子供に関してはまあアレだけど、この世界でジャックとクロエだけ居れば、俺は満足だと思っていたけど、気が付けば掛け替えのないモノにセインも入っているし、友人枠にシェリーやパーシーで、入れたくないけどパトやレイド主任警部やコナン警部補、で、なんやかんやあるけど兄も入っている。
そんな事を考えながら、俺はふと寝椅子に寝転がるクロエを見ると、年を重ねた母親の顔をしてウトウトと居眠りをしていた。
まあ、俺も出来る範囲で手助けするから、クロエは無事に元気な子を産んでくれ。
そう俺は願って立ち上がり、居眠りするクロエの事を任せようと、夫であるルスランの居る部屋へと向かった。
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アリロスト歴1900年 2月
新鮮な魚が入って来ても、相変わらず小麦粉をタップリつけたタラのフリッターに、麦芽酢を掛けて食べてるロンドの昼食。
昼食つうよりもオヤツだな。
夕食まで時間が有るから、紅茶と一緒に食べようって、セインが街で買って来た。
食えないことも無いけど、強いて喰いたいとも思わない一品だったりする。
「ジェロームは食べないのかい?」
「うーん、余り腹が減っていないから私は良いよ。セインが食べてよ。」
「そうかい?うん、貰おう。」
流石は体格のいいセイン。
パクパクと俺の分も気持ち良く食べて呉れる。
まあ、俺がクロエと離れて生活したく無い理由の1つが、ロンドの料理は火加減が強過ぎるつう所為もある。
なんか君達、料理の素材に恨みでもあるの?
って、言うぐらいに、焦げ茶色に調理する。
俺ってジャックみたいに自分で調理が出来ない人間だから、恐らくロンドでクロエが居ないとガリガリに痩せれる自信がある。
そんなクロエが、現在調理が出来ないので、昼間に小腹が空くと、セインが街の屋台で何かを買ってくる。
サニーも大分料理が出来る様になったけど、米料理は不得手なので煮込み料理がメインになる。
うー、早くクロエの焼きめしやらピラフが食いたい。
俺はジャックに食育をされ、すっかりジャック仕様の舌に慣らされた気がする。
「緑藍は昔からそう言う舌だよ。」
そう言ってジャックは俺に笑い掛けていたけどな。
「ジェロームはエイム公爵から何か聞いている?」
ああ、ヤバイ。
俺はクロエの焼きめしの味を想い出しいて、セインの話を聞いて居なかった。
「うん?御免セイン、良く聞いて無かった。」
「ほら、この記事。ルドア帝国が又トルゴン帝国へ侵攻か?って載っているだろ?最近、兄がトルゴンの商品を仕入れ始めたから、戦争に成ったら困るなと思って。」
「あー、コレか。恐らく侵攻すると私は思うよ。グレタリアンも南プリメラを占領しようと準備を整えているのに、他国だって領地を広げようと頑張るさ。まあ、トルゴン帝国とは余り大きな取引をしない方が良いと思うよ。」
「ジェローム、如何して?」
「グレタリアンがトルゴン帝国を弱体化させているから。ルドア帝国の侵攻が無くても、併呑されていた王国が何カ国か独立するし、グレタリアンがその独立の援助をしてるしね。」
「同盟国だよね。グレタリアンとトルゴン帝国って。」
「まー、同盟国だったプロセンとグレタリアンもポーラン戦では戦ったし、兄に言わせると、国同士はそんなモノらしいよ。ふふっ、ジャックも言ってたけど、トルゴン帝国の力を弱めたら必然的にルドアを利する事に成るのに、グレタリアンは馬鹿なのかって溜息吐いていたよ。私もそう思ったよ。」
「えー、ジャックは国の中枢に居るのに、そんな事を言って大丈夫なの?」
「ふふっ、ジャック本人は全く、そんな気に成って無いからな―。周囲が見てる景色とジャックが見えてる景色は全く違うみたい。あそこまで乖離して居るとある意味立派だと私は思うよ。」
「僕なんかは怖くてエイム公爵が居る男爵邸には近付けないよ。御免、ジェロームのお兄さんなのに。」
「ふふっ、気にしなくて良いよ。確かに、セインはあの屋敷へ近付かない方が無難だよ。2回ほど私も行ったけど、部外秘だらけだったし。」
「ううっー、ジャックは良く平気だね。」
「基本は自分から話さないって、決めてるからだろうね。其処ら辺もあるから、兄はジャックを信用しているんだと思う。私にもオープンに成っている事以外は喋らないし。」
「はあ、ジェロームもジャックも大変だよね、僕はつくづく平民で良かったよ。」
「セインがそう言うとジャックが拗ねるよ。俺は庶民だって言ってね。ジャックが庶民て言うのは、無理があるよね。」
「うん、絶対に無理だと思う。見栄えだけで無く、今は立場的にも庶民では無いよ。」
セインは大分冷めて来たフィッシュ・アンド・チップスの残り抓んでエールと一緒に胃へ放り込み、俺は珈琲と焼き菓子を口に入れていると、スルリとクロードがジェローム探偵事務所の黒い扉を華麗に開き、呪われた男パトを招き入れた。
パトはテーブルに置かれたフィッシュ・アンド・チップスをチラリと見た後、俺の胡桃が入った焼き菓子を抓み、クロードへ珈琲を頼んだ。
おい、此処はパトの珈琲ハウスじゃねーぞ。
「ジェリーは俺を見ると何時も不機嫌そうだよな。」
「はっはっ、良く理解したね、パト。パトには理解出来ないのかと思った。」
「もう少しジェリーは俺に優しく接して欲しいよ。相談したい事もあるんだよ。」
