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エイム迷走ス  作者: くろ
92/111

密かな野望

  

   アリロスト歴1899年  6月




 俺はレースのカーテン越しに差し込む陽射しに目を細めて応接テーブルに広げた新聞をセインと一緒に眺めて居た。

 新聞には、クロエが応援していたロバート・カスッタト議員と呪われた男パトとのフーリー党内での対立があると言う記事が載っていた。



 「ロバート氏が労働者の選挙権に関して積極的でないパトリック氏に対する不満をインタヴューで述べているね。ジェロームはパトリック氏から何か聞いている?」

 「いや何も聞いて無いよセイン。私がパトの政治に対して知ってることって、レナード・ホーム絡みだし。つうかレナードに絡んでる事しか記憶にないよ。セインの方がパトの相談に乗って居ただろ?」

 「ううーん、僕もレナード・ホームに対しての相談だけだったよ、ジェローム。」

 「ふふっ、其処ら辺はパトはブレないよな。愛に生きる男って訳だ。まー、フーリー党内の自由主義って、各議員に寄って捉え方が違うしなー。大きく分けて、資本の自由やら課税から自由にしろってのと、労働者の権利を求めているメクゼス博士が提唱している社会論を実践しよう、って言うグループと別れてるしね。まっ、ロバート氏が言っている労働者への選挙権つうのは、後で述べた方に分類されるよね。」


 「はははっ、パトリック氏は選挙権に就いては考えて無さそうだ。でも如何してロバート氏はパトリック氏に対して述べているのだろう。」

 「まあパトは、良くも悪くも目立ってるからな。スチュアート4世の側近だし、デバーレイ首相とも事情があって良く会ってるし、そんなパトにロバート氏は、自分の政策の後押しをして欲しいのじゃないかな。パトにしてみれば、そんなに大したことを考えてる訳じゃ無いんだけどなー。」

 「でも陛下の恋愛問題にパトリック氏はデバーレイ首相を無事、引き入れたんだね。其処ら辺は流石だよ思うよジェローム」

 「うん、そうアドバイスした癖にジャックが驚いていたよ。」

 「ええー、ジャックは本気でアドバイスした訳じゃ無いんだ。」

 「うん、あの時は多分、ジャックもパトが面倒で適当に言ったんだと思うよ。偶にあるよね、ジャックってそう言う所、ふふっ。」

 「はあー、ジェロームも笑い事じゃ無いと僕は思うんだけど。」


 そう言って太い栗色の眉根を寄せてセインは氷が入った冷えた麦茶を口に含んだ。

 セインはそのグラスと籐で編んだコースターを持って何時もの壁際にある書机へ向かい、書き掛けの小説の続きに取り掛かった。

 俺なんかはすっかり記憶から消した小さな事件をセインが掘り起こしてはグレッグ出版社の求めに応じて短編小説にしている。

 俺は、大騒動に成ったシェリーの時の二の舞はしたくない、とセインの小説は過剰に煽らないように兄に忠告をして置いた。

 元はシェリーの真似をして、俺が解決した事件を小説にしていたとしてもだ。


 今やロンドの目ぼしい貸本屋は殆どローディーズが併呑し、他は駅構内に或るペーパーバックの短編専門の貸本屋ライティーズになった。

 頑張って貸本屋に他の商品も置いて生き残りを掛けた店も在ったけど、今は全く見掛けなくなった。

 ブレード通りにグレッグ貸本屋が無ければセインも小説を書こうとか思わなかっただろうな。

 出版業界が実質その2社しか無いって状況だから、出版社が望んだ通りの契約で無いと、物書きが書いて発表する場所が無い。

 ウチの可愛いセインがそんな器用な真似が出来る訳も無い。

 つう事でグレッグ貸本屋で、セインが書き綴っていた小説を出版して貰う事にしたのだ。

 殆どエイム公爵家支店のようなグレッグ出版社でチマチマとセインが書いて居ると、ローディーズに飽きたロンド市民がグレッグ貸本屋にも来るように成った。

 まー、ローディーズがハードカバーの装丁本で上中下のガッツリ長編本がメインだから、流石に胃もたれしたーって客層が来る。

 丁度ライティーズの客層と被る感じかな。

 でも、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのローディーズが頑張っているので、グレッグ貸本屋も何時まで持つかは分らない。

