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エイム迷走ス  作者: くろ
88/111

敗北感

 

   アリロスト歴1899年 3月




  レイド警部に頼み俺はヤードで欲しい情報を入手して、レート・ターム街の角で寒そうに背中を丸めていたセインを拾い、周辺を観察した後、マルガン夫人宅の屋根裏部屋を見て、俺達は白熱ガス燈が滲んで燈る3月の日暮れの中を下宿112Bへと戻った。

 馬車の中で報告を聞いた後、其の侭セインを自宅へと送り、俺はクロードと共に下宿112Bの真鍮の扉を潜った。





 4月に月が替わった翌朝、セインがジェローム探偵事務所に顔を見せたので、俺は昨日の続きをクロードが淹れた熱い珈琲を飲みつつ話をした。


 「セインが話していた言葉は恐らく南グロリア地方の物だね。モスニア帝国とサリーニャ王国が南グロリアを制圧後、各国へ指名手配をしている凶悪犯が居たんだ。1人はアントニオ・ゲッティって言う身代金目当ての誘拐犯で、もう1人はセルジオ・マロッティて言うテローゼ・ファミリーの一員。」

 「その2人がロンドに来ているって、ジェロームは思うのかい。」

 「セインがマルガン夫人の下宿周辺で、うろついていた外国人二人組が『ファッリォ』って話していたと言ったろ?それってグロリアでは家族って言葉なんだよ。で、指名手配に成っていたグロリア人でグレタリアン語が出来るのは、アントニオ・ゲッティしか居なかった。南グロリアから逃亡しても言葉がまるで分らない国へ行くチャレンジャーは、そう居ないからね。」

 「と言う事は、カリル・ケネック氏は誘拐犯に狙われているって事?」

 「それか裏切り者として、テローゼ・ファミリーから狙われているか?だね。どちらにしても、面倒な相手だ。」


 そうセインに話して俺が珈琲を飲んでいるとドタドタと階段を駈け上る重い足音が聞こえ、クロードが華麗にジェローム探偵事務所の黒い扉を開いて待って居ると、息を切らしてマルガン夫人が走り寄って来た。


 「もう駄目っ。お金は魅力的だったけどケネック氏には出て行ってもらうわ。主人が仲買人の所へ行く時にショップス・ロードで襲われたのよ。こんなことは今まで一度も無かったもの。」

 「ご主人は?」

 「ええ、一応無事だわ。突然二人組に頭から布を被されて荷馬車へ乗せられたの。意識が朦朧としている中で布を取られて、其の侭に馬車から放り出されたらしいわ。さっきふらふらして馬車で帰宅してそう私に夫が話したの。その時は私の心臓が止まるかと思ったわ。主人に何か在ったら、、。」

 「分かりました。では急いでマルガン夫人の依頼を解決しましょう。敵も焦って居るみたいなので。但し5ポンドの家賃は無くなりますよ?マルガン夫人。」

 

 

 俺はそう言ってから、マルガン夫人とセインを促して彼女の住むレート・ターム街へと向かった。

 クロエが心配そうな顔をしてニックを抱いて玄関ホールへ出て来たが、「大丈夫だ」と俺は笑顔を返して、トマスが用意していた四輪馬車へと乗り込んだ。


 レートターム街に或る薄いレモン色の建物に入る前、俺はクロード達に角に見えるダウ街の赤茶の煉瓦で出来た集合住宅の最上階へ行くように告げて、マルガン夫人と共に薄いレモン色の背の高い建物へと入って行った。

 そして屋根裏部屋の扉をノックして俺は話し掛けた。


 「初めまして、私はジェローム・エイムと言う者です。ケネック氏が誰とも接触を持ちたく無いのは知っていますが、そうも言って居られない事態に成りました。今朝、マルガン夫人のご主人が、ケネック氏と間違われて襲われてしまったのです。事情を話して頂けたら、力になれる事も在るかも知れません。」


 間違って襲われたと俺が言った時、扉の向こうで大きく息を飲む音が聴こえた。

 一応マルガン夫人には合鍵を持ってきて貰っているけど、出来れば自主的に開けて欲しい。

 そう思って居るとガチャリと鍵を外す音が聴こえ、ぎぃーと金属のきしむ音と共に白く塗られた木製の扉が開いた。

 俺、マルガン夫人、セインの順で狭い室内に入り、用心のためにセインにもう一度扉に鍵を掛けて貰った。


 「違うっ、ケネック氏は男だったわっ!、貴女は誰?」

 

 そう言ってマルガン夫人は甲高い声を上げ、ふくよかな両手を口元に当てた。

 その女性はプロセンやオーリアに多い金の髪を伸ばして、綺麗な水色の瞳をこちらに向けていた。

 義姉エリザベートに少し似た雰囲気を持ち、綿の庶民服を着た20代の女性だった。


 「私は、、、あのっ。」

 「プロセン連合王国の方ですか?」

 「ええ、そうです。国に居るのが危険に成って、私はランダ国に居たのです。」


 マルティナ・シュミット21歳。

 プロセン連合王国にある公国の1つに住んでいた男爵令嬢だったけど、1897年にオーリア帝国との戦争に反対していた父親は捕縛され、それを察して家族は安全の為、バラバラになって亡命した。

