不覚なビンゴ
アリロスト歴1897年 2月
クロードが淹れてくれた珈琲を飲みつつ、新聞のページを繰る。
如何やらレナード・ホームがある『アンジ―・チャペル』地区を、住みやすい街へと変える為、再開発をする事が決まったそうだ。
アンジ―・チェペル市長と協力すると言う、パトの記事が大きく紙面を賑わしていた。
うーん。
パトは何処へ行こうとしている?
近頃は、ジワリとパト派と言うモノが出来掛けていると、昨年ウェットリバーへ行く前、ジャックが俺に話してくれていた。
もしかしてパトの愛はロンドを救うのか?
~~~パトの愛によって、呪われそうでは在るけどな。
そんな事を考えていると音も無くクロードがジェローム探偵事務所の黒い扉を華麗に開き、ジャックの曾孫ウィリアムを招き入れた。
相変わらず整った顔に噓臭い微笑を浮かべて、ウィリアムは俺に丁寧な挨拶をした。
「此れはウィリアム・ベラルド伯。寒い中を態々、、、。」
「いえ、依頼を願いに来たのですから足を運ぶのが当然です。それで今回の依頼なのですが、、、。」
ウィリアム・ベラルド伯は低い掠れた声でそう語り始めた。
何と今回、人体の一部『耳』を見付け、ソレを左手に取った第一発見者はあのジャックだと沈痛な表情でウィリアムは話した。
勿論ジャックは瞬時に気絶したそうだ。
なんかさー。
あれだけ血生臭い話題から全力逃亡していたのに。
何、そのピンポイントビンゴ。
外れない男ジャック。
そしてその『耳』を送り主に返して欲しい、、、と言うのがウィリアムの依頼内容。
届け先は息子を亡くしたばかりの近所の雑貨屋。
ジャックと一緒に行っていたジャンが店の主人ドロシーには見せずに、ウェットリバー地方裁判所で保管していると試すようにウィリアムが言った。
ホント俺に挑戦的だよなー、ウィリアムは。
つう訳で、セインと一緒に、序にウィリアムも、ウェットリバーへ向かう為に、クロードが開いて呉れた、ジェローム探偵事務所の黒い扉を潜り抜けた。
最初にドロシーの雑貨屋に行き、届いた時の状況や心当たりを確認して、地裁にある保管庫へ行き問題のブツを見せて貰った。
ああー。
分ってしまった。
でもまっ、此れは俺がドロシーに事情を説明する訳じゃ無いから良いか。
被害者が判れば犯人が判るモノな。
俺はウェットリバーの警部へ被害者、詰り『耳』の持ち主はドロシーの娘であることを伝えた。
耳の形がドロシーに類似しており、此処まで似るのは血縁関係者であると告げた。
領主のウィリアムが居る所為で警部達は緊張し捲くりだった。
俺とセインは居心地の悪い想いをし乍ら、地方裁判所を出てジャックが居る領主館へと向かった。
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アリロスト歴1897年 2月
寝室の隅に作った和室で、俺は胡坐を組んで細巻の葉巻を吹かし、己の不幸を嘆いていた。
昨日意識を失って、夢の中で耳の集団に追いかけられ、次々に俺の身体に襲い掛かる耳たちと格闘し、息が切れて苦しくて目覚めたら、昼を過ぎていた。
少し脳内もスッキリして来たから風呂でも入るベと思ったら、緑藍が初めて俺の部屋へと来訪した事を扉の外からジョンに告げられた。
俺は胡坐を組んだ侭、緑藍へ寝室へ入ってくるように声を張って告げた。
扉を開いて緑藍が入って来ると、約1m位の高さがある衝立の後ろで、胡坐を組んだ俺を見付け、大笑いを始めた。
えーえー、不恰好な衝立と床の上に畳を敷いただけのなんちゃって和室だよ。
いいのさ、俺は胡坐を畳みの上で組みたかったんだよ。
「おはよ?ジャック。髪が撥ねてるよ。」
「おはよーう、ジェローム。さっき起きた。」
「しかしジャックは畳が似合わねーっ。ジャックの風貌って、どうやっても貴公子なんだから、此れは無いわー。ウィリアムは、何も言わないのかよ。コレ。」
