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エイム迷走ス  作者: くろ
70/111

常備薬

  


  アリロスト歴1896年  6月




 兄に連れ回されているジャックが、週に1度の休養日を獲得して、マジで久し振りにジェローム探偵事務所の黒い扉を潜り、俺に会いに来た。

 クロードにしなやかに促されてジャックは、ラフなペールグレーのラウンジスーツに身を包み、相変わらずノーブルな空気を漂わせ、整った笑顔を浮かべて、俺の左斜め前の椅子へと腰を掛けた。


 「久し振り、ジャックの顔を見るのは3カ月ぶり?お帰りー。」

 「只今ジェローム。うーん、そうだね。それ位か経つよな、学生ならチョットしたグランドツアーだったからな。手紙で先に知らせたけど、無事ハンリー王国の婚約話を断って来たヨ。」

 「有難う。つうかジャックは、アレを手紙とは言わないで欲しいよ。『完了した』って一言だけなんてさー。もっと色々書くことがあるだろう。あっ、煙草吸いたいからシガールームへ行こうぜ。クロード、珈琲を頼む。」

 「はい。」

 「良いだろ?チャンとジェロームには意味が伝わっているのだからさ。」



 俺はジャックと連れ立って黒い扉を開き、軽口を叩きながらシガールームへと向かった。

 俺は日曜日に休みもせず、探偵事務所で現在調査中の依頼を眺めていた、働き者の自分をジャックに自嘲した。

 シガールームで、俺はジャックの隣に座り煙草に火を点けた。


 「ははっ、不信心だと教会に叱られるかもな。でもジェロームは俺と一緒で信仰心ゼロだから、日曜日に働いてもオッケーか。俺は働くの嫌だけど。」

 「まったくさー、しかしジャックは良く兄とハンリー王国迄行く気に成ったな。」

 「はい、俺に拒否権は無いので。でも断って良かったのか?エイム卿から肖像画を見せて貰ったが中々に可愛い王女様だったじゃないか。」

 「当たり前だろ。断った理由の6割方は本音なんだから。私の仕事の所為で、他国の王女様を傷付けたら問題に成るだろう?運良くドタバタの襲撃事件が有って助かったよ。」

 「でも態々怪我をして見せる事も無かったと思うぜ。エイム卿の怒りが凄まじかったんだからな。俺は思わず襲撃犯に同情したよ。」

 「まっ、兄へ俺とハンリー王国の王女との婚約を押し付けて来た人間に、納得させる理由が必要だったからな。あの事件が無かったら自演したけどね。」

 「で、断った理由の残り4割はワート君の為か?」

 「それだけじゃ無いよ。まあ、ジャックなら薄々気付いてるかも知れないが、俺が婚姻して娘を持ったら兄が暴走しそうだろ?幾ら俺が子供なんてどーでも良いと言っても流石になー。」

 「あはっ、緑藍も気付いてたか?」

 「当然だろ。それに俺は今の生活が気に入ってるしね。もう少し俺もジャックとは一緒に過ごしたいけど、兄もジャックを手放せないみたいだし。」

 「はっはっ、有難くて乾いた笑いが出るわ。しかし今回の旅で改めて思った。エイム卿と緑藍は兄弟だなーってさ、容姿だけじゃ無くて性格も良く似てるわ。まっ、だから本気で俺は、エイム卿の事を嫌えないんだろうな、と感じたよ。」

