ラブ・ストーリー
アリロスト歴1898年 4月
緑藍の狙撃事件が有り、万が一下宿112Bへ襲撃が在ったら、妊婦の私が危険に晒されると判断され、南セントラルの男爵邸に、ルスランと共に引っ越したのは1月の終わり頃。
チョコレート色の煉瓦で建てられ、白く縁取られた大きな窓が規則正しく配され、屋敷に入ると約3mの高さの天井は白い漆喰で見事に装飾されていて、私は吃驚した。
廊下かと思っていたら屋敷内を巡る回廊に成っていて、私は、なんなの此の豪華な屋敷と内心で突っ込みました。
ジャックは此の屋敷を一階建ての古い屋敷とかしか、説明して無かったからトマスに連れて来て貰って、思わずアングリしましたよ。
ルスランに「凄い建物ね」と、私が同意を求めると「エイム公爵家の別邸の方が広くて豪華だよ」って、言うお返事だった。
私はそう言う事を聞きたい訳では無いのに。
まあルスランにそう言う気遣いを求める方が間違いですね、ハイ。
で、屋敷の東側は自由に使用して良いと執事っぽい人に謂れました。
ペールブルーの瞳と白髪混りなブラウンの顎鬚がフサフサしているディック。
顎鬚ディックは、此の屋敷で執事をしているそうだ。
此の屋敷にはメイドやボーイ達が居るので自由に使って下さいとディックに言われたけど、取り敢えず一人だけメイドを就けてもらう事にした。
何が何処にあるのかとか使い方とか分からないからね。
私は、天蓋付きな大きな寝台がある部屋を寝室として決め、2ヶ所ある扉に簡易なモノで良いので、鍵を着けてもらう事をディックに頼んだ。
「ジャック・スミス様と同じ事を頼まれるのですね。」
そう言ってペールブルーの瞳を細めてディックは楽しそうに笑った。
いやー、幾ら天蓋付きだからって私は鍵愛用者ですよ。
そりゃジャックもそうだろうなー、元は同じ日本人だし。
プライベートは死守するわよ、健全な精神の為に。
寧ろ天蓋が有るからって、他人がうろついても気に成らない昔の王侯貴族たちのタフさに感動する。
真似をしたいとは思いませんけど。
寝室はルスランとも使うので、もう一つの部屋にも鍵を付けて、そっちは完全に私だけのプライベート・ルームにした。
流石に夫婦でも24時間ベッタリは私的に勘弁して欲しいので。
恐らくそれは緑藍もジャックも同じだと思う。
一日1度はリセットタイムが必要です、特に私達3人には。
さて、暮らし始めるとメイドやボーイ、ポーターが居る生活が、余りにも楽過ぎて困る。
多分、此処の使用人達のレベルが高いからだろうけど。
私が余り使用人を下宿112Bで雇わなかったのは、慈善活動の帰りにお邪魔していた家々で、出来の悪い使用人に不快な思いを、させられた事が多々あったから。
あんな想いを自分のテリトリー内でするぐらいなら、自分で倍は動いて緑藍の餌位は作ってやるわ、って、頑張っていたんだけどね。
流石に39歳、しかも妊婦という此の肉体は疲れやすく成っていた。
緑藍が事件を解決しても、果たして私は元の生活に戻れるかしらん?
だって楽なのよ。
トマスに頼んで、商会やジェローム探偵事務所の様子や、チェックしなければ為らない報告書や、会計帖を持って来て貰って、ルスランと一緒に仕事を終わらせた後は、幼児用の衣服編んだり縫ったりして夫婦でまったりして過ごす。
私は今まで、こんなにのんびりした事が無かったから、とっても贅沢な気分になる。
ルスランも此の屋敷では、人目を気にする必要が無いから、地毛のプラチナブロンドで過ごし、伊達眼鏡も掛けずにリラックスしていた。
2人して「丁度いい骨休めだね」と緑藍には申し訳ないけど、そう話して笑い合った。
セインとオリビアはブレード地区に居るのが安全だろうと言う事で変わらぬ生活をしている。
デリケートなジャックはプロセン連合王国が参戦してから精神フリーズでノックダウン。
理由は此の男爵邸とエイム公爵。
どうも此処は情報を統括している様でジャックへ問答無用で戦争の情報が伝えられた。
その情報を伝えさせてる張本人がエイム公爵だった。
「ジャックはお姫様だからねえー。」
そう言って緑藍と私は溜息吐きつつ、苦笑した。
ジャックが倒れた後、エイム公爵は直ぐに緑藍に遣いを出して、此の男爵邸に呼んだ。
そしてジャックが倒れた時の状況を緑藍に説明した。
「其れは戦況などをジャックに聞かせた人間が悪い。ジャックは繊細なんだよ。人が傷ついたり死んだりする話が本当に苦手なんだ。余り友人のジャックを追い詰めないでくれよ。」
「、、、あ、済まない。」
そう言ってエイム公爵が緑藍に謝ったらしいの。
