セカンド・インパクト
アリロスト歴1896年 5月
俺の身体を狙っていた悪魔エイム卿は、曾孫ウィルを人質に俺を朝から晩まで、、、。
そして疲れ果てへとへとになり、俺は遠い目をしてふと過去を振り返れば、早いモノで2年が過ぎていた。
今俺はエイム卿の秘書官をしている。
あの日、補佐官ヒューイから頼まれた仕事を終わらせて下宿112Bへ帰ろうとした俺にエイム卿が「待った!」を掛け、内緒話専用ルームと化しているシガールームへと連れて行った。
見たことも無い満面の麗しい笑みをエイム卿は俺に浮かべてエロく囁いた。
「ジャックはグロリア語も出来たんだね。」
「、、あっ!ーあ、うん。」
「それに考え方も凡庸で良い。詰りは合格だ、ジャックは私の秘書官になるのだ。」
「いえ、それはお断り、、、。」
「そうだな、、、ジャックが秘書官に為ればウィリアム・ベラルド伯爵の犯罪を無かった事にしよう。重罪だから幾ら貴族と言えども無事では済まないだろうね。」
「え、えと、、エイム卿、ウィルは何をしでかしたと言うのでしょうか?」
「ふむ、その問いは私の秘書官に成ると受け取っても良いんだね?」
「うっ、はい。」
「ジャックは物分かりが良くて助かる。怪盗バートとして銀行から金塊を盗んだ。まだジャックの記憶にも新しいだろ?バート不況と言われていたのが。」
「なっ!何ですってっーーーーーっ!」
「ふふっ、初めウィリアム・ベラルドを調べ始めたのは、ジャックが珍しくジェローム以外の人間と親しくなったからだ。ジェロームからジャックへ下手に手出しをするなと注意されていたからね。それで一応は用心の為、親し気にジャックへ近付いて来る人間は調べていたんだよ。」
悪魔エイム卿が言うにはウィルには他人と違う違和感があって気に成っていたと言う。
『曾孫ウィルが怪盗バートだと言う証拠は?』と俺が聞くと、エイム卿はセインが証言して描いたバートの似顔絵と類似した人間が銀行強盗より前、ウィルのタウン・ハウスへ入ってた侭だった事や、馬車から降りた似顔絵の男へ、ジョンや従者のセスがウィルに接するのと同じように、恭しく応じてた事等を上げた。
うわっ、こわっ。
勿論ウィルで無くてエイム卿がだよ。
ジェロームへ関わりそうな、気に成る相手をトコトン調査する性質だと、エイム卿は笑ってたけど、俺は笑えない。
人手不足の愚痴を零していたけど、そりゃーエイム卿、人手が足りなくなるよ。
チョロそうな俺伝手でジェロームに変な人間を近付けたく無かったそうな。
『ウィリアム・ベラルドは良くフロラルスのオーシェへ行っているそうだ。あそこは余所者が入り込み辛いと話していた。彼も気配を読むから一苦労だったらしいよ。』
マジ、セカンド・インパクトっ!
もう俺はエイム卿に全面降伏したよ。
勿論ウィルを守りたかったのも或るけど、俺は改めて実感した。
この人だけには逆らってはなんねー。
俺のエイム卿への第一印象はビンゴだった訳だ。
正しくサイコ・ホラーっすよね。
「でもエイム卿が言うように、凡庸な俺が秘書官に成っても、余り意味がないような?雑用でしたら今までと同じように、必要な時だけ付いて居れば良いのでは?」
「私のジャックとして傍にいたら、意見を言わないだろ?私はジャックの意見を聞きたいのだ。補佐官のヒューイは私と似たような意見に成る。それでは駄目なのだよ。」
「うん?んー、少しモヤっとしますが了解しました。」
俺は、『民衆』的なのだそうだ。
自分自身が特別である事を厭い、他の人々と同じであろうとする考え方をする俺が面白いと言う。
エイム卿や補佐官ヒューイは、己の価値を把握し、もっと極めたいと願い、他の人間と同じだと感じると苦痛を覚えるそうだ。
うーん。
エイム卿達もまた不便な考え方をしてんなーと思った。
素敵に尖がって、血筋や爵位だけでなく、正に精神も貴族的だなー。
モチ、良い意味で。
一般化しちゃうと楽だよ。
つうても俺は普通であろうとしてんだよね。
てか、この考え方が民衆的、詰り大衆的なんだろうな。
緑藍に謂わせると俺は「なんちゃって庶民」らしい。
でもエイム卿が「民衆」的と言ってくれたので、成功してる?と小市民な俺は喜んだ。
まっ、そんな精神性の話をエイム卿は俺としたい筈も無く本題を話し始めた。
1893年の1月に起きた、コットラン州デェーン市での、蒸気機関車6車両及び乗客80人を乗せた、テヤ橋の崩壊事故。
その後、検証などをした。
