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エイム迷走ス  作者: くろ
80/111

モーランド公爵



   アリロスト歴1898年   1月





 エイム卿に甲斐甲斐しく介護され、居心地の悪い日々を過ごして居た1月、『ジェローム狙撃』の一報が、エイム卿と俺に届いた。


 「ジャック、、。ジェロームが、、。」

 「ジェロームに怪我はありません。大丈夫ですよ、あいつは強い、、ですから。」


 麗しい顔から血の気の一切失せたエイム卿を励ますように、俺は冷たく成っているエイム卿の両手を握って、そう声を掛けて励ました。

 そう緑蘭なら大丈夫。

 俺は自分に暗示を掛ける様に内心で呟いて、エイム卿の筋張った両手を摩って熱を起こす。

 するとフワリと俺が握っていたエイム卿の両手を解いて、エイム卿は俺を抱き締めて、何時ものエロいテノール・ヴォイスに戻り、耳元で囁いた。


 「ああ、私達のジェロームなら大丈夫だな。だが、少し様子を見て来る。ジャックの事も心配だが。」

 「、、、いえ、俺はもう大丈夫です。エイム卿はジェロームの事宜しくお願いします。俺の手が必要に成ったら何時でも電報を打ってください。駆け付けますから。」

 「うむ。行ってくるよジャック。くれぐれも無理はするな。」

 「はい、エイム卿も。」



 その後、直ぐに緑藍は無事と判ったのだが、「犯人は磨り潰して海峡へ捨てて遣る」とエイム卿は言い残し、ウェットリバー領主館の離れからロンドの下宿112Bへと向かった。

 いやー実は、俺って2週間も意識が戻らなくて、気が付けば11月のウェットリバーにある離れの寝室で、エイム卿に抱き締められて寝ていたのを知り、俺はもう一度意識を失ったのだ。



 あの日、南セントラルにある男爵邸へプロセン連合王国の兵器情報がウィルから入って来た。

「ああー、あの武器が開発されたのか」と憂鬱に成り、かと言って俺に何かが出来る訳でもない。

 俺は気にしたって無意味だと自己暗示を掛けていた。

 だが、此れが切っ掛けで、各国の兵器開発が進み、どうしようもなく人々が死傷していく。

 そんな世界を幾度となく幻視していく内に、気にしないと決めていた俺の精神が、負荷に耐え兼ねてハングアップしちまった。


 その2週間の間は、エイム卿とウィルが競うように俺の24時間完全介護をし、俺にあんなことやこんなことをさせて、寝たきり老人の俺は健やかに過ごせていた。

 もう恥ずかしくて俺は婿へは行けん。

 、、、下の世話される30代、童貞。

 正直、俺に意識が無くてマジ良かった。

 でもってジョンの楽しそうな俺への報告はムカついたけどな。



 まあ俺の意識が戻った時には、エイム卿が介護の主導権を握って居た。

 甘みの或るお湯から、徐々に重湯みたいなものへ移行するのだが、エイム卿は手ずから、俺に食べさせるんだよ。

 なんだろう、餌付け?

 もし、エイム卿があの麗しく整った顔で、赤ちゃん言葉で喋られてたら、俺は幼児へと逆行したのやも?と錯覚した、まっ、無いが。

 「昔は良くジェロームに遣っていた」てエイム卿が言って俺の髪を梳かしたりするのだが、それって13歳頃までの話だよなと、俺は内心で突っ込んだ。

 流石に入浴は全力で俺も回避した。

 幾らエイム卿に全てを見られているから、と言って意識がある時にそれを許したら、俺の大切な何かを失ってしまう、そんな気がしたのだ。

 えっ?手遅れ?

 いやー、幼少時代のジェロームは良くこんな面倒な事を、こんな面倒な人に遣って貰っていたなー、とつくづく感心しているエイム卿との日々に、俺の不安定だった精神が、グルグルと悩む暇が無くなり、心身ともに回復して行った。

 ある意味凄いぜ。

 後、分ったことが1つ。

 俺の体調を心配している時、エイム卿のテノール・ヴォイスはエロく成らない。

 あのエロい声はエイム卿が意図して出して居ると言う事だ。

 何の為に?

