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エイム迷走ス  作者: くろ
75/111

愛の5段活用


  アリロスト歴1897年  4月




 俺は2月にジャックが気絶した『耳』の持ち主へ返し、送り主はスターリバールで逮捕され、ウイリアムの依頼を無事に達成して、3月のロンドへとセインと共に戻っていた。

 そして下宿112Bへ戻るなり、レイド警部から事件協力を求められ、それが解決すると暦は4月に成っていた。


 セインに誘われ春の日差しを浴びなら、西ミンター通りを歩きピデリア地区に入ると『フォート&メイズ』の大きな百貨店が見え、その先に或る通りを挟み向かい合ってブラックとホワイトと言うパブが建ち、そのパブの客を当て込んだホテルが並び建っていた。


 「ピデリアは相変わらずの人出だな。セインのステッキを修理する店がピデリア地区のポガール通りにあるとは思わなかったよ。」

 「ふふっ、御免ねジェローム、騒がしい人混みを歩かせて。父の代から利用しているんだ。」

 「いいよ、先日の事件でレイド警部から逃げ出そうとした犯人を、捕まえようとして(ひび)を入れてしまったんだ。セインの名誉の代償に付き合う位、訳無いよ。」

 「名誉だなんて。アレは咄嗟に身体が動いただけなんだ。態々(わざわざ)ヤードで表彰される程の事でもないのに。いや、表彰は勿論、僕も嬉しいよ。」


 俺とセインは逃げ出した犯人の思わぬ反撃について話しながら、行き交う人々や二輪馬車を交わし、セインと共に、目的の古いステッキ屋に入り、品の良い店主が出して来た艶の或るオーク素材のステッキをセインは受取り俺達は店を出た。

 俺は煙草ケースを持って来るのを忘れた事に気付き、ブラックパブの近くに在った煙草屋で木製のケースとシガレットを半ダース買い、ケースに入れていると荒々しく男が入って来て、1ダースの煙草と代金に1ポンド紙幣を払った。

 煙草屋の男が釣りの多さに嫌そうな顔をしたが、荒々しく威圧的な身体の大きな客に、店主は渋々お釣りと煙草を渡した。

 男は腰ベルトに就けて居た革袋へ釣りを入れ、俺達へ睨みを効かせた後、背を向けて通りの人混みへと去って行った。

 俺は男が支払った1ポンド紙幣に違和感を感じ、それ紙幣を見せて欲しいと、俺が頼むと店主は訝しんだ。


 「その1ポンド紙幣と2ソフラン金貨を交換して欲しい。」


 俺は、そう言ってセインに2枚のソフラン金貨を、店主が居るカウンターへ置かせた。

 店主は怪訝な顔をし乍ら、ソフラン金貨を手に取り長め、本物と確認して先程の1ポンド紙幣を、首をかしげて俺へと渡した。

 

 「さてセイン、大急ぎで下宿112Bへ戻ろう。」

 「如何したんだい?その1ポンド紙幣は2ソフラン金貨を支払う程の価値が在るのかい?」

 「ああ、だが先ずは確認しないとね。」


 俺はそうセインに応えて速足で馬車の乗り合い所へと急いだ。



 兄に緊急な案件が出来たと伝えてジェローム探偵事務居に足を運ばせた。

 挨拶もそこそこに俺は目の前に座る兄へと、1ポンド紙幣を差し出した。

 兄は整った顔の淡い金色の眉根を寄せて、両手で持った1ポンド紙幣を窓から入って来た光に賺したりした後、紙幣を応接テーブルに置き内ポケットから取り出したルーペで真剣に見始めた。

 俺が帰宅して調べて見た1ポンド紙幣は、手持ちの1ポンド紙幣に紙の質感は良く似せてあった。

 只インクの風合いが薄く、ルーペで拡大して見れば獅子と皇家の紋章の線が良く見れば太かった。

 良く出来ている偽札に俺は感心していた。

 あの煙草屋に来ていた男が、ジャックのような品の或る紳士で、静かに1ポンド紙幣を支払って居れば、俺が気付かなかった可能性もあるのだ。

 粗野に見えるスモーキージャケットを羽織り、荒々しい言動で俺の注意を惹き付けた、あの男のお陰だ。

 煙草屋の客だった荒々しいあの男に感謝はしよう。


 金貨の鋳造が間に合わず、金との引換券として担保する事により、やっと1ポンド紙幣も定着して来た今、精巧な偽札は経済を棄損するし、国の信用を無くさせる。

 グレタリアン帝国を疲弊させるには良い手だけど、又も金貨だけの時代へ戻るのは重いし、邪魔に成るので、俺的には勘弁して欲しい。

 でも此れが、(おおやけ)に成れば金貨への信頼が上がり、1ポンド紙幣での支払いを断る人間が増えそうだ。

 その騒動を俺は想像しゲンナリした。



 「ふむ、良く出来た偽札だ。ジェロームは何処で手に入れた。」

 「チャネリング・クロス『8差路』の1つピデリア通りに或る煙草屋だ。近くに陸軍の軍人が良く行くブラックパブがある。丁度シガレットを買った男が支払った代金が偽の1ポンド紙幣だったのさ。」

