キツネザル
アリロスト歴1894年 2月
相変わらず、馬の『レコ』は少し捻た目で俺を見つつ、飼い葉を食べている。
もっと俺に甘えた目をしても良いんだよ。
つうか、して欲しい。
流石にシンシンと冷え込んで来たので、俺は重たい毛皮のコートを身体に巻き込んで、足を速めて離れの部屋へと戻る。
すっかり俺の部屋の主に成ったジョンはゆったりとした革張りのソファーにモフモフのビーバーの毛皮で作った掛布の上にどっかりと腰を降ろしていた。
ビーバーたちよ。
頑張って筋肉マッチョなオッサンの尻を温めて遣ってくれ。
筋肉ダルマだけど髪がすっかり白髪が増えてんだよね。
俺は珈琲を淹れつつ、気に成るジョンの年を聞いてみた。
「ふははっ、ヒミツ。」
可愛く言って、ライトブルーの瞳で器用にウィンクを俺へと寄こした。
おいオッサン、その仕草が許されるのは20代の女の子までだっ。
深い横皴を刻んでくるジョンつうマッスルなオッサンには許されて無いんだよ。
俺の中ではな。
俺の淹れた珈琲にザバザバ砂糖を注ぎ足し、激アマなホット珈琲を造り上げていた。
見てるだけでゲプリと来そうだったので、俺は葉巻を切ってマッチで火を点け煙を吸った。
「相変わらずジャックは葉巻か。シガレットの方が手軽だろ?」
「いや、偶に煙草を吸う事も在るよ。専らパイプに詰めてだけど。」
「ジャックは手間を掛けるのが好きだな。そーいや彼女は作らないのか?」
「欲しいよジョン、俺だって。どーやって皆は作ってんだろうなー。」
「イイ女が居たら声かけて、気が合えば其の侭、付き合えば良いんだよ。ジャックは難しく考え過ぎてんじゃないのか?大体がバカンス中はパーティーに参加してるんだろ?」
「はははっ、アレを参加と言っていいモノか。良い女かー、此の10年で1人だけ居たんだけど、声は掛けたんだけどさ、返事が梨の礫なのだよ。俺は住所まで教えたのに。」
「へぇー、ジャックが珍しく女性の話?」
「おうっウィル。だから気配を消して突然に背後から現れるなよ。俺が怖いから。」
「ふふ楽しそうな声が聴こえたからジャックとジョンは、どんな話をしてるのかと思って。」
「くだらねぇーって、笑って良いよ。ウィルも珈琲飲むか。」
「うん、貰うよ。ジャックの淹れた珈琲は美味しいからね。」
「そうりゃどーも。」
窓の外は風が吹き渡りながら様々なモノを冷やして、冬色の中へと閉じ込めて行っている。
そんな風の音を遠くに聴き乍ら、俺は曾孫ウィルとジョンの心地良い声に包まれる温もりを想う。
そう、絶望的なあの目覚めから早10年。
何もしなくて何もない。
ハズだよね?今世は。
ただエイム兄弟の所為でロンドでは忙しなく雑多な日々を過ごさせられてる。
やっぱり俺には此処ウェットリバーの自然ばかりのまったりとしたテンポが合ってる。
緑藍やクロエには確りとした現住所が在るし、俺もそろそろ此方で現住所を作ろうかな。
覚醒10周年記念を祝して。
今年ロンドに戻った時にエイム卿に確認を取ってみよう。
ううぅっ、気が付けば俺の行動って何時の間にかエイム卿の確認事項になってるよな?
なんでだーーっつ!
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アリロスト歴1894年 2月
何や知らんがクロエがルスランに商会の経理を教えている模様。
クロエが俺に話すには、如何やら使える元皇太子だったらしい。
ロハで働かすのは嫌だからとクロエはルスランに週給2シリングの支払いを決定。
「元皇太子の給与として安くね?」
「3.2kmの辻馬車代が1シリングなんだから充分よ。」
そっか、ルスラン頑張れよ。
つうか、ルスランは本当にクロエで良いのか?
そんなクロエにホの字のルスランはさて於き、アンリ夫人の友人クレア嬢に、セインを連れて「あの夜の事を教えて!」と尋ねて来た。
質問者はセイン。
ゆるふわウェーブのマロングラッセ色の髪で可愛い子狸顔のクレア嬢23歳。
女同士なら6歳位年下でも友達になれるモノなのかね?
