面倒な依頼人
アリロスト歴1899年 12月
レイド主任警部から依頼されていた事件に、俺は『自死』と結論を記して、大都市デッセンホール駅での事故を引き起こした蒸気機関車の運転手の調査を終えた。
事故調査自体は、調査委員会が立ち上がり直ぐに、運転手の過失と言う結論と発表が成されていたのだ。
ただ事故の調査に呼ばれていたレイド主任警部が自殺する要因を掴めなくて俺に調査を依頼したのだ。
事故を起こす前に、子供とプレゼントを買いに行く約束をしたとか、事故を起こす前に「後で紅茶を飲むから砂糖を少し残して置いてくれ」と、職場の同僚へ頼んだとかと言う報告は、自殺を否定する話に思えた。
日頃の生活態度も真面目で、皆と食事に行った時は少し酒を飲むが、乱れる程にアルコールを摂取した姿を職場でも家庭でも見た事が無いと、飲酒運転も否定された。
ブレーキを掛ける事も無く高速の侭、デッセンホール駅へと蒸気機関車は進入し、事故の末、運転手は死亡。
つう報告を俺はレイド主任警部から受け、その後、コナン警部補にデッセンホール駅で調べて貰うと、運転手と一緒に居た補助員は飲酒後、事故で死亡と在った。
この補助員が通常通り、運転手を補佐していれば、此の事故は防げただろう。
そう考えた時、俺は補助員へ酒を飲ませる運転手の姿が、まざまざと思い描かれた。
幾度もデッセンホールとロンドを行き来して、俺の為に渡してくれた多量の調査書をコナン警部補へ返却して、長期にわたって動いてくれた顧問料を支払った。
近い未来にでも新たな証拠や可能性を見つけた人間が、俺の結論を否定してくれるのを待とう。
『未解決』のスタンプは、俺がコナン警部補に返却した調査書の裏表紙へと押してある。
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濃い藤色の小さなシルクの帽子に着いたベールを上げで、大きなアーモンド形の目に菫色の瞳を瞬かせて、品良く俺に話し掛ける濃いグレーのダストコートを羽織った婦人。
若い頃は嘸かし美しい令嬢だっただろう。
50歳過ぎは、ちょっと俺の対象外だ、申し訳ない。
あー、別に俺は口説かれている訳ではないからね。
口説かれてると言うか、依頼人だ。
スザンナ・カリオペア、推定52歳?
「夜、ベットで私が横に成っていると妖精が現れて、明日は何が起きると予言していくのです。例えば大事にしていた花瓶が割れると言うように。従弟やメイドに話しても、妖精の姿は見えないらしくって、2人して胡乱な目で私を見るんですよ。」
近頃、俺は心霊探偵に、、、。
成りませんーーーっ!
彼女で3人目だけど、妖精や精霊が見えたり話し掛けたりして来るらしい。
良いじゃん、妖精たちと集会でも開いて話し合えば。
で、本人はファンタジーワールドを語り、共に付き添って来ている家族たちは「本人にそう言うファンタジーワールドを見えないようにして欲しい。」と、言う依頼を俺へしてきた。
外来窓口が違います。
ふふっ。
謹んで依頼人御一行様たちにお引き取り願った。
そう言う訳で、クロードがジェローム探偵事務所の黒い扉を開く時には、俺も注意を払って居たのだけど、スザンナ・カリオペア夫人は真面そうな依頼人に見えたのだ。
別に家族と一緒では無いし。
駄目だろう、家族も。
こんな状態の女性を1人で外出させたら。
依頼内容は、「何をして欲しくて妖精はスザンナ・カリオペアの前に現れるのか?」その理由を俺に調べて欲しいとの事。
スザンナ・カリオペアのその上品な笑みに、俺は思わず『イエス』頷きそうになり、慌てて頭を振り、ご丁重にお断りした。
何となく俺の返事を予想していたのか「そうですか、残念です。」そう言って静かに立ち上がり、濃い藤色のレースのベールを顔に降ろして出口へと彼女は歩き出した。
そして、クロードが静かにジェローム探偵事務所の黒い扉を華麗に開いて、静々と歩くスザンナ・カリオペアを見送った。
「はあー、真面そうな女性に見えたのに。セインはスザンナ・カリオペア夫人を診てどう思った?」
「ジェロームと同じだよ。僕もスザンナ・カリオペア夫人は、精神を患っている人には見えなかった。しかし、今から西のスターファームへ戻るなら、乗り換えを含めて4時間は掛かるね。スザンナ・カリオペア夫人を1人で帰らせるには心配な距離だ。」
