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エイム迷走ス  作者: くろ
78/111

探偵の弱点

  


  アリロスト歴1897年   7月





  レースのカーテンが僅かに開けた窓から入る風に揺れ、安楽椅子に腰を掛けた俺の金色の髪を攫う。

 それをセインが飴色の瞳を細め、眩げに俺を見ている。

 その風は室内を巡り、応接テーブルに置かれたセインの広げたノートの1ページを捲り、セインは其のページを見て、俺へと飴色の瞳を輝かせ問いかけた。

 俺は、粗方(あらかた)の事後処理を兄と終えていたので、話せる部分をセインへと答えた。



 「そう言えばジェロームは最初から吸血鬼はグレアムだと思っていたのかい?」

 「そうだね。依頼人のタッカーは嘘を吐いている様に見えなかったし、疑っている妻エンマかエンマを疑わしいと言っている弟のグレアムか、その2人だろうとは思っていた。特に被害に遭っていたとタッカーに打ち明けたと聞いた時に、弟グレアムが精神的にイってるか、虚言かは分からなかったから、会ってみて確かめようと思ったんだ。」

 「僕は(つい)、余り動かせない右脚を杖で支えて何とか動かし立って歩いているグレアム氏を健気だなと思い見ているだけだったよ。」

 「そこがセインの良い所だよ。私はグレアムの刺すような敵意を感じて、ああ、騒動の原因を作ってるのは彼だと確信出来た。それにセインがいて呉れたお陰でグレアムと2人で話せる機会を作れたしね。2度目に私が独りでタッカー邸を訪ねた時、既にメイドと下男が辞めて居なく成っていたので、案外と危険な事件に変わるかもと予感してグレアムの保護兼拘束を急ぎたかったんだ。使用人が8年近くも務めていた屋敷を辞めるんだぜ、何か在ると思うだろ?」

「だけど、まさか隠し部屋が合って其処で偽1ポンド紙幣が刷られていた何て。ジェロームは、良くあの書棚の後ろに隠し部屋が在ると判ったね。」

 「ふふっ、あの書棚に飾って在ったフロラルスの百科事典はインテリアで、あの立派な装丁の中身が空っぽなのは知っていたからね。18世紀中頃に作られた百科事典は有名だし、あのインテリアは18世紀の終わりに結構作られたらしいよ。今ならあのインテリア自体の値段も高いだろうね。」

 「しかし、あのグレアム氏も共犯なんて。タッカー氏が知ったらと思うと胸が痛いよ。」

 「それを込みで私はグレアムと取引したから、タッカーが知る事は無いと思うよ。まあ、何事にも確実なモノはないから、断言は出来ないけどね。」



 グレアムに兄タッカーへの執着心の事実を突き付けると、被せていた仮面が取れる様にグレアムは動揺し感情を露わにした。

 其処で重ねて俺は書棚の秘密をグレアムに告げると諦めたような顔をした。

 初めて此処へ来た時のグレアムや使用人達の敵意は、俺が偽1ポンド紙幣を見破り発見した人間だと、新聞で読み知っていたからだ。

 俺や兄に取っては幸運な煙草を買いに来た男は、タッカー邸で刷り上がった偽1ポンド紙幣を運び出し所定の場所へと運搬していた男だった。

 何所へ運んでいるかは運搬人しか知らない。

 兄が婚姻してから妻エンマが日中も屋敷に居るので偽1ポンド紙幣を休止していた。

 その間に保管していた物を運搬していた男は盗んだのだろうとグレアムは言う。

 印刷機が在るので警察が来ない様な方法で妻エンマを追い出す方法を考えた結果、自分の事を信じている兄の性格を利用し吸血鬼騒動をグレアムが起こしたのだ。


 まっ、俺の探偵事務所へ来た時のタッカーは、嫁のエンマより弟グレアムのオカルト話を、信用していたし。

 なので(つい)ドラッグも疑ってタッカーをホテルで一泊させたしな。

 嫁のエンマがこの話を知ったら、タッカーに平手打ちの一発位は喰らわせるかも。


 父が死んでグレアムは清々して近所のパブに行くように為ると、平凡な顔立ちをしたグレタリアン紳士が良く声を掛けて来るように成り、親しく為ると「本物の犯罪とは犯罪を誰にも知られない事だ。」そう言う会話が多く成り、引っ越し前にその男ともう逢えくなる事を残念に思って居ると、昼間訪ねて来て、偽1ポンド紙幣作りを勧められた。

 グレアムはワクワクした。

 少年の頃、病に成ってからは、何も自分には出来ないと鬱屈していたグレアムに、光が差した気持ちに成った。


 引っ越し先で使用人を雇う時に、男に謂れ紹介されていた下男とメイドを兄に雇うように進言し、兄が仕事に出掛けてから、隠し部屋に運ばれてくる材料の管理と、運搬人に仕上がった偽1ポンド紙幣を屋敷から運び出す時の確認をする日が続いた。


