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エイム迷走ス  作者: くろ
76/111

バンパイア・ハンター


 アリロスト歴1897年   7月



  ソレは唐突だった。

 ルドア帝国がポーランへと侵攻を始めた。


 各大国は、即座に動けなかった。

 モスニア帝国はサリーニャ王国と組み南グロリアと戦闘中。

 プロセン連合王国はデサーク王国のレーヴィヒを占領後ルタインへ侵攻を始め、デサーク王国とエーデン王国が防衛戦を行っている。

 オーリア帝国はプロセン連合王国の動きを牽制していた。



 そしてグレタリアン帝国は、軍を動かせないでいた。

 基本グレタリアンは軍を他国へ派遣してるんすよ。

 国防軍は居ない、つうか島国なので本土に攻めて来られたら終わりって言うね。

 予備隊ってのがロンドや地方の治安維持をしている。

 まっ、彼等が日頃、警官とかしてたり。

 でもってあれ程いる軍隊はと言うと、植民地だったり係争地だったりに振り分けられているので、急遽、其処へ行けっって言われても「無理」っすね。

 それに議会で承認を貰わないと、何も動かせないので、議会で決まってからアクション。



 でも俺は、この手順の多さが割と好ましく思っている。

 第一報を聞いて、すわっ!ルドア軍を攻撃って為らないのが良い。

 確認も行えて、そして冷静に成る時間も出来る。

 いやっ、冷静に成ったからって、最善の行動や決定が出来る訳ではないけれど。

 そして情報が飛び交うように成れば、此処、南セントラルにある男爵邸も多忙に成るが、実は多忙なのは補佐官ヒューイや魔王配下、いや、エイム卿配下の者達だったりする。

 俺ってエイム卿の囁き担当なのは変わっていないので、麗しのエイム卿が目の前に鎮座していれば、傍に傅いて、エイム卿のテンポに合わせて呆けたりもしている。

 エイム卿配下の者達を、差配する補佐官ヒューイの見事さよ。

 ではなんの為にエイム卿が居るかの。

 万が一、突発的な事が起きたら、、、って理由っぽいが、俺は最近思うんだよ。

 補佐官ヒューイなら、それすらも熟せれるんじゃね?

 そもそもエイム卿って要らなくねっ?

 そんな失礼な事を考えていたら、麗しく整った顔のエイム卿と目が合った。

 鋭い視線を逸らさず俺を捉えて離さない。

 ひつひぇー、御免なさい、嘘です、エイム卿が要、いえ魔王、違う、神です。


 「ジャックは如何思う?」


 えっ!?

 またその系の問いですか。

 だから何に対してか言ってくれませんか。


 「公開処刑廃止についてだっ!ジャックは最近、少し鈍くなったか?」

 「、、、、、。俺は元々がそう言ったものを見たく無いので、公開処刑廃止は良いと思いますよ。」

 「だが見せしめ的な懲罰が無くなれば、規律が緩むのではないか?それに実際、死刑成ったか如何か、分からないでは無いか。」

 「予防措置を厳罰化で賄おうとするのは、一種の政治の怠慢だと思ったり想わなかったり?公正に罰を下す事が疑問視される社会と言うのは、グレタリアンの国是である法治国家で無く成っている、つう事ですから、もしかして此の国って其処まで腐ってるんですか?」

 「そうか、、ウム。」


 いやあー、鈍くつったって、此処の所ずっと国務と外務の情報ラインパスだったし。

 そして色々と提議された法案の中で、なんでソレをチョイス?