 「おっ、ソレは俺の事を好きって事か?ジャック。」

 「あのなー、ワート君じゃ無いんだから、そんな事を改めて俺に聴くなよ。恥ずかしい。」

 「ふふっ。」



 ジャックは、細い葉巻を口に銜えて軽く煙を吸い込み、少し赤らんだ頬を俯かせて、薄い煙を吐き出して俺から隠した。


 結局、兄に絡め取られてジャックは俺へ愚痴を零しつつ兄の秘書官に成った。

 俺は、良くあの獰猛なウィルを黙らせたものだと、兄に感心していた。

 詳しくは知らないが、如何やら兄がウィルの手綱を握ったようだ。


 「悪魔エイム卿はマジで怖いから。」


 そう言ってたジャックが正しかった気がした。

 でも、相変わらず俺にはベタ甘な兄を見ていると、苦笑してしまうだけに成っちまう。

 まあそれに、ハンリー王女との婚約は本気で回避したかったから、兄に断れる大義名分を与えれことも出来て、俺的には地上に住むドブネズミも役立つと、冷たい笑いが零れた。

 枢密院と外務に余計な茶々を入れさせない為、ハンリー王国へ自ら乗り込むとは、俺も考えなかったけどな。



 まっ、それに思惑を持って居た奴等は、俺の婚約で遊んでいる暇が無くなった。

 ルドア帝国が南下してクルミラ半島へ侵攻する情報が入り、議会が一気に慌しく成ったのだ。

 兄から情報を得た外相達は、急遽モスニア帝国へ行き、恐らく碌でも無い密約を交わして帰国した。


 そして1894年、10月。

 クルミラ半島へ侵攻して来たルドア帝国を追い払う為にトルゴン帝国とモスニア帝国軍とサリーニャ王国軍が迎撃。

 議会内調整で遅れたグレタリアン海軍が到着し戦闘に成った。


 1895年 1月

 此の戦争を待っていたかのようにデサーク王国は「ゲルン人解放軍と称した」民兵が、勝手に占領していた、レーヴィヒ地方とルタイン地方へと鎮圧に向かった。

 そして義勇兵としてエーデン王国はデサーク王国へと兵を送り協力した。

 当然プロセン連合王国もレーヴィヒ地方へと救援に向かったが、連合諸国の足並みが揃わず、この戦いは、デサーク王国側の勝利となった。



 そしてグレタリアン帝国が参加したクルミラ半島での戦闘は現在も継続中である。

 冗談のような指揮や、この機に乗じてトルゴン帝国から独立を果たしたい国々の義勇兵が、ゲリラ戦を仕掛けて来ている所為も有り、当初の目論見通りには戦いを進められてはいないようだ。


 