「初めて兄から謝罪された。」って帰って来てから緑藍は嬉しそうに私へ話した。
でもってエイム公爵はロンドは空気が悪いと言って、ジャックを大切に抱えてウェットリバーへと向かった。
緑藍の狙撃の一報を聞くまではウェットリバーで、あのエイム公爵がジャックを完全看護していた、と言う話。
「ジェロームはエイム公爵とジャックのラブロマンスが始まると思う?」
「うーん、ジャックが枯れてるからなー。難しいと思う、つうか、サマンサはルスランとラブラブなんだから、いい加減に他人のラブ・ストーリーを鑑賞するのを卒業しろよ。」
「それは無理よ。甘いモノは別腹って言うでしょ?ふふっ。」
「ちっとも上手くねーからな、サマンサっ!」
「うふふっ。」
でも私だってジャックが心配なんですよ。
いえ、大きなお世話だって分ってるし、私だって何かをする心算も無いけど。
誰かね、ふわふわ浮いて寄る辺ないジャックを捉まえて欲しいと思っちゃう。
ソレが女性ならジャック的には一番なのだろうけど。
でもジャックですからね、うふっ。
アルフの頃からレオンハルト皇帝を筆頭に同性から崇拝されてたし、それが今世のジャックに成っても続いているみたいで、ウィルやノルセー伯爵に言い寄られてるし。
私もルスランに出会うまでは、今世では恋愛や結婚はもうしなくて良いって、思ってた口なんですけどね。
なんかルスランてほっとけないって感じで、色々と心配している内に、私の隣に居るのが当たり前な人に為っていた。
そう言う人がいるとチョットだけ強く成れる気がするの、私はね。
だからジャックもそう言う人が出来れば今の寄る辺ない感じが変わるかなって思ってしまう。
うん、大きなお世話ってジャックに怒られそうだわ。
「クロエは緑藍とセインのラブ・ストーリーでも鑑賞してなさい。」
そう言うジャックの声が聴こえる気がする。
まあ、過去に良く言われてたしね
むーん。
だって緑藍とセインじゃワクワクしないんですもの、てへっ。
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アリロスト歴1898年 4月
狙撃を受けたあの後、主催者に商品を返して俺はクロードとヤードへ連れて行かれた。
安全の為には下宿112Bへ戻った方が100良かったけど、あんまりモタモタして居るとスケート競技会場の騒ぎが大きく成りそうだったので、一時撤収することにした。
俺もまあ、会場にはセインとオリビアが居るので心配だったしな。
此の狙撃は、偽1ポンド紙幣事件の報復だろうと俺は考えている。
案外大掛かりな犯罪だし、それに俺がグレアム・マカロックを隠していると推測しているだろうし。
グレアムはカーター・シンプソンから持ち掛けられた話だと証言できるからね。
セインのナニーをしているジュリアに見て貰い、「消えた御者かと尋ねたら」、「こんな感じだったかも?」と俺の雑な絵を見て答えた。
ノルセー伯爵にも尋ねたら、「うーん、たぶん?」つって頼りない返事だった。
グレアムから特徴を聞いて俺も頑張って描いたのに。
ちくせう。
緑藍時代の画力が有ればもう少し何とかなったと思う。
全くジェロームの体めっ。
でもってグレアムとの約束があるので、ヤードには偽1ポンド紙幣事件で分っている事を、俺の口からは言えやーしない。
まっ、兄から秘匿を掛け乍らヤードへと印刷機は渡すだろう。
兄と偽1ポンド紙幣の使用先を話し合ったら、植民地やナユカ、南カメリアで使われているのだろうと言う結論を出し、現在調査中。
ジャックとかにも相談したいけど、ちょっと今回は危険過ぎるので解決する迄は、ウェットリバーで精神的曾孫のウィルと仲良くさせて置くことにした。
それにジャックは、戦争が終わる目途が着くまでロンドに居ない方が良いだろう。
でも今回の狙撃は、俺を殺せればラッキーって感じで、威嚇って言うか警告の意味が大きいと思う。
そして俺がヤードで足止めを喰らっている内に、クロードや兄の部下達に北西を調べさせ、潰れた銃弾で合板プレートに空いた銃痕を探り、銃撃場所を探させた。
約1,8km北西に数か所ある厩を改装し、今様な高い建築物を建てて居る場所があった。
あの時俺を狙うなら高さが必要だとしてそのあたりを重点的に調べさせた。
昼間は職人や荷馬車作業員たちが慌ただしく動き働いていた。
北に或るアーチ形の門から馬車道を使い間断無く人や建築資材が往来していた。
運悪く俺が狙撃された日を含め3日間、工事は休みだったと報告があった。
