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エイム迷走ス  作者: くろ
89/111

理想の世界

  アリロスト歴1899年  4月



 マルガン夫人の下宿から、マルティア・シュミットをジェローム探偵事務所に連れ帰り、その後マルティアの待ち人ディーノ・リブアーニーを、クロードがダウ街の建物から連れて来た。

 でもって俺はヤードに国際指名手配犯が居ると報告させて、トマス達も協力して捕縛した。

 あっ、俺は勿論、下宿112Bで、まったりしてたよ。


 俺を心配して下宿112Bへ急訪した兄は、俺の無事を確認後、ディーノとマルティアと面談し「気に入ったので貰う」と告げて、自分のタウンハウスへ2人をお持ち帰りした。


 そして俺はヤードに逮捕・収監されていた人質ビジネスのアントニオ・ゲッティ被告とデロッセ・ファミリーの幹部セルジオ・マロッティ被告に会って話を聞いた。

 セルジオの話では、グレタリアンで「あの方」と呼ばれる者からの命令は聞くようにと、ロンドに配置した部下へ、デロッセ家の当主から厳命されていたと言う。

 つう訳で、セルジオは言い渋っていたけど、俺が物理的な『説得』したら、「あの方」の名を教えて呉れた。



 モーランド公爵。


 

 如何(どう)いう犯罪に関わっていたかは、ロンドを任された人間しか分からない、とセルジオは答え、俺達の『説得』でも犯罪行為の特定は不明だった。

 でもまあ、主犯が判れば、後は地道に監視して、カーター・シンプソンやヘクター大佐への連絡を待ち、それを今度は俺達が逆に辿って行けば、モーランド公爵の手足を奪っていける。

 今はモーランド公爵に何の手出しが出来ないとしてもだ。


 そして、俺は此の依頼を持って来てくれた、クロエとマルガン夫人へ深く感謝をした。


 そんな感謝を俺が内心で捧げていると、静かにクロードがジェローム探偵事務所の黒い扉を華麗に開き、ベージュのジャケットを羽織り大きな布袋を左肩から斜めに掛けたジャックが、不機嫌そうな顔で入って来た。

 如何(どう)やら、階下に居た乳母のアニタ・ミンデルとメイドのニコル・メッセンはジャックの好みでは無かったらしい。

 ははっ。

 俺も分っていて、ジャックへの手紙を書いたのだけどね。


 「お帰り、ジャック。大荷物だね。」

 「ただいまー、ジェローム。此れはジェロームに見せる為に、ウェットリバーから持って来たんだ。」

 「お帰り、ジャック。なんだか雰囲気が変わったね。」

 「おっ、只今、ワート君。そうかなー、まっ自分じゃ判らないよ。」


 そう言って、ジャックは俺の斜め向かいに置いてある応接用のゴブラン織りの椅子へ、ドカリと腰を降ろして、キャンパス地の袋を開けて2枚の絵と厳重に保存している写真を応接テーブルへと並べた。


 「如何(どう)よ?ジェローム。」

 「うーん、ジャックには申し訳ないけど、私は幼女趣味では無いんでね。見合いの話なら断るよ。」

 「するかよ、そんな話をジェロームに。エイム卿から呼ばれる前に、俺は依頼だけ先にジェロームへ済ませようと思っただけだってーの。」

 「えっ?ジャックが私に依頼?珍しい。」

 「まあね、この右端の肖像画が『レコ』ことジョセフで、此の幼女、ルルって言うのだが、頼みたいのは此のルルの事なんだ。」



 俺はジャックに見せられたジョセフの肖像を見て、緑藍だった頃の遠い記憶を想い出した。

 優し気な応対で如何(いか)にもモテそうな色男、でも全く隙が無く、アルフレッドの近くで気を配っていた。

 アルフレッドが困っていると、卒なく現れフォローしていた。

 髪や瞳の色は違うけど、見目形はレコとアルフレッドが呼んでた男に似ていた。

 絵から滲む空気感は、全く違うけどな。

 で、このルルって子はジョセフの娘かな?