 でもってマルティアは、85年から下男として働いていたディーノ・リブアーニーと共に、庶民としてランダで暮らして居た。

 しかし、テローゼ・ファミリーに属していたディーノが、セルジオに見付かり、それからは共にロンドまで逃げて来たけど、セルジオにアントニオ・ゲッティが加わり逃走が難しくなった。

 ディーノはマルティアをグレタリアンに保護して貰い、別々に逃げる事を提案したが、マルティナが了承しない為に、南カメリアに密入国する手段を捜していた。


 ふむ。

 テローゼ・ファミリーの主要人物はサリーニャ王国が捕縛の上、罪状毎に処罰したと聞いていたけど、セルジオって結構上の人間みたいだから、ロンドでリチャードに指示を出した人間へ辿り着けるかも知れない。

 俺とマルティアが、ゲルン語で会話して居るのを大人しく待つセインと、落ち着かない様子で気忙し気にしているマルガン夫人に気付いて、俺はマルティアの了承を得て、2人に事情を説明した。

 マルティアがたどたどしいグレタリアン語でマルガン夫人に謝罪とお礼の言葉を告げて、最後の家賃5ポンドを支払った。

 丁度、下宿代金を支払う金曜日だったしね。

 マルガン夫人のご主人への治療費代わりに俺から依頼料をチャラにした上げよう。

 クロエの友達って言ってたしな。

 それに今夜辺り、ダウ街にある例の建物にディーノが訪れる筈だ。

 それを追って、アントニオ・ゲッティとセルジオ・マロッティも来てくれると嬉しいのだけどな。

 俺はマルガン夫人へ伝えたい事を伝えて、マルティアを伴いセインと馬車に乗り、下宿112Bへと向かわせた。

 馬車から4月に成った春の通りを眺めて、俺は過去に置き忘れて来た事件を想った。





   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




  アリロスト歴1899年 4月




  4月2日、グレタリアン北部に或る大都市デッセンホール駅で12車両連結した蒸気機関車が激突。

 目撃者の証言では猛スピードで入って来て、其の侭カーブを曲がれずホームや駅舎へ乗り上げたらしい。

 らしいと言うのは俺が新聞を見てない所為だったり。

 死者は前回より少ないってジョンは言うけど死亡者51名、重傷者88名って、滅茶苦茶多いからな。

 運行させていた乗務員は無くなってるし。

 現在は事故の調査中。

 ただ何というかデッセンホールって炭鉱で栄えてて、事故調査よりも一刻も早い復旧が望まれている。

 勿論、望んでいるのは株主とか街の企業とか関連会社とかがね。




 俺は、此れってエイム卿が神経をピリピリさせてるのだろうな、と冷気を纏った姿を思い浮かべる。

 緑藍は又もや蒸気機関車への乗車禁止令が出されるのだろうか?、でも緑藍て元々が蒸気機関車を好きじゃないもんな。

 理由は煩さくて頭が痛く為るから。

 緑藍は煩いのが苦手なのに、良くロンドに住めるよなーと思う

 まあ、俺がロンドに住めないのは煩さよりも気管に悪い蒸気の所為だしな。

 蒸気なんて茶を入れたり飯作ったり、風呂沸かす時だけで充分だと思い始めている俺って、やっぱり精神的な老人なのかも。




 でもって、緑藍は手紙で下宿112Bに年頃の娘が2人も入ったから、俺に早くカムバックっ!つて書いて来た。

 あのなー、俺って36歳+69歳な訳よ。

 思春期ウキウキ高校生って訳でもないし、年頃の娘って書かれてもなー。

 先ずは見てからだな、緑藍よ、話はそれからだ。




 春の日差しを浴びながら、俺は成長した香草の収穫し選別して干して行く。

 本当は夏や秋にもこういう作業をしたいのだが、まっ無理なモノを望むのは精神衛生上悪い。

 しかし、ミントもヨモギって雑草にしか見えないなー。

 籠に収穫したハーブを入れていると、ジョンが俺を呼んでいた。

 俺は若々しい緑に目を癒されつつ、井戸からくみ上げた水で手を洗い、麦わら帽子を取って離れの間口へと入り、土埃を落として居間へと入った。

 あれ?

