デンジャラス・ボーイ
アリロスト歴1893年 11月
実に1年ぶり位にウェットリバーに来た。
92年に選挙と曾孫テレーゼとジョセフ・ロの婚姻後チェスターへの引っ越しを手伝いロンドへ戻ったのが8月、そしてアシェット語が出来ると言う理由で拉致られ、その罰としてエイム卿の拷問的な護身術訓練が始まり、10月にはシェリーとパーシーの婚姻式を済ませ、11月やっとウェットリバーだと思ったらエイム卿と共にミランズの別邸でルスランと有閑生活そして、変態ノルセー伯爵と再会し、、、やっとウェットリバーの離れに到着。
俺的には濃厚過ぎる1年近く。
暫くロンドに戻らなくても良いかも。
いやー、ジョンの筋肉マッチョなどっしり感に俺は安らぎを覚えるよ。
いそいそと俺は珈琲を淹れてオッサンなジョンを持て成す。
「明日にはウィリアム様が顔を見せるらしいよ。」
「おう、マジか。オーリア帝国に行ってたらしいけどウィルの身体は大丈夫かなー。」
「ウィリアム様は元気そうだったぜジャック。」
「良かった。ジョンは暇だったんじゃないか?ウィルも長くグレタリアンを留守にしていただろ?」
「それはそれで俺も遣る事が多いんだよ。しかしジャックは痩せたな、ちゃんとロンドでは食ってたのか?只でさえ弱っちいのに痩せたら益々ジャックは弱く何だろう。」
「良いんだよ、全くどいつもこいつも腕力基準で考えやがる。普通に馬に乗って森へ行けたら俺はそれで良いの。皆がジョンみたいだったら困るだろ?」
「うん?俺は困らんよ。喧嘩仲間が出来て楽しいかもな。」
「はーぁ、コレだからジョンは。」
俺は暖かい珈琲を口に含み、相変わらず太い上腕二頭筋がジャケットの上からでも判るマッチョなジョンを見詰めて、溜息と共に飲み込んだ。
翌朝、重みを感じて目覚めれば、ウィルが爽やかな笑顔と共に俺に覆い被さり、ヒシっと抱き締めてきた。
相変わらずの熱烈歓迎ぶりに曾ジジイの俺はタジタジに成った。
『ヘイっウィル!ロープロープっ!』
「お帰りジャック。」
「ただいまウィル。毎回言うけどさ、ウィルは激し過ぎなんだよ。少し抑えろ。」
「御免、でもジャックも悪いと思うよ。僕とは偶にしか会わないから。」
「悪りーね。でもさ、賃金が発生してるから一応アレでも仕事なんだよなー。まあ勘弁してよ。」
「仕方ないね。あんまりジャックに我儘を言って嫌われたくないし。そうそうエイム卿から僕の事を何か聞いてる?」
「うーん、詳しくは聞いて無い。ただオーリア帝国でルドアがポーランに侵攻するか如何かの情報をウィルに探らせているって話してたな。」
「まっ、そうなんだけどね。実はこっそりルドア帝国へも行っていたんだ。」
「はあー!?そんな危険な事をエイム卿はウィルに遣らせてたのか?」
「違う違う。ジャック、此れは僕の自由意思で遣った事なんだ。」
「何だって、そんな、、、。」
「ええとね、情報を一緒に取りに行ったルドア人のハンナ・マローズ嬢の両親がリベアの監獄に入れられてて、彼女もそれを心配して居たからツイね。ふふっ、何とか助け出してオーリア帝国まで連れ出したんだ。オーリア帝国では息子も生活しているから丁度いいだろ?」
「、、、。全く。」
「看守も少なかったからそんなに危険じゃ無かったんだ。」
「もうー、ウィルは余り危険な事をするなよ。心配で胃を悪くするだろうが。」
「うん、判った、、。」
本当に判ってんだろうか、このアホ曾孫ウィルは。
ロンドでもメクゼス博士の脱獄手伝ったり、ルドアでも脱獄手伝ったり危険な事ばっかり遣らかして何を考えているんだか、このデンジャラス・ボーイの曾孫ウィルは。
いや37歳でボーイは無いな。
デンジャラスなオッサン、、、やっぱり曾孫だし、ウィルはボーイでいいや。
つか、でっかい身体を寄せてくんな、鬱陶しい、やっぱりオッサンでいいやっ!