 「ジェロームに頼みたいのはこの子の親探しなんだよなー。」

 「はあー?ジョセフの娘だろ?ソックリじゃん。」

 「残念な事に違うんだよ。ブリッツ港でジョセフがルルに拾われたって感じなっだよな。ジョセフの話を聞いて居るとね。でもって、ジョセフにもテレーゼにも懐いてるから養女にしたいが、肉親との話を先ずしないと駄目だろ?でもルルの将来を考えたら騒動にしたく無い。其処でジェロームへの依頼したいって俺に頼んだのさ。此の書類にジョセフからの報告が書いてある。」


 てな勝手な事をジャックが言って、俺に報告書を手渡した。

 俺はジャックが書いた几帳面な文字を目で追って行くと、『3月15日ブリッツ港』、そう書かれた場所で目が留まった。

 確か誘拐を生業にしていたアントニオ・ゲッティがグレタリアンへと来たのも、3月15日でブリッツ港からセルジオとロンドへ向かったと話していた。

 まあ、まだ確証はないけどね。

 俺はルルの似顔絵と写真を預り、ジャックの依頼を受けた。


 「おお、そうだジャック。ジャックも兄に会ったら聞かされるだうけど、スチュアート4世の恋愛話なんだけどね。」

 「はぁー?態々(わざわざ)ジェロームが俺に言うって事は、王妃が相手じゃ無いよね?」

 「そそ、如何(どう)も、その女性と婚姻する気らしいよ。真面目に。」

 「無理だろ、法律的にも慣習的にも。」

 「まあ、皇帝を辞めさせたくないパトが、必死にスチュアート4世を宥めているよ。それに相手の女性にも夫が居るし、国籍も南カメリアだし、宗教も違うしって言うので、如何(どう)にも為らない筈だけど、恋は盲目らしいね。パトは此の相談を本来、ジャックに持って行く心算(つもり)だったみたいだよ。」

 

 「俺はそんな相談なぞ要らないし。しかし、何やっているんだろパトリック氏は。嫌っ、別にパトリック氏が起こしている問題では無いけどさー。つうかロイヤルは何を考えているんだ?愛人がキース・ブランて漏れた時より、酷い反発が起きるぞ。」

 「ふふっ、キースの時は記事を読んだ人間も本気にしてなかったモンね。今はその女性とウィンター城で過ごしてる。女性の夫は此のロンドでカメリアの資産を投資して、その会社で稼いでるし。」

 「もしや旦那とグル?」

 「そう言う訳では無かったみたいだ。グレタリアンの鉄道会社を狙って居るのは確かだけどな。」

 「はあ、ヤダヤダ。そうだ、鉄道会社って言えばジェロームに蒸気機関車乗車禁止令が出た?」

 「ああ、兄から当然ね。私はその事故の調査にも呼ばれていたのに兄が撤回させた。だから今、コナン警部補にデッセンホールへ行かせて捜査を頼んでいる。後で報告書を貰う予定だ。」

 「おう、凄い、ジェロームは何時の間にか、ヤードの捜査官を使えるように成ってる。」

 「まあね、この後ヤードへ行くんだけど、ジャックも行く?」

 「遠慮するよ。俺は1階でニックの顔でも見て来るよ。じゃあジェローム、ルルの事を宜しく頼むよ。」


 そう言ってジャックは椅子から立ち上がって、俺とセインへにこやかに手を振ってクロードが華麗に開いた黒い扉を抜けて、何処か昔懐かしい微かな覇気を放ち、階段へと向かっていった。