 ジャックや俺みたいな酔狂な人間たちが、無責任にグレッグ貸本屋を応援してるだけだし。

 兄もエイム公爵家を傾けて迄は続けないと思うからなー。

 今は一冊でも多くセインの小説を出版させて、で、その本たちを、俺が老いたら気儘に楽しんで読もうと考えている。

 ふふっ、俺の密かな野望なのだ。




 そんな老後の密かな楽しみを俺が脳内で描いて居ると、スルリとクロードがジェローム探偵事務所の黒い扉を華麗に開き、スラリと背の高い若い女性が入って来た。








 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



  アリロスト歴1899年  6月







 若さと馬鹿さで熱い恋情に身を焦がすロイヤルを段々と面倒になって来た悪魔エイム卿はボソリとエロいテノールヴォイスで俺に囁いた。


 「ヤるか。」

 「駄目っすよ、ロイヤルは駄目っす、エイム卿。」

 「ジャックが女は駄目だと。」

 「どっちも駄目。ハイっ、エイム卿は落ち着きましょう。リノにカモミールティ―を入れて貰いましょうか?」



 如何やら人目が無い場所への旅行と言う事でエイム卿の領地をロイヤルにピックアップされた模様。

 バレン宮殿に呼ばれて数時間後にエイム卿が戻ってくれば殺気を放って物騒な事を言い出す始末。

 この頃はエイム卿から放たれる殺気が俺に向かなければ平気に成ってしまった。

 そして俺ももう近頃は陛下じゃ無く、ロイヤルに呼び方戻したけどな。

 どうせ2人でイチャコラするんだろうから、現在いるウィンター城で良いじゃん。

 つうのが俺の正直な感想。

 それに愛人ならバレても良くね?って、俺は思っているし。

 どの道、女性の方は旧教徒なんだから離婚が出来ないからね。

 まあアレかな?

 禁じられた恋は燃えるって奴かな。


 俺の基準って最愛王『じじい』の所為か愛妾や愛人が居る位は普通ーとか思ってしまう。

 て言っても俺が多重恋愛出来るって訳じゃ無いけどな。


 しかし俺はフーリー党議員であるパトリックが、保守のホリー党であるデバーレイ首相を口説き落として、スチュアート4世の恋愛問題を共有させれた事に正直驚いた。

 緑藍がパトリックの事を口説きのプロだと言っていた意味を俺は知った。

 お陰で今回のような突発的な事が無い限り、ロイヤル事案はデバーレイ首相とパトリックで対処する議員案件になった。

 エイム卿の業務も通常に戻り俺もホッと一息である。

 唯一の難点はデバーレイ首相が暇してるだろと言う事で、ぬらりひょんデニドーア公爵に三顧の礼をもってして、ロイヤルと愛人が居るウィンター城へと招いたことだ。

 ぬらりひょんデニドーア公爵は、枢密院議長を引退する迄ロイヤルの教育係を兼ねてた事も在り、デバーレイ首相達の手が足りない時用の保険だ。

 幼い頃からのロイヤルを知るデニドーア公爵なら、ロイヤルの操縦方法も判るだろうと言う事らしい。

 そしてぬらりひょんデニドーア公爵の息抜きが、エイム卿へ難題を持ち掛ける!なんつう事だったりするので、自動首振り人形の俺がエイム卿の精神ケアなんぞをしなくては成らなくなったりしている。

 そう。

 今回の旅行先をエイム公爵領にある別邸をロイヤルへ提案したのが、此のぬらりひょんデニドーア公爵なのだ。


 エイム卿が客人を歓待、、、などする訳も出来る訳も無いので、領地に居る愛妻に頼むのだ。

 緑藍から賢き義姉と高評価のエイム公爵夫人。

 俺は、エイム卿の愛人としてエイム公爵夫人から冷たくターゲットにされている気がするのだが、如何やらエイム卿もあの賢き夫人には敵わないらしく、頼みごとをするのに二の足を踏んでいた。



 「私が1つ物事を頼むとエリスの望みを1つ叶え無ければ成らない契約なのだ。」


 ボソリと俺にエイム卿は呟き、麗しく整った顔を僅かに歪めた。

 おっ、エイム卿が何時ものエロいテノールヴォイスでは無い。

 此れはエイム卿が本気で困っているみたいだ。


 「でもエイム卿、夫婦間での願い事なのですから気楽にエイム夫人の話を聞かれてみれば?ジェロームもエイム夫人は賢き方だと褒めていましたから、エイム卿の不利益になる事は頼まないでしょう。と、俺は思うのですが、、。」