「先程話していた浮浪者のような男とアンリ夫人がブツかってから、その後アンリ夫人に何か変わった様子は?」
「そうね、馬車に乗ってからアンリ夫人が呟いたの。人が多くて少し疲れたわ、そう仰って、アンリ夫人は目を閉じて俯き加減で黙ってしまわれたのよ。顔色も悪かったから私は其の侭で休ませて上げたの。それに教会から我が家迄は10分も掛からないし、アンリ夫人のお宅も我が家から馬車だと2分も掛からないでしょ?リートン伯爵と顔を会せるまでアンリ夫人を少しでも休ませて上げたかったの。」
「クレア嬢の優しい気遣いですね。それで、相手の男性の顔はやっぱり見えませんでしたか?」
「ええ、あの日も寒くて霧が濃かったから。だから急いで馬車に向かっていたの。その所為でアンリ夫人はぶつかり男性の小袋を落としてしまったんですから。小銭を拾って上げていたアンリ夫人なら顔を見ていると思うわ。あっー、って言った後、息を飲み込んでいたから。うーん、、、くぅって一言言った気がするんだけど。」
「如何してアンリ夫人は息を飲み込んだのだろ?」
「ふふっ、ワートさんも気に成りますよね。私も気に成って男性と別れた後、馬車に付くまでに尋ねたんです。如何して息を飲んだのって?」
「ええ。」
「アンリ夫人が男性の顔に大きな傷が在って驚いたのだけど、声を出したら失礼に当たると思って息を飲み込んだんですって。私なら絶対に声に出してしまっていたわ。」
その後、セインに予習させて置いた2つ、3つの質問をして俺達は彼女に礼を言って屋敷を出、待たせていた辻馬車に乗り、俺はセインに身を寄せて其の侭下宿112Bへと帰った。
そして手元に兄から届いたプリメラ大陸にあるレンジ州大使館の襲撃事件の報告書とクーパー少佐についてのレポートがあった。
襲撃事件の経緯はアーロン少佐が話したモノと纏めれば変わらなかった。
ただクーパー少佐を殺害と記されていたけど遺体は見つかっていなかった。
報告書に現地人の中にはグレタリアン兵へ憎しみを向ける者も居るので、遺体は損壊されたモノと仮定するとあった。
クーパー少佐は生きていれば現在31歳、事件当時24歳だ。
24歳で少佐と言う事は階級を購入しなかったのだろう。
クーパー少佐が庶子と言うのもあるのかもな。
18歳で士官学校へ入るまでは、中々破天荒な生き方していたみたいだけど、動物好きって何、此の備考欄は、フザけてんの?纏めた人。
ああ、獣医に成りたかったのか。
人当たりが良くて連隊での評判も上々。
絶対、知り合ってたらアンリ夫人も惚れるだろうね。
添付されてる写真は良い男だもんな。
そう言う仲に成ってたらアンリ夫人は当時22歳。
連隊の中でも評判の美人だったみたいだから、ある意味お似合いの2人か。
ジャックの言う所の何か「フラグ」を立てたのかな、クーパー少佐。
丁度、クーパー少佐は事件が起きた日の2ケ月後に本国へ帰国予定だったなんてな。
そして、リートン伯爵は、公務軍務に置いて可もなく不可もなくだったけど、裏は酷かったようだ。
横領諸々を調べる為にクーパー少佐と入れ替わりで監査が入る予定だったと書いている。
レンジ州大使館が壊され火災に成った所為で事件後の調査は出来なかったみたいだ。
俺の中で一通りの答えを出した所で、クロードが俺の探し人をジェローム探偵事務所の黒い扉を開いて華麗に招き入れて呉れた。
さて、キツネザルはキツネなのか?サルなのか?