 確かにセインの言う通りジャックが変わった気がした。

 いや、ジャックが変わったと言うよりも、纏う空気が、より高貴に成ったと言うべきか。

 俺は兄がジャックに会った時の表情を想像して、思わず右唇の端を上げて笑みを零した。






    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 


 螺旋階段を降り、俺は玄関ホールから奥に或る部屋へと歩いて行き、クロエの部屋のオーク材で出来た扉を叩いて、入室の許可を貰うとルスランが扉を開いて呉れた。

 元大国の皇太子さまをドアマンとして使って、俺は申し訳ない気持ちで一杯に成った。

 クロエもこんな事に、ルスランを使うなよ。

 昔は漆喰と古い焦げ茶の木材で暗い室内だった部屋が、淡いクリーム色地に可愛らしい野薔薇やスミレを散らした壁紙が貼られて、明るい室内へと変わっていた。

 木製の椅子はペールグリーンの布地で覆われたソファーに置き換わり、テーブルの猫足にも清潔そうな厚手のコットンが巻かれていた。

 そしてニックは木製で造られた背の低い囲いの中で乳母のアニタに抱かれていた。


 「おー、サマンサ、此の囲いを作ってると言う事は、掴まり立ちが出来るのかニックは。」

 「ふふ、お帰りジャック。掴まり立ちよりハイハイが凄いのよ。追い掛けるのも大変だからブレーキの代わりね。」

 「ジャックお帰り、カモミール・ティーを持って来させるよ。」

 「ただいまルスラン。そっちのワークデスクで仕事中だったんだろ?良いよ気を使わなくて。サマンサ達の顔を見に来ただけだし。」


 そうやって挨拶を交わした後で、クロエから俺は改めてアニタ・ミンデル夫人を紹介された。

 24歳で寡婦で3人の子持ち。

 うーん、ミンデル夫人は、密度の濃い人生を送っているなー。

 そしてニマニマしているクロエを見て俺は思う。

 『クロエが期待する事など1ミリも起きないからな。』

 俺って、基本的に幼い子供の母ちゃんを恋愛対象には、しないし為らない。

 増してや、父ちゃんも居ない子供たちの母親(かーちゃん)を盗ろうなんて思えないんだわ。

 残念だったなクロエ。

 つか、クロエは緑藍とワート君の恋愛でも鑑賞して置け、と俺が何度言ったと思っているんだ。



 「そう言えばジャックは知ってる?女性の求人が増えたのよ。以前は農村や貧しい家庭の女性って繊維工場やマッチ工場なんかの単純労働しか無かったけど、この頃の募集は受付やタイプライターの賃金が良い職種が増えていたわ。」

 「へぇー、サマンサが教会の集会所でタイプライターを教えていた甲斐もあるね。」

 「そうなの。でね、マーサの子供マーニも10歳に成るし、マーサは就職したいって言うのよ。」

 「うん?でも支給されてる恩給と例の慰謝料もあるから、マーサは仕事などしなくても良いだろ?」

 「そうなんだけど、やっぱり女性は他の人とも交流したいモノなのよ。でも学校へ通わせるまで後、2~3年は掛かるでしょ?それまで子供を如何(どう)しようかって話に成ったのよ。」

 「うーん、家が近いし、ワート君の所へ預ければ?頼めばワート君なら嫌だとは言わないだろ。」

 「やっぱり、そうなるわよね。」

 「あーあ、もしかしたジュリアが嫁に行く可能性があるから悩んでるんだ。でも、ワート君の所なら他の使用人とも顔見知りだろ?マーサの娘も馴れた家で過ごす方が良いだろう。」

 「そうね。マーサの仕事が決まったらセインに頼んでみるわ。」

 「なんだよ、就職が決まった訳じゃ無いのかよ。でもシェリーと同い年なら、案外と就職するのは難しいかもな。」

 「なぜ?」

 「だって32歳じゃん?元はあのオッサン達って、若くて反抗的でない労働者が欲しくて作った法案だし、思ったよりも反対議員が多くて、通過させるのが大変だったみたいだけどな。」

 「はあー?ザケてんの?」

 「つかサマンサは俺に怒るなよ。言ったのも、決めたのも、俺じゃ無いんだからな。でもって求人募集はあくまでも中産階級の女性だからな。」

 「はーっ、全くもー。まあ、私が怒っても仕方ないわね。さて気分転換に珈琲でも淹れるわ。ジャックも飲む?」

 「ああ、是非。久しぶりにサマンサの珈琲が飲みたいよ。」



 サマンサの淹れる旨い珈琲を想い出して俺は大きく頷いた。

 そして、サマンサとの会話で俺は思う。

 おお、俺の理想の世界が近付いて来る。

 中産階級の子女が家庭教師やナニー以外で働けるように成るのは望ましい。

 だって、俺が外に出歩いても、今は男しか居ないんだぜ。

 俺的に、この潤いの無い社会へ、見目麗しく羽根飾りなど付けない、シンプルなスタイルの女性が出て来るのは喜ばしいのだ。

 グレタリアン式友情の男性カップルばかりが行き交う世界に、俺は少しウンザリしていたのだ。

 俺が活動する範囲が悪いのか、この世界には女性が殆ど存在しないのかと思ったり。

 あー、貴婦人は俺に取って女性には含まれません、悪しからず。

 まあ貴婦人側からしても俺を異性として見れないだろうけども。

 程々に食べて行ければ、身分(なん)て必要ないわって、言う女性が俺の理想。

 緑藍やクロエが俺の好みを誤解して、ビジュアル重視と思っているようだが、それは大きな誤解だ。

 やっぱり人間は中身が一番。

 俺は声を大にして言いたい。

 エイム兄弟みたいな美形には、流石の俺も慣れないが、美人は3日で慣れる、でも飽きたりはしませんよ。

 つう訳で、このブレード通りにも若い女性がそぞろ歩く姿を、俺は夢想した。





 


