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エイム迷走ス  作者: くろ
95/111

魔除け


     アリロスト歴1899年 10月





  エリックが番小屋に興奮して駆け込んで来てから、番小屋に居た母娘はコテリアッド牧場の番人テリーを呼び、恐る恐るエリックの後ろから付いて行き、細い森の小道を抜けオーリバー川から流れ出た水で出来た開けた湿地には草や葦が茂り、その低地にキンズリー・ミンチ氏が血塗れで草の上で横たわっているのを番人テリー達が見つけた。

 キンズリー・ミンチ氏の頭部には激しい打撲の跡が在り、その死体から数歩歩いた草むらにはエリックの銃が見付かった。

 現場へ呼ばれた警官からエリックは直ちに逮捕され、その後の調査で故殺の評決が下され、翌日ヘレードの治安判事の元へ送られ、判事はこの事件を巡回裁判へ送った。



 つう訳で、ほぼエリックは有罪なんだよね。

 まあ、モートン警部から依頼を受けた手前、そう言う訳にも行かないので葦や草々が生えた事件があった湿地を歩くと、色々な人間の足跡が湿った土の上に、それぞれがクッキリ残っていたので、丹念に調べて行くと左足が不自由な体重を掛けたモノが1つ。

 でもって放り出された銃の跡も見つけた。

 エリックが親子げんかした後に銃を放り出したのだろう。

 でもってまあ、脚が不自由な人間て此の近辺じゃあ、酷い糖尿病患者のメルビー氏くらいだよな。

 それをじっくり辿って行くと俺達が来た小道から逸れた小さな森へと続く獣道があったので、それを道なりに歩いて行くと、小高い丘の上にあるエヴァンス・メルビー氏の豪奢な館が見えて来た。


 ハァー、やっぱり碌な結果じゃない。


 俺は足跡の結果と自分の推理を交えてエヴァンス・メルビー氏へと手紙を書いた。

 すると上背は可成りあるけど、皮と骨しかないのでは?と思えるほどに痩せて青い顔をしたメルビー氏が、俺とセインが滞在しているヘレードリットンホテルの部屋へと訪れた。

 既にエヴァンス・メルビー氏の死期が近い事を医師のセインだけではなく、俺にも判った。


 喘ぎながらメルビー氏が語ったのは、若い頃カルガーア島で金鉱は見つからなかったので強盗団に成り、運良く?金塊を積んだ馬車が警官に護送され来たのを襲い、ゴールドゲッチュした。

 その警官の生き残りがキンズリー・ミンチ氏だった。

 まー、娘ダリア嬢に、エヴァンス・メルビー氏は、昔の悪行を知られたく無くて、沈黙して貰う代わりにキンズリー・ミンチ氏の脅しや恐喝を10年以上ずっと耐えていた。

 しかし自分の命が尽きようとしている時、大切な娘のダリア嬢迄キンズリー・ミンチ氏の息子エリックの嫁にして、利用しようとしている事を理解したエヴァンス・メルビー氏は、耐え切れずにキンズリー・ミンチ氏を放り出されていたエリックの銃床を使って始末した。


 まあ被害者は2人の子供エリックとダリアだよなー。


 セインが飴色の瞳を曇らせてしょっぱい顔をしている。

 本来なら俺は此処でモートン警部を呼んでロンドへと帰るんだけどさー、セインが何とかならないかなーつう、不安と期待が入り混じった瞳で俺をマジマジと見詰めるんだよ。


 『何?この可愛らしいおねだり。』


 もう仕方ないなーと俺はボヤキ乍ら、モートン警部にヘレード警察の人達とエリックを呼んでもらい、遺体の代わりに粘土で人形を作って貰い、エリックには身長や体格の違いで同じような犯行は不可能な事や目撃時間から殺害を行う時間が無い事を示し、エリックの無罪を証明した。

 スゲー面倒な作業だった。


 まあ、俺の手元にはエヴァンス・メルビー氏が行った犯罪の告白した手紙が或る。

 

 取り敢えず、メルビー氏が亡くなる前に娘ダリア・メルビー嬢に10分の1の財産を分与し、残りをレナード・ホームと鉄の女セーラ嬢の病院へ寄付したら、エヴァンス・メルビー氏の手紙は焼却処分することに成っている。

 セインは金塊を護衛していた警官たちの遺族へ、何かして上げたかったみたいだけど、犯行時は1865年だしなー。

 34年前だし、今更もう如何にも成らないだろ?