 いっぱい波乱が在ったけど、選挙法改正とかあったじゃん。

 フーリー党は、財産資格を10ポンドから2ポンド引き下げ8ポンドにして、選挙資格の拡大を図ろうとしたが、保守のホリー党から反発された。

 其処でホリー党のデバーレィ首相が10ポンドだった財産資格を撤廃し、都市労働者階級の選挙資格として戸主選挙権(ただし地方税の納入を条件とする)。

 つう事を発議した。

 コッチの方は大賛成って感じでは無いが、フーリー党のモノより良いとして受け入れられた。

 まっ、今とかもそうだが、シーズン中に賛同者を増やすのだろう。

 此の改正法が成立すれば約3%だった選挙資格者が約35%以上も増えることに成る。

 ゴリゴリのフーリー党議員には可成り物足りないようだが、改正は此れからも続いて行くだろうし、不備の洗い出しにもなり、理論武装の時も稼げる。

 やっぱり全体に広げようと思ったら、貧しくとも児童への義務教育は必要になって来る。

 パトリックが貧困児童救護法案なんてものを発議したけど、速攻否決されたし。

 マジで普通っぽい政治家になったパトリックだよ。

 俺は、きっとブレインはレナードなんだろうなー、と想像している。


 でもって穀物関税自由化は上院で否決された。

 

 うん。

 やっぱりエイム卿のチョイスはちょい可笑しいと思う。

 そして、コレの何処にエイム卿の愛が在ると言うのか。

 教えろ、エイム卿配下のケニー、シモン、セオ達。





  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 眩しい光と樹々が放つ生命力溢れる緑色に俺は体力を奪われつつ、見慣れた下宿112Bの真鍮で出来た玄関の扉を開いて、玄関ホールでクロエの「お帰り」と言う声でホッと息を吐いた。

 クロエに俺が「只今」を告げていると、2階の螺旋階段から緑藍が1階の玄関ホールへ降りて来た。


 「お帰りージャック、兄の仕事は落ち着いた?」

 「ただいまージェローム。元々エイム卿は落ち着いてるし、まー後は入って来た情報を適宜、ヒューイがエイム卿の部下にパスするだけだよな。」

 「ふふ、お疲れ、シガールームへ行くけどジャックも如何?」

 「うん、良く。」

 「じゃあ、ジェロームとジャックに冷えた麦茶を持って行くわ。」

 「有難うサマンサ。」

 「おつ、助かるよサマンサ。暑くて俺は喉が渇いていたんだ。」


 俺と緑藍は玄関ホールから其の侭シガールームへと向かった。

 部屋に入って俺と緑藍は何時もの安楽椅子へ腰を降ろして、俺は細巻の葉巻へ緑藍はシガレットに火を点けて、互いの煙を室内へと溶かした。

 相も変わらず美しい緑藍は、伸びた淡い金糸の髪を襟足で後ろに括り、質の良いクリーム色のシャツの第2釦まで外し、白い首筋を見せていた。

 右手でシガレットを器用に操って漂う煙の流れを変え、俺に何かを企んだ美しい笑顔を向けた。


 「ふふ、シガールームでだから、もう俺って言っちゃうけど、ジャック、俺はバンパイア・ハンターになった。」

 「はぁー?ジェロームの頭が暑さで茹った。」

 「茹ってねーよ。馬の妖精つってるジャックに言われると腹が立つ。そう言う依頼が来たんだよ。家に居る吸血鬼を何とかしてくれって。」

 「マジか。で、バンパイアは居たのか?ジェローム。」

 「まっ、居たって言えば居た。」

 「それはもしやホラーって話じゃ無いよな?ジェローム。」

 「ちっとも怖くない話だし、ジャックの苦手な人死にも出ない。でも俺には少しシンパシーを感じる依頼だった。」


 そう言って緑藍はエイム卿に良く似た耳に馴染むテノール・ヴォイスで話し始めた。




  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


『ジェローム談』



 タッカーはホテルで熟睡出来たらしく、昨日ジェローム探偵事務所へ訪ねて来た時よりも、目の周りの隈が取れ元気に成ったように見えた。

 セインに診察させたら、物語で吸血鬼と言う存在を知り、精神が不安定に成っているのだろうと、俺に話した。


 「ノイローゼの一種で不安症だと思う。傷跡も見当たら無かった。しかし症状の軽い現段階でタッカーを治療すれば早期に直せる。」


 セインはタッカーを問診した結果そう診断した。

 ベックタウンへ向かう道中で俺はタッカーの話を聞いた。


 法律学院を卒業しロンドの法律事務所で働いていた。9年前に肺炎で父親が亡くなり遺産が入ると、弟グレアムの体調や今後の事を考え、比較的セントラルよりは空気の良いベックタウンで屋敷を購入し、弟と共に引っ越した。