 「うーむ、流石ジェロームだ。良く見抜いた。」

 「ふふ、お褒めの言葉を有難う。後は其方の案件だから宜しくー。」

 「分かった。一先ず財務卿へ知らせて於こう。後は回収か、うむ、此れはヤードか、、。」


 そう兄が呟いてから聞こえない様な呼吸音が聞こえて来た。

 あー、そう言う囁きは、ジャックじゃない俺の耳に届かないから。

 少し瞑想した兄は意識を俺に戻し、何時ものような蕩けるような瞳で俺を愛でて、証拠物件の偽1ポンド紙幣と俺が伝えた男の特徴を記した紙を封筒へと仕舞い、椅子から立ち上がった。

 するとスルリとクロードが動き、ジェローム探偵事務の黒い扉を華麗に開き、名残惜しそうに俺を見詰める兄を丁寧に見送った。

 


 

  物は(ついで)と言う事で俺とセインは1階に降りて、談話室に居たクロエに偽札の件を話すと超特急で一先ず手持ち金庫を持ってきて中央に或るテーブルへと置いた。

 

 「取り敢えず此の中にある1ポンド紙幣をジェロームが調べて。」

 「はいはい、見方(みかた)を教えるからサマンサやルスランも手伝ってよ。どうせ後でサマンサの部屋に置いてある据え置きの金庫へ仕舞ってる1ポンド紙幣も調べさせる気だったんだろ?」

 「ふふっ、ジェロームも分った?」

 「分かるわっ!取り敢えずって、サマンサは言ってるし。」

 「そう言えばジェローム、偽札が在れば、本物と交換してくれるのかしら?」

 「しないよ。そんな犯罪者の為に為る様な事。犯人がウハウハ喜んで交換に来るだろ?」

 「全く、こう言う面倒な犯罪は止めて欲しいわ。」


 クロエはそう文句を言いながら俺が貸した予備のルーペで1ポンド紙幣を丹念にチェックしていた。

 セインもルスランも黙々とルーペ片手に、1ポンド紙幣をチェックしていた。

 俺は1ポンド紙幣を調べる作業にすっかり飽きて、ひっそりと談話室を出て、シガールームへと向かった。







   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 アリロスト歴1897年   4月



 此の数日、南セントラルにある男爵邸は、悪魔エイム卿が不在の為、補佐官ヒューイを除いた、エイム卿配下の者達と、俺はまったりとした時間を過ごしている。

 何でもロンドのピデリアで、偽1ポンド紙幣が発見された所為だ、と補佐官ヒューイは教えて呉れた。

 ソレは、また面倒な、、、。

 まあ今回はグレタリアンの通貨保証をしている金が盗まれた訳じゃ無いから、バート不況みたいな信用不安は起きないだろうが、一時的に交換紙幣通貨の信用は下がるな。

 流石にウィルは関係して居ないだろうし。

 エイム卿の下僕の俺と同僚に成った、ってウィル本人も言ってたから、今回は遣っていない筈。


 「でもジャックはエイム公爵から可愛がられてますよね。」

 「「「うん、うん。」」」

 『内心)可愛がられ、、、?』

 「何だかんだと言ってもジャックはエイム公爵から愛されてますよ。」

 「厳しく言ってもジャックには愛があるよね。」

 「そうそう。」


 、、、。

 愛。

 愛って何だっけ?

 愛される、愛してる、愛する、愛せば、愛そう。

 愛の五段活用を俺は内心で唱えてみた。


 ケニー、シモン、セオ、君達は、、。

 うん、人それぞれだよね。

 見え方や感じ方って。

 でもって日本時代の母さん、俺の愛が行方不明です。

 俺の愛は、何処へ行ったんだろうーなー。


 俺が遠い目をして窓の外で色付いて来た花々の蕾を眺めていると、外務と軍務の伝達職人が指令を届けに遣って来た。

『軍務』

 エーデン王国の傭兵の数と武器の調査。プロセン連合王国の兵総数と新兵器の調査。


 『外務』

 ルドア帝国とプロセンの交渉内容。サリーニャ王国統一へ対するモスニア帝国の世論調査。


 補佐官ヒューイと俺はエイム卿配下の者達へそれぞれの要望を通達した。

 俺はグレタリアンの政治には関わらない心算で居たのに、ドップリ肩まで浸かっているカンジ。

 いやー別に関わってはいないか?

 情報の通り道?

 つか、ジャンクション?