 レコ。

 違った、ジョセフだった。

 ラフなジャケットとクリーム色のコーデユロイのトラウザーを穿いて、ふわふわ薄茶の巻き毛を揺らしていた。

 銀に見えるグレーの瞳はキラキラと輝いて、俺の姿を見つけて零れるような笑みをジョセフは浮かべた。



 「いらっしゃい、此の時期にジョセフが俺の所へ来るのは珍しいね。」

 「こんにちは。実はジャックに相談と言うかお願いがあるんですよ。」

 「うん?話を聞くのは大丈夫だよ、お願いは俺が出来る事なら叶えるよ。」

 「はい、実は此の写真を見て欲しいのです。で、此れが友達に書いて貰った似顔絵なんですが。」

 「ん、ドレドレ。」


 俺はジョセフにそう答えて、封筒から取り出してくれた写真とパステル画を見た。

 それはジョセフによく似たフワフワ長い巻き毛をした薄いグレーの瞳をした幼女だった。

 あれ?

 これはジョセフの長女ルイーズとは髪も顔立ちも違う、まあルイーズは母親似だからな。

 でも此の絵と写真はジョセフにそっくりだ、ええーっ!


 「あのー僕の隠し子ではありませんよっ!全くテレーゼ迄もが疑うんですから。」

 「嫌でも長女のルイーズよりもそっくりだし。」

 「似てても違います。大体、僕はテレーゼが初めての女性だったんですよ。僕がそんな事が出来る人間か如何かジャックには理解されていると思ったのですが。」

 「イヤー、うん、そうだよな。ジョセフが孕ませて放置なんて出来ないな。で、この子が?」

 「はい、仕事でブリッツ港へ行く用があって波止場で人を待ってたらルルが着て『パパ』って言ってから僕から離れなくて、色々誤解されて結局はチェスタの自宅へ連れて帰ったんですけど。」

 「つうか、それって誘拐じゃんっ!ジョセフは何を遣ってんだよ。」

 「これでもプリッツの港や警察で、さんざん言ったんですけど信用して呉れなくて、その内にルルは大泣きするし周囲は非難がましい目で見るし、仕方なくなんですよ。」

 「でもジョセフは如何するの?ルルって言うの?此のルルちゃんを。」

 「テレーゼの誤解も解けて、今は家でルイーズとも遊んだりしていて、ウチは余裕が有るから、此の侭育てようかと思ったんですが、先ずは親を捜してからだと思ってジャックの所へ来たんですよ。」

 「いやああー、俺のトコへ来てもね。新聞に尋ね人として広告を出したら?」

 「それも考えたのですがテレーゼは反対して。」

 「えっ?なんで?」

 「女性のそう言う事は幼い頃でも将来的に瑕疵に成るそうなんですよ。親元に返すにしろ僕達が育てるにしろ、もう少し探してからの方が良いだろうと。何でもジャックはあのジェローム探偵とも友達だとか。テレーゼが言ってました、冬場以外はジェローム探偵の屋敷で暮らして居るんだとか。」

 「ああー、成程ね、ジェロームに捜索依頼を頼みたいと?」

 「はい、宜しくお願いしますジャック。僕も行きたいのですが、、、。」

 「あー、ジョセフはロンド恐怖症だったね。」

 「済みません。ロンドへ行こうとすると気分が悪くなってしまって。それとルルは外を怖がって、中庭迄しか出ないんですよ。屋敷内だと元気なんですが。」

 「うーん、なんだろうね。元は迷子だったんだろ?うん、其処ら辺もジェロームのヒントに成るかもしれないな。後ジョセフがルルの事で気付いたことを教えて。」

 「はい。」



 それから俺はジョセフにルルの事を聞いた。


 発見したと言うか『パパ』ってジョセフへ飛びついて来たのは3月15日。

 そしてその日の最終便でチェスタ駅に戻り、自宅へ帰った。

 翌日、目覚めたテレーゼから疑惑と質問が続きジョセフを苦しめ続けて1週間。

 やっと疑惑が解けて見れば、ルルが発熱。

 そして落ち着くかと思われた頃、あのデッセンホール駅での悲惨な列車事故が起き、大学事務局内でも色々な所から連絡が着て、ジョセフも慌しく過ごして居た。

 その間にテレーゼが写真を撮らせたり、パステル画で似顔絵を描かせていた。

 どうも最初からテレーゼはジェロームへ捜査依頼をする心算だったようだ。

 何なんだろうね。

 このジェロームへのテレーゼとジョセフの信頼感、

 そして此の俺の敗北感。

 レコ、お前の曾孫が俺に優しくない件。

 テレーゼだって俺の曾孫なのに。

 いや、あくまでも精神的にだけどさ。


 自分の事はルルだと言い、ジョセフをパパと呼び、テレーゼをルイーズを真似てマンマと呼ぶ。

 同じ年くらいらしい。

 4歳かー。

 余り喋らないけど最近はルイーズの真似をしているそうだ。

 マナーもルイーズと同じ位出来るとの事。

 うーん、、、それってルルは貴族っぽい気がするな。

 案外とヤバイ案件だったり。


 俺にジェロームへの依頼を頼むだけ頼んだジョセフは風のように去って行った。

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