「ふむ、、、そうだ。セインは今からトマスと一緒にスザンナ・カリオペア夫人を追い掛けて、自宅まで送ってあげて呉れるかい?私も心配に成って来た。」
「ああ、勿論だよ。僕もその方が良いと思う。じゃあ行ってくるよ、ジェロームは無理しては駄目だよ。後でクロードに渡している薬を飲んでね。」
「ああ、頼むよ。セインも気を付けて。」
そう告げるとセインは、書棚の横に掛けてあった褐色のオーバーコートをハンガーから外し身に着け、フェルト地の山高帽を被り、右手を俺に上げてジェローム事務所の黒い扉からいそいそとスザンナ・カリオペア夫人を追い掛けて出て行った。
ジャックに知られたら鬼の霍乱と言って笑われそうだ。
俺も散々ジャックの事を虚弱体質と揶揄って来たからな。
そうは言っても、俺は別段病気と言う訳では無い。
朝、セインが何時もの様に俺の両手首を握り、ハグをして微熱を知覚したのだ。
念の為と体温を計られたら、微熱があっただけの話なのだけど、セインがワタワタとして過剰に俺を心配するので、今日は休もうとしていた所へ、スザンナ・カリオペア夫人がジェローム探偵事務所へ訪れたのだ。
クロードは表情を変えないけど、セインの慌てぶりに呆れていた気がする。
少しスザンナ・カリオペア夫人が気に成ったのは、美しい人と言うのも勿論だけど、妖精を信じている人には、見えなかったと言うのも或る。
前の2人は妖精や精霊の話をする時は、自分の中へトリップして語っていた。
あのジャックでさえ、妖精『レコ』を語る時は、何処か夢見がちな表情なのだから、俺が蹴りを入れたくなる気持ちは自然な事だと思う。
しかし、スザンナ・カリオペア夫人は通常の人と同じ調子で妖精の事を話していた。
まあ、偶々そう言うタイプの人かも知れないけど、ジャックも偶に言うアレだ。
『遣らぬ善より遣る偽善』
セインがスターファームへ着くまでの蒸気機関車の中でスザンナ・カリオペア夫人を診察すれば何か分かるだろう。
その後、俺はセインの忠告通り早々に、探偵事務所の黒い扉を『クローズ』にして、奥に或る自分の寝室で横に成った。
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ぐっすり眠ってマッスル元気に俺は目覚めて、ネルの夜着に厚手の青いガウンを羽織ってジェローム探偵事務所に置いてある何時もの安楽椅子に座り、クロードが淹れてくれた熱い珈琲に口を付ける。
朝の9時過ぎを時計で知り、俺のワークデスクに並べられた新聞を取り、又、椅子に座り直した。
後、30分もしない内にセインは遣って来るだろう。
此の所、新聞を飾っているのはスチュアート4世と、とある人妻との見出しばかり。
イケメンでファッションリーダーだったスチュアート4世は話題性の高いやんごとなきお方。
人気が在ったみたいだから、仕方ないのかもね。
此れでは、パト達の苦労が報われない。
まっ、一気に広がったぽいから、仕掛け人が居るのかもなー。
俺的には高貴な問題よりも、豪華客船ホワイト・ローズのオーナーでもあり、サープ植民地首相でもあるトリス・ローデ氏の念願が叶い、南プリメラ支配にグレタリアン軍は本格参戦、って記事の方が気に掛かる。
つうか、こんな事していたら、ヘクター大佐を追っている軍のチームが縮小されちまう。
何を遣って呉れてんだ。
トリス・ローデ。
お前は俺の敵なのか?つうの。
温く成った珈琲を飲み乍ら、俺が新聞の記事を読みつつ剥れて居ると、黒い扉を開いてセインが笑顔で朝のジェローム探偵事務所へ入って来た。
「おはよー、セイン。昨日はお疲れー。」
「おはよう、ジェローム。僕はそうでもないよ。トマスの方が大変だったかも。」
「ふふっ、セインから報告を聞こうと思って待ってたんだよ。」
「うん、了解、でもその前に朝の健康診断だよ。」
そう言って、セインは大きな両の手の平で俺の手首をモミモミ、そして俺の身体をハグハグした。
「うん、ジェロームの熱が下がったね。良かった。」
「ふふっ、有難う、セインが外での事を遣ってくれたお陰だよ。如何だった?スザンナ・カリオペア夫人は?」
「うん、実は警察沙汰にせず、問題を解決したくて妖精の話を思い付いたそうなんだ。先ずは安全に家から外出する為に妖精が見えると屋敷内の人達へ伝えて、従弟と共犯のメイドの油断を誘い、ジェローム探偵へと救いを求めに来たとスザンナ夫人は教えてくれたんだ。」