 「恰好良いから」とか言う厨二病的な返答だったら俺って如何すれば良い?


 そんな傍から見れば、エイム卿との甘い日々が『緑藍狙撃』で砕かれて、俺は日常へと無事に帰還が出来た。




 取り敢えず俺はエイム卿から大切に思われていることを実感した日々だった。

 そしてエイム卿が残念な人である事も実感が出来た。

 「もしもジェロームが女の子だったら」つうファンタジーをエイム卿から縷々語られた。

 うん。

 ジェロームの性別が男でマジで良かった。

 不幸な人間がエイム卿とジェロームだけで済んでる。

 もし女だったら緑藍がジェロームの肉体で意識を取り戻した日に、エイム卿を瞬殺してたかも。


 しかし俺の世話をしてくれるのがエイム卿で助かったと今更ながら思う。

 これが曾孫ウィルなら何となく俺は喰われていた気がするのだ。

 俺は緑藍やクロエみたいに愛があれば性別なんて無問題と達観は出来ないし。

 第一俺は、曾孫ウィルに情は有るが、愛って感覚は無いのだ。

 済まんな、ウィル。

 そしてそんな愛が有れば、同性でもオールオッケーなクロエが、なんとルスランの子を身籠った。

 グランマが、この世界で本物のマザーに成った。

 クロエ事サマンサ39歳、大丈夫か?

 俺は緑藍が狙撃された事より、クロエの出産の方が心配だったりする。

 エイム卿には秘密だが。

 なんか前回、陽の本でもクロエって三十路過ぎてからの高齢出産だった筈だよな。

 俺は如何にか健やかな出産でクロエも赤ちゃんも無事で在って欲しいと真剣に願った。








  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



   アリロスト歴1898年   3月




 過ぎ去った日々を想い返しながら、俺はジョンと2人で十字路パブを目指して、新芽が芽吹き樹々が若葉色に染まろうとしている煉瓦道をテクテクと歩いていた。

 風はまだ冬の寒さを含んでいるので、俺は少し厚手の黄色味掛かったベージュのオーバーコートを羽織っている。

 近頃は、紳士服の流行の変りが早くて、ジャケットやコートのデザインが変わる度に、名称が変わって行くのだ。

 怠惰な俺がその度に名前を覚える筈も無く、ジャケット、コート、フォーマルで無い時は一番外側に羽織るコートをオーバーコートって呼んでいる。

 ははっ、ソレで困ることも無いしな。


 十字路が見えてきた頃、チラリとドロシーの店を見ると雑貨屋の扉や鎧戸は閉まっていた。

 息子の戦死、次女は夫に殺害されると言う余りにも哀しい事件が続き、気の強かったドロシーも現在は。曾孫ウィルが紹介した療養所へと行っている。


 「長女が雑貨屋を継ぐと言っても僕は許可しませんよ。」


 曾孫ウィルが厳しい表情で俺に話した。

 そもそも次女が夫に殺される原因は長女が意図的に作り出したモノだった。

 そんな人間を領主館近くに住まわせたくないとの事だ。

 俺は何時も店で出迎えて呉れたドロシーの顔を、被りを振って追い払う。

 そして、前を向いて俺は歩き続ける。


 すると通りの向こうから『星のジジイさま』、山高帽を被り眼鏡を掛けたモーランド公爵がステッキを持ち歩いて来るのが見えた。

 挨拶しようか否かと一瞬、俺は悩んだが、無視する理由も無いので、歩いて来たモーランド公爵へ、声を掛けた。


 「お早う御座います。」

 「ああー、お早う。丁度ジャックと話したいと思って、此処の所十字路パブへ通って居たのだ。良かったら私が借りている別荘で話さないか?互いにパブの皆には秘密にしている事もあるだろ?」