「ジャックは凄く痩せた。如何したの?」
「まぁ、珍しく忙しくてね。でもウィルに比べたらマシな方だよ。此処で暮らせば直ぐに太るさ。」
うーん。
拉致られた話はウィルに聞かせたく無いし、エイム卿の拷問は、、いや訓練は下手に言うとウィルがエイム卿に敵意向けそうだしな、あんまり話せる事がなくて済まんな―。
そんな風に考えていると、ウィルがオーリア帝国で見聞したことを何気なく俺に話し始めた。
如何もオーリア帝国とプロセン王国が可成り険悪らしい。
どちらがゲルン語圏での盟主に成るかと言う主導権を巡ってキナ臭い。
そして。そのゲルン語圏に与したいレーヴィヒとルタイン地方は。自治を求めてデサーク王国と戦う心算らしくて、其処にプロセンの協力を呼び込んでいる。
でもってデサーク王国、エーデン王国、ノール王国3ヶ国はゲルン圏に対抗してルマン人3国同盟を作って対抗しようとしていて、デサーク王国が戦うなら協力すっべつう感じ。
俺はデサーク王国とは付き合いが余り無くてアレだが、エーデン王国のサディ陛下なんかはイケメン軍団外交でヨーアン諸国やカメリアを渡り歩いてたから、エーデン王国も変わったなー、っとウィルの話を聞いて感慨深い想いに囚われた。
オーリアの義兄ランツ3世とプロセンのフリード2世は、共におホモ達では無く、同好の士として仲が良かったのでチョット寂しい。
まあ俺の所感は如何でもいいのだが、ウィルはオーリア帝国やプロセン王国、デサーク王国などの現状もエイム卿に報告しないと行けないそうだ。
何とも面倒臭い。
エイム卿に見込まれるとウィルも補佐官ヒューイみたいに酷使されるぞ。
そうウィルに注意したいが補佐官ヒューイとは誰ぞ?
つうて為ると色々とエイム卿の釣り針に引っ掛かりそうなので俺も言うに言えない。
「あんまり、ウィルは無理スンナ。」
ヘタレな曾ジジイで申し訳ない。
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【エブリバディな四方山話・1】
その夜私は覚悟を決めてビル・デザトンの部屋へと向かった。
ダストコートを羽織りビルデザトンのアパートメントから少し離れた場所で辻馬車を降り、ブーツをはいた足を忙しなく動かし、夜に隠れる様に目的の場所を目指した。
不意に目の前に闇が動いた気がしたが、音も無くそれらは消えてしまった為、緊張し過ぎた私の目の錯覚だろうと早く成っている鼓動を落ち着かせた。
玄関ホールにビル・デザトンが出て来たら愛想よく笑って室内に入れて貰わないと、そう自分に言い聞かせて、玄関の呼び鈴を押した。
なんの応答も無い事に私は違和感を持った。
今夜この時間に訪れるとビル・デザトンに私は告げていたからだ。
ノブを握り引くと扉が開いた。
私は息を詰めて小さな明かりを頼りに部屋の主を捜した。
ホールを抜け、居間へと入るとソファーの背凭れへだらしなく身体を預け眠っていたビル・デザトンがいた。
私は今まで脅し取られた金額や怒りが、眠りこけて居るビル・デザトンを見て一気に脳内を駈け廻り、拳銃をバックから取り出して、怒りと共に撃鉄を起こした。
余りにも大きな音に私自身も呆気に取られて痺れる耳と両腕を震わせていたが、人が来る前に逃げなければならない事を想い出し、慌てて戸口から外へ出て闇へと紛れて行った。
例え摑まっても構わない。
此れであの子の秘密を知る者は消えたのだから。
私はなんとかマーム川の橋まで歩いて来て、そこから拳銃を投げ捨てた。
滔々と流れる音にポチャンと何処か間の抜けた罪の音が響いて消えた。
後は、闇の世界が広がっていた。
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アリロスト歴1893年 12月
俺は煙草をくわえて科学雑誌『ナレッジ』を胸元に乗せて眺め見ていると、明るい声でセインが話し掛けて来た。
「ジェローム、今年は、ルスランもクリスマスをサマンサと一緒に祝えるね。」
「まーそうだなー。同じ建物に住んでいるのにルスランだけ呼ばないと言うのも変だしな。オリビアには何が良いかなー、今年のクリスマスプレゼントは。」
「うふふ、ジェロームが、そうやってオリビアの事を考えてくれるのが、僕にとっては一番のプレゼントだけど。ジェロームはまたお酒で良いのかい?」
「うん。酒って自分で買うとどうしてもワンパターンになるんだよね。それにセインなら俺の好みも知ってるし、選んでもらえる相手としては最高だよね。まっ、オリビアはセインのアドバイス通りにゆっくりと考えて於くよ。」
「うん、有難う。サマンサにはスカーフかショールにしようかな。」
「私は、去年評判が良かった石鹸にするよ。サマンサは自分で作ってる癖に、オシリス産の石鹸を喜ぶのだから、良く判らないよ。私は、サマンサの作ってる石鹸は使い心地が良いけどな。」
「女性の物を選ぶのは、やっぱり難しいよね。ジャックなら、僕と違って喜ばれそうなものを、器用に選びそうだよね。」
「如何かな?、気の無い女性には器用に選ぶだろうね、ジャックの場合。でも基本的にはクリスマスプレゼントは、しないらしいよ。如何やらウィルにプレゼントして、そのお返しが胃が痛く位に高額な物だったから、プレゼントはしない受け取らない宣言をした、と話してた。」
まあ、ジャックも俺と同じで物欲が薄いからな。
クロードが淹れてくれた熱い珈琲で口を湿らしつつ、俺とセインは先月、パーシーと一緒に顔を出したシェリー達について話をした。
予定では来月辺りに出産予定だと俺やセイン、クロエそして新入りのルスランへ語ったシェリーは、思わず目を眇めてしまう程に、眩く綺麗に成っていた。
そんなに綺麗に成れるなら、初めから俺に教えて置けよ、と内心で思ったのは秘密の話。
何となくシェリーの事は気に成ってたけど、ジャックが発する謎バリアで、俺は気にするのを止めたんだよなー。
ジャックがシェリーを好きなのかと思って俺は珍しく気を使ったんだぞっ!