 その後、法律事務所で仲が良かった友人と一緒に独立し、土地の係争を主に手掛ける法律事務所を作った。

 そして取引先の不動産会社の仲の良い経営者からエンマを紹介され3年前に結婚した。

 妻のエンマはタッカーに良く仕えて呉れたけど、弟グレアムと相性が合わないらしく、2人は何時も余所余所しく、今でも口を殆ど聞かないと、心痛な面持ちでタッカーは語った。

 彼の亡くなった父親は良き社会人で在ったけど、後遺症が残り寄宿学校へ通わせられないと判ると、グレアムに対しては父親で無くなってしまったそうだ。

 タッカーの推測では、グレアムを産んで妻が亡くなったので、その(わだかま)りが再燃したとの事だ。

 弟グレアムは情愛が深く優しい人間である事や、タッカーの好きな雉や兎を取りに狩りへ出掛けたり、ベックタウンの教会で慈善活動をしていると話した。

 妻のエンマもタッカーへ愛情を持って接してくれるので、此れでグレアムと上手く遣ってくれると何も言う事は無いとタッカーは溜息と共に呟いた。


 現在タッカーの屋敷には料理を作る女性のコックと下男、メイドと長男コリンが生れて乳母リーズを雇い、その夫を執事として雇っている。

 皆、ベックタウンで雇い、夜はリーズ夫妻を除き使用人達は帰宅させてると言う。

 タッカーが越して来た当初は3000人程度が住む小さなバラだったけど、ダント州からベックを分割しロンドへ組み込んでから、同じ階層の人達が多く越してきて今では1万8千を超えている。

 其処でベックはタウンへと成り、町の名も其の侭ベックタウンになったそうだ。

 タッカーにこの土地の事を俺が尋ねると別段、このベックと言う地域に吸血鬼伝説等は無かった。


 吸血鬼が現れ始めたのは、妻のエンマと屋敷で暮らし始めて暫く経ってからだ。

 弟グレアムの顔色が悪い日もあったのでタッカーが尋ねると悪い夢を見ただけど言う。

 そして息子のコリンが生れた後、グレアムは悪い夢を見るので怖くて眠れないとタッカーに話したので、エンマと婚姻前のように共に眠るようになったとタッカーは語った。



  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 



 「タッカーの言葉を聞いた時、俺の内心のゲンナリ感が判るか?ジャック。」


 そう言うと緑藍は整った美しい顔を(しか)めて、俺に向き直った。

 俺は怖く為ったら、何時でも逃げ出せるように、弾痕の無い右の利き脚に力を入れていたのだが、如何もタッカー氏の精神的問題だと思い、緊張を緩めて淡々と話す緑藍の声を聴いていた。


 「えーと、弟グレアムも吸血鬼に襲われ、依頼者のタッカー氏も襲われたと思っている。つう事は、似た者兄弟で揃ってノイローゼって話で良いじゃん。」

 「ははっ、ジャックは面白い事を言うね。実は此の相談を俺にしてみれば?って勧めたのは、コナン警部補だったんだ。初めはタッカーはヤードへ屋敷の調査を頼みに行ったんだ。それでヤードの管轄外と言う事で、俺を紹介したらしい。まあ、その時のタッカーは酷い顔色と容貌だったから、コナン警部補も同情して、俺の名を出したんだろうな。」

 「結局は、ブラコンの弟グレアムが吸血鬼ブームに便乗して、騒動を起こし兄夫婦の仲を裂こうとしてる話だろ?話を聞いてるとオカルト話を信用する程、依頼者のタッカー氏は弟グレアムを信用している。まあタッカー氏は妻エンマを大切に思っているみたいだが。でもってジェローム、結局は居なかったんだろ?バンパイアは。」