「言わないよ。曾孫ウィルは優しい子だからな。可笑しいと思っていても、ジェロームみたいに笑っわねーよっ。」
「ふふっ、で、ジャックは気絶したんだって?」
「うるせーよジェローム。もういいのっ、アレは悪夢なんだ。そうドリーム。」
「まあ白昼夢でも、トリップでも、どっちでも私は良いけど、ジャックはドロシー夫人と、仲が良いんだろ?」
「うん、まあね。俺の商品を置いて貰ってるんだ。」
「じゃあ、一応は言って於くな。あの問題のブツはドロシー夫人の娘さんの物だ。まっ、今頃はウェットリバーの警部が事情を話して娘さんの所へ向かっているだろう。」
「、、、えっ?そんな。」
「生存確認はマダして無いから、私も何とも言えないけどね。」
「そんな、この間、、、息子さんを失ったばかりなんだぞっ。なんだって、、、。」
俺はドロシーの事を想って、胸の奥がキリキリと痛んだ。
緑藍が心配そうに俺の表情を伺って、そして俺の身体を、か細い緑藍の両腕が伸びて来て、強くかき抱いた。
痛いんだよ。
緑藍。
全く、細い癖に力だけは強い。
痛くて痛くて、堪らないよ、緑藍。
この痛みは緑藍に抱き締められてる身体の痛みなのか、俺の胸の奥に刺さる痛みなのか。
分んねーな。
目の奥が熱く成ってぼやけて来た気がしたから、俺は慌てて瞼を閉じた。
俺は緑藍が与えてくれる腕の痛みで、胸の奥の痛みを上書きした。
失ったのは俺では無いのだから。
自分が泣いては、いけない気がして、俺は歯を食いしばった。
コレだから人が傷付くのも死ぬのも知ってしまうのが、俺は嫌なんだ。
俺の底に或る固く締めている栓が外れる気がして、怖いんだ。
いつしか、俺は緑藍の細い腕の中で眠ってしまったようだ、不覚。
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何だか難しい顔をして眠ってしまったジャックを、ジョンに預けて俺はさっき地裁で聴いたドロシーの娘グレタ夫妻を訪問する事にした。
既にスターリバールのグレタ夫妻の家には警官たちが来ていた。
実は3日前に、右耳の無い女の滅多さ刺しの遺体と男の刺殺体が、少し離れたアパートメントで見付かり、今日やっと女性の身元が分かり、今捜査をしている所だと言う。
丁度ウェットリバーの警部達と話をしている所だった。
遺体が見付かった現場は男のアパートメント。
遺体の男はグレタの夫では無かった。
其処で早速、夫の指名手配が出された。
意外にも夫は勤めていた船に居た。
犯行に使われた約80㎝ある長く鋭いモリは、大型魚を絞める為に使うらしく、何時も持つ袋へ入れていた。
殺しを行っている最中の事はよく覚えて居なく、妻グレタの『耳』は、悪魔のような女だった姉に、送った心算だったらしい。
失業した7年前、妻グレタの実家で義母ドロシーと妻グレタと悪魔のような姉3人で約1年間、共に暮らして居た。
それで義姉は実家に住んでいると思い、夫はグレタの『耳を』送ったと言う。
義姉に送った理由は、義姉がしでかした結末を、知らしめたかったかららしい。
犯人の取り調べ中は、義姉へ怨嗟の繰り言が続いてると言う話だ。
母親のドロシーは娘グレタの悲惨な亡骸を見て倒れ、現在ウェットリバーの屋敷で床に就いている。
義姉は意外な事にグレタ夫妻のアパートメントの近所で6年前から暮らして居た。
グレタ夫妻の近所に住む人達の話では、3年前から姉も同居していたと言う。
うわっ、
気味悪い女だな、妹夫婦の近所に内緒で住むなんて。
でもって3年後に同居って、、、。
俺はグレタ夫妻の不運を想った。
姉がもう少しマシな人間なら、グレタ夫妻は近所で噂されていた通りに、幸せでいられたろうに。
身長が190㎝以上も或るグレタの夫の身体は、既に空虚な亡骸に見えた。
妹グレタへの夫への愛なのか?
妹グレタへの執着なのか?