 「、、、うむ。」

 「いえ、エイム卿達の夫婦の問題ですので俺が口を挟む事じゃ無いっすね。ハハっ、失礼しました。」

 「いや、良い。私はジャックにも聞いて貰いたかったのだ。」

 「はい。」

 「実は上の子と下の子と共にお茶をすると言うモノなのだ。まだ幼い2人と私が過ごす意味が分からない。全くエリスは何を考えているのか。」

 「うーん、俺は素敵な願いだと思いますよ。確かエイム夫人はオーリア出身でしたよね?オーリアは貴族でも家族との繋がりが深いと聞いています。両親と子供たちがともに、音楽会を屋敷で開いたりとグレタリアンと違い、コミュニケーションを良く取るそうです。ですからエイム夫人には家族なら、こう会って欲しいと言う想いが或るのでしょう。そんな細やかな夫人の願いを、エイム卿には叶えて欲しいと、俺も思いますよ。」

 「しかしジャック、幼い子等と何を話すのだ。」

 「エイム卿が無理に話さなくても良いと思います。夫人とエイム卿が会話している姿を子供達に見せと言うのが肝心なのだと思います。それがエイム夫人の思う家族の風景なのかも知れません。あくまで俺の想像ですが。」

 「家族の風景、、、。」



 そう呟いてエイム卿は華やかな絵柄のティー・カップに口を付け、カモミール・ティーを優美な仕草でゆっくりと飲んだ。

 エイム卿の事だから常日頃は子供達と接触を殆ど持たないのだろう。

 エイム卿のそれが、良いとも悪いとも俺には判断出来ないが、アルフレッドの頃の娘レティにしろ、息子フェリクスにしろ幼い時は、俺が顔を見せると2人共喜んでいた。

 成長してからは2人共、俺に対して微妙に成ったが。

 まあ、大きくなってから唐突に父親として会うよりも、エイム夫人は今の内に家族として接して欲しかったのだろう。

 此れは、エイム夫人の密かな野望だったり。


 確か上の子は10歳で下は7歳の嫡男だと、俺は聞いていた。

 俺も普段は忘れているが、エイム卿に緑藍以外の家族が居る事に、何処かホッと安堵していた。

 俺はエイム卿の家族の風景へ緑藍だけではなく、エイム夫人そして2人の子供達が加わり集まって笑い合う姿を幻視した。



 「ジャックがそう言うなら、今回のスチュアート4世の件はエリスに頼む事にしよう。」

 「あ、う、うん。」


  エイム卿は華やかなティーカップを右手に持ち、甘くエロいテノール・ヴォイスで、そう言ってから麗しい顔を俺に向けて僅かに微笑んだ。

 エイム卿にテノール・ヴォイスが戻ったことを確認した俺は、少し温くなったカモミール・ティーに口を付けた。





 俺とエイム卿がまったり甘く視線を絡ませる暇も事も無く、エイム卿は席から立ち上がりエイム夫人が滞在しているタウンハウスへ向かった所で、眼鏡姿のクールガイ補佐官ヒースが、抑揚のない静かな声で話し掛けて来た。


 「ジャックはロンドで人の良い医師を知りませんか?」

 「うーん、知ってると言えば知ってるが。如何したんだ?ヒース。」

 「ええ、実は週に1度看護学校を作って欲しいと陳情に現れる女性が居るのですが、色々と問題があって彼女の要求している医師を紹介が出来そうに無いんですよ。」

 「ヤダよ、ヒース。問題がありそうな人間に知人を紹介するのは。」

 「いえ問題が在ると言ってもですね。実はポーラン戦争で従軍していたセーラ・ゲイルと言う看護婦なんですが。」

 「あー、ポーランの光とかポーランの天使って報道されてたらしいね。そんな女性なら幾らでも医師が着そうだけど。」

 「ソレが軍医長官と揉めに揉めてその関係で帰国後の活動も思わしくなくてですね。家族も彼女の行動に反対して居て、色々と難しいのですよ。」

 「えっ?若しかしてヒースはセーラ嬢の事を?」

 「ジャックは、下世話な事を言わないで下さい。俺の友人がポーランで負傷したのを助けて貰い、恩義を感じていたその友人から頼まれたんですよ。」

 「ははっ、御免御免。で、何の為に医師が必要なのさ、ヒース。」

 「はい、ロンドに戻って来てアンジーチャペルやビスタールにある病院を目の当たりにして、先ずは病院改革をしながら看護婦と言うモノを育成したいそうです。唯その為の病院造りには医師が必要と言う事で紹介して欲しいそうです。」

 「うーん、如何だろうな―。今は忙しいかも知れないし、もう少し確りとした話を詰めて書類にして呉れよ。知人に聴いてみるから。」

 「はい、お願いします」



 そう言って俺はヒースから渡された、選挙権拡大の為に起こされた各地での民衆運動状況の報告書に目を通し始めた。

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