 俺的には、ここら辺がジャックの言う所の妥協点つう奴だ。



 悪人が孫みたいな娘の為に善行に目覚めた、と言う落ちで、セインの飴色の瞳がキラキラと輝き始めた。


 うん、セインのその笑顔を観れたから、俺の面倒な作業も報われた気がするよ。







 


    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




  アリロスト歴1899年  11月




 緑藍が如何やらワート君をエロい事以外で喜ばせたらしい。


 「いやー、言えないんだけどさー、ねー。セイン。」

 「うん、ねー。ジェローム。」



 と、目と目で通じ合っている緑藍とワート君は、見せられてる俺が、マジで『イラっ』ときた。

 いや、そんな台詞は緑藍もワート君も口に出して無いんだが、俺にはそう言い合っているように見えてしまって、なんだかジェローム探偵事務所に居辛い。

 こんな場所に居られるかと、俺は下宿112Bの真鍮の扉から勢い良く飛び出し、霧が立ち込めている11月のロンドの街から辻馬車で逃げ出し、蒸気機関車へと乗ってウェットリバーへと向かった。

 当初、俺を迎えに来るジョンとの約束よりも早めの出立だった。




 ウェットリバーの離れにある俺の部屋で、俺はマグカップに並々と蜂蜜レモンのお湯割りを注いで、息を吹き掛けつつ、チビチビと飲んで体内から温める。


 そう言えば俺は会った事が無いが、つうか、会わずに緑藍とワート君へ放り投げたが、セーラ・ゲイル嬢は飛んでも無く怖ろしい女性だったとブーブー緑藍からクレームが来た。

 通称『鉄の女』と緑藍はセーラ嬢を呼んでいる。

 なんか無表情キャラと言われている今やセーラ嬢の補佐官ヒースと一緒に居ると効力が2倍らしい。

 何だろう?

 効力ってさー。

 緑藍曰く、セーラ嬢は新たなスキームを構築する前に破壊していくそうだ。

 病院とかの箱モノや、看護学生や医師見習いの精神まで、その様はまるで破壊神だったと言う。

 その破壊の効果が、ヒースが居るとドドーンと倍になるつう話だ。

 良かったー、俺は会わなくて。

 めっちゃ頭良いんだろうなーつうのは、セーラ嬢のレポート読んでて俺も思ったが、精神を破壊されるのは嫌だなー。


 ヒースの定期報告では、なんか凄い金額の寄付があったらしく、揃えたい機具や備品が購入出来ますって、ニッコニコだったけどな。

 無神経が売りなクール・ガイのヒースは、エイム卿に飛ばされても、いや、部署移動を命じられても楽しく仕事が出来ている様で何よりだ。

 まあ剛腕ストッパーが居なく為って若干俺は不安だが。

 イザと成れば俺が少しだけ犠牲に成ろう。




 でもって、ぬらりひょんデニドーア公爵と会った後、「ジャックは結婚したいか?」とエイム卿から聞かれたので「ええ、まあ、借金返済が出来てから」と俺は素直に答えたら、なんと俺の棒給がガタリと減った。

 普通は増やすだろう、其処は。

 でもまあ、ぬらりひょんデニドーア公爵からの婚姻除けには良いかと思う事にした。

 魔除けの親戚みたいな感じ?




 そんな事を俺が考えていると、ジョンが居間の扉を開けてスタスタと部屋に入って来て後頭部を大きな手の平で軽くシバいた。


 「いてっー、何だよジョン。」

 「なんだよじゃねーよ。ジャックが勝手に帰ったら、俺が護衛で迎えに行く意味がねーだろうが。」

 「済まん、ついなー。今後は気を付けるよ、ジョン。珈琲と蜂蜜レモンどっちがいい?」

 「ああー、俺は珈琲にブランデーを少し垂らしてくれ。」

 「おっけー、ブランデー入りは冷える時に良いよネ。俺もコレ好きだわ。」


 悪い事をしたなーと思ったら、俺は素直にヘコヘコと相手へ媚びるんだよ。

 特に武力では全く歯が立たない相手には。

 ジョンとか、エイム卿とか補佐官ヒューイとか配下(ハイカ)ーズとか、アレ、俺が敵う相手が居ない。

 ワート君は大丈夫かな?嫌でも、ワート君デッカイからなー。


 「ジャック、此れもう少しブランデーを足してくれ。」

 「はあっ?今だってジョンのには香り付けとは言えない量を入れてるんだよ。砂糖を大量に入れてるから悪酔いしないか?」

 「大丈夫だよ、ジャック。俺は普段はストレートで飲んでるんだぜ。」

 「まー良いけど、くれぐれも飲み過ぎるなよ。ジョン。」

 「あいよ、ジャック。でもあれだよな、戦争が終わってみればブランデーやウィスキー、ジンて強い酒の税金がベラボーに上がっていて魂消るよな。ジンなんて安いから労働者の酒だったのに。」