「はあ?あの態度で助けを?私があの侭、セインをスザンナ・カリオペア夫人に着け無かったら、如何する心算だったんだよ。偶々、妖精世界にトリップする人間を、3人ほど見た事が在ったから、スザンナ・カリオペア夫人に違和感を感じれたけどさ。」
「その時はジェローム探偵との縁は其処までだ、とスザンナ・カリオペア夫人は考えていたんだ。もし何もジェロームがアクションを起こさなかったら、あの侭港まで行きナユカ国へ出立する心算だったと言っていたよ。」
「ええー、私は知らない間に、スザンナ・カリオペア夫人に試されていたのかい?」
「みたいだよ。僕とトマスが追い掛けて行って、スザンナ・カリオペア夫人に追いつくと『合格です。』って言われたから、2人で吃驚したんだ。」
「全くもう、昨日一応話に出てた従弟とメイドはクロードに言って調べて貰っているけど、で、今スザンナ・カリオペア夫人は何処に?」
「話を箱馬車で聴いた後、トマスがエイム公爵家のタウンハウスで保護したんだ。話を聞いた後、ジェローム探偵事務所へ行ったんだけど『クローズ』の札が掛かっていたから、僕は自宅へ戻ったんだよ。」
「うん、昨日はセインの忠告に従って、私は直ぐに事務所を閉めて、眠ったんだ。しかし、なんて面倒な依頼人なんだよ。勝手に試して勝手に見限るとかさ。私もセインのスザンナ・カリオペア夫人を心配する一言が無かったら後を追わせなかったよ。」
「でもキッチリと僕の意見を受け入れて呉れただろ?やっぱりジェロームは優しいんだよ。」
「ち、ちげーしっ。」
俺は優しく何か無いよ、セイン。
俺はセインに失望されたくないだけなんだよ。
俺は内心でそんな事を呟いた。
そしてセインがスザンナ・カリオペア夫人から聞いた事情を俺に話してくれた。
郷士だった夫が亡くなり、跡は夫の弟が継ぎ、スザンナ・カリオペア夫人は自分に残してくれた遺産でスターファームで暮らして居た。
1年前に商売が来て上手く行かなくなった夫の従弟が訪れて、行く場所が無くて困っていると言うので、スザンナ・カリオペア夫人は空いてる部屋を貸した。
この時にもっと用心深かったらとスザンナ・カリオペア夫人は後悔の言葉をセインへ述べた。
大声で威圧されてスザンナ・カリオペア夫人が動けなくなると、夫の従弟はメイドを勝手に雇い、スザンナ・カリオペア夫人の生活は監視される様に成り、困っていると新聞の投書欄へ妖精や精霊を見た人たちの意見が寄せられていたのを読んだ。
何の気なしに読んでいたが、此れは使えるとスザンナ・カリオペア夫人は考えて、投書欄に在った話を来る日も来る日もするように成ると、従弟やメイドがスザンナ・カリオペア夫人を侮り油断して視線が緩み始めた。
その内に夫の従弟は外出しても安全だと考え、スザンナ・カリオペア夫人へ月に一度振り込まれる投資信託の金利を受け取りに出掛けて行くようになった。
スザンナ・カリオペア夫人は従弟やメイドの目を盗み、現金や宝石を隠し、屋敷を出る準備が整えていると、その日、従弟とメイドが共に出掛けて行った。
チャンス到来とばかりにスザンナ・カリオペア夫人は、元からいた2人の使用人へ退職金替わりに宝石を渡し、スターファームの家を出て話題のジェローム探偵事務所へスザンナ・カリオペア夫人は向かった。
「はあー、治安判事の元へ駈け込めば直ぐだったのに。」
「僕もそう思って言うと、そんなことに成ったら一旦従弟は身を隠し仕返しに来たり、下手をすると自分を脅した証拠が無いと開き直るかも知れないと考えたらしいです。」
「まあねー、暴力的で威圧的な悪党は、年を取った女性には怖いか。訴えても裁判在るしなー。」
「其処で自分の身の安全を考えてから、財産の保全をする事を決めたそうです。問題はジェロームが本当に有能か如何か判らないので、スザンナ・カリオペア夫人自身が確かめたかったそうですよ。油断して夫の従弟を家に受け入れてしまった事を本当に後悔したみたいで。」
「ヤレヤレ、こうして精神的に逞しい女性がまた1人増えて行くのか。」
「ははっ、でもジェローム、初めにスザンナ・カリオペア夫人を騙して家に入り込み、酷い事をしたのは、夫の従弟ですよ。」
「まあ、男が悪いよね。従弟の調査資料が届いてからスザンナ・カリオペア夫人の元へ訪ねる事にするよ。セインも一緒について来て呉れよ?」
「勿論だよ、ジェローム。」
俺は改めてセインを労いつつ、新たにクロードが淹れてくれた熱い珈琲を、セインとファンタジーワールド事件について語りながら口を付けた。




