表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エイム迷走ス  作者: くろ
7/111

メアリー・グリーン


 アリロスト歴1887年    1月



 風が止まる真冬のロンドは流白色に染まり色彩が消える。

 私こと俺は、ジャックが気乗りしない白熱ガス灯を書斎で点け、明るい室内で「ジャック失恋事件」の顛末を古代民衆文字で書き綴っていた。


 あの日、辻馬車内で俺とジャックがじゃれながら家路に向かった。

 そしてブレード通りを走り112Bの下宿が見えた時、ジャックがアーっと叫び「エイム卿に怒鳴りつけたっ!」そう悲壮な声で呟き顔色を悪くした。

 あの兄の何を怖がるのかさっぱり理解が出来ない俺はジャックを宥めてみた。

 しかし復活しない侭、「寝る。」と俺に呟きジャックは自室に閉じ籠ってしまった。


 帰宅した俺はトマスに例のフロラルス製の鞄を渡し、兄へ届けるように頼んだ。

 自室の談話室で寛いでいると帰宅して3時間後にレイド警部の来訪をクロエから告げられた。

 俺はレイド警部の入室を許可し、序にブランデー入りの紅茶をクロエにお願いした。


  疲れた顔をしてズレた帽子も直さずレイド警部は溜息と共に俺に話す。


 「朝ジェローム君に預けた鞄を返して欲しい。恐らく中身はアヘンだ。」

 「うん?アヘン?」

 「ああ、ジェローム君に預けた鞄と似たようなモノが夕方ヤードに届けられた。此方は鍵職人で開錠出来て蓋を開けたら4㎏近い粉末状のアヘンがブリキ缶に詰められていた。」

 「それは又。違法では無いですよね、その量でも。」

 「まー、アヘン中毒の治療薬と言う事になってるからな。」

 「まあ末期の患者は其れしか無いですね。えーと鞄ですがヤードにはお返し出来なくなりました。」

 「若しかして、、、。」

 「はい、レイド警部のお察しの通り兄の、エイム国務卿案件に成りました。なので今後はあの鞄について文書其の他で触れる事は出来ません。」

 「はあー、了解しました、とエイム卿にお伝えください。では、あのアヘンも?」

 「いえ、其方の方はヤードの遣り方で良いそうだ。」

 「分りました。で、今回の依頼料は幾ら支払えば?」

 「いえ、結局私は開錠出来なかったので依頼未達だから料金は不要だよ。」


 俺がそう告げると、安堵したレイド警部は、「また何か在ったら頼む」と、俺に伝えて大きな体を揺らし、急いでヤードへと帰って行った。

 レイド警部は、俺が未だジェロームに成っていなかった頃、エンドール街にあるアヘン窟で知り合った。

 「子供がこんな所に居るな」と幾度かあの大きな腕で保護され下宿へと戻された。

 その頃の軽口でジェロームがチョットしたヒントをあげたお陰で警部へと昇進で来た経緯もある。

 俺も貴族だからと無視せずジェロームを回収してくれたレイド警部に恩が在る。

 依頼料はレイド警部のポケットマネーで支払われるだろうことを想うと複雑なのだ。

 それにヤードは真犯人を捕まえる組織じゃ無く治安維持部隊だからな。

 俺は無理のない範囲でレイド警部には仕事をして貰いたいのだ。



  それから10日経ち、後3日でクリスマスになる、そんな日に兄から誰にも口外せずにメアリー達に会って欲しいと内密で俺に連絡があった。


 久しぶりのロンドのタウンハウスは、兄の性格其の侭に、人を遠ざける堅牢で厳格な屋敷だった。

 貴族街でも一等地にこの広い敷地、しかも古の旧バロック様式で一際目を引くエイム公爵邸だ。

 真っ白な靄に覆われて唐突に姿を現す古い屋敷。

 バンパイアとかモンスターとか出てきそうだ。


 従僕に案内されて兄たちの待つ応接の間に行く。

 紹介された何処か俺達に似た淡い金の髪にギール王家特有のアイスブルーの瞳をした女性は、エリザベート・フォン・ギール王女22歳。

 そしてメアリー・グリーン29歳、王女の専属女官。

 と言うことに成っていたけど実は、ギール国王夫妻が無事にエリザベート王女をナユカ国へ逃亡出来させる為に付けた護衛だそうだ。

 武力が成る訳では無くフロラルス語、グレタリアン語等が出来、そして高い交渉能力を持って居るので数か国を抜ける旅には最適と判断されたようだ。

 まあ、女性の高い戦闘力と言っても複数の男には対抗難しいしね。

 中々良い判断では無かろうか。

 でもってジャックには20歳と偽証したと詫びた。


 「あのような善性の高い生真面目な方には若い女性で在る方が交渉が容易い。」


 はあー、ジャックはマジ報われない。


 そして何故このようなことに成ったかと言うと一泊したグレタリアン唯一の高級ホテル、グランドキャッスルで鞄の取違が於き、姫さんの鞄は行方不明で、犯人の鞄は王女たちの手元に在った。