 ま、いいや。

 現在はプロセン連合王国がデサーク王国のレーヴィヒ領を攻めている。

 そしてサリーニャ王国がモスニア帝国と共に南グロリアへと侵攻中。

 南グロリアはマフィア化している家、詰りファミリーや他国から移って来たお訪ね者等も多いので、モスニア帝国もサリーニャ王国も大変だと思う。

 軍隊とゲリラ戦は相性が悪い。

 俺の娘レティの子がいるモスニア帝国は、あんまり無茶してくれるなよと、つい願ってしまう。

 こう言う心配が嫌だから、俺は子供達を王族から外したのに、レオンハルトの馬鹿野郎の所為で、俺には如何しようも無い事で、頭を悩ます嵌めに陥っている。

 あっ、俺の娘って言っても、当然このジャックのでは無い。

 今は懐かしいアルフレッド時代の娘レティシア。

 何、グレタリアンなんかに生まれ変わってるのよ、ってレティが俺に怒ってる姿が目に浮かぶ。

 ホントにな、つくづくそう思うよ。

 そのグレタリアンは、本格的にイラド侵攻をしたかったのだが、クルミラ半島は戦争で兵が死に過ぎて、投票権を持ってる人達が、すっかり厭戦気分に成り、現在は侵攻にストップが掛かっている状態。

 今は、ルドア帝国が、西アガスタン王国へ侵攻して来る事を防ぐ為に、イラド中央部を抑えて於きたい軍部や植民地省と産業省が、世論誘導に頭を捻っている所。

 そしてクルミラ半島の戦争で、トルゴン帝国の力を失ったと感じ取った併呑されていた国々が、独立の為に動き出した。

 此れは絶対にグレタリアンの外務が手を貸しているだろうな。

 オーリア帝国の時と同じように。

 エイム卿は小国が増えると予測が付き難いつう事で、この手法は嫌いだと話していた。

 基本的に情報をフリーパスするだけなので胃が悪いが、俺は悩まずに済んでいる。

 今の所の心配事は、エイム卿が画策している事柄に、俺を絡ませようとしている件。

 俺は、ケニーやシモンやセオが話していた、エイム卿の俺への愛等は一切感じて居ないので。

 はっ?

 君ら夢でも見てるの?

 俺はそう鼻で笑って遣りたかった。







    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 

 ~~~~偽1ポンド紙幣にご用心!~~~~


 偽1ポンド紙幣発見の発表の後、そんな記事がロンド新聞の紙面へ掲載された。

 今頃は各銀行・会社や家庭で、セコセコと下宿112Bで行われていた、ルーペと1ポンド紙幣を使った単純作業が行われているのだろ。

 ご苦労様なこった。

 運良くジェローム探偵事務所では、偽1ポンド紙幣が見付からなかった。

 グレタリアン政府が運営している中央銀行には偽1ポンド紙幣を持った31人が詰めかけ本物との交換を求めていた。

 交換も補填もしないと新聞等で告知していても、人は詰め掛けてしまうモノらしい。

 31人の中には、本物のポンド紙幣を偽物だと思い込んで来た人もいた。

 今後は上流階級の趣味人だけでは無く、ミドル層や庶民にもルーペを持ち歩く人が増えそうな。



 俺が、そんな事をボーっと考えているのは今、目の前で話している依頼人の所為だ。

 面長だった顔は(やつ)れ、()けた頬に、空色の瞳を嵌めた目も落ち窪み、淡いベージュの短い髪は後頭部で薄く成り、高いであろう身長が猫背の所為で、小さく縮んで見えた。

 依頼人タッカー・マカロック35歳。

 如何やらタッカー氏の屋敷には吸血鬼が出るそうで、俺に助けて欲しいと言う依頼を持って来たのだ。

 俺はバンパイア・ハンターになるっ!

 って、なんねーし。


 「それで、タッカー氏は、血を吸われた事があるのですか?」

 「はい、朝起きると首筋に小さな傷跡が付いているのです。」

 「他に吸血された方は?」

 「はい、8つ年下の弟グレアムです。彼は幼い頃の病気が元で右足が不自由なので現在は私と同居しています。妻のエンマは噛まれた事が在りません。1歳に成る息子コリンはまだ話せないので判りません。乳母や下男、メイドも無いそうです。」


 タッカー氏は友人とロンドで法律事務所を遣っていて、ロンド南東のベック・タウンの屋敷に住んでいる。

 バンエル王女が嫁いできたときに向こうの昔話である吸血鬼が話題に成り、ゴシック小説でも題材に成り、話題に成ることも多かったけれど、正か本気で信じてる依頼者が来るとは。

 いやっ、目の前に居るけれども。

 どーも弟のグレアムとタッカー氏2人で妻エンマが吸血鬼で無いかと話しているらしい。

 理由は、エンマと言う名がバンエル風だと言う。

 恐らくその名はゲルン系の血が入っている家系の所為だと思う。

 そんな事を言ったら、現グレタリアン皇帝スチュアート4世も吸血鬼の末裔かって話。

 スチュアート4世もゲルン系だしな。



 取り敢えず、俺はタッカー氏の疲労の度合いが激しいので、セインに診察させた後、少し高めのホテルへ宿泊して貰い、熟睡した後でタッカー氏の自宅へと向かう事にした。

 ジャックに続いて俺迄神秘の世界へと誘われるのか、、、ちょっとヤダな。

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