 「、、うーん、ジョンと一緒に伺っても良いのでしたら。」

 「ああ、勿論。いつもジャックに付き従っているね。自己紹介は馬車に乗って改めてしよう。」


 そう言って白髪のジジイであるモーランド公爵に俺はエスコートされるように馬車迄歩き、簡素な箱馬車に乗り、彼が借りていると言う別荘へと向かった。


 モーランド公爵は、スターリバールやチェスタにも別荘を購入しているが、ウェットリバーの空気の良さに惹かれて、貸し別荘に冬場は滞在して居ると言う。

 自然豊かな風景の中で所々に点在している屋敷を眺めながら、俺とモーランド公爵はロンドのタウンハウスで出会った時の衝撃を語り合っている内に屋敷へと辿り着いた。

 ウェットリバーで多く見られる赤レンガを積み上げた左右対称の2階建ての屋敷で、高さの或る窓が並び間口を白い石材で縁取っている。

 そして屋根の上へ更には小屋根を設けるペディメントがデザインされ、ウェットリバーの風景と上手く溶け合っていた。


 屋敷に入ると、ポーターに案内されゲストルームへと案内され、大きな暖炉の近くに在る、豪華な刺繍が入った銀色のウィングチェアーを勧められて、余りの繊細な作りに、ビクビク怯えて俺は座った。

 椅子の側に置かれた、ウォールナッツ製のエクステンションテーブルには、白磁に藍色で繊細な植物が描かれた珈琲カップが置かれ、湯気と共に香しい匂いを漂わせていた。

 何だろう、此の豪華で洗練された部屋。

 俺はこう言う1分の隙も許さないって感じの部屋って苦手なんだよな。

 このキッチリ高位貴族であるって主張している屋敷って久し振りなので緊張感が半端ない。

 この感覚は威風漂うゴシック調のエイム卿のタウンハウスを訪問して以来だ。


 「やあー、お待たせして申し訳ない。口を付けて無いみたいだが、ジャックは珈琲が嫌いだったかい?」

 「いえっ、チョットこの部屋の凄さに緊張していただけで、好きなので頂きます。」

 「ふふっ、いつもみたいに気楽にジジイ先生って、呼んでもらいたいな。折角、善き友人ジャックと出逢えたと思っていたのに、畏まれると私も寂しいよ。」

 「あー、でも俺って公爵サマと気楽に話が出来る身分では無いので。」

 「だがあの坊や、エイム公爵とは親しいのだろ?矢張りエイム公爵家のような血筋が確りしている者とは違うからジャックは駄目なのかの?」

 「いえ、そんな滅相も無い。」


 だってさー、着替えて来たモーランド公爵は白い襟にクラバットを結び、瞳によく似た薄い碧のシャツにシルクのベストと上質なブラウンのウールジャケットを羽織った貴族って出で立ちだだし。

 普段のジャンパーみたいなスモーキージャケットを羽織った隠居ジジイっぽい格好じゃ無いからな。

 自然と俺の言葉使いも変わるっての。

 そして血筋(うん)ぬの話から、モーランド公爵もモーランド家の纏わるロングロングなお話を語り始めた。

 うーん。

 グレタリアン貴族は、皆がロングロングな歴史を語る性癖でも或るのだろうか。

 少し低めの声で静かに話すモーランド家の過去からの物語。

 暖炉の火にも暖められ俺の意識は(おぼろ)に成って行った。



 「、、、、、私の話はジャックに取って、退屈だったかもな。」

 「、、っ!はっ!いえ、済みません。ついつい、、、。」

 「ふふっ、まあ良い。どうも年を取ると、昔の事ばかりが鮮明に成って来てね。未来ある若者には退屈だろう。しかしエイム公爵の秘書官が冬場は居ないのも不便だろ。あの坊やは忙しそうだからね。」

 「いやぁー、基本的に俺が居なくても大丈夫なんですよ。有能な人達が居ますから。元は俺は彼の弟ジェロームと友達で、その縁で下僕、、コホッ、うん、秘書官に雇われただけですから。」