 そして兄の婚姻話が出て来て下男に相談するとあの男からの伝言を告げた。

 『安全が確認される迄、偽1ポンド紙幣は中止する。

 連絡を待て。』

 何時の間にかグレアムは偽1ポンド紙幣造りが張り合いに成っていた。

 3ヶ月ごとに支払われる報酬よりも、働けていると言う実感が嬉しかった。

 だから兄の妻エンマが腹立たしかったし、夜は兄と過ごせていた時間をエンマに、奪われた事も苛立たしかった。


 そして兄に気付かれない様に自傷行為に走り血の味を知り、何時しかグレアムは兄の血を欲するようになっていた。


 「何故、兄の血を欲したのか俺も判らないけど、兄の血を口にすると、とても幸福な気持ちに成るんだ。俺はバンパイアなのかも。」

 「大丈夫、グレアムは人間だ。タブン、失業中にストレス溜って睡眠不足が続いてたから、グレアムの頭に変なスイッチが入ったんだろ。」

 「あのー、ジェローム探偵、、悩んでるのにそんな雑な、、、。」

 「つうか血って言うから凄そうに感じてるだけさ。今回問題だったのは、兄タッカーの同意なしに血を採取した事、許可なく睡眠薬を服用させた事、そしてグレアムの虚偽によりタッカーからエンマへの信頼を棄損した事。其の3点で、そのことについてはタッカーはグレアムの謝罪を受け入れ許された。私にはソレで充分。後は。此の偽1ポンド紙幣事件を起こした主犯と共犯者を捕まえれば、依頼されていたバンパイア・ハンターもお役御免になる。その為にもグレアムの協力が必要なんだ。宜しく。」

 「えっ?俺は治療をするんでは?」

 「ふふっ。個人の趣味趣向の問題は、私には管轄外だ。」



 俺は、グレアムに此の一味を捕まえないと兄タッカーへ迫る危険性について説明し、協力を得る約束をして、兄へと連絡を出した。

 その後慌しくタッカー家族がロンドにある職場近くへ引っ越し、俺と兄達は印刷機を含めた偽1ポンド紙幣製造道具を回収し、兄がグレアムを『治療』の為に連れて行った。





 俺は共犯者と思しき使用人達の撤収の素早さに、過去の未解決の事件との類似点を感じた。

 今はセインの娘オリビアの乳母と成っているジュリアの事件で消えた御者。

 トルゴン帝国の皇弟相手に、イカサマが行われた『ラビットクラブ』の連絡係で、消えたノリスと印象の薄い男。

 ヘクター大佐はイラド赴任後、今は次の戦場ポーラン方面へ向かっている。

 そして此の偽1ポンド紙幣でも、連絡係と共犯を兼ねたメイドと下男も消えた。

 俺が主犯と考えていたグリーンオブグリーンの宝冠の盗難事件のエドガー・ワインド議員。

 しかし、エドガー・ワインドは既に死んでいる。

 誰かに統率されたように姿を隠した共犯者達、、、エドガー・ワインドより上の人間が居るのか?


 俺はグレアムを犯罪に誘った特徴のない顔の中年男の似顔絵を見て息を吐いた。

 『カーター・シンプソン 美術商』

 グレアムにはそう名乗っていた。


 「まあ確かに此の男が言う通りなんだよね。『本物の犯罪とは犯罪を誰にも知られない事』つうてグレアムに話したらしいけど、犯罪が顕在化しないと探偵の私は動けない。」

 「でも偽1ポンド紙幣事件の様に、何かのきっかけで表に出てくれば、ジェロームは解決してくれる。だから僕は、此のロンドで安心してジェロームの傍に居られるんだよ?」

 「ふふっ、では私はセインの期待に応えられるように頑張らないとだね。」


 そう笑って、俺は、探偵の弱点と一緒に氷の入った冷たい水を口に含んで、思い切り噛み砕いた。





 

 


   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



  アリロスト歴1897年   9月





 未だ暑さが残る9月の陽射しの中、木陰がある小さな中庭で白く塗られたガーデンテーブルを前にして、俺とセイン、ルスランとクロエ、そして休日のジャックが思い思いのガーデンチェアーに座り、すっかり定番になった氷入りのアイスティーを口にしていた。