 でもってヨーアン大陸で戦乱が撒き起こっている中、俺はロンドのジェローム探偵事務所で例の如くお騒がせパトからの依頼を受けて、セコセコとドブネズミの退治をしていた。


 貧しい大人たちに取って、子供は良い稼ぎに成るのだ。

 ソレがレナード・ホームへ子供たちが行き、奪われた。

 強いて何も奪っては居ないのだけども。

 其処でレナード・ホームへ嫌がらせをされ始め、困ったパトが俺に救援シグナルを出して来た。

 親と名乗る人間が子供を連れて行ったと言う。

 4地区合わせると結構広い東地区で、誰が誰の子供なんて証言してくれる人も無く、当方にくれたパトは、子供を連れて行った男が親かどうかを調査して欲しいと依頼した。

 俺は折角、蜘蛛の糸を掴んだ少年が、また地獄に引き戻されるのは嫌で、パトの依頼を引き受けた。

 飢えてやつれた少年の話は、どうも緑藍時代のトラウマを刺激されるのさ。


 そして底辺の暮らしをしている人々から、搾り摂ってるドブネズミたちが居た。

 住んでる人間に金を貸し付け、職を斡旋し、食物を買わせて利益を得ていた。

 住民たちも彼から金を借りられなく成れば、現金を得る手段が減るし、彼に職を斡旋して貰わなければ、勤め先が無くなる。

 そんな訳で知っている事も知らないと言うしか無かった。

 そんな中で情報収集していた俺に、ドブネズミたちが「邪魔だ」と、襲い掛かって来た。

 如何やって婚約を断ろうと考えた俺は、敢えてナイフを構えていた男へとぶつかり左肩を刺した。

 直ぐ、クロード達があっと言う間に制圧したけどな。


 トマスに後始末を任せ、俺はクロードと左肩にナイフを刺した侭、病院へ向かった。

 この時、クロードが静かに怒っていて、俺は案外それが怖かった。

 そして俺を襲って来た連中をヤードが捕まえた。

 幾ら俺が薄汚れたパンピーの恰好をしていても、此れでも俺も貴族なので、貴族を襲った彼等は問答無用で、しょっ引かれた。

 パトが探していたガキも、無事に保護されレナード・ホームへ戻された。

 でもなー、直ぐに2匹目のドブネズミは現れるだろうな。

 東地区は住民たちも、そうやって生きて行くシステムを構築していたみたいだし。

 それから外れたい住民は、東地区を出て行くしか無いもんな。



 結構深い傷だったので入院したのだけど、セインと兄は俺を診てさめざめと泣き、ジャックはジトリとした目で俺を睨んでいた。

 セインと兄はネットリとデリケートに俺のカラダを看護し、俺の行動を察しているジャックは、躊躇いもせずに下宿112Bへと帰っていった。




 「退院した時も言ったけど、緑藍はもう自分から心身を傷付ける事、禁止なっ!」

 「分ってるよ。前も散々俺はジャックの説教を聞いただろ?」

 「はぁー、緑藍はジェロームに成って、落ち着いてると安心してたんだ。俺はやっぱりエイム卿じゃ無くて、緑藍の傍に居た方が良いか?」

 「それは勘弁。いやジャックには居て欲しいけど、兄が折角、俺が居ない生活に慣れて来てるのに、ジャックが離れたら元の木阿弥だっ!」

 「くっ、やっぱり緑藍はエイム卿を俺に押し付けていたんだな。つうか俺って何よ?」

 「んー、そうだなー、俺や兄の精神安定剤?でも以前ほどジャックは兄が怖くないのだろ。」

 「うん、それはな、行動原理が判ったし。てか俺はエイム兄弟の常備薬かっ!」

 「まっ、そう言うトコ?あると安心、無いと不安に成る、ふふっ、ジャックって、少し依存性があるよね。」

 「知るかっつうの。でもまっ、此れでワート君も安心して、仕事に励めるだろう。俺は読んでないけど『探偵ジェロームの冒険』だっけ?評判良いらしいじゃん。」

 「うん、そうみたいだな。てか、セインは婚約の事について、俺へ何も言わないけどな。自分も結婚していたしって、変にグルグル考えたんだろな。まー、其処がセインの可愛い所でもあるんだよね?」

 「いや緑藍よ、其処で俺に同意を求めるなよ。」

 「ふふっ。」


 そう言ってジャックは細巻の葉巻の灰を優雅な仕草で灰皿へと落とした。



 そういや怪我した俺を看護しながら、兄が何か思いついたような顔をしていたけれど、俺に関わる事は何でも可笑しな方へ振り切れる兄だ。

 俺は今更ながらと思いつつ、ジャックへ兄が変わったことを、しでかして無いか尋ねて見た。

 「変なのが常態化してるから分らん。」

 ジャックはそう答えて俺に品の良い笑みを浮かべた。

 まあ、余りにも常軌を逸した行動を取れば、ジャックが兄を抑えるだろう。


 そして溜息を吐いて、全く戦争ばかりだとジャックはボヤいた。



 でも、もう直ぐクルミラ半島での戦闘は終結するだろう。

 余りにも長い戦争期間に市民たちも厭世気分で早期終結を望む声が大きく成って来て居る。

 そう言えば俺の元依頼人アーロン少佐の活躍を新聞が報じていた。

 クーパー大佐とアンリはロンド近郊でひっそりと一緒に暮らして居るらしい。

 子供を懐妊したら婚姻するとかしないとか。

 愛し合う事を許された2人なら兄が面倒な事を押し付けない内に婚姻した方が良いと思うけどね。


 まっ、俺も子供は居るんだけどね。


 ジャックも其処ら辺は気付いているけど何も口にしない。

 俺も話さない。

 それに戸籍上の父親は俺では無い。


 でも何時かジャックに話そう。

 俺を愛して逝った少し切ない男の話を。

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