事故当日の1893年1月8日、コットランは嵐に襲われ、風速30m/秒の強風がテヤ湾上を吹き荒れていた。午後5時15分、定刻通りにやってきたハロンド社製鉄道の機関車がテヤ橋の中ほどで、突然、橋ごと崩れ落ちた。テヤ橋中心部のほぼ1km(85径間のうち13径間連続トラス部)が、機関車客車5両、貨車1両、および乗客80人を乗せたまま落橋。
ていう事故経過があった。
でもって事故の要因が不幸にも重なっていた。
報告の要約は、設計者ダン・クォースの設計ミスおよび橋のメンテナンス不足だった。
1)橋の対角材が強風に耐えられる構造になっていなかった。
2)設計者クォースが行った設計ミス。テヤ橋の風荷重の見積もり不足。
3)質の悪い鉄が使用されており、寒さのためひび割れていた。
4)対角材を留めるパーツがはずれていた。
ぺらぺらと報告書をエイム卿が繰って俺に説明をし、4の原因をペンで示し「此れが意図的に行われていたような形跡が在った。」と話した。
「まあ、4が無くても早晩、崩壊していたお粗末なモノだったが。」
「流石に俺へ設計図を見せられても。」
「ああー、実はボルトが短く細工されていたんだが、そのボルトをさっさと溶鉱炉へと持って行った馬鹿が居てな。何か在ると思わずに部下を1人行かせていから私の不注意でもあるんだがな。そこで、」
「はい。」
「事故が起きて約1年調べさせていたが、手詰まりだ。それに、目的も判らない。金にも為らないし、何かの意思発表も無い。こう言う利益の意図が見えないモノを捜すのは、私には無理なのだ。」
「愉快犯を捜すのは俺にも無理ですよ。こういう時こそジェロームに依頼すれば?」
「そんな危険な事を依頼出来るか。この事件を知ればジェロームの事だ、きっと彼方此方の鉄橋を調べようと蒸気機関車に乗るだろう。その時ジェロームが事故に遭ったら如何する?折角部下にしか知られていないのに。」
「はぁ、そうっすよねー、エイム卿ですもんね。あっ!」
「うん?何か気付いたのか?」
「いえ、違いますよ。今回エイム卿が此の意図的な原因を発表を隠せて良かったと思っただけです。」
「うん?」
「真似しちゃう人間が出て来やすいから、愉快犯は。でも愉快犯だとしたら何か騒ぎに成るトリガーを全く牽かないのも変ですね。誰か殺したい人間が居た?」
「馬鹿な。あんな何時起きるか分からない事故を起こすより、人でも雇ってターゲットを始末する方が簡単だろ。」
「でもエイム卿?、俺って犯罪系の案件は駄目っすからね。前も散々と説明しましたが。」
「うっ、うん。」
「忘れてました?もう信じられねー。」
「いや、近頃、またジェロームがロンドを離れて、捜査をするように成っただろ?早く犯人を挙げて、安全にしなければと気がせいてな。」
「はぁー(コレだからブラコンは)、一先ずは鉄橋の或る場所へ行くのを辞める様に、エイム卿がジェロームに言えば良いと思いますよ。それに今は他の鉄橋も調べてるんですよね?」
「ああ、うん。」
それを話し終えて全て終わった、と俺は思ったのだが、エイム卿の『ソレは其れ此れは此れ』が発動した。
此の話し合いが1894年5月の事。
今から約2年前になる。
そして秘書官の話は継続していた。
現住所も造った。
例の南セントラルにある男爵邸だ。
税金関係は顎鬚オヤジのディックにして貰い、必要な時に貰うお小遣い制じゃなく、4週に1度1ポンドを貰ってる。
だって基本はエイム卿と行動を共にしてるので金を支払う事が無い。
つってもエイム卿も支払ってないけどな。
時々お金と言うか通貨の存在を忘れそうになる、ヤバいよね。
そして俺はエイム卿と共に、バレン宮殿へ向かい通例報告でスチュアート4世と、顔を会せるようになってしまった。
此処では俺が控えて、エイム卿がテノール・ヴォイスでスチュアート4世へ報告を伝える。
バレン宮殿は、大きな3階建ての中央ブロックに、左右に伸びるサービスウィングが隣接して居て、今は左のサービスウィングを改築していた。
王室の真下に或る大理石ホールへと面した、大抵は、余りフォーマルで無い一室へ伺い、俺達はスチュアート4世に報告するのだ。
彼は日頃近くに建つエールトンハウスで生活し、週末やバカンスはロンドから約20km離れたウィンター城で過ごしている、とエイム卿から聞いた。
まあ、スチュアート4世の健康を考えればロンドに居るよりも良いだろうね。
スチュアート4世は褐色の緩いウェーブをした髪に、濃い緑色をした大きな瞳、そして細く高い鼻に若々しい健康な肌や形の良い唇は、人を惹き付ける魅力が在った。
側付に置いているのが、ノルセー伯爵やパトリック男爵、グレタリアンの伊達男キース・ブランで無ければ、理想の皇帝に成れたかも知れないに。
いやいや、スチュアート4世はまだ19歳っ!