「高貴な方の恋愛系以外でどうぞ。」
「はあ、あの方はなあ、、、。所で、俺って子供が一杯居るみたいなんだよ。」
「らしいね、ホリー党に対抗して作ったフーリー党本部にもパトを訪ねて弁護士が行くみたいだね。流石、レナード・ホーム1の子供好き。」
「ソレがさ、俺って一途じゃん。だから此の被っている3人は、俺の子じゃないと思うんだよ。丁度リリー・マグリットを口説いて時期だから、俺ってヤってない筈なんだ。其処で。」
「ヤッてない事の調査とか無理だぜ。ただ、まー、この3人の息子(仮)はパトの子じゃ無いと思う。パトの子にしては不細工過ぎる。相手の女性は一応美人なんだろ?其処でパトが父親なら、もっと美形だったと思う。」
「だよなー、訪れた弁護士達に3人の女性の写真見せて貰ったけど、記憶に無いしな。88年頃ってリリーに夢中だったから、半年間位は彼女以下の女とは寝てない筈なんだ。うん、ジェリーと話して居て記憶がハッキリして来た。はあー、良かった。婚姻しろ、って言って来るから、如何しようかと思ったよ。」
「で、パトは確信持って自分の子って言えるのって何人居るんだよ。」
「うーん、元妻が産んだ長女18歳、次女17歳位だな。それと、オデットが産んだ男子が居る。まあ、養育費を支払えって分は此方の弁護士が支払ったよ。騒がれてレナードに迷惑を掛けたくない。それに俺がレナードとディスティニー・ラブをしたのが忘れもしない93年1月、、、あの日は。」
俺は、躊躇いもせず、パトが語るレナード賛歌を新聞紙で叩いてブチ切った。
「うん、それでパトが運命の恋をして、如何だって言うのさ。」
「はあー、ジェリーは、直ぐ俺の話をブチ切る。だから93年以降に知り合った女性と子作りは、有り得ないと、弁護士達を追い払ったんだよ。で、残っていた息子だと弁護士が言い張る3人の存在が少しあやふやだったから、ジェリーに調査を頼もうと思ったんだ。」
「無事にパトも思い出せたみたいだし、此れでパトも煩い弁護士とも縁が切れる訳だね。おめでとう、でもさ、パトってもう38歳だよな?後継は如何すんの?後継者にするなら、オデットと婚姻しないと駄目だろ?」
「しかし、俺はレナードの為に生きると、決めているんだ。それにオデットとは、今は劇団の友人としての付き合いなんだ。今更オデットとの婚姻とかは有り得ないよ。ウォーゼン男爵家は残したい者が何とかするだろうさ。」
「へぇー、パトがしっかり女との恋愛を終わらせて、しかもオデットと友人付き合い迄しているなんて。パトも変われば変わるモノだなー。」
「いやっ、まあ死んだリリー・マグリットの事を想うとな。オデットもリリーが亡くなり、ヤードで拘留された後で、オペラをもっと演じれる役者に成りたいと思ったようで、俺の子を産んだ後で劇団に復帰したんだよ。」
「でもオデットって、今はノルセー伯爵が作った劇団で看板女優だったよね。子供育てながら地方の都市へ行っているのか、凄いな。うん?でもオデットが子供が居るって話は聞いた事が無いな。」
「あー、俺の領地にあるカントリー・ハウスで家令が養育している。」
「はあー?」
「なんか知らんが、タウンハウスの執事が領地で勤める家令に、俺の息子の存在を話して、俺の知らない間にカントリーハウスで暮らして居ると報告が在ったんだ。6歳から学校へ通わせる法案を俺たちが通しただろ?それの手続きで俺の署名が必要に成って、初めて知らされたんだ。オデットなんか偶に劇団で俺と顔を合わせるのに報告なしだぜ。」
「つう事はパトって領地へ帰って無いのか?」
「無いな。だってじーさんが死んでから、やっと男爵に成れて、ロンドの生活は田舎と違ってマジ楽しかったからなー。領地に行く意味って俺に無いし、金が必要だったら、タウンハウスの執事に言えば良いしな。」
「まー、パトらしいよ。」
気付けばパトは、俺が座っていた安楽椅子の右隣りに或った寝椅子の真ん中に座り、長い脚を組んでいた。
暖炉の炎は揺れて俺とパトをオレンジ色に照らし、近くに置いているオーク材で出来たコンソール・テーブルの艶を一際目立させた。
リットンまで行くのを嫌がる俺やセインへ、主人であるパトを助ける為、聞くも涙なパトの幼少期の苦労譚を語った従僕フランク・カレストの話など、虚構みたいに明るく幼少期の事をパトは話す。
あの苦労譚をセインは聞いて、それ迄嫌っていたパトへの敵意を捨て、俺に「パトを助けて」とセインから俺へ頼み込ませた。
『うんなこと、パトが思うはずない』
つう、俺の予想通り、パトに悲惨な幼少期など無かった。
まあ、傍から見れば次々に親族が亡くなり不幸に見えるだろうが、パトにとっては鬱屈した貧乏な田舎暮らしより、華やかなロンドの暮らしは合ってたようで、『ロンド最高ー』と楽しいバラ色の日々だったみたいだ。
その有能な従僕フランク・カレストは、現在パトの秘書官をしている。
今後もその有能ぶりをパトの傍で発揮する事だろう。
俺は2度とフランク・カレストの話に巻き込まれたくないけどな。
パトは、レナードの中に天使を見、その天使の願いを叶えるべく、嬉々として日々を邁進している。
そしてその天使の願いは迷える子羊たちを救って行く。
なんつうハッピー・ドリームメーカーなんだ。
俺はクロード淹れてくれた珈琲を飲みつつ、能天気に今後のレナード・ホームの展開を熱く語るパトの話をセインと共に聞いていた。