   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 

  懐かしい寝室に入り寝台のサイドテーブルに置いたランプを点けて、俺は眠くなるまでと思い寝台に腰を掛け、神々の物語の本を開いてページを繰る。



 『沼地を渡る時、一頭のロバが現れ、豊穣の神リベルを運んでくれた。

 其れに感謝したリベルがお礼にロバへ人間の声を与えた。その後、ロバは羊飼いプリアーポスと性器の大きさを競い、負けてしまった為にプリアーポスに殺されてしまった。

 此れを憐れんだリベルはロバを星々の間に置いた。ー異聞カニ座の話ー』



 殺された事が哀れだったのか、比べたモノが哀れだったのか、意見が分かれるだろう。

 何所の?

 勿論、俺の中での意見だよ。


 そんなカニ座の話を読んでいると、緑藍が俺に声を掛けて寝室へ入って来た。

 緑藍はヤードから帰宅して人心地ついたようだ。 

 俺は立ち上がり、キャビネットに置いてある白熱ガス灯を点けて室内を明るくし、寝台に戻って座ると、緑藍は躊躇いなく俺の隣に座り、サイドテーブルに置いてあった俺の葉巻を口に銜えた。



 「お帰り緑藍、お疲れだな。」

 「ああ、まーね。養子で引き取りたいジョセフには良い話カモ知れないが、まあ実際に調べてみないと、なんとも言えない。」

 「うん?もうルルの出自が判ったのか?流石は緑藍だ。」

 「はぁ、ジャックに褒められるのは嬉しいけどなー。話の内容がちょい切ない。調査が終わるまでは何時もの様に、他言無用だぜ。」

 「ああ、分った。」

 「誘拐常習犯のアントニオ・ゲッティがプロセン連合王国でルルを攫って身代金を要求したらしいのだけど、家族からの返事は一切無かったそうだ。ロンドにも急いで向かう必要が出来た所為で、面倒だから船の上から海峡に捨てる心算だったらしい。」

 「えっ、でもソレは家族が身代金を用意していただけかも知れんし。つか、子供になんつう事を。」

 「まっ、それがアントニオ・ゲッティの手口だし。今回はルルが生きてたから、素直に誘拐の事実を俺に話したんだろ。グロリアにはアントニオ・ゲッティの身柄を引き渡さない、と言う取引もしたから、ルルの事だけで言えば、ある程度は信用出来るよ。」

 「嫌な話だ。」

 「ああ、そう思うよ。どうもハンリー王国の貴族の娘だったようだ。ソレも在るから兄に調査を依頼したんだ。」

 「そりゃジョセフが港でルルの捜索依頼を探しても見つからない筈だ。しかし俺の睨んだ通り、やっぱり貴族だったか。」

 「ああ、ジャックは書いてたな、ルイーズと変わらないマナーなら貴族かも?って。」

 「うん、テレーゼは無意識だがマナーに厳しいんだよ。その教育を受けてたルイーズと同程度って事は、緑藍もルルは貴族の子かもって思う筈だろ?」

 「そうだな。まあ詳細は兄から報告が来る迄は、ジャックも待っててよ。」

 「了解。済まんねー、緑藍。」

 「まあ、良いさ。ジャックなら何としてでも、依頼料を払って呉れるだろ?」

 「当然だろ。あっ、でも俺が支払える範囲でお願い、緑藍。」

 「ふふっ。」


 緑藍は整った顔の右端の唇を僅かに上げて、美しく俺に向かって微笑んだ。

 緑藍のその笑みは、、、。

 しまった、緑藍へ依頼する時に値段を決めて於けば良かった。

 俺がそう思っても後の祭り。

 俺は緑藍を信じてるから、マジでっ!

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