ピチピチなんだ。
側付のメンツだけで全てが決まる訳では無いし。
スチュアート4世が18歳に成るまで、ワイルドなママが摂政を行って居たんだが、息子にはスパルタ教育を教師たちにさせ、ママ本人は浪費癖と政治へ干渉と案外面倒で厄介だった。
でもって議会も困っていたので、枢密院議長のデニドーア公爵へと相談し、スチュアート4世と話合いワイルドなママへに摂政引退勧告を息子がし、ママと一緒にデニドーア公爵も引退して行った。
こうしてスチュアート4世はやっとフリーダムを手に入れることが出来た。
『オメデトウ?』
そして引退して行った枢密院議長デニドーア公爵は、陛下に改めてエイム卿を紹介し、「悩む事が在れば彼を頼りなさい」と告げ、エイム卿には「陛下の相談役宜しく」と、保護者役を押し付け、晴れ晴れとした様子でロンドを去り、領地へと戻って行った。
デニドーア公爵は、チョイスを間違っている。
そんな事を頼んでも陛下がエイム卿を呼ぶまでは絶対に行かない方へ100ポンド賭ける。
案の定だった。
そして暫くして陛下からエイム卿へ呼び出し。
エイム卿は陛下から、議会で発議される法案の洗い出しと纏めを、バレン宮殿へ週に1度報告を持ってくるよう仰せつかった。
きっとデニドーア公爵からアドバイスが在ったんだなー。
そういや何でパトリックが居るのか?と後で尋ねて見た。
何でもレナード・ホームへ支援が欲しくて議会で発議し、レナード・ホームの必要性を熱く訴えていたのを、議場に居た陛下が見ていて、パトリックの言動に感動し、自分の元へ呼んだとか。
それでパトリックを気に入り傍へ呼んでいる。
パトリックも陛下に呼ばれ嬉しいのだが、文筆業もあるし、レナードにも会いに行きたいし、つう事でノルセー伯爵を呼び、陛下に紹介した。
ノルセー伯爵の拘り過ぎるダンディさに、若い陛下も目から鱗で感動し、ノルセー伯爵も側に置く事にした。
そしてノルセー伯爵が、グレタリアンにも粋な若者が居ると、陛下に教えた名前がキース・ブラン。
平民だったが緑藍と同じフォック大学を出て、それ迄軍から、バレン宮殿へ配備され守備を任され居たのだが、陛下と年も近く話が合い、現在は陛下直属の護衛へと昇進した。
オサレ3人組に囲まれた陛下は当然オサレである。
例え話に、ロマン語の詩を諳んじる所などシャレオツである。
俺には意味が分らんが。
唯一の俺が心配するのは皇帝が奴らに喰われ無いかである。
そっちの扉を開けると、選挙が終わって秋に婚姻するバンエル王国の姫が可哀想なので。
後継の問題もあるし。
エイム卿の報告を聞いて話す陛下は、何方かと言えば心情的な保守だったりする。
まあ、王族に居る者ならそうなるよネ。
グレタリアンでは議会の力が強くて王権つっても強いモノは、裁可された法案を認可するか、しないかと言う拒否権位かなー。
いや、他にも色々アルよ、拒否権が議会に対して強いってだけで。
エイム卿も穀物関税自由化を成し遂げたいなら、パトリックみたいに政治的に、陛下を口説いて見れば良いのではあるまいか。
ふと思ったが、パトリックはなんだかんだ言って、自分の支持基盤を広げて行っているよな。
動機がレナードへのラブだとは言え、レナードホームを継続的に運営しようと思うと、公的資金を注入して貰うしか無いと考え、悪人からの「レナード保護」を「児童保護」へと言葉を書き換えて、フーリー党の議員や、慈善活動に熱心なホリー党の議員へと勢力に働きかけ、国からの支援を議会から得れそうな位は下院の支持を集められた。
流石は口説きのプロフェッショナル。
ロイヤルからの応援も在るし、しかも今年の7月には選挙だし、良い所を見せたい議員達は、概ね賛同して貰えそうだとパトリックは俺に話した。
イースト『東地区』児童保護法案と名を変えて提出するそうだ。
まあ、実際にはもっと長ったらしい七面倒臭い法案名なんだけどね。
でもって、陛下の傍には自分の師匠ノルセー伯爵に、友人に成ったキースブランを、自分不在時に置いている。
気楽な放蕩者と思ってたら中々の政治家ぶりである。
そんな事を考えながら俺は5月の日曜に、エイム卿と俺はゆったりとした箱馬車に乗り、バレン宮殿からスズカケの樹が立ち並ぶ、若葉に萌える美しい並木道を走らせ、広場を抜けて帰って行った