てな事も置いて於けない。
いやー、俺が動物を見て可愛いと思う日が来るとは。
首輪を着けて紐に繋がれてるのが少し切ないが逃げるとロンドの街は危険なので已む無し。
体長50㎝は無いだろう大きさに体長と同程度の尻尾がある。
そいつがクーパー少佐の右腕の中で寛いで尻尾でバランスとっている。
クーパー少佐が言うには、彼女の方が位が上なので手下のクーパー少佐は、危険が無い限りは女王様の仰せの通りに動いてあげるらしい。
もう良いかな。
俺も女王様と戯れたい。
まっ、そう言う訳にも行かないのはクーパー少佐に「アンリ夫人が危険、直ぐに来られたし」つうメッセージを彼が屯して居そうな所へ兄に広告を貼って貰って居たから。
レンジ王国語と軍の暗号を混ぜて広告の中のデザイン風にね。
屯してそうな場所の予測は、アノ教会近くに来ていた浮浪者風の男と聞いていたので、古着のバザー開催の日時を知れる人と言う事で、告知を出した場所を調べて、其処へ俺原案、兄お手製の広告を貼って貰った。
来てくれたら良いなーってノリで。
もしかしたら、もうロンドから出ているかも知れんから。
まっ、無事に出て来てくれたから、俺的にも楽が出来る。
つう訳で、クロードが華麗にジェローム探偵事務所の黒い扉を開き、女王様と下僕のクーパー少佐そして俺とセインは一階のホールへ向かって歩き出した。
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【アンリの回想】
闇と一体に成った濃い霧の中、アンリはクレアと共に古着の選別ですっかり遅くなってしまったことを焦りながら集会場を足早に後にした。
遅くなると不機嫌に成る夫リートン伯爵の顔を想って。
靴音を立てながらクレアに「急ぎ過ぎ」と注意されたが構わず煉瓦道を進むと男性にぶつかってしまった。
ずさっという音とチャリンチャリンと言う音がして、ぶつかった相手を見ると、左腕が無く古びたコートのその部分が頼りなげに揺れていた。
アンリは小銭を拾おうと屈むと相手の男性が息を飲み込む音が聞こえた。
お互いに小銭を捜していたので思わぬ程、顔が近付いて居た。
初めは様子と痩せて顔付が変わっていたので判らなかったが、今なら分る。
アンリが25歳まで待ち続けて居た恋人のクーパー少佐だった。
「クーぱ、、、。」
「アンリ夫人、私も拾うのを手伝うわ。」
「いえ、大丈夫よ。もう終わるから、待っていて。」
そして囁くように互いが会話して、アンリは知った。
事件の遭った日、リートン伯爵に騙さて避難民と思わされ誘導した人達が盗賊団だった。
そしてレンジ州のとある町に売られ、引き渡されたら拷問の末に殺さるとクーパー少佐は知った。
隙を見てクーパー少佐は命からがら逃げだしたが、銃撃を受け川に落ち、その後命は助かったが左腕を失ったっとアンリへ小さく短い言葉で伝えた。
アンリはそんなリートン伯爵と結婚してしまった事をなんどもクーパー少佐へ詫びた。
「帰宅して事実を突き付け離婚する。」
「そんな事を話したら自分もアンリも殺される。助けに行くから待っていてくれ。」
そしてリートン伯爵は恐ろしい男なのでくれぐれも気を付ける様クーパー少佐はアンリに告げて、2人は別れた。
馬車の中で、アンリはクーパー少佐に会えた歓びと、リートン伯爵への怒りとで、心が渦を巻いて行き胸が痛くなった。
冷静に成ろうとアンリは静かな談話室へ向かい、脈打つ鼓動を押させるために窓を開き、頬に冷たい空気を浴びせ、混乱する想いを沈めようとした。
メイドが紅茶を持って来たので、アンリはテーブルに置かせて下がらせた。
紅茶を飲み乍らアンリは今後の事を想い始めていた。
其処にリートン伯爵が現れ、アンリが遅くなった事を詰問し始めた。
アンリの怒りの蓋が空き色々と問い詰め始め、苛立たの侭部屋にあるモノを投げ捨て始め、止めようとしたリートン伯爵はアンリの両手に触れた。
余りの悍ましい感触にアンリはクーパー少佐から聞いた話をリートン伯爵に質問し始めた。
「なぜそれを。」
リートン伯爵は鍵を閉めて、今度こそ彼女の両腕を掴み、彼女に告白させようとしたが、アンリはリートン伯爵から逃げようと必死で暴れた。
するとアンリが触れたその勢いで、テーブルが動き紅茶のカップが落ちて割れた。
その音で思わずリートン伯爵を見ると、その顔は恐ろしく歪みアンリを凝視していた。
余りの恐怖にアンリは其の侭意識を失った。
暫くして、扉の外からメイドがアンリを呼ぶ声で意識を取り戻した。
室内に吹いた風でアンリは窓が開いていることを知り、そして倒れて居るリートン伯爵を見た。
扉の外は他の使用人も集まったみたいだった。
きっとクーパー少佐が助けに来てくれたのだとアンリは思い、慌てて窓を閉めて鍵も掛けた。
自分が黙っていればクーパー少佐の事を知る人がいない。
そしてアンリはソファーに座ると、仰向けで倒れているリートン伯爵の顔を見てしまい、その恐ろしさに再び意識を失った。