 ただ1人ジャックを除いて。


 「サマンサ、この紅茶は甘いよ。俺は麦茶を貰う。」

 「相変わらずジャックは我儘ね。どう?甘過ぎるルスラン?」

 「ううん、美味しいよ。サマンサが作るモノはドレも最高だよ。」

 「良かったな、サマンサ。熱烈な支持者が居て。でも私もアイスティーはサマンサの此の味で充分良いと思うけどね。ジャックの舌はデリケートなんだろ。」

 「はい、僕も美味しいと思いますよ。でも氷が手に入るようになって夏が過ごし易く為りましたね。」

 「確かにセインの言う通りだわ。後、肉の保存も楽だし、新鮮な魚も手に入る様に成ったし。」

 「私も、まさかナユカにあるアラカインの湖の氷を切り出して、運んでくる会社が出て来るとは思わなかったよ。例によってジャックは氷が苦手みたいだけどね。」

 「嫌、俺は氷が苦手な訳じゃ無いよジェローム。冷たい飲み物なら簡易保冷壺で飲めるし、ロンドに居る間は俺って厨房に入らないし。俺には不要かなってだけ。」

 「ふふっ、ジャックの事だから、小難しい理屈でも考えていたんだろ?マジでジャックの性格だと、生活をするのも大変そうだな。」

 「うるせーよジェローム。大体ロンドで俺が大変なのは殆どエイム兄弟の所為だからな。」

 「まあまあ、はいイラドの果物よ。此れでも食べてジャックは機嫌を直して。」

 「有難うサマンサ。頂くよ。」

 「そう言えば、ジャックに尋ねたかったのだが、スチュアート4世の浮気相手が護衛のキース・ブランと言う記事は本当なのだろうか?此れが事実なら、大問題とわたし(ヴァー)は思うのだが。」

 「「「ぶふっ」」」

 「あー、うん。ルスラン、、、コホン、知らねーよっ!もうさー、その取材でバレン宮周辺が大変だわ、それにブツかってエイム卿は低気圧を発生させるわ、もうウンザリなんだよっ、以上。」

 「でも警備の見直しは必要だよな。庭園だけどバレン宮殿内のハッキリは写って無いけど、写真とイラストが出回るなんて。」

 「まさにソレ。ジェロームの言う通り宮内卿等は大騒ぎで、今は協力者探し。」

 「つってもノルセー伯爵を知ってるラビットクラブのメンツやらは、スチュアート4世が側近に彼を選んだ時点で、其方(ソッチ)も嗜むって暗黙の了解だろ?私などは、何を今更だと思うけどな。」

 「そうですね。無事に嫡男も儲けられましたし、僕もジェロームと一緒で何を騒いでるのかと不思議に思っていました。」

 「あーあー、ジェロームやワート君が腐った者達の味方だと言うのは良いけど、公で今回のスキャンダルを肯定しない様に。此れは忠告。一応ね、グレタリアンでは公職に或る者が、同性愛者だと職を解かれるんだよっ。君達は忘れているみたいだが。でもって、教会も同性愛禁止は相変わらずだから、自己防衛の為に下宿112Bのノリを外部の人前では公言しない。分った?」

 「ちっ、そうだった。」

 「はい。」

 「ふむ。矢張り問題だったか。此処に居るとわたし(ヴァー)も、グレタリアンが同性愛禁止を解除したのかと、錯覚しそうに成っていた。」

 「そう思うわよね、ルスラン。でもジェロームと戯れていたジャックが、すっかりとエイム公爵サイドへ行ってしまったのね。少し私は寂しいかも。」

 「俺はエイム卿サイドなどに行って無し、ジェロームとも戯れてない。どっちもお仕事。サマンサは其処を間違えないっ!要らん誤解を生むだろうが。」


 「御免なさいジャック。そう言えば改正選挙法が上院でも可決しそう?」

 「うん。通過するよ。もう役人達は法改正後に向けて動いている筈だ。」

 「じゃあ、懐中選挙も無くなると?」

 「うん、投票者の少ない地域の選挙区を、スターリバールやチェスタみたいな人口が多い工業地帯へと振り分けたから、投票人口が約35%以上は増える予定だ。まっ微妙な地域はあるけど。」

 「おっ、ジャックは余り嬉しそうじゃ無いな。」

 「ははっ、ジェロームだって余り興味が無いだろ。この下宿112Bで、新たに選挙民に成るのは、ワート君位か。俺は平々凡々に生きて行きたいから、基本は政治とかどーでも良いんだよ。変えて行きたい人達が、頑張って行動すれば良いんじゃね?って、スタンスは変わんないよ。」

 「無理だわ。」

 「無理だろ、既に。」

 「難しいですね。」

 「わたしも無理だと思うぞ?ジャック。」

 「はぁーーーっ!!!」


 ジャックが心外な、と、いう表情で中庭で叫び声を上げた。

 いや、俺からすればジャックが驚く方を驚くわ。

 俺の兄にアソコまで気に居られ、屋敷迄も与えられた奴が、平々凡々と生きて行けると思ってるなんて長閑なジャックの言葉に俺は力なく笑った。



 俺には、ノーブルな空気を纏っているジャックって、全力で逃げているのに、気が付いたら嵐のド真ん中へ駆け込み、無風だと安堵している子羊に見えた。

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