 「あははっ、酒は税金掛けてもあんまり文句は言われ無いからなー。特に女性は夫に飲酒を辞めさせたい人が多いからね。つうかジョンは労働者の酒なんか飲まないだろーが。」

 「分かっちゃネーナ、俺が飲むとか飲まないとかじゃ無いんだよ。勝っても負けても戦った後は酒が必要なんだよ。」


 ブツブツと文句を言うジョンを宥めて、俺は細巻の葉巻に火を点けた。

 一応、税金を上げる建前はアル中患者を減らす為らしいが、如何(どう)なんだろうね。

 市民つうか、庶民の健康とか考えた事が無い人達に言われてもなー。

 まっ、酒の値段が高いと将来のアル中予防に成るのは確かだし、若年層や俺みたいに酒の弱い人間には良いかもな。


 そこへ曾孫ウィルが、にこやかな笑顔と共に居間へ入って来て、しなやかな仕草で俺の隣の椅子へと腰を掛けた。


 「只今、ジャック。元気そうで良かったよ。」

 「お帰りー?ウィル。つうかウィルの帰る家はグラムに本邸があるだろう。」

 「ふふっ、ジャックの顔を見るとホッとするんだよ。そうそうジョセフがルルの事でお礼を言っていたよ。今度来る時に依頼料をお支払いしますって話してたよ。請求書を其の侭、廻して欲しいそうですよ。」

 「ははっ、ウィル、俺がジョセフに回せない事を知って言ってるだろう。良いさ、みんな仲良く暮らして呉れるなら。それよりウィルも急にハンリー王国まで往復するの大変だっただろ。」

 「そんな事は在りませんよ、ジャック。シーズン中の良い気候だったので過ごし易いし、素敵な風景の中で旅を楽しめました。何時か、ジャックと一緒に行ってみたいと思ったよ。」

 「ああー、ハンリー王国は美しいからな。トルゴン帝国やロマンの影響をが反映されてて建物の屋根は丸みを帯びているのに中心は先鋭化されている。新古典主義で堂々とした建物が多かったね。ウィルと温泉湖に行くのも良いなー。」

 「それは、ぜひジャックと行きたいですね。でも吃驚したよ、ジャックはハンリー王国へ行っていたんですね。」


 「まっ、ジェローム絡みの野暮用でね。しかしヨーアン諸国の王族も、そろそろ臣下との婚姻を許可しても良い気がするよネ。」

 「でも、それをすると力を持ち過ぎる家が出てくるからね、僕は今ぐらいが良いと思うよ。それに特にグレタリアンは、臣下が貴族では無い場合が多いから、そう言う家から妃を娶ると、教育が大変だよ。愛妾位で満足してくれるのが一番だよね。」


 「うーん、やっぱり庶民の俺が王族の婚姻を考えるのは、難しいな。恋愛成就させようと思うと王位継承権を諦めなければ為らないものな。」

 「ふふっ、ジャックの口から恋愛成就って言葉を聞くのは新鮮だ。そう言う事をジャックが考えているのはスチュアート4世絡みかな?」

 「んー、其処は余り考えて無かった。俺が思うに、ロイヤルの相手女性は性質が悪過ぎだよ。まあ俺は女じゃ無いから分らんが、普通は、自分の存在が惚れた相手の立場を破綻させそうな状態なら、身を引くか、目立たないようにすると思うんだよな。ロイヤルと共に、表へ出ようとする意味が俺には理解出来ん。破滅願望でもあるのかね?ウィルにも噂は耳に届いてるだろ?」