 「んっ!ジェローム探偵っ!と、友達だ、、、と、、、。」

 「えっええ、何か?」

 「いやっ、あの著名なジェローム探偵と友人だと聞いて羨ましく成っただけだよ。ふふっ。」


 俺は、緑藍の名を聞いて僅かに強張ったモーランド公爵を訝しく思ったが、その後ワート君が書いた『ジェローム探偵の冒険』の話になった。

 俺は素直に、スプラッターな表現や話が苦手な為、本を読んでいない事を詫び、緑藍から聞かされていた概容を語り、モーランド公爵と事件について話し合った。

 意外と機密が多い緑藍関連の話題は俺も気を遣う。

 つう訳で ワート君が小説で出した話なら、外部の者に聞かせても大丈夫だと考えたからだ。


 「それでジャックから見て、ジェローム探偵はどんな人なんだい?」

 「うーん、難しいですね。まあ敢えて言うなら、面白い奴ですね。俺って、あんまり端的に人を語るのが好きではないので。貴族同志ですからジェロームと会う事も在るでしょう。その時にモーランド公爵の先程みたいな鋭い意見を、ジェロームに話すと彼も喜んで会話が弾むと思います。実際に会うのが一番ですよ。」

 「彼もジャックのような友人を持てて幸せだな。」


 モーランド公爵はそう言って2杯目の珈琲を口にしつつ、クッキリとした二重瞼の奥に或る淡い碧色の瞳を俺へと向けて静かに見つめた。

 その時黒の上下を着た初老の男性が、モーランド公爵の許可を得て入室し、耳元で何かを告げて退出した。


 「はぁー、改正選挙法が上院で可決したよ。」

 「まー、そうでしょうね。」

 「ああ、そうだった。ついつい私はジャックが平民であった事を忘れてしまう。本当は貴族の落とし種では無いのかね。容貌も振る舞いも我らと同じにしか見えない。」

 「はは、有難い事に紛れもなく一般市民ですよ。」

 「そうか、ならジャックも喜ばしいだろうな。投票権が与えられるのだろ?」

 「いえ、家主がエイム卿なので俺にはありません。それに余り選挙には関心が持てないのですよ。って、選挙法改正の為に命を懸けた方々もいらっしゃるし、他の人が聞いたら怒られそうなので、モーランド公爵と俺の秘密にして置いてください。」

 「ふぅむ、それは何故かな?」

 「そうですね、こうしたい、こうして欲しいと言う欲求が無いからですかね。」

 「ジャックは、無欲なのだな。」

 「いえ、俺も人間なので無欲では在りません。それに今、俺は平凡に生きるのが忙しくて、他に(わずら)っている暇が無いのですよ。」

 「また面白い事をジャックは言う。」

 「うーん、案外と難易度が高いんですよ。平々凡々て。」

 「平凡か、そうだな、確かに難しい。色々な者が亡くなり、妻も、息子も。、、、そして最後には爵位も無く成って行くのだ。」

 「、、えーと、此処グレタリアン帝国は大丈夫だと思いますけど。」

 「ふふっ、ジャックは、優しいのだな。」


  そう言ってモーランド公爵は、目尻の皴を多く刻み、珈琲カップを右手出持ち、暖炉の炎に視線を移した。

 頭の切れるモーランド公爵には見えているのだろう。

 此れから、どんどんと貴族の権力が削がれていく姿が。

 そして子供の居ないモーランド公爵の家名が失われ行く遠くない未来も。

 

 ふと緑藍が言っていた博士の名を想い出した。

 知人たちの為に若返り薬を研究していたレドベリ博士。

 俺はあの時は老人たちの回春など馬鹿々々しいと緑藍に笑っていたが、モーランド公爵のような人を救える一手だったかも知れない。

 でも猿の睾丸エキスはやっぱり効かないと思うし。



 その後、モーランド公爵が著した『消える星々』の話を聞かせて貰い、再び会う事を約束して、俺はモーランド公爵の別荘を辞した。


 次に会う時はモーランド公爵の事を「チャールズ」と、俺が呼ぶことを約束して。


 チャールズ・モーランド67歳、現在独身。

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