恐らく西から2棟目にあった一番高い建物から撃ったのだろうと兄から説明があった。
出来るなら俺が出歩いて、犯人を釣り出したいと思っていたけど、まあ無関係な人達への迷惑が半端ないので断念した。
だって人混みの中で撃って来た銃弾が俺以外の人間へ当たったら、その人って只の貰い事故で死んでしまう可能性もあるし、可成り迷惑な話だからね。
後はセインと兄の心労回避の為かな。
兄はまー、放って置く事にして、セインが俺を心配し過ぎて憔悴している。
俺が狙撃されたと聞かされて、セインは地面が消えてしまったような恐怖に駆られたそうだ。
その恐怖と切なさは俺も緑藍の頃の記憶にあるので、セインの気持ちが落ち着くまで俺より大きな身体を抱き締めて遣る事しか出来なかった、、、 つう訳でクロエが避難してからは、セインは俺の部屋で寝泊まりするようになった。
俺の予定より可成り早いセインとの同居になってしまい、セインの娘オリビアに内心で詫びた。
孰れは俺もセインと同居する心算だったんだよな。
理想を言えばオリビアが婚姻してから。
ジャックと俺は、セインが妻アリッサと離婚した後に話し合って、娘のオリビアへ余り精神的ストレスを与えない方法として、オリビア婚姻後にセインと同居すると決めていた。
信仰が生きる上での規範に成っている現実では、俺とセインの関係はタブーだし、子供には受け止められない問題だから、俺に「心して秘すように」とジャックが珍しく厳しく忠告したのだ。
そしてその後にニヤリとジャックは笑って俺に言った。
「でもまっ、緑藍が女でもオリビアに取っては嫌だろうね。ワート君が大好きみたいだったから。」
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アリロスト歴1898年 5月
一発の銃弾が俺達の世界を変えた。
1884年に俺とジャックとクロエをロンドで目覚めさせ、
1898年1月に俺とセインの暫定的な同棲が始まった。
まっ、今回は別段、俺に不満は無い。
一日に一度、1人に成りたい時は、ジャックの簡素な寝室を使わせて貰い、俺の中の緑藍に息をさせて、この世界で目覚めた俺とを整合させる。
そして兄と密談する時には、シガールームを使う。
その合間を縫ってセインは近くに住む娘オリビアへと会いに行く。
きっともう少し経ち、セインが安定したら、以前の生活へと戻るだろう。
それを俺は少し寂しく感じていると、クロードが華麗にジェローム探偵事務所の黒い扉を開き、慇懃に兄を招き入れた。
そして兄のトレードマークだった整った淡い金糸の口髭が綺麗に剃られていた。
「口髭が、、、。」
「ああ、コホン。ジャックが口髭を剃った方が私には似合うと言っていたからな。」
白かった頬を少し赤らめて兄は俺に小さな声で話した。
ぐはっ。
ジャック、お前は兄の新妻なのか?
兄は週1でウェットリバーへジャックの加減を伺いに、領主館の離れに通っているらしい。
俺はジャックがアタフタと焦り捲くって兄を出迎える姿を想像し、噴き出してしまいそうになるのを必死で耐え切った。
てなジャックとの新婚生活を兄が報告をしに、俺を訪ねた訳では無かった。
あははっ、当たり前だよね。
「約1800mの狙撃が出来る人間を捜して居たら、その腕前はヘクター大佐だろうと報告があった。」
「ヘクター大佐だってっ!?でも彼はポーラン戦争へ行っている筈では?」
「ソレが狙撃事件が起きる10日前に、体調を崩したと言って戦線を離れていた。そこで事情を徴収しようと思い、行方を追ったのだが、狙撃失敗後にグレタリアンを出国し、南カメリアへと向かっていた。」
「あそこはモスニア帝国とグレタリアン帝国から独立した国々が未だに揉めている地域も多い。其処へ下手に逃げ込まれたら追跡も難しくなるよね?」
「ああ、一応はヘクター大佐を知る軍の者にも協力を要請して、後を追って居る所だ。」
「くそぉ、ムカつく。私はずっとヘクター大佐を捜していたのに。先に私が攻撃されるなんて。」
「全くグレタリアン帝国の英雄だった男が、ジェロームを狙撃するなど断じて許されない事だ。私はドンな事をしてでも、大切なジェロームを狙ったヘクター大佐を叩きのめして遣る。」
俺に話している内に、兄の怒りが再燃してきたようだ。
ゾワリと背中が寒くなった。
俺は初めて兄の怒りで鳥肌が立った。
ヘクター大佐、、、俺を狙撃したのは失敗だったと思うぜ。
ジャックの言う悪魔を覚醒させたヘクター大佐とその仲間に俺は内心で安らかな成仏を願った。