 「ふふっ、ええ。デバーレイ首相が催した晩餐会へ陛下と共に現れましたからね。ホールの皆が固まってしまっている時に、デニドーア公爵が良いタイミングで現れ、陛下と女性を連れ去り、晩餐会自体は無事に終わったよ。その後は陛下とその女性の話題に終始して、児童教育法制定を祝した晩餐会と言う趣旨から離れてしまったけど。珍しく貴族議員や庶民議員も同席して参加してた機会だったから、僕は勿体ないとは思ったよ。」


 「はあー、貴族だけの会なら公然の秘密で済む所だが、どの道、庶民議員が居る席なら、秘密にするのは無理だったか。パトリック氏やデバーレイ首相の苦労が報われ無いなー。」

 「でも、この手の話は隠し通すのは無理だよ、ジャック。愛人として表に出した方が下手に嗅ぎ回る人間が減って良いよ。案外とデニドーア公爵の仕掛けかも知れないよ。」

 「うぐっ、デニドーア公爵の仕掛けって言われたら俺は素直に頷けてしまう。」


 「それに年が明けたら、南プリメラで残り2つの王国を支配下に置く為の戦いが或るのだろう?いい加減、デバーレイ首相も陛下だけに(わずら)ってる暇はないよ。」

 「はあー、レンジ王国だけで良いと俺は思うんだよね。ダイヤが結構な量を産出しているみたいだし。南カメリアでも各地域で独立の動きが活発化してるし、グレタリアンに余力は余り無いよなー。」

 「南プリメラを任されているサープ植民地首相のトリス・ローデ氏が、デバーレイ首相へと働きかけて議会の承認を得たからね。普段は割れる上下議会も一部の議員を除いて、トリス・ローデ氏の演説に大賛成だったよ。」

 「あー、グレタリアンが世界を支配する事こそ神の意思とか何とかかー。うわっ!て、俺とかエイム卿から聞かされた時は引いたけど、やっぱりそう思う議員が多いんだな。ヤダヤダ。」

 「ふふっ、ジャックは優しいからな。まあ、トリス・ローデ氏の言う神の意思の話は兎も角として、プロセンやルドア帝国と戦うよりも武力の劣る南プリメラを攻める方が簡単だと言う判断だろうね。軍の改革が今1つ上手く進んで無いから、その反発も抑えたいし。」

 「ああー、軍の階級を売る事を禁止する奴か。」

 「そう、それで偉くなっている将校が殆どだから、自分達が否定されるみたいで嫌だと言うのと、それが出来なく成ったら自分の子弟の出世が遅れると言うのと、自分達より庶民が出世したら困るって言うので、鉄血公爵が居た時よりも複雑な軍の改正拒否になったんだ。」

 「ああー、鉄血公爵はシビリアンコントロール下に置かれる事に反対だったんだよな。」

 「そうだね、鉄血公爵は戦場第一主義の人だったから。」

 

 「そう言えばセーラ嬢のポーラン戦場看護レポートの末尾に記されてたな。戦争での一番の敵はプロセン兵でもルドア兵でも銃弾や疫病では無く、将校たちの足の引っ張り合いや嫉妬に因る策謀だったと。後は現場兵士の風紀の乱れかな。」

 「まあ、そう言うポーラン戦の負け戦を、軍としても南プリメラの戦いで払拭したいのだろうね。」

 「全く、そんな勝手な理由で侵攻されるのは堪らないな。」

 「ええ、本当に。」



 そう言うと曾孫ウィルは、普段余り口にしない葉巻を、俺の手からスルリと奪って、整った顔の口元へと持って行き、細巻の葉巻を燻らせ、薄い煙を吹かせた。


 如何(どう)なんだろうな。

 ウィルは王族と臣下の婚姻は貴族間のパワーバラスの崩れを気にしていたみたいだが、果たして王族の力なんて此のグレタリアンでドレくらいあるんだろうか。

 南プリメラへの本格的な支配の為に動かすグレタリアン軍も、元は資産家トリス・ローデ氏からの要請に因るものだ。

 開戦と終戦は軍の総帥であるスチュアート4世の権限だが、此れを力と呼んでいいモノか。

 俺が悪魔か神の呪いで、意識を取り戻したのは1767年辺りで、18世紀後期を過ぎた頃。

 その時よりも可成り王権が縮小されている。

 まあ、自らの国で税の多寡を決められない王は王と呼べるのかと言う、そもそも論があるのだが。


 俺は、胸に過る色々なモノを口の中で燻らせた薄い煙と共に飲み込み、貴公子然として微笑む可愛い曾孫ウィルを眺めた。

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