 「ふふっ、どうかな?タッカーが結婚してから、独りで眠るようになってグレアムは不眠症気味に成り、苛立ちを堪える為に爪や腕を噛んでいたそうだ。其処で滲んで舐めた血がグレアムには美味だった。うーん、そう言う意味では吸血鬼では無いかもね。まっ、そして兄タッカーの血をグレアムは飲みたくなり、共に眠れるように兄を誘導し2週間に1度は、添い寝をするようになった。その時にグレアムが添い寝をすると、吸血鬼は現れないと言う事実を重ねて行った。注射で血を奪うのだけど起きない様に睡眠薬も飲ませておいてね。そしてエンマの態度が可笑しいとタッカーに思わせていた所だった。」


 「グレアムはタッカー夫妻を離婚させたかったのか、、、。」

 「妻エンマと息子コリンは、追い出したい感じだったな。まー、俺に対する敵意が屋敷を訪ねた当初、半端なかった。メイドと下男もね。」

 「だってグレアムには、ジェロームは邪魔者だろ?使用人の敵意の意味は、分らないが。」

 「うん。ソレも在るけど、2度目の訪問時、問い詰めて見ると、グレアムの説明だと違和感が拭えなった。でも依頼人が、今回の騒動の完全な被害者であると判ったから、取り敢えずは吸血鬼を退治し無いと為らなかったし。」

 「えーっ、、、退治?」

 「案外と疚しい事の在りそうなグレアムに私は尋ねたんだ。君が兄タッカーに強い執着心を持って居る事を話しても良いかとね。すると動揺してグレアムは2度と吸血鬼騒ぎは起こさないから秘密にして欲しいと俺に懇願した。なのでグレアムの吸血衝動の話だけを依頼人のタッカー氏へと告白させたんだ。」



 グレアムの告白を聞いたタッカー氏は衝撃を受けた。

 兄嫁のエンマが嫌いだったので彼女の所為にしたと、グレアムから兄のタッカー氏へ詫びさせた。

 当然、兄のタッカー氏と弟グレアム、そして緑藍の3人だけの話し合いだった。

 此の儘ともに暮らし、息子コリンや妻エンマへもグレアムが吸血衝動が抑えられず、襲い掛かっては堪らないと言う事で、タッカー氏夫妻と子供は引っ越すことに成った。

 妻のエンマも、グレアムや屋敷の使用人達の敵意或る視線や態度で、嫌な思いをしていたので、屋敷から出て行ける事には大賛成だった。

 そして緑藍はタッカー氏に、兄のエイム卿へ頼んで、弟グレアムの治療をさせて貰いたいと、話して許可を貰った。

 タッカー氏にしても、弟の吸血衝動等と言う奇病が知られると、仕事への影響が在るので、緑藍の内密にしてくれると言う申し出は有難かった。



 かくして、ジェローム探偵事務所へ持ち込まれたベックタウンの吸血鬼の話は幕を閉じたのだった。




 俺はこの上なく美しい笑顔で微笑み、細く整った指先に煙草を挟んで弄ぶ緑藍に問うた。


 「で、本当の所は如何(どう)なんだよ。ジェロームが他人の病気の世話をする話とか、俺には信じらねーよっ!」

 「ふふっ、酷いなジャックは。セインとか初日に一緒に附いて来て、グレアムと使用人達に会っていても、私の此の大円団の話で素直に安堵していたのに。」

 「俺は素直で可愛いワート君じゃないからなー。だいたい、エイム虚とジェロームは何か企んでる時は、それは美しい笑顔になるんだよっ。」

 「ははっ、失敗したな。まっジャックにだから良いか。ふふっ、解決したらジャックへ、また話すよ。今回は少し毛色が変わった事件になりそうなんだ。」

 「はあー、あんまり無茶はするなよ、緑藍。」

 「うん、有難うジャック。」


 俺と緑藍は其々の煙草に火を点けて、秘密の話をする為に、降ろされていたガラス窓のロックを外して上に挙げた。

 開かれた窓から7月の濃い草木の香りがする風が中庭からシガールームに吹き込んで、俺達の吐き出していた煙を一気に薄めて行った。

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