畜生め。
まっ、俺が相手ならシェリーもこんなに綺麗に成って無いだろうな、って事ぐらいは分ってるさ。
だって俺はパーシーみたいに浮気はしないって誓えないモン。
それにしても、クロエが手塩掛けてキャリアウーマンとして育てていたのに、家庭教師としてのキャリアだけしか付けれなかったなー。
その内に子供に読み聞かせをする本を書きますってシェリーはクロエに宣言していた。
パーシーがクロエに妬く程、シェリーが心酔してしまっているのは、俺も如何かと思ったけどね。
自信無さ気だったパーシーが男らしく生き生きしていて、何となく俺はこっそり後ろから蹴りを入れた。
「幸せでスイマセン。」とか、俺に一丁前の口を聞くようにパーシーは成っていた。
訃報・純真だった旧友のパーシーは死んだのだ。
新生パーシーは、イラドの南海沿いの州大使に任じられたのに、シェリーが無事出産する迄はロンドを離れないと任地拒否なぞ、洒落た事をしやがった。
まっ、首とか罰則とか無いらしいけどね。
軍部で出世しないんじゃねーの?
つうたら大丈夫だと言ってパーシーはニッコリ笑った。
くそ、花嫁消失事件の時は、耐えて涙ぐんでた癖に。
でもまあ、幾らクロエが付いていてくれると言っても、ずっとは側に入れないし、やっと出来た家族のパーシーが、出産中も側について居て貰えるってのは心強いモノかもな。
何となく男らしくなったパーシーは小憎たらしいけど、幸せそうに微笑んでいるシェリーが信頼出来ているのなら、まあ許してやらん事も無い。
「あのシェリーがお母さんに成るって僕は未だに実感がわかないよ。いやあのお腹を見れば分かるんだけど、捜査だー、推理だーって騒いでいた頃のイメージが強くて。」
「あははっ、それを産まれた子供にセインが聞かせて上げると大喜びしてくれるよ。でもパーシーって家族が出来てシェリーは落ち着いたね。私達は気付かなかったけど家族が居なくなって案外と寂しかったのかもね。シェリー自身もそれに気付いて居なかったのかも。」
「そーかも知れないね。シェリーの子とウチのオリビアと子供同士で遊ばせよう、とも思ったけど流石に来年はオリビアも6歳に成るから、少し年が離れ過ぎているね。マーサの所の子供とは良く遊んでいるとジュリアが言っていたな。」
「マーサの所は幾つに成るの?」
「4歳だったと思うよジェローム。オリビアがお姉さんぶっているそうだ。」
「それは面白そうだね。子供かー、案外みんな直ぐ大きくなるね。」
「だねー。僕も年を取る訳だ。」
「ふふっ、それをサマンサの前では言わないようにね、セイン。」
「う、うん。」
気を効かせたクロードが珈琲のお替りを俺とセインへと運んできた。
深い緑と金色で鏡面が絵付けされた美しい磁器の珈琲カップと受け皿、香ばしい香りに俺の右手が誘われた。
そして俺は熱い珈琲に口を付けた。
「そう言えば、ビル・デザトンを殺した犯人がまだ見つかって無いみたいなんだ。」
「あー、アレね。」
「なんか色々な恐喝のネタを持っていたみたいだね。情報を使用人や下働きから買っていたみたいでその事も騒ぎに成っているみたいだ。」
「なんか今回はヤードも真剣に探してなさそうだね。」
「うん、僕でも流石に彼に同情は出来ないよ。冷たいかな?」
「いいや、セインは充分温かいよ。」
触れているセインの右手は冷えていた俺の左手に温かな熱を移して行った。