 でもって姫さんの鞄はホテル側の手違いで朝、ヤードへと届けられた。

 誰かに書かれたメモで「遺失物・至急ヤードへ届けて下さい。」と言うのが王女様の鞄の上に置かれていた。

 そして姫さんとメアリーは鞄を持って馬車で港へ行こうと、すると突然現れた男に鞄を奪われそうになりメアリーは抵抗した。

 でもって犯人たちに警官が近付いて来るのが見えた。


 「後で連絡する。彼女を助けたかったら何も言うな。」


 そう言って姫さんを攫って乗って来た馬車で去って行った。

 姫さんを攫われパニックに成っていたメアリーは乗ろうとした馬車に鞄を置いた侭、失念した。

 まあ騒ぎに巻き込まれるのを恐れた馬車の御者がワタワタと逃げ出して居たんですがね。

 哀れ、忘却された犯人の鞄!

 そしてグラス通りにあるイート教会隣の孤児院に「鞄を持って17時に来い!」とのお知らせ。

 その時に子供たちへの慰問の振りをしろ。

 てな追加注文。

 当然メアリーの手元に鞄などある筈もなく警察には連絡出来ない。

 それでも姫さんを助けねばと思い、ホテルの人に孤児院の慰問用の菓子を売っている店を尋ねて、無事クリスマス用のお菓子籠を購入し、メアリーが通りを歩いているとジャックと運命の出会いをした。


 兄はエリザベート王女が望む今後の希望を聞くと、グレタリアには取り込まれたくないと言う。

 まあ、昔ギール国を保護国にしてグレタリアとの婚姻同盟を画策してたのだが、結局ヨーアン諸国連合に本土攻撃されギール王国の保護国を外され「ギール王家の秘宝」は入手ならず。

 内心で俺はあんなものが欲しいのかとその当時のグレタリアン王家を笑った。


 そして今はカメリア大陸に向かう船は戦争の為に規制が掛っていた。

 其処で俺は提案した。

 エイム公爵領地で戦争が終わるまでエリザベート王女を匿うのは如何だろうか。

 現在、エリザベート王女はパスポート上、オーリア帝国のノーファ伯爵令嬢(養女)てな事に成っているので対外的な問題なし。

 まあ、俺の言葉は兄に取って絶対なのでグレタリアンと北カメリアの戦争が落ち着くまでエイム公爵領地でエリザベート王女を匿う事が決定した。

 それを聞いて、メアリーは周囲を明るく照らす笑顔で俺達にお礼を述べた。


 うわっ、今の表情スゲー、俺の心臓がドクンと跳ねた。

 何この笑顔ー、あー、ジャックが落ちたのが判る。

 俺も今世では初めて女性に時めいたよ。

 まっ、ジャックの為にエイム公爵領地に姫さんを留めたから、落ち着いたらジャックとメアリーを会せよう、この俺の友情に感謝しろよ、ジャック。






 しかし12月26日にメアリーから俺に手紙が届いた。



ジェローム・エイム様へ


 この度はエリザベート王女の為に一方ならぬご温情と~~~(中略)



 そして此れで私も無事任務を終えて、愛する夫の元へ帰ることが出来ます。

 心よりの感謝と祝福を。    メアリー・グリーン。



 ははは、此の俺が女に巧く出し抜かれたよ。


 まあ助け出したのが兄のエイム卿だと知って、メアリーはエリザベート王女(ギール王家の秘宝)が一番安全に隠れ住む場所としてエイム公爵領地を選び、俺達兄弟と会い作戦を練ったのだろう。

 本当に夫が居るかいないか知らないけどね。

 そして此れは俺がジャックの友人だと知っていて、メアリーは敢えて書いたのだろうな。

 俺なら別に気に成る女に夫が居ても全く関係ないが、ジャックはきっと女を諦めてしまうだろう。

 うん、この一文はジャック封じだ。

 それで、友人の俺ならジャックに此の事を話す時、フォローしてくれるだろう、なんて期待かな。


 でも残念。

 タウンハウスでの1件はジャックには話せないのさ。

 この情報へアクセスする権限をジャックは満たしていないという内務大臣として兄の決定。

 信用してるとかしていないでは無くリスク管理の一環らしいよ。

 下手にジャックが関わると、兄が本格的にジャックを自分の手駒として政治にも関わらしそうなので俺も一先ず兄の意見に賛同はして置いた。

 今世では政治には関わらないと言ってたけど、ヨーアン諸国つまりフロラルスに何か在ったら絶対にジャックは関わって行くと思うんだよね。

 なんだかんだ言ってもフロラルス王国が大好きなのがジャックから俺に伝わって来る。

 新聞で国外記事読んでてもフロラルスの名が在ると色々考え込んで読んでいるのだから。


 まっ、ジャックは幸せそうにお握りを食べていたら俺は良いと思うんだ。

 

 俺は眩かったメアリー・グリーンの笑顔と、照れ臭そうにメアリー・グリーンの話をするジャックを想い出し、少し切ない思いを胸に残してこの顛末記の筆を置いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