ロックな奴等
アリロスト歴1899年 5月
新緑が至る所で目を引き、爽やかな風も吹いて、そして微かに夏の匂いも含んでいる。
黄色やクリーム色、甘いピンクと庭師が作りあげた見事な薔薇の饗宴は今年も南セントラルにある男爵邸の庭園で目にした者達を愉しませている。
俺はふとウェットリバーにあるハーブ園の光景を思い出す。
蔦薔薇や雑多に植えられたタイムやミント、様々な種類のオレガノ、いや、花とか可憐だし白とか紫もイケてる筈なんだ、ただ、こう自由ナンだよねー、ハーブってさー。
小さく収まらない?
煉瓦の区切り何て物ともしないフリーなバイタリティに溢れてるんだよ。
俺が育ててるハーブ達ってさ。
ハーブってロックな奴等なんだよな。
春に成って男爵邸の庭園に立つたび、俺はそう思うんだよ。
俺は、俺のハーブは薔薇になんか負けて無いから。
いや、俺のハーブ園は負けないっ!
此れって、此処に滞在している間に呟く俺の魂の呪文、つか自己暗示だったりする
俺は気合を入れて薔薇が咲き誇る庭園を歩き、南セントラルにある男爵邸の玄関ホールから、補佐官ヒューイ達が居るであろう部屋へと向かった。
ドレープの多い繊細な白いレースのカーテンが掛った窓を背に、ゆったりとしたアプフォレスタリー・チェアーに腰を掛け、エイム卿は麗しい顔を俺に向けた。
ロンドを訪れた初日に会うエイム卿は、光に輝く淡い金糸の髪を後ろへと撫で付け、整った麗しい容姿に、俺は本当にいつまで経っても慣れずドギマギしてしまう。
この世界の神よ、もう少しエイム卿の造形を手抜きして作っても良かったのじゃないか?
「うん?ジャック何かあったか?少しイメージが変わったな。」
「お久し振りですエイム卿。いえ、別段これと言って。」
「そうか、それとこれはジャックへとジェロームから預かっていた資料だ。私が紅茶を飲む間に目を通しなさい。」
「はい、有難う御座います。」
俺はエイム卿から差し出された2枚の紙を受け取り、促されて向かいに置かれたアームチェアーに腰を降ろし、タイプライターで印字された文章を目で追った。
ルルレット・クローデン。
1894年生、5歳、ハンリー王国クローデン伯爵家令嬢。
ルルレット出産後母親が死亡、1歳の時父親が再婚、3歳で義妹誕生、4歳に成る前に父が病死。
でもって今、父の弟と義母が婚約中で周囲から疑義が呈されなければ来年婚姻する。
まっ、この時代は姉嫁を其の侭弟と婚姻させる事など良くある事だしなー。
父親が亡くなってルルは本邸から離れの館へ引っ越し。
ハンリー王国は昔、女性の継承を許して居なかったが、今は男性の継承者が居ない場合は女性の継承を認めていた筈。
でも継承権を持つ弟が居るなら、クローデン家に取ってルルは政略結婚用に使うくらいか。
うーん、身代金を払うまでも無い?
そう判断されたんだろうか、うーん。
ジョセフは、一言もルルが生家に帰りたいと言わない事を気にしていたが、屋敷を移されたとはいえ虐待行為は行われていないし、母親が子供と接触しない事は別段に不思議じゃない。
特にルルがまだ5歳じゃ親と会う機会も少ないだろう。
ジョセフは中産階級出身だから肉親との距離が近い育て方をされているからなー。
テレーゼは、、、母親と距離が近いと言えば近いが、心が遠過ぎてグレタリアンでジョセフの嫁に成ってるし。
だからジョセフにこんな話をしたらルルを哀れに思って、より一層猫可愛がりをしそうだ。
しかし平民であるジョセフの家に、貴族家の娘を養子に貰えるだろうか。
ロイ家から出て、婚姻してジョセフとテレーゼで別家を造ったばっかりだし。
どうしたモノかと俺が考え込んでいるとエロいテノール・ヴォイスでエイム卿が話し掛けて来た。
「今回の誘拐事件は偶々だったが、此の侭ルルレットを返せば確実に殺されるだろうな。」
「えっ?」
「ハンリー王国は元々オーリア帝国と一体だったから親オーリア貴族が多い。しかし此の所、プロセン連合王国へ与するべきだと言う貴族が増えて来た。亡くなったクローデン伯爵も親オーリア派だった。だが、今回当主に成った弟は、親プロセン派だ。そして義母もそうだ。後、ルルレットは誘拐犯に殺されたと言う事に成っていた。」
「まさか。」
「お金を都合している間に、騒いだから殺したと言う封書が、ランダで滞在していた弟と義母に届いたそうだ。調べて居た者達が外から聞いた話だがね。」
「なんて事を。あのエイム卿、この話はジョセフにしても構いませんか?」
「ああ、だがもうジョセフへ報告は届いている頃だろ。私がハンリー王国へ調査に行かせたのは、ウィリアム・ベラルド伯爵だからな。ジェロームに調査を依頼された後、ウィリアムがジョセフと親しくしていると言うので頼んだのだ。」
「うっウィルがっ!今回はエイム卿も態々、協力して頂いて有難う御座います。」
「何、ジェロームからの頼みだ、ジャックが気にする必要はない。」
「はっはい。どうも。」
「ジャックが気にするのはコレだ。ジェロームからだ。」
「え?はい、どうも。」
俺は綺麗に巻いてある白い封書を開いて、両手で持って目で追って行った。
ずらずらと、今回ロンドからハンリー王国まで掛かった、調査員五人分の費用が書いてある。
ちょい待って。
船代1人1000ポンドってナンだよ。
ホワイト・ローズってヨーアン大陸の中海周回している豪華客船じゃん。
なんなだ。
此の豪華観光ツアーは、、、。
緑藍、てめーは、俺の持ってる金を、全部吐き出させる気だなっ!
整った顔で右の口端を少し上げ、美しく微笑む緑藍が、俺の脳裏に鮮やかに浮かんだ。
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今頃はジャックに依頼料の請求書が届いているだろう。
まあ俺からのキャッシュなラブレターとでも思ってくれ。
つうか、『レコ』、『レコ』と煩いんだよ、ジャックは。
此処にはセインもクロードも居るっつうのに、ジャックは思い出の中へトリップし過ぎだ。
俺は、あれって小金持って余裕が出来たから、油断して居るのだと予測した。
だって意識を取り戻した頃のジャックは、何を使ったから幾らとか、結構ピリピリしてお金の計算して居たんだぜ。
まあ、7割方くらいは、1日も早くグレタリアンを出る為に、必要な資金を貯めようと考えて、足掻いていた所為も或るんだけどね。
ソレがジャックを傍に置きたい兄の所為でさー。
ざぶざぶと兄が賃金を振舞うもんだから、お金の心配がなくなり気儘なジャックは、妖精マジックで能天気になって、『レコ』ドリーマーに成った。
馬の妖精って言ってる辺りからヤベーなと俺も思ったんだけどな。
で、こういう時の対処法はボコるのが俺流。
つう訳で珍しくジャックが俺に調査依頼をしてきたので、チマチマ貯めて来たジャックの小金を吐き出させる事にした。
ジャックは銀行を信用して居ないので、ソフラン金貨やポンド紙幣を、此の下宿112Bやウェットリバーの離れ、そして南セントラルにある男爵邸なんかの壺や鉢植え、引き出しにゴソゴソ分けて隠している。
小動物や鴉とジャックが違う所は隠した場所を忘れないってトコかな。
いやー、別に隠し場所を調べなくても、ジャックが手にしている資金を、俺は把握しているし。
そして俺は、ウェットリバーでのジャックのハーブを使った小物屋の収入は、誤差の範囲内の微々たるモノと考えて放置することにした。
でもって、俺は上手い具合に、ホワイト・ローズ号が中海を7日掛けて巡るツアーを見付けたので申し込んだ。
どうせならクロエ一家を家族旅行へご招待つう訳で、クロエとルスランとニックそしてニコルとトマスを、中海ツアーへと送り出した。
グレタリアンを出発してモスニアからグロリア、そしてアシェッタと海岸に沿ってホワイト・ローズ号を走らせる豪華客船のツアーだ。
乳母のアニタは流石に子供が3人も居るのでお留守番。
ジャックにはバレないように、エイム公爵領別邸へクロエ達は家族旅行へ出掛けると伝えた。
最初はクロエも旅行を遠慮していたけど、俺がジャックの金で行けるぜって言うと乗り気に成った。
まっ、クロエもジャックの『レコ』ドリーマーを心配していたので、クロエ達の骨休めとジャックへのお仕置きを兼ねて、元気一杯に下宿112Bから出発して行った。
当然、クロエやルスランの護衛の料金は、エイム公爵家持ちだよ。
当たり前だけど兄に頼んでいた調査は、通常コースでひっそり目立たずウィルたちにはハンリー王国へ行って貰った。
ウィルに貰った報告書を読んで思った事。
此処にもドリーマーが湧いている。
プロセンのフリード6世がドリーマー過ぎて俺から『スン』と、表情が消えた。
まあ俺って、こう言う国際情勢は全て兄へ丸投げ何でどーでも良いって言えば良いんだけどさ。
レオンハルト皇帝より、広く強大なゲルン帝国を作るってスローガン掲げているらしい。
俺は良いんだけど、此れをジャックが知ったら1人で鬱々と悩むんだろうな。
『フロラルスが危ない』
とか何とかで。
ホント、ジャックも気付いて欲しいよ。
俺やクロエがこの世界でブレないで生きていけてるのは、淡々と生きるジャックを指標にしてるからなんだぜ。
口には絶対に出せないけどね。
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薄暗い地下通路を看守人が持つランプの明かりに導かれ特別区域に或る牢へと俺は入って行った。
護衛にはクロード。
此処は政治犯たちが収容されるロンド塔。
元は邪魔な王族や反乱を起こした貴族達を閉じ込めていた場所だ。
この特別区域は牢に居ても命を狙われる囚人を収容している場所だ。
グレタリアン名、リチャード・ドーファ、本名、リナルド・エルミ。
グリーンオブグリーンが嵌った宝冠を盗んだ罪で収監されている。
裁判上の記録では南カメリア南西に或るロルダ島で炭鉱労働に従事していることに成っている。
まあね、盗みの方は兎も角として、恐喝された娘達の親達は裁判所へ訴えはしなかったけど、リチャードの事を殺したいほど憎んでいるしね。
ヤードの留置場に居る間も、そんな親達から雇われたと思しき、殺し屋モドキに千客万来の人気だった。
俺が今日来たのは確認作業みたいなモノだ。
一先ず、テレーゼの友人ジェーンをアヘンを使って恐喝したあの始まりの事件にカーテンコールを引く為つう感じかな。
俺的にはグリーンオブグリーンが序つうか、リチャードを捕まえる手段だった所でもある。
ランプに照らし出されたリチャードは青白い顔をし、8年前に確保した時よりも痩せていた。
黒に見える褐色の髪はザックリ短く切られていたけど、少し老けたが異国情緒を纏った妖しげな色気は健在だった。
看守に止められはしたけど、俺はクロードと共に狭い石作の室内へと入り、狭い粗末な木のベットへ腰掛けていたリチャードへ話し掛けた。
「久し振りだねリチャード。今日は此処へリチャードが収監されてからの報告に来た。君の刑期は15年、後約7年、どう生きるかの参考に成れば私も嬉しいよ。先ず、エドガーが死んだ事を知っているかどうかは分からないけど、エドガーは死んだ。そして北グロリアと南グロリアは統一して、グロリア王国に成りサリーニャ王が治めている。君が属していたデロッセ・ファミリーは、ほぼ解体され、ドンや幹部は罪に応じて処断された。裏切り者を始末していたセルジオ達も逮捕した。此処までで私に何か質問はあるかい?」
「なあ、アンタは何歳なんだい?」
「おや、驚いた。リチャードからされた初めての質問が私の年だなんて。」
「アンタは俺を捕まえた時のガキの侭だ。」
「失礼な、コレでも32歳だよ。まあ、いいや。私が聞きたいのは「あの方」についてだ。」
「俺に話す事は何もない。帰れバケモノ。」
「別に私もリチャードから強いて聞きたい訳じゃないし。モーランド公爵の事はじっくり待つさ。」
「ど、如何してっ!」
リチャードは粗末な木のベットから勢いよく立ち上がり、信じられないものを見るような眼で俺を凝視した。
看守は慌てて動き、リチャードの肩を押え付け、木のベットへ着席させ、クロードは音もなく動き俺の斜め前に立っていた。
「畜生、いったい誰があのお方を、、、。覚えて於け、探偵、あの方は欲に塗れた犯罪者じゃない。お前たちの詰らない善悪で裁ける方じゃ無いんだ。」
「ふむ。裁くのは私では無いけど。ただ1つだけ、リチャードは、そう言う存在だと考えているモーランド公爵に、縋っているだけじゃ無いのかい?まあ、それだけだ。元気で。」
「おい、それは如何いう意味だっ!おいっ。」
そう怒鳴るリチャードを背に、俺は看守が開けた鉄の扉から黒い通路へと出て行った。
まっ、俺をバケモノなんつって罵ったリチャードへの嫌味だ。
ガキ扱いまでしやがって。
どの道、犯罪者であっても今の所はモーランド公爵を捕まえられないし。
俺はリチャードに別れの挨拶をしに来ただけだしね。
降りた事件の幕を俺は確認して、薄暗いロンド塔から眩しい5月の空の下へ出た。