姉の気持ちが俺にはサッパリ分らない、つうか分りたくもない。
オーバーコートを羽織っても港から吹き込む2月の冷たい風に俺は思わず身を竦めると、セインが寄り添って、暖かい右手を俺の凍えた左手を握り温めてくれた。
人の悪意に触れてささくれだった俺の心をセインの素直で暖かな俺への想いが癒してくれた。
そのセインのキライラ光る飴色の瞳は俺に纏わりつこうとする悪意を溶かして風に散らしてくれた。
セインがこうして寄り添って歩いて呉れていれば俺は何時でも元気で居られる。
、、、そんな気がするんだ。
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【魅入られた男】
俺は悪魔のような女に摑まった。
俺の愛している女は1人だけなのに。
全てがあの女に出会ったから起きた俺の不幸なのか。
でも俺の愛した女グレタの姉なんだあの悪魔は。
如何やったってグレタの姉である以上あの女から俺は逃げられない。
12年前グレタとロンドで知合って口説いてやっと結婚して貰えたのは10年前。
小さな部屋でカツカツだったが俺はグレタと暮らせて幸せだった。
しかし7年前俺の勤めていた工場が倒産して、仕事も見つからずに困った俺達はグレタの故郷ウェットリバーに戻り、グレタの母親が営む雑貨店で世話に成った。
礼儀正しくて厳しい義母のドロシー。
そして優しい妻のグレタ。
あの女、義姉シシリー。
年の離れた弟は軍人に成っていて、俺があの家で暮らして居る間に逢えず、結局会う機会も無く死んでしまった。
義母ドロシーの家での約1年は平和に暮らせた。
義姉シシリーは口煩いと思ったけど。
時々チェスタやスターリバールへ行って仕事を捜し、やっとスターリバールで船での仕事を見付け、妻のグレタと共に歓び合ってスターリバールでまた夫婦水入らずの生活を始めた。
そして3年前、あの女が母親と喧嘩したから暫く止めてくれと俺達の家へ遣って来た。
子供は居なかったけど、俺達夫婦は愛し信じあえていた。
俺の目からは姉妹は仲が良く見えた。
少なくとも優しい妻グレタは姉を信頼していた。
その姉から俺達夫婦の仲を壊す毒をグレタの心へ沁み込ませているなど俺は知らなかった。
グレタの目が無い所で俺へ意味ありげな視線を投げて来たり、何気ない振りで俺の身体にあの女は触れて来た。
俺の心にはグレタしか居ないので、あの女はただ煩わしかった。
その内、妻グレタとの間に距離だ出来て来たのを俺は感じる様になった。
もう、その頃に妻グレタは、あの女の毒が完全に冒されたと、俺は知らなかったのだ。
あの日、グレタが使用人の仕事から帰る約1時間前に、あの女が俺へと、しな垂れ掛かって来た。
俺は慌てて、あの女の身体を離そうとしたが、腕を絡めて来た。
その時、ガタッと音がして戸口を見れば、妻のグレタが青い顔をし表情を消して其の侭、俺達の家を出て行った。
俺も、急いでグレタを追い掛けようとしたが、あの女は蜘蛛の糸のように、絡み付き俺の行く手を遮った。
俺とその女は揉み合って、そして絡み付く悪魔のような女を俺は突き飛ばした。
「妹はもう貴方を愛してはいないわ。だって今は別の男性を愛しているモノ。未だってその男の元へ行ったわ。ふふふっ」
そう毒々しい声であの女は俺に毒を被せた。
俺はあの女を脅して男の居場所を吐かせて走って行った。
そして、その集合住宅へと乗り込むと見知らぬ男に抱き締められていた妻グレタが居た。
妻グレタは「ずっと俺とあの女がそう言う関係なのは知っている」と言い、もう離婚すると告げた。
俺の愛するグレタは目の前の男を愛していて居ると言う。
俺はその言葉で自分の中にあった何かが砕け散った。
気が付けば仕事で使う刃物で男と妻を殺していた。
俺はあの女も殺そうと自宅へ戻ったら、悪魔のような女は消えていた。
優しく俺を見つめていた妻グレタの瞳が、何時の間にか俺を蔑み憎々しい視線で突き刺し、俺の全てを砕いた。
そして俺の悪夢が始まった。
掌には愛しい